EP104 甘いセイジ
【アマレク】は迷宮都市【アルガッド】から最も近いユグドラシル側の街だ。とは言っても【アルガッド】から徒歩で一日ほど掛かる位置にある。この街は迷宮都市に向かう商人たちのためにある中継地点であり、立場としては宿場街なのだ。
なぜそんな位置に【アマレク】があるのか?
それは【アルガッド】に入ろうとする人の数が多すぎるからだ。如何に迷宮都市といっても門での検問があるのだが、大量の人数ともなれば大変なことになる。商人のように様々な品物を馬車などに載せていると、一回の検問で相当の時間が取られるのだ。とすれば一日ではとても終わらない。そこで考えられたのが【アマレク】という街である。
この街に宿泊している間、担当の職員兼警備員が【アルガッド】の門番の代わりに荷物検査をするのだ。そして検査終了の札を受け取り、それを【アルガッド】の門番に見せることでスムーズに通り抜けることが可能となる。
ちなみに冒険者はギルドカードを見せれば簡単に通ることが出来たりするのだ。
そんな商人たちで賑わう街には特有の情報網が形成されており、当然ながら『魔物たちの前夜祭』のことも知れ渡っていた。情報に聡い商人たちがそのことを見逃すはずもなく、普段ならば多くの人で賑わう宿場街は閑散としていた。
いや、人の数はそれなりに多いのだがそのほとんどが冒険者であり、どちらかと言えばピリピリとした雰囲気を放っている。スタンピードによる緊急招集で【アマレク】へと集まった彼らだが、当然ながら遊びに来ている訳ではないのだ。そうなるのも当然である。
中には多くの冒険者が集まることで、装備関連やポーション関連が売れるだろうと考えてこの街に留まった豪胆な商人もいるのだが、それも少数でしかなかった。
「なんか……雰囲気悪いですね」
「そりゃ戦争前みたいなものだろうしね」
【アマレク】の街に到着した勇者一行、セイジ、リコ、エリカは冒険者たちの放つ鋭い雰囲気に少し呑まれていた。勇者として召喚され、ステータスも通常より高い値を持つ彼らであるが、精神面まで強くなったわけではない。平和な土地で暮らしてきたセイジたちにとって、戦前の雰囲気と言うのは初めてのことだった。特に気の強い方ではないエリカはセイジの後ろに隠れるようにして歩いている。
「ちょっ、エリカ? 歩きにくいんだけど?」
「…………」
「というかリコも何でくっつくの!?」
「「…………」」
傍から見れば羨ましい限りな光景だが、今日に限っては止める者――アルフレッド――がいない。何故ならアルフレッドはルメリオス王国の騎士団長という立場があるのだ。同盟国のユグドラシルとは言え、簡単には入国できない。それゆえ仕方なくセイジたち3人だけで【アマレク】まで来ていた。
当然アルフレッドは反対したのだが、既にセイジたちはアルフレッドよりも強くなっているので、最終的には不本意ながら了承することになった。ちなみにアーサー王子も同様の理由で【アマレク】には来ていない。
しかし問題もある。セイジたちはこの世界では成人を過ぎた年齢であるのだが、まだ若いことには変わりないのだ。いつもなら見た目強そうなアルフレッドが抑えになっているのだが、今のセイジたちは良い鴨にしか見えない。
「おいおい、昼間っから可愛い娘を連れていい身分だなぁ!」
「てめぇみたいな弱そうなのがなんで【アマレク】に来てんだよ」
「ちょっと強くなった気になって思いあがってんだろ? ぎゃはははっ!」
「そっちの嬢ちゃんたちもそんな男より俺たちと一緒に行こうぜ! 何せ俺たちはCランク冒険者だからな」
そう。
セイジたちは一部の者の中では有名になっているのだが、知らない者もいる。特に勇者であることを知っているのは様々な情報を集めているBランク以上の一流と呼ばれる冒険者ぐらいだ。確かにCランク冒険者ともなれば上級者の扱いだ。冒険者の数としてもCランクはそれほど多いわけではない。しかし見た目で強さが決まらないがこの世界のシステムだ。事実、セイジたちはAランク冒険者の中でも上位クラスであり、目の前に立ちふさがる男たち程度は相手にならない。
高笑いをしている男たちに対するリコやエリカの視線は冷たく、セイジたちの実力を知る高ランクの冒険者からも憐みの表情が見られる。しかし周囲の様子にも気づかない彼らはセイジが何も言わないのをいいことに好き勝手なことを口にしていた。
「お前みたいなのが相手だと夜の方も貧弱なんだろうなぁ!」
「ぶはっ! ちげぇねぇ!」
「何なら俺たちで相手してやろうぜぇ」
「ほらほら、こっちにおいでよ嬢ちゃんよぉ」
男たちの装備品は確かに良い物であり、体格も優れている。だが冒険者らしい無精髭やボサボサの髪が不潔感を醸し出し、さらにその言動が見た目以上に品格を下げていた。
下品な笑みを浮かべる彼らに対する視線は厳しくなっていき、特に女性冒険者からは軽蔑と侮蔑の感情が浮き出ていく。リコとエリカも嫌そうな表情を浮かべながらセイジの後ろに隠れた。
「うざいです」
「死ねばいいのに」
「ちょっ、二人とも……」
Cランク冒険者を名乗る四人の男たちが相当に嫌だったらしく、リコとエリカは虫を見るような目で毒を吐いていた。セイジとしてはこのまま放置しても問題はないのだが、リコとエリカが嫌がっているのならば話は別だ。仕方なくセイジも口を開く。
「はぁ、これから魔物の大群と戦いになるんですよ? バカなことを言ってないで武器や防具の整備でもしたらどうですか?」
セイジは精一杯相手を気遣った発言をしたつもりだった。もちろんスタンピードの魔物と戦うために【アマレク】まで来ているのだから武器防具の整備は当然必要となる。その他にもポーション類の回復アイテムなどの準備もしなければならない。
だが正論であるがゆえに、Cランクの男たちはセイジが自分たちを煽っているように感じてしまった。
「ああっ!? てめぇ舐めてんのか?」
「こっちはCランクパーティの『爆砕の斧』様だぞ?」
「四人を相手にして勝てると思ってんか?」
「前哨戦にてめぇを血祭りにしてやらぁっ!」
「えっ? な、なんでそうなるの!?」
その態度がますます相手を煽っているのだと気付かないセイジは何がいけなかったのか分からずに混乱する。だが考えている暇など無い。
男の一人が問答無用でセイジに殴りかかり、他の三人も取り囲むようにして移動していく。彼らはそれなりの常習犯らしく、無駄に手慣れていた。いつもならば……相手が格下ならば非常に上手くいく手なのだろう。しかし今日だけは相手が悪かった。
「クソッ! なんで避けるんだ!」
「だって殴られたら痛いじゃないですか」
「うっせぇ。大人しく殴られろ!」
「うわっ! 危なっ!」
後ろに隠れているリコとエリカに被害が及ばないように回避を続けるセイジ。予想外の身のこなしにセイジを知らない一部のギャラリーは感嘆の声を漏らしている。しかし殴りかかっている男は余裕で回避を続けているセイジに苛立ちを募らせていた。
そんな男に対してセイジたちが逃げ出せないように取り囲んでいた男の一人が声を荒立てる。
「おいっ! 早くやっちまえ!」
だが相変わらず攻撃は当たらない。
セイジはどうにか平和的に解決しようと模索しつつ回避しているのだが、その余裕の表情がますます男を煽っている原因になっているとは気付かない。
そして男の方も後には引けない状況になっていた。騒ぎに気付いた冒険者たちのギャラリーが徐々に増えているため、男が一発攻撃を外すたびに恥をかかされていることになるのだ。このまま一度も攻撃が当たらなかったとなれば完全に名折れである。パーティ名まで名乗ってしまったのは失敗だっただろう。
(うーん……諦めてくれそうにないなぁ。街中で武器を抜くわけにもいかないし、だからといって魔法を使うのも拙いし……)
真面目思考のセイジは街中で防衛手段としてもスキルを使うことが躊躇われ、結果として回避に徹することになっていた。専守防衛の日本的な考え方が染みついているためか、どうしても先手を取るという考えが浮かばないのだ。相手が魔物ならばその考えも捨てることが出来るのだが、人となると無意識に傷つけることを避けようとしてしまう。
勇者としては良いことなのだが、この世界エヴァンを生きる上では甘すぎる考え方だった。今まではアルフレッドという有名な保護者が居たが、今は頼ることが出来ない。今一つ手を打てないセイジに痺れを切らしたのか、リコとエリカが小声で催促を始める。
「清二君。やっちゃってください」
「こんな社会のゴミは処理するべきだよ!」
「ちょっと二人とも過激すぎない……? なんだか言葉の意図を聞いちゃいけない気がするんだけど!?」
女は度胸……というだけあって、この世界で生きていく上ではリコとエリカのほうが正しい認識を身に付けていた。普段から仁義なき女同士の戦いを繰り広げていた彼女たちはセイジの知る以上に攻撃的だった。寧ろ守りに徹するセイジがヘタレに見えてくるほどである。
周囲からの野次にも攻撃を外し続ける男の他に、避けるだけのセイジに対するものもあった。それでも9割以上がCランクパーティの男たちに対するものなのだが。
そして遂に我慢の限界が切れた男は奥の手を使う。
「おい! お前ら武器を抜け! 全員でやるぞ!」
「待て……さすがに街中で武器を抜くのは……」
「うるせぇっ! お前は虚仮にされたままでいいのかよっ!」
「そ、そりゃぁ……」
「ほらやるぞ」
多少の反論もあったがCランクパーティ『爆砕の斧』のメンバーはセイジたちを取り囲んだままそれぞれの武器を手に持つ。斧とパーティ名に付くだけあって、四人は斧に関連する武器を持っていた。
先程からセイジを攻撃していたパーティリーダーの男は右手にバトルアックスを握って構える。両脇から囲んでいる二人はハルバードとポールアックスをそれぞれ手に持ち、セイジたちの逃げ道を塞ぐように背後に立っている男は斥候職も兼ねているらしく、二本のトマホークを取り出して両手に持った。
しかし『爆砕の斧』はこの時点で諦めて退散しておくべきだったのだ。たとえ恥をかかされようとも、武器を取り出す前なら大きな罪には問われなかった。しかし街中で武器を取り出して攻撃の意思を示した時点で衛兵の世話になることになる。
そして最も大きな間違いは防衛に徹していたセイジを攻撃に転じさせる理由を与えてしまったことだった。
「これで正当防衛が成り立つよね!」
そういってセイジは腰に下げられた愛用の武器……聖剣を引き抜く。レベルアップと共に取得するスキルポイントを使用して任意のスキルを入手出来るという勇者仕様の装備品。ルメリオス王国に二つとない装備であり、防具の聖鎧と共にリング・オブ・ブレイバーという指輪に収納することが可能である。
そしてセイジはようやく正当防衛が成り立ったと考えているが、それは大きな勘違いだった。男たちが不当に絡んできた時点で正当防衛権が発生しており、死なない程度ならば武器を使った攻撃をすることが認められているのだ。周囲に証人となる冒険者も十分にいたことからセイジが罪に問われることはなかっただろう。その勘違い故に『爆砕の斧』は首の皮一枚で繋がっていたのだが、武器を抜いてしまったことで少なくとも牢獄行きは確定してしまった。
「やれっ!」
バトルアックスを握ったリーダーの男の指示で他の三人が飛びかかる。やっていることはチンピラ並みだが、その実力は確かにCランク冒険者なのだ。常人では対処できないほどの攻撃であり、一見ひ弱なセイジは簡単に取り押さえられるかのように思われた。
しかしセイジは異界から召喚された勇者。ステータスにも補正が掛かり、レベル以上のパフォーマンスを誇っている人族の希望なのだ。戦いにも慣れた今ならば彼ら程度は簡単に対処できる。
「《魔障壁×3》……《魔法剣術:雷》!」
魔力による障壁を創りだす《魔障壁》を両脇と背後に配置してリーダーの男以外の攻撃を阻止。そして《剣術》から派生した《魔法剣術 Lv6》のスキルで聖剣に雷属性を纏わせ、身を低くしながら飛び出してリーダーの男の鳩尾を柄で打撃した。
「ぶっ!」
「あがっ」
「べはっ!」
「あがぁっ!」
リーダーの男は鳩尾の衝撃と雷属性による電流で意識を奪われる。勢いよく飛びかかったことでセイジの《魔障壁》に鼻から激突してしまった他の三人は激痛に悶え、思わず武器を手放した。その隙を逃すことなく、セイジは《魔障壁》を解除して《魔法剣術:雷》で次々と意識を奪っていった。
この間僅かに五秒である。
「……ふぅ。こんなものかな?」
「さすがセイジね」
「ふふふ。頼りになります」
「そうかな?」
リコとエリカに褒められて照れくさそうにしているが、セイジの動きは間違いなく一流以上だった。Cランク冒険者四人を一瞬で沈めたのだから周囲の驚きも当然である。そして何より二人の仲間を守りながら剣の柄だけで相手の意識を奪ったのだ。セイジたちの実力を知らなかった者たちは自分たちが絡まなくて良かったと『爆砕の斧』へ冥福(死んではいない)を祈り、知っていた者たちも改めてセイジの実力を見て予想以上だったと目を見開いた。
「おい! どうしたっ! 道を空けろ!」
丁度そこへ誰かが呼んだ【アマレク】の警備兵が群がる冒険者たちを掻き分けながら近づいてきた。彼らは商人たちの荷物チェック係も兼ねた街の警備員であり、当然ながら種族はエルフである。
緑と茶色という自然を意識した色遣いの制服を纏った警備員は横たわるガラの悪そうな男四人と冒険者たちの中心に立っているセイジ、リコ、エリカの姿を見て何かを察したかのように声を掛ける。
「何となく予想はできるが……そこの男女三人は事情を説明してくれるかな?」
「はい、えっとですね―――」
エルフの警備員は偶に周囲で見ていた冒険者に確認を取りながらセイジの話す事件の顛末に耳を傾ける。とは言っても完全に『爆砕の斧』が悪者だと確信していたため、どちらかと言えば調書を取るための義務的な作業に過ぎなかったのだが。
そして大体の事情を聴き終わった警備員のエルフは軽蔑の視線を横たわる男たちに投げかけつつ口を開いた。
「わかった。証人も多いようだし、君達は被害者で正当防衛だったと認める。魔物どもを滅ぼし尽くすって時にナンパなんかしていた不届き者はこちらで厳重に注意しよう。きっと牢を出てくるころには従順な光神シン様の信徒になっているハズだから安心したまえ!」
「ほ、ほどほどにしてあげてくださいね?」
「はっはっは! エルフは手を抜かない。いいね?」
「……はい」
改めてエルフの信心深さに引くセイジ。自分が倒した男たちの冥福(何度も言うが死んではいない)を祈りながら連行されていくのを眺めているのだった。
尤も、もしもこのエルフの警備員がセイジたちの正体……つまり光神の勇者一行だと知っていれば、調書を取ることなく『爆砕の斧』の処刑が決まっていたことだろう。そうなれば本当に冥福を祈ることになっていたかもしれないのは笑えない話である。