EP102 骸骨近衛騎士
「カチ……カチカチ!」
ガチャガチャと音を立てながら態勢を立て直すロイヤル・スケルトン・ナイト。クウの抜刀による一撃を喰らったにも拘らず、《気纏》というスキルのお陰で傷一つ見られない。物理的なエネルギーは相殺されない故に吹き飛ばすことには成功していたが、ロイヤル・スケルトン・ナイトのHPを少ししか減らすことが出来ていなかった。
フルフェイスの兜の隙間からは眼孔の魔力光が漏れ出しており、憎悪に満ちた意思が感じ取れる。攻撃を仕掛けたクウをターゲットしたらしく、ロイヤル・スケルトン・ナイトは殺意の籠った波動を放っていた。
「意思を具現化させて纏うってだけはあるな。見てるだけで殺意が伝わってくる」
ロイヤル・スケルトン・ナイトが纏っている黒いオーラは、アンデッドとしての生者を憎む本能と、王であるキングダム・スケルトン・ロードから賜った命令から来る意思が混ざり合い、凄まじい強度と耐性を誇っていた。
クウは斬りつけた時の衝撃で痺れる右手に視線を向けながらそう呟く。
まるで金属の塊でも殴っているような感覚を覚えたが、攻撃力を倍加する《抜刀術》のお陰で吹き飛ばすことには成功している。ここで弾かれていたら大きな隙を晒すことになっていただろう。
「カチカチカチ……カチカチ!」
歯を鳴らしながら剣と盾を構えるロイヤル・スケルトン・ナイト。《森羅万象》によると、スケルトンは歯を規則的に鳴らすことによって意思疎通を図っている。モールス信号のように歯を連続で鳴らす回数や間隔によって一定の意味が存在するのだ。クウが本気で《森羅万象》を使って解析すれば、スケルトンの言語も理解できるようになるのだろうが、今は余裕がないのでするつもりはない。
何より、そんなことをせずとも目の前のスケルトンの言いたいことは十分に伝わっていた。
コ・ロ・ス
クウだけでなく、リアにもその意思を感じ取ることが出来ていた。
ゾクリとした悪寒を感じ、リアは一瞬だけ意識をロイヤル・スケルトン・ナイトから逸らす。種族もステータスも格上である存在の殺気を直に感じたのだから仕方ないだろう。だがその一瞬の隙は余りにも致命的だった。
「リアっ!」
「えっ?」
気が付けばリアの目の前には剣を振り下ろそうとしているロイヤル・スケルトン・ナイトが立っていた。《気纏 Lv9》による身体能力の向上によって、数倍に膨れ上がったステータスではクウですらもその姿を追いきれない。リアの方へと向かっていくロイヤル・スケルトン・ナイトを目で捉えるで精一杯だった。
基本的に後衛であるリアが格上の前衛による攻撃を避けきれるはずもなく、振り下ろされた剣はリアの心臓を左肩から切り裂いて真っ二つにした―――――
――――ように見えた。
「っ!?」
切り裂かれて見えたのはギリギリで発動したクウの幻術。
リアの姿は霞のように消えてなくなり、代わりにその姿は斬撃より数十センチほど奥側に現れる。剣圧でリアの白ローブや栗色の髪が激しく揺れるが、その身体には傷一つ付いていない。しかし何が起きたのか理解できないリアは、殺されかけていたことを自覚してペタリと座り込んでしまった。
クウは拙いと考えて即座に行動に移す。
驚愕して動きを止めた隙を突いてロイヤル・スケルトン・ナイトの背後からクウが神刀・虚月で切り付けた。心臓部の魔石を狙った正確な一撃だったが、《気配察知》のスキルで攻撃を感じ取ったロイヤル・スケルトン・ナイトはギリギリで反応して身を逸らしながら左手の盾で攻撃を防ぐ。
しかし今回の一撃は魔力を通した神刀・虚月によるものだ。咄嗟に盾で防いだが、見事にすり抜けて必殺の斬撃を設置することに成功する。
「外したか。まぁいい」
スケルトンの本体である魔石を狙った一撃だったのだが、攻撃はロイヤル・スケルトン・ナイトの盾と左手を切りつけるだけに終わった。満足のいかない結果ではあるが、今度こそ攻撃に成功した。
クウは神刀・虚月を鞘へと納め、万象を切り裂く事象切断能力を発動させる。ロイヤル・スケルトン・ナイトが纏っていたはずの黒いオーラも関係なく盾は切り裂かれて真っ二つになり、同時に左手首も切り落とされた。
「カチキチッ!?」
何だと!?
とも言っているように聞こえたが、クウにとっては何を言っていようとも関係ない。大切な身内であるリアに手を出されて少し本気になっていた。
「《身体強化》《魔纏》《魔装甲》……翼解放」
魔力を使って肉体能力を強化し、魔力を全身と武具に纏わせて、さらに天使の翼も開放する。もはやクウの中に躊躇はなく、妹を攻撃したスケルトンの近衛騎士を完膚なきまでに滅ぼすつもりだった。
背中に現れた3対6枚の灰色の翼は触手のように動いてロイヤル・スケルトン・ナイトを上空に吹き飛ばす。それと同時に大きく羽ばたかせて飛翔し、吹き飛ばされて空中で回転するロイヤル・スケルトン・ナイトへと追いついた。
「―――『閃』」
クウは静かに神刀・虚月の鯉口を切って抜刀し、問答無用で切り刻んでから納刀する。
この間僅かに一秒。
当然ながら魔力の通された攻撃であったため、神刀を鞘に収めた瞬間にロイヤル・スケルトン・ナイトの全身に斬撃が奔った。《気纏 Lv9》による耐性など無視してロイヤル・スケルトン・ナイトの装備が切り刻まれ、残骸と化して崩れ落ちる。だが、本体には傷一つない。何故なら意図的に装備品だけを破壊したから。
「楽に死ねると思うなよ……」
クウは体の捻りを加えながら灰色の翼を叩き付けて、ロイヤル・スケルトン・ナイト本体を直接攻撃する。凄まじい威力で地面に激突したロイヤル・スケルトン・ナイトだが、防具を壊されたとは言えども《気纏 Lv9》は発動したままである。傷自体は無いに等しい。しかしいくら傷つかずとも衝撃だけは殺せないのだ。ロイヤル・スケルトン・ナイトは地面に激突して大穴を空けて動きを止める。
「鎖よ……縛れ」
ポツリとクウが呟いた瞬間に大量の鎖が地面から飛び出てロイヤル・スケルトン・ナイトの体を地面に縛り付けた。
この鎖は《幻夜眼》による幻術の鎖。世界すらも騙して幻影の鎖を創りだし、対象を縛り付ける。現実には鎖など無いのだが、それを鎖だと知覚してしまうことで自分が動けないと錯覚する。このただの思い込みが幻術を現実に近づけるのだ。
幻術を破るためには相応の耐性や精神力が必要となる。それは意思力とも置き換えることが出来、何事にも揺るがない確かな意思さえあれば幻術に抗うことが出来るのだ。
そして《気纏》のスキルは意思力を具現化させて耐性と身体能力を得る能力だ。当然ながら幻術に対しても強い抵抗力を持っている。しかし【魂源能力】と【通常能力】では能力の効果に圧倒的な格の差が存在する。故にロイヤル・スケルトン・ナイトはクウの幻術を完全に無効化することは出来なかった。
「カチ……カチカチ」
在るはずのない鎖で地面に縫い付けられたロイヤル・スケルトン・ナイトは必死に抵抗する。武器も防具も何故か《気纏 Lv9》を無視したかのようにバラバラに切り裂かれ、現在は動きすらも封じられている。クウに生かす意思が見えないことから、次の攻撃はトドメの一撃で間違いないと理解していたのだ。そしてそれは正しい。
クウは両手に正反対の性質を持つ魔力をそれぞれ集め、詠唱しながらそれを合成していく。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和せよ、拒絶せよ
朱き月は遂には滅びる―――』」
右手には黒の闇。
左手には白の光。
相反するエネルギーはクウの胸の前で合成され、雷のような白と黒の閃光を迸らせている。二つのエネルギーが融合することで出来たのは不気味な赤色の球体。暗い血の色を思い浮かべさせる直径十センチほどのソレはバチバチ同じ色の雷を纏っていた。
「『―――甦ること能わざるなり
今、この世界に滅亡の閃光を!
《月蝕赫閃光》』」
暗闇に映える消滅の暴威《月蝕赫閃光》は一直線にロイヤル・スケルトン・ナイトの方へと飛んでいく。鎖で縛り付けられたロイヤル・スケルトン・ナイトも、クウの放った魔法の異常さに気付いて必死に逃げようとするが、幻術の鎖を解くことが出来ない。
赤い球体はそこそこの速度で飛来していたハズなのだが、ロイヤル・スケルトン・ナイトにはそれが何倍にも長い時のように感じられた。
「弾けろ」
消滅のエネルギーは一気に膨張し、その直径を50倍ほどに変化させる。触れた存在を「消滅」という概念で消し飛ばし、塵どころか分子一つ残さない《月魔法》。動けないロイヤル・スケルトン・ナイトは一瞬で赤い閃光に飲み込まれた。お椀状に抉り取られた大地の跡には何もなく、球状の傷跡を残したのだった。
如何に魔物の世界が弱肉強食とはいえ、クウの目の前でリアを狙ったことは大きな失敗だっただろう。その行為は眠れる獅子の尻尾を踏みつけることと同義。珍しくキレかかったクウは、容赦なくロイヤル・スケルトン・ナイトをこの世から消滅させた。
「…………」
「大丈夫かリア?」
相手の完全消滅を確認して、クウはリアの元へと下降する。リアの顔は若干青くなっており、恐怖で震えているのが見て取れた。
リアからしてみれば、ロイヤル・スケルトン・ナイトは圧倒的に格上の存在。直接向けられていなくとも、その相手からの殺気を受けて気絶しなかっただけで十分である。クウは完全に規格外化してしまったのだが、リアに関しては人という種族の域から出ていない。そもそも魔の蔓延る山脈に挑むのが間違っているようなステータスだ。
しかし、それでも相手の動きに付いていけなかったのも事実。少し強い雑魚程度なら無双できても、支配者クラスの魔物となれば途端に敵わなくなる。そのことをまざまざと見せつけられたのだ。彼女のショックは隠しきれない。
「…………」
クウが近づいても気づかない様子で《月蝕赫閃光》が炸裂した場所を見つめ続けるリア。どんな言葉を掛けるべきかと一瞬だけ考えたクウは、こう結論をくだす。
(ちょっとリアには早すぎたかな……今まで俺のペースで急ぎ過ぎた。ちゃんとリアのことも考えてやらないと兄失格だよな)
あまりにも自然に人外となったクウを受け入れたリア。だからこそクウは甘えてしまっていたのだろう。リアのステータスは人の領域に留まっていることを知っていたハズだが、どうしてもクウは自分を基準にして物事を考えてしまっていた。
月照らす人魔の境界。
最初の夜はそうして幕を閉じた。
次は来週の土曜に更新





