EP101 《気纏》
「ん?」
「どうかしたのですか兄様?」
数えるのも億劫になる程のスケルトンに囲まれた場所で休憩していたクウとリア。しかも二人の周囲に佇むスケルトンたちはレベル70オーバーという常軌を逸した個体ばかりだ。だが、その全てがクウの魔法によって支配権を奪われ、命令待機状態になっている。
満月の夜という発動条件があるのだが、効果は十分以上。自由意思がほとんどなく、本能のままに生者を襲うか、強い意思をもつ上位個体に操られるかしかしないスケルトンが身動き一つせずに立ち竦んでいる光景は中々に圧巻だった。
しかしクウはその中で動いている気配を感じ取る。まだ魔法の効果は続いているので普通のスケルトン程度が動けるはずがないのだが、確実に何かがこちらへと迫ってきていた。
「何者かが近づいている。それもかなり早いな」
「どちらからですか」
「―――あっちだ」
クウが指さしたのは山頂の方面。つまり二人がこれから進む予定の方向だ。
だが麓の方面から近づいてくるならまだしも、山頂から近づいてくる者は確実に只者ではない。ここは万の魔物が闊歩する領域なのだ。特に山頂ともなれば確実に上位個体も存在しているだろう。そんな方面から来る存在に警戒を抱かないのは素人以下だ。当然ながらリアも《魔力感知 Lv3》に集中しながら杖を持って立ち上がる。
「油断するなよ?」
「もちろんです」
クウも虚空リングから神刀・虚月を取り出して右手を柄にかける。先ほど大きく消費した魔力はほとんど回復しており、戦闘にも支障はない。《魔力支配》のお陰で空気中の魔素を変換して体内に取り込めるため、普通よりも早い回復が望めるのだ。一種の瞑想のようなものだが、地球に居た頃も含めて長く武術に触れてきたクウからしてみれば容易い。
リアも大量のスケルトンを浄化するために半分ほど魔力を消費していたが、元の魔力量が多いのでまだまだ戦える程度には残っている。それにいざとなったらMP回復ポーションもあるのだ。連続して何度も使えるものではないが、今日は一本も服用してないので今のところは問題ない。
「見えたぞ!」
クウはリアより数歩分前に出て構える。視線の先には佇むスケルトンを薙ぎ倒しながら一直線に突き進んでくる何かが見えており、20秒もしない内に辿り着くことが予想できた。
遠目から確認できるのは大きさが普通のスケルトンよりも少し高い程度であること。スケルトンは人とほとんど同じ身長なので、大体二メートルほどの大きさだと判別できる。そして月光に反射して全身鎧を纏っていることが見て取れた。
土煙と共に薙ぎ払われたスケルトンたちが宙を舞っており、クウにはアレは味方なのかという考えも浮かんだが、それはすぐに否定されることになる。
兜の隙間から見える青白い光は間違いなくスケルトン特有の眼孔に灯る魔力光の輝きだ。つまりアレはスケルトンの上位種ということになる。それも《権限執行:夜》も効かないほどの高位な個体だ。
「リア! すぐに詠唱を始めろ! 広範囲の浄化系魔法を全力で撃て!」
「は、はい!
『清浄なる大地よ
万の悪意を消し去り給え
顕れしは神聖の領域
支配するは神の真意
神気を以て打ち払う
不浄なるものよ
この地を立ち去れ
《聖域》』!」
リアは先程と異なり、最大範囲最大威力の《聖域》を放つ。範囲重視で威力を落としていた時とは異なり、激しい光が辺りを蹂躙して佇むスケルトンの大群を塵に還していく。その辺のアンデッドならば一秒と経たずに浄化してしまう光の領域はリアを中心として一気に広がり、高速で迫っていた上位個体と思われるスケルトンも領域に飲み込まれた。
周囲は昼間のように明るくなり、《聖域》の範囲外にいるスケルトンたちでさえも漏れ出た光に焼かれて少しずつ浄化されている。レベル100を越えた光魔法使いの全力の一撃はまさに伝説級。これほどの威力ならば、かつて虚空迷宮の70階層で戦った死霊魔導士リッチですらも一撃で屠ることが出来るだろう。
「ついでだ!
『一条の光
全てを貫け
《閃光》』」
追加とばかりにクウが打ち込んだのは極太のレーザー光線。こちらは迷宮のリッチを実際に一撃で瀕死に追い込んだ攻撃魔法だ。極大の閃光は二人の視界を埋め尽くしつつも一直線に目標のスケルトン上位個体へと向かう。認識不可能な光速の攻撃を避けられるはずもなく、膨大なエネルギー密度を持ったレーザーが山脈の斜面を抉り取った。
それと同時にリアの《聖域》も効果が切れ、辺りは夜の暗闇へと戻っていく。月明りが山脈の尾根を照らしているが、先ほどの昼間のような光には敵わない。二人には一気に暗くなったかのように感じられた。急激な光度の変化に目が付いて行けず、二人は感知系スキルを駆使して周囲の様子を確認する。
「……おいおい、まさか生き残るとはな」
「もしかしてスケルトンではない……とかでしょうか?」
「いや、確かに青白い魔力光が見えたからスケルトンで間違いないだろ。ただし予想外に強力な個体みたいだけどな」
二人の感知では周囲にいたスケルトンは一掃され、まだよく見えない視界にも綺麗に片付いている光景が映っていた。だがとある一点。クウが《閃光》で狙い撃ったスケルトン上位種と思しき存在だけはまだ残っていたのだ。
「この距離ならいけるか……? 《森羅万象》」
再び暗さに慣れてきた目を使って動きを停止させているスケルトン上位種に《森羅万象》を使う。世界に情報を開示させる最上位情報系スキルによって、クウの視界の端にはステータスが映し出された。
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― 107歳
種族 ロイヤル・スケルトン・ナイト ♂
Lv184
HP:23,821/26,322
MP:9,549/9,549
力 :28,952
体力 :27,510
魔力 :18,635
精神 :28,447
俊敏 :25,281
器用 :22,478
運 :37
【通常能力】
《剣術 Lv8》
《盾術 Lv8》
《気纏 Lv9》
《気配遮断 Lv5》
《気配察知 Lv6》
《状態異常耐性 Lv6》
【称号】
《近衛騎士》《超克の意思》《到達者》
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《気纏》
意思力を具現化させて纏う奥義。
体だけでなく、武器や防具にも纏うことで
非常に高い耐性を得る。耐性は単純な硬さに
留まらず、属性的、呪術的な耐性も兼ね備え
ている。
さらに身体能力を引き出すことによって普段
の数倍の運動能力を得る。
この能力の使用時には纏った個所がオーラに
よって覆われるが、オーラの色については個
人差が現れる。
《気配遮断》
無意識に放っている意思を遮断し、自然に溶け
込む能力。
これを破るにはより高位の《気配察知》能力が
必要となる。
「光魔法は《気纏》で耐えたってことか!」
よくよく注意して見ればロイヤル・スケルトン・ナイトの周囲には黒い揺らめきが漏れ出でおり、強力な意思力を感じさせる。
「やれば出来る」「病気は気から」と地球でも言うように、意思の力は意外と侮れない。それを具現化した《気纏》は、纏うことであらゆる耐性を得るという。それだけでなく身体能力を引き出すことで普段以上の力を引き出せるのだから、かなり優秀な能力だと言えた。《身体強化》とも一部被っているように思えるが、こちらは魔力を使って無理に肉体を強化しているに過ぎない。普段はセーブされている本来の力を引き出す《気纏》とは別物の能力だ。
「リア、暗くて見えにくいかもしれないが、あいつの周囲に黒い何かが揺らめいているのが分かるか?」
「はい」
「奴はあれで光に対する耐性を得ているみたいだ。MPは消費していないからいつまで展開され続けるかは分からない。そして何より奴の名はロイヤル・スケルトン・ナイトだ。つまりアレが守っている王が居ると言うこと。ファルバッサの言っていたキングダム・スケルトン・ロードだろうな。
奴を倒すことでそいつまで出てくる可能性もあるし、アイツ以外の同等個体も参戦していくるかもしれない。連戦を意識したペース配分をしろ!」
「わかりました。では私は範囲回復の魔法で兄様の回復と攻撃を同時に行います。兄様は出来るだけロイヤル・スケルトン・ナイトを引き付けながら接近して戦ってください」
「オーケー。その作戦で行こう」
二人は手短に作戦会議を終えて戦闘を開始する。
リアは一歩下がって「浄化」の特性を備えた回復属性魔法の準備をし、クウは一気に飛び出してロイヤル・スケルトン・ナイトへと肉迫した。左手の親指で鯉口を切り、抜刀の姿勢を取る。普通は待ち構えてカウンターのように居合を放つのだが、朱月流には走りながらの抜刀も視野に入れているため問題はない。
平均ステータス20,000越えのロイヤル・スケルトン・ナイトすらも凌駕するクウの能力を以てして瞬時に懐に潜り込み、一気に刀を振り抜いた。
「『閃』」
その瞬間にクウの右腕がブレて目では追いきれなくなる。スキルレベル×1.5倍の速度と攻撃力になる《抜刀術》スキルのお陰で、この瞬間のクウの攻撃は神速の域へと達した。《抜刀術 Lv8》のクウの攻撃速度は実に12倍にもなる。如何にロイヤル・スケルトン・ナイトが強くとも避けられるはずがなかった。
ガッ!!
クウの攻撃をまともに喰らったロイヤル・スケルトン・ナイトは大きく吹き飛ばされて山脈の斜面を抉りながら転がっていく。土煙が舞い、確かな攻撃の手ごたえを感じたクウだが、その顔には驚愕の表情が見て取れた。
「……嘘だろ。ちょっと侮ってたな」
そう。確かにロイヤル・スケルトン・ナイトに神刀・虚月の斬撃が直撃したのだ。様子見も兼ねて魔力は通していなかったのだが、それでも元からかなりの切れ味を誇っている。あの攻撃力と攻撃速度なら大抵のものは切り裂けるハズだった。
だがクウが感じたのは何かを切り裂く感触ではなく、殴りつけて吹き飛ばした反動だけ。つまりロイヤル・スケルトン・ナイトは全く斬られていなかったのだ。
「《気纏 Lv9》の耐性強化は相当だな。そりゃ俺たちが撃った光魔法に耐えたんだし当然か」
確かにロイヤル・スケルトン・ナイトのレベルは二人よりも高く、ステータス面ではリアの遥か上を行く。それでもクウのステータスよりは下なのだが、《気纏》を使って弱点属性すらも耐えて見せた。
様子見などせずに初めから魔力を通した神刀・虚月で切っておけば良かったと後悔する。
だが後悔先に立たず。過ぎた時間は戻らない。
クウの視線の先には雰囲気の変わったロイヤル・スケルトン・ナイトが立ち上がっていた。
 





