EP99 湧き出る死者
月下の元、鋭い斬撃が閃きスケルトンが両断される。夕日は既に沈んでおり、頼りになるのは月と星の明かりだけだ。偶然にも今日は満月の日であり、さらにスケルトンたちの眼孔に輝く魔力光のお陰で視界の確保には困らない。
「取りあえず俺がリアを守護するから浄化系の魔法で一掃しろ! スケルトンのレベルは70ぐらいだから中級程度で一撃だ」
「わかりました」
クウはリアの周囲で舞うように刀を振りながら近寄るスケルトンの群れを撃退していく。スケルトンという魔物は体内の魔石が本体であるため、多少骨を砕いた程度なら動き続ける。そこでクウは鞘の打撃攻撃や蹴りを中心とした攻撃でスケルトンを弾き飛ばしていた。
数が多いだけに普通は対処が間に合わないのだが、クウの天使としてのステータスやスケルトンの俊敏値の低さから何とか撃退に成功している。だがそれも時間の問題だ。数は力と言うだけあって、死ににくいスケルトンが何百体と同時に迫ってくると一人では限界がある。
しかしここで出番となるのがリアの魔法だった。
「『浄化の光
迷いし死者を天に還さん
聖なる力をここに
《不死者浄化》』!」
クウ直伝の詠唱省略式浄化魔法の光が一帯を包み込む。一般によく使われるアンデッド対策の浄化魔法なのだが、リアの高い魔力値が相まって凄まじい範囲と威力を発揮した。
「キチキチキチキチ……」
「カタカタ」
「ギギ……カタ……」
「カタカタ……カタ……」
普通よりもレベルの高いスケルトンだが、リアからすれば格下。クウには及ばずともLv100を越えた証である称号《到達者》を持っている彼女の敵ではない。
リアを中心として半径20mのスケルトンたちが浄化され、体を構成していた骨は灰に還る。後に落ちていたのはアンデッドの本体としての性質を失った魔石だけだ。
浄化の魔法が使えない場合はこの魔石を砕くか、骨の体を粉砕するしか倒す方法がないので、冒険者たちにはかなり実の入りが悪い魔物として知られている。冒険者ギルドでもスケルトン関連の依頼は最後まで掲示板に残っていることが多いぐらいだ。仲間に光や回復属性の魔法が使える者がいれば問題はないのだが、珍しい属性であるためそれは難しい。そもそもこれらの属性が使えるならば冒険者以外にも儲かる仕事はいくらでもあるのだ。
一応《炎魔法》にも特性として「浄化」が含まれているのだが、熱によって魔石を破壊してしまうので実質使えない。
二人ともが光魔法を使えるクウとリアにとって、スケルトンの山は経験値とお金の山と同義だった。
「ナイスだリア!」
「次、詠唱します」
一度に数十体のスケルトンを塵に還したが、クウの《気配察知 Lv6》と《魔力支配》で感知できる数はまだまだ多い。《森羅万象》でスケルトンの数に関する情報を開示させると、既に千五百体以上も出現していることが分かった。
「次は上級を範囲重視でやれ。その方が効率がいい」
「はい
『清浄なる大地よ
万の悪意を消し去り給え
顕れしは神聖の領域―――』」
リアは上級に属する魔法の詠唱に入り、体内で魔力を高める。演算で威力を中級並みに落とし、その分範囲を広げるように改変させていく。簡単に言っているが、これもかなり高度な技術であり、天才とも呼ばれたリアだからこそできることだ。
クウはリアの詠唱中に近寄ってくるスケルトンを追い払いつつも適度に引き付け、出来るだけ多くのスケルトンが魔法の範囲に入るように調節する。
神刀・虚月で首を落とし、サッカーボールのように蹴り飛ばして他のスケルトンにぶつけたり、神刀の能力で空間上に斬撃を設置して迎撃したりと忙しく動き回る。魔力を流している神刀・虚月はあらゆるものを透過して斬撃を設置することができる。そして納刀した瞬間に斬撃が奔るようになっているので、近接戦闘における一対多では凄まじい効果を発揮するのだ。
そしてクウが時間を稼ぎつつもスケルトンを引き付けている間にリアの魔法が完成する。
「『―――支配するは神の真意
神気を以て打ち払う
不浄なるものよ
この地を立ち去れ
《聖域》』!」
魔法の発動と同時に半球状の領域が形成される。範囲拡大をした上級光魔法である《聖域》の効果範囲は半径100mにも及び、領域内を淡い光が満たしている。見るだけで心が洗われるような神聖さを放つ《聖域》の光はアンデッドのみならず、通常の魔物にも弱体化の効果が望めるほどの威力を持っている。しかしここではアンデッドのスケルトンしかいないので、それほどの威力は必要ない。そこで威力を落として範囲を倍ほどに拡大したのだ。
神聖な浄化の光を浴びたスケルトンたちは先ほど同様に灰に還って崩れ落ちていく。見た目には半球状の領域を創りだす魔法なのだが、実は効果は地中にも及んでおり、目に見える範囲だけでなく地中に潜んでいたスケルトンすらも完全に消滅させた。
格下とは言えレベル70ほどのスケルトンを一度に数百体と葬ったことでリアのレベルもいくらか上昇する。人という種はレベルが上がりやすい種族特性を持っているので、天人となったクウよりも遥かに簡単にレベルが上がるのだ。だからこそ今の内にレベルアップを図っておきたいと考えたクウなのだが、逆にこのままいくと再びリアにレベルが抜かされるのではないかと若干危惧する。
(まぁ……ステータス自体は勝ってるからいいか……?)
かなりの数のスケルトンが消滅し、クウにも少しばかりの休息時間が出来る。もう一度広範囲の魔法を詠唱してもよいが、夜は始まったばかりだ。スケルトンは夜行性ゆえに朝日が昇るまで出現し続ける可能性すらある。長期戦になる以上はMPを消費しすぎるのは良くない。MP回復ポーションもあるにはあるのだが、薬による無理やりな回復が通じるのは連続して二、三回までだ。
(俺は魔力を温存だな。無理そうなら飛翔して一旦隠れる場所を探そう)
《光魔法》と同様のことが出来る《月魔法》を持っているクウでも浄化は可能だ。だがスケルトンの数は減った分だけ増え続けており、どこまでで打ち止めなのかは予想もできない。《森羅万象》で開示させると「無限に湧き出る」という意味不明な回答が出てきたので当てにならなかったのだ。
(さすがに無限はないと思う……というかそう思いたいな)
数えるのも嫌になる程のスケルトンがいるのだろうと結論付けてクウは目の前の問題に集中する。結局は持久力の問題なのだ。二人で数千、数万ものスケルトンを相手にするのはさすがに無謀である。「矛盾」と「重力」で全ての物質を飲み込んでしまう《特異消失点》ならば山脈ごと消滅させることが出来るのだろうが、そもそも自滅覚悟の魔法なので使えるはずがない。前回のようにファルバッサの《幻想世界》で重力無効化でもしなければ敵味方問わずに吸い尽くしてしまうのだ。
「リア! MP残量は問題ないか?」
「あと八割ほど残っています」
「よし、先ほど同様に威力を中級程度に落として範囲重視の魔法で頼む」
「わかっています」
リアが三度目の魔法を放つために魔力を高めている間、クウは周囲に神刀・虚月による斬撃を設置していく。クウとリアを囲むようにして設置された斬撃の数は百近い。それが納刀と同時に炸裂するのだ。
あとはスケルトンたちが近寄って来るのを待つだけである。
リアの広範囲光魔法による浄化で半径100mは気配も魔力も感じられなくなっていたのだが、後続のスケルトンが次々と押し寄せて既に50mラインまで近寄っている。クウが斬撃を設置したのはリアを中心とした半径10m地帯だ。少し時間に余裕のあるクウは《魔力支配》に含まれる《魔呼吸》の能力で魔力を回復しておく。上手く応用すればリアにも魔力を譲渡できるのだが、それをするには時間がないだろう。
斬撃を設置した地点までスケルトンが近寄ってきたのを見計らって、クウは神刀・虚月を神刀の鞘に納刀した。
……カチン
納刀の音と同時に不可視無音の斬撃がスケルトンを蹂躙する。バラバラに引き裂かれ、中には魔石ごと両断された個体も居たが、知能が低く自我の薄いスケルトンたちは気にすることなく行進を続ける。
パキ……パキ……とスケルトンだった骨を踏みつけながら後続のスケルトンが二人の元へと押し寄せた。白い波を彷彿させる光景であり、通常のAランク冒険者程度ならそのままスケルトンの仲間入りを果たすことになるだろう。しかしここで再びリアの魔法が猛威を振るう。
「『――――
《聖域》』」
スケルトンの行進は塵となって消え去り、地中から密かに迫っていた個体も問答無用で浄化する。大地にはスケルトンが残した魔石が積もっており、これだけで一財産になりそうなほどの数に上っていた。だが欲に駆られて魔石を回収するような余裕などない。クウの感知ではスケルトンは全く減っていないのだ。
いや、リアが魔法を放つたびに減っているのだが、すぐに補填されて元の数に戻っている。クウの感知範囲外からも雪崩のようにスケルトンが押し寄せており、《森羅万象》が無限だと回答したことにも納得しそうになっていた。
《魔力感知 Lv3》を習得しているリアにも数を減らさないスケルトンに気付いており、このままではジリ貧になるだろうことは理解していた。
「クウ兄様、どうしますか?」
「演算と詠唱の時間に30分あれば、前に開発した超範囲浄化系殲滅月魔法で山脈ごと浄化できるけど……現実的じゃないよな」
「流石に30分を私だけで持たせるのは難しいです。《杖術》は出来ますけど得意ではありませんから」
その気になればファルバッサを召喚して上空に逃げ、30分を稼いで魔法を放つことも出来なくはないのだが、それではリアのレベル上げという目的が意味を為さない。
ここに来てクウは人魔の境界線を舐めていたと痛感していた。
「取りあえずリアはあと何回か光魔法を撃ってくれ。お前のMPが半分を切ったら俺が何とかするから……というか何とか出来る魔法を今から作る!」
「ええぇ……」
即興で魔法を作ると言うクウにリアは情けない声を上げる。
魔法を極めた天才にしか出来ないような新魔法の作成を簡単に成し遂げると言うのだから、そういった反応も仕方ないだろう。だがクウが即席で魔法を作ってみせるのは初めてではない。
改めてリアがクウの規格外さを実感しつつ、再び詠唱を始めた。
Lv70程度のスケルトンに対して威力は必要ない。見れば普通のスケルトンだけでなく、魔物ベースのスケルトン・ゴブリンやスケルトン・オーガなどもいるのが確認できるが、基本的な性能は通常のスケルトンと大差はないのだ。
「『《聖域》』」
戦闘開始から三度目の《聖域》。レベルアップによって少しずつ威力と範囲が上がっているのだが、リアにとっては好都合。範囲重視の浄化魔法は再三近寄っていたスケルトンたちを塵に還す。
格下であるため半分作業のような状態だが、それでもクウが魔法を作るまでの時間を稼ぐために何度か《聖域》を放っていく。そのたびにレベルが上昇するのが感覚で理解できたが、今は確認する余裕がない。リアはひたすらに魔力を高めては魔法を放ってスケルトンを殲滅させた。
「クウ兄様、まだですか? もうMPは半分を切りました!」
「ちょっと待て……よし、多分出来た! すぐに使うから最後に最大範囲で《聖域》を使ってくれ」
リアはクウに言われるがまま《聖域》を可能な限り広範囲化させて使う。地中も含めた見える範囲のスケルトンは為す術もなく灰のように崩れて消滅した。
既に見慣れてしまったスケルトンの浄化光景を眺めつつ、クウは状況打破の魔法を放つために魔力を練り上げた。
明日の10時にも投稿します