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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
ルメリオス王国編
10/566

EP9 朱月流抜刀術

4/5 大幅修正

 

 日も傾いて夕刻とも言えるこの時間帯は依頼を終えた冒険者がギルドへと押しよせる。冒険者に限らず、一般の住民も仕事帰りに夕食の材料を買って帰る者たちで通りは溢れかえっていた。そんな中で冒険者どうしが決闘染みたことをすると聞けば野次馬が集まってしまうことは仕方のないことだろう。そして中にはどちらが勝つかの賭け事を始める者さえいた。



「ロビンに小銅貨1枚賭ける」

「俺は大銀貨を賭けるぞ!」

「俺は大穴狙いであっちの小僧に大銅貨1枚だ!」

「大穴狙いなら銀貨ぐらい賭けろよ」

「う……」

「ロビンはDランク冒険者だからね。僕もロビンに大銅貨1枚」



 王都ではロビンソンは意外と知り合いが多いらしく、その実力も知れ渡っているらしい。ほとんどの人がロビンソンへとコインを投げていく。

 対するクウに賭けるもの好きはほとんどおらず、大穴狙いのギャンブラーや情けで小銅貨を賭ける優しい人ぐらいだった。とは言っても全くの無名であるクウに対する反応としては当然だったと言えるだろう。



「おいガキ! 逃げるなら今のうちだぞ? 今なら謝って金の一つでも差し出せば許してやるよ」



 クウの目の前にいるロビンソンはギャラリー共を味方につけたからか既に勝った気でいた。見下したような目を向けながら鼻で笑っているが、一方でクウの目は冷ややかなものだった。



「さっさと始めよう。誰かが審判でもやってくれるのか?」



 全くもって落ち着いた様子のクウを強がっているだけだと判断したロビンソンは眉を顰めつつも視線を観客の一部へと向ける。



「ふん。後悔するなよ? おい、ギル!」


「はいよ」



 ロビンソンが呼んで出て来たのはギルドの酒場でクウを煽ってきた冒険者の一人だった。恐らくロビンソンのパーティメンバーなのだろう。ロビンソンがギルを呼ぶときの声が、ただの知り合いを呼ぶ声ではない、親しみの籠ったものだったことからそう考えたのだ。

 呼ばれて出てきたギルという男は痩せ型のひょろりとした見た目で、背中には弓と矢筒を背負っていた。ギルはニヤニヤと口元を歪めながらおどけたように大袈裟な一礼をしてから口を開く。



「じゃ、俺がジャッジするぜー? ルールは相手を戦闘不能にすることだ。ただし殺すなよロビン? 坊主も怪我したくなかったら早めに降参しな」



 ドッとギャラリー沸く。

 彼らの中ではクウが負けるのはすでに確定事項らしく、誰も味方がいないというアウェイ過ぎる状況。一部の人たちはクウを憐みの目で見ているが、それでも試合を止めようとする者はいない。

 罵倒されようが実力を示せばいいと考えてクウも黙り込むが、逆にその行為がロビンソン側……審判役のギルを調子に乗らせた。



「おいおい、もうビビっちゃってんのか? と言っても試合は止めないけどな。クカカカカッ!」


「……」


「ふん、まぁいいや。行くぜ? はじめ!」



 何と言われようとも落ち着いたままのクウに冷めたギルはさっさと試合を開始する。ギルもそれなりの冒険者だけあって、クウが本気で怖気づいているとは思っていなかった。煽り甲斐のないクウをこれ以上罵ったところで自分が惨めになるだけだからだ。

 もっとも猪突猛進なロビンソンはクウが怯えて声も出せないのだと勘違いしていたのだが……

 そして試合が始まったと同時にクウは腰を落として木刀ムラサメの柄に手をかけた。しっかりと相手を睨み、いつでも抜刀できるように自然体で構える。対してロビンは背中の斧を右手に持って飛び出すことなくドッシリ相対していた。

 一瞬クウは自分と同じく居合の構えを使ったカウンター狙いかと思って眉を顰めたが、そうではなかった。



「おいガキが! 俺を相手に剣も抜かねぇってのは舐めてんのか? あ?」


「…………」


「黙ってねぇでかかってきやがれ! 初めの一太刀は譲ってやるからよ!」


「…………」


「きさま~っ!」



 ロビンソンはクウに先手を譲るつもりだった……というのは建前で実際はクウの攻撃を華麗に躱して心を折ってから叩きのめす算段だった。残念ながらクウはカウンター狙いであり、表情を読ませないように冷めた目をし続けていたため、ただロビンソンが逆に激昂することになった。

 無視し続けているのも無言の挑発。ロビンソンの性格は感情的で真っすぐだとクウは理解していた。無視され続ければバカにされていると考えて、怒りに任せた直線的な攻撃をしてくるはずだと予想したのだ。



「馬鹿にしやがって! 潰す!」



 ロビンソンは斧を大きく振りかぶってステータスの大きさに任せた強力な一撃を繰り出す。だがクウの予測通り、感情に任せた雑な一撃だ。クウは思い通りの事態に思わずニヤリと嗤う。

 そんなクウの顔を見たロビンはますますバカにされていると思ったのか雑な一撃がさらに雑になった。



(今っ! 『閃』!)



 振り下ろされる斧……ではなく斧を振り下ろすロビンの右手首を狙って居合の一撃を放った。

 攻撃速度はステータスの俊敏に作用される。クウの俊敏値は90でロビンの俊敏は455と完全に負けているのだが、スキル《抜刀術 Lv6》は攻撃力と攻撃速度をLv×1.5倍にするという説明があった。つまり居合いの攻撃時はクウの俊敏値が90×6×1.5=810となりロビンを圧倒する。ゆえに――――



「ぐがっ」



 ロビンソンの斧はクウに届くことなく木刀ムラサメがロビンソンの手首を打った。もちろん魔力は流してないので切断されたりはしないのだが、スキルのおかげで攻撃力も9倍となった攻撃を防御力の低い手首に受けてしまったため、思わずロビンソンは斧から手を離す。



(いけるか? 《虚の瞳》)



 ここでクウの固有能力である《虚の瞳》でロビンソンに幻覚を見せた。精神値の差から、1秒にも満たない程度しか効果がないのだが、クウが見せた幻覚は手首が切断されたという光景と感覚。ロビンにしてみれば一瞬とはいえ、右手首を喪失したという視覚情報と痛覚の情報が頭に流れ込んできたのだ。

 手首を切られたと錯覚して動きを止めたロビンならば、《抜刀術 Lv6》のスキルがなくとも攻撃が当たる。



(『撃』!)


「おごっ!」



 クウは流れるような動作で抜刀時の腰の回転のエネルギーを無駄にせずにそのまま左手の鞘で動きの止まったロビンの額を突いた。鍛冶師ドラン作のアダマンタイト製の特別な鞘なのだ。ステータスに差があったとしても問題ない強烈な一撃をロビンに与える。

 額を撃たれ大きく仰け反ったロビンだが、クウは鞘の一撃のおかげで腰の回転エネルギーが相殺されている。作用・反作用という現象だ。抜刀後の硬直が無くなったクウは右手の木刀ムラサメで隙だらけのロビンの首を手加減なく打ち込んだ。



(『断』!)


「アガッ!」



 急所を連続して撃たれたロビンはよろける。ステータス上は大した一撃ではないのだが、どんなにレベルが高くとも皮膚の硬さは変わらない。急所という攻撃に弱い部分を攻撃されてただですむはずがなかった。

 クウはトドメの一撃を放つために木刀ムラサメを納刀して抜刀の構えをとる。



「く・・そ・・調子にのrグベラッ!」



 ロビンソンは言葉を発する暇さえ与えられずに側頭部を打たれた。頭部を木の棒で殴られたのだから死にはせずとも衝撃は半端ではない。《抜刀術 Lv6》で底上げされた攻撃速度と攻撃力で放たれた一撃が最後となり、ロビンは崩れ落ちた。


 カシュッ


 クウは納刀し一礼する。

 一撃を極めた抜刀の『閃』

 牽制と防御をする鞘の『撃』

 主な攻撃方法となる刀の『断』の3つの基本技を組み合わせて戦う朱月流抜刀術。居合い直後の硬直を打ち消すための動きや、戦いの中で自然に居合いを放つことを念頭に置いた戦い方をする地球で身に着けたクウのとっておきだった。

 何もできずにDランク冒険者が圧倒されたことで静まり返るギャラリー。こんなにもあっけなくロビンソンが負けるなど、誰が想像できただろうか。煽ってばかりだった審判役のギルもポカンと口を開けて目を見開いて固まり、クウの勝利を宣言することすら忘れていた。

 クウは仕方なくギルの方へと向いて口を開く。



「おい、ギルとやら。俺の勝ちでいいよな?」


「え? あ、ああ」



 クウに声を掛けられてようやく状況を整理しだしたのか、若干挙動不審になりながらクウの勝利を認める。

 華奢な見た目で幼い容姿のクウが、パワーアタッカーとして知られていたロビンソンに何もさせないまま勝利したのだ。ギルとしても変に煽っていた分、自分にも何かされるのではないかと考えて緊張する。

 だがクウは全く気にした様子もなく言葉を続けた。



「そうか、お疲れさん。俺は今から宿を探しに行きたいんでな。『赤の鳥』という宿はこっちでいいのか?」


「あ、ああ」


「ありがとよ」



 シンと静まり返る周囲を置き去りにしてクウはその場を去っていく。まさかDランク冒険者のロビンソンが赤子をあしらうように遊ばれるとは思ってもいなかったのだから当然だろう。

 そしてようやく我に返った人々が口々に騒ぎ出す。



「うおおおおおおお。何故負けたんだロビン!」

「ヒャッハァッ! ぼろ儲けだ! ありがとう新人!」

「俺の銀貨があぁぁぁぁぁぁぁ!」

「てかあの坊主は何者なんだ?」

「そういえば名前も知らないな」

「明日パーティに誘ってみようぜ!」

「止めとけ。ソロで動くとか言ってたぞ?」

「しかしあいつのランク知ってるか? 王都で高ランクの奴なら有名になっているはずだが……」

「あいつは登録したばかりのGランクだよ」

「嘘だろ……」



 情けで、あるいは大穴狙いでクウへと賭けていた極少数の者たちは大儲けして心の底からクウへと感謝を示す。逆に自信満々でロビンソンに大銀貨を賭けていた者は膝から崩れ落ちて叫んでいた。

 またある者は今の戦いを見て自分たちのパーティへと誘おうと期待を高める。

 噂はギルド内にも及び、期待の新人が現れたと大騒ぎになったのだった。ちなみにロビンソンはこの後すぐに目を覚まし、Gランクに負けたというレッテルを貼られることになる。

 


テンプレですね?

回収完了です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本筋と全く関係ないですが、朱月流抜刀術って実戦を想定すると結構合理的な剣術なのでは? 型が3つなのは一見、技が少ない=弱いと感じる人が多いですが、逆にいえば覚えることが少ないのでその3つの…
2022/01/26 09:50 退会済み
管理
[気になる点] 抜刀術....これってチートでは?
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