プロローグ
新しい小説、始めました
4/6 大幅修正
「今日はボッチの日……か」
突然そう呟いて窓の外を見つめる少年。
名前は朱月 空。高校2年の16歳だ。髪は長めのストレートで身長は165㎝ぐらい。男子にしては小さめだ。私服だと女の子に間違えられることもある。
初対面の人は必ず朱月 空だと間違える。何故親はこんなややこしい名前にしたのか聞いた時「なんとなく”そら”だと普通っぽいから」と言われたのだ。苗字に関しては生まれるところを指定できないのだから仕方ないだろう。
クウの父親は朱月流抜刀術の家元で人間国宝指定のすごい人だと近所でも少し有名になっている。だが息子からしてみればただの頑固親父に過ぎない。
クウ自身も小さい頃から道場で鍛えられたおかげで、高校卒業と同時に師範代を名乗らせて貰えるほどには強かった。
(って、そんなことはどうでもいい。問題はなんで奴は風邪なんか引きやがったんだよ……)
少し前に学校の文化祭も終わって急に寒くなった。それでクウの唯一の親友が体調を崩して今日の学校を休んだのだった。
それで他に友達がいないクウはボッチになっている。
(今日は屋上で一人寂しく昼食だな。友達同士でわいわいしている教室内でボッチ飯なんて遠慮願いたい)
そう考えながら窓の外を見ていると、集中していないことに気付いたのか教師が突然クウを名指しした。
「おい、朱月。随分と余裕そうだな。今の英文を訳してみろ」
「えっ?」
いきなり当てられるとは思ってもいなかったクウは思考を英語モードへと移行する。窓の外を眺めつつも頭の隅っこでは授業を聞いていた。それを頼りに示された英文を素早く日本語訳して口を開く。
「えーと、『わたしが夜空を見上げると、そこにはオーロラという名の世界の奇跡があった。七色に輝く光のカーテンは7つの時からずっとわたしを魅了し続けている。天文学者を目指したのはそれが始まりだった』……です」
「ちっ、やはり答えられるのか」
忌々しそうに舌打ちをする英語教師。
どんなに不意を打った状態で問題を出しても問題なく答えてしまうために、授業に集中していなくても注意が出来ないという厄介な人物として教師の中では有名になっていた。
それが曲解されて、今ではクウがブラックリストの1名にまで名を連ねているのだが、成績は優秀。常に学年1位というクウを表だって追求できる者はいなかった。
授業中に眠っていたにも拘らず、急に当てられてもきっちり問題をこなしてしまったときにはクラス中に衝撃が走ったほどだ。
(今日も暇だな……というよりも何もする気が起きない)
そうして授業が終わっていく。
キーンコーンカーンコーン
ようやく4時間目の授業が終わって、クウはトイレに行ってからすぐに弁当を持って屋上に行く。この学校は屋上が解放されていて、弁当もここで食べていいことになっているのだが、最近は寒くなっていてあそこで食べるもの好きはまずいない。
一人で昼食を食べるには最適の場所だった。
(なんて思ってた俺が甘かったな)
クウは屋上の扉を開いた瞬間頭を抱えそうになった。
(このクソ寒い時期に屋上でお昼を食べるもの好きがいたとは……しかも男一人に女2人の両手に花状態と来た。あいつらよく飽きないな……)
クウの視線の先にいるのはクラスでも有名な人物だった。3人ともが幼馴染らしくて、入学当初からいつも一緒にいる。クウのクラス内では生暖かい目で見守るのが暗黙のルールとなっていた。
(まぁ、このルールを知らないのはあの3人だけなんだけどな)
男の方は桐嶋 清二。
クラス委員長で成績も優秀な真面目人間。幼馴染2人から好意を寄せられていることに気づかない鈍感さが玉に傷。入学当初はいろんな女子から人気があり、下駄箱にラブレターというありきたりなイベントもこなしているのだが、幼馴染の女子2人の奮闘によって3か月もすれば収まることになったという逸話がある。
当然だが清二本人は知らない。
女の方は青山 理子と城崎 絵梨香という名前であり、理子は活発系で絵梨香はおとなしい系の美少女と呼ばれる部類に入る。
この二人もかなりの人気で、それこそ入学当初は男子から多大な人気を寄せ集めていたのだが、清二以外の男には見向きもせず、結局ファンクラブという形で彼女たちを見守る集団だけが残ることになった。
つまりドアを開けて屋上に入ると、その三人でお弁当食べていたというわけだ。理子と絵梨香は邪魔そうな目でクウを睨みつけるが、当の本人は気にした様子もなく……いや、気にしないように気をつけつつ屋上へと足を踏み入れた。
(さて、俺は向こうの端っこで静かにランチを……)
クウからは関わらないようにしようとしたが、それは清二によって儚くも崩れ去ることになる。
「お、朱月じゃないか! 一緒に食べよう。理子も絵梨香もいいだろ?」
「え、ええ。でも朱月君はいいのかしら?」
「そうですね。朱月君は一緒に食べたいですか?」
理子と絵梨香の2人が睨みつける状態にクウはため息を吐く。口ではやんわりと言っているが、その含む意味は「来るな」の一言だとクウも理解していた。
(ここは空気を読んであげるのがいいだろう。理由は適当にしとけばいいか)
一瞬だけ頭をフル回転させて正当らしい言い訳を考える。
その間、僅かにコンマ5秒。会話に違和感を持たせるような間を作ることなくクウは言葉を並べた。
「悪いな。ちょっと風邪気味で誰かに移さないように屋上に来たんだけど……まさかお前らがいるとは思わなかった。だから俺はあっちの端っこで食べるわ」
「そうか……体調が悪かったら言えよ?」
「ああ、まぁ大丈夫だろ。鍛えてるしな」
よく一緒にいる友人が風邪で休んでいるのだ。これ以上にそれらしい言い訳はないだろう。
クウはヒラヒラと手を振って屋上の端っこに行って腰を下ろしつつ、ちらりと3人の方を見ると、理子と絵梨香が目でgoodサインを送って来た。クウも鈍感な清二にバレないように苦笑で返す。
(まったく……適当にどっちかとくっ付いてろよ。俺にまで被害を出すのはやめてほしいな)
実はクウと清二に関していえば、他人以上友達未満の関係であったりする。
クウの父親が「学生の内は部活しろ!」としつこく言うために仕方なく入った剣道部で一緒なのだ。
剣道の実力が近いためにライバル意識されてるのだが、クウのメインは朱月流抜刀術であるため、クウとしては張り合うつもりはない。
よく話す仲ではあるが、クウの方から話しかけることは少ない、といった程度の仲だった。
(……俺ってやっぱりコミュ障なのか?
昔はそんなことなかった気がするんだが……少なくとも高校入学当初までは女子と話すこともあったと思うんだが、そんな女子がいた記憶がない。なんか思い出せそうで思い出せない歯がゆい気分がするから、記憶違いではないと思うんだけどな)
考え事をしているうちに弁当を食べ終わる。
同時にさまざまなことを実行する並列思考はクウの得意とするものだが、こうして食事を並列思考でこなすと、あまり食べたという気がしない。確かにお腹は膨れているのだが、食べたときの味や触感、香りが曖昧になるのだ。
(卵焼きとから揚げまでは記憶しているな。から揚げは昨日の晩御飯の残りだしな。冷凍のハンバーグは……入ってたか?)
何となく弁当の内容を思い出しながらチラリと清二たち3人の方を見ると、理子と絵梨香が強烈な視線を送っていた。
食べ終わったなら出てけ
そう語っているとしか思えないような視線を受けて、クウもため息を吐きながら視線を手元の弁当箱へと戻す。これでも空気が読める男だと自覚するクウとしては、この場に残るという選択肢は無かった。
2段の弁当箱を重ねて袋に入れる。スッと立ち上がって例の3人組の横を通り過ぎようとしたとき、突然地面が光った。
「ん?」
「なんだ!?」
「わっ!」
「きゃあっ!」
それぞれが一言ずつ発する程度の時間しかなかった。
最後に見たのは地面に書かれた幾何学模様。
その瞬間から4人の姿は屋上から消えた。