屋敷の危機
ニートの鍛冶屋はみんなに任せて、俺は先に進むことにした。
最初は固定客もいないし、2~3カ月は赤字じゃないかな?
まぁ在庫が増えればヴァンフォーレ王国に行って売ってくるからずっと赤字ってことはないし、何の問題もない。
むしろ作業場が空いててもったいないから、優秀な職人がいたら雇ってくれって言っておいた。
ジェフさんは何でも作れるけど、剣とか槍などの武器が得意らしい。
出来れば鎧や革の加工が得意な職人も欲しいところだ。
俺は先に進む前に狭間の道の南側に転移した。
コリューが心配だったんだ。
コリューは大人の竜ですら手玉に取るくらい素早い。
だから他の魔物に襲われても無事でいるはずだ。
それでも、コリューはあくまで子供なんだ。
山脈の北から南へ連れてってしまったからね。
連れていけないから置いてきちゃったけど、飼えなくなった犬を隣町に捨ててきたような気持ちになっちゃうんだよ。
一応召喚は出来ると思うけど、自分の生活を送ってるなら呼び出す必要はない。
一応この辺りの街に被害・・というか迷惑をかけていないか確認だけ取ればそれでいいだろ。
ということで近くの街を探したんだけど、街どころか街道すら見付からなかった。
まぁ竜が住んでる山の近くなんだから、わざわざ住んだり通ったりしないよね。
街道を探すのにかなり苦労したよ。
やっと見付けた街で色々聞いてみたけど、一応この辺りでは目撃情報はなかった。
一安心だ。
きっと山脈に戻ったか、どっかの山で暮らしてるんだろう。
コリューと一緒に旅をするのはまた今度にして、俺はイゴイスから東を目指すことにする。
別に俺は乗り合い馬車を使うわけでも、途中の宿に泊まりながら旅をする訳でもないからね。
目的地に近い方がありがたい。
心なしか進むのが早い気がするのは、街に滞在する時間がやたら短いせいだろう。
ルークがイゴイスから動かないならライアンも動けない。
結局旅は俺一人ですることになる。
どうせ海を渡るのは俺一人でやるんだから、最初からこうしてたら良かったんじゃないか?
なんかルークに掻き回されてる気がするな・・。
俺はイゴイスから東を目指して進んでいる。
街道を使ってるので途中の街にも寄って情報を仕入れているんだけど、しばらく進んでからやっと海の情報が掴めた。
どうやらもっと南に行かないと、この大陸の東端には行けないらしい。
東端には行かないで、このまま東に進み続けて海を渡るって方法もあると思うけど、当然やめておいた。
海の上を飛んでるだけなんてつまらない。
それで良いなら最初から街道なんて使ってないし。
本気で急ぐか、街に寄りたくないって思ったらやるかもね。
俺はこのまま鍛練を続けながら少しずつでも近付こうと思う。
出来るだけ南東向きの街道を選んで進んでいると、前から兵士の一団が進んできた。
一団と言っても馬車が一台と10人くらいの馬に乗った兵士達だけだけど、どうやら急いでるみたいだし何かあったのかもしれない。
気になったので聞いてみることにした。
俺は透明化を解く。
これで変幻魔法だけになったので兵士からも見えるはずだ。
後はいつもの演技で溶け込むだけだ。
俺は兵士達と並走すると一番後ろの兵士に話しかけた。
「よぉ!久し振り!」
「あ?あぁ、久し振りだな。こんなところでどうした?」
こんなところで会う友達なんていないだろうに・・。
まぁいいけどね。
「急いでるのを見かけてさ。何かあったのか?」
「それが、ツック様に何かあったようなのだ。」
なんだと?
まさかこんなところでツックの名前を聞くとは思ってなかったぞ。
そういえばあいつの領地って、海の方だったっけ。
「何かっていうと?」
「それがわからんから都に向かってるんだ。どうやら連絡がつかないらしい。」
はぁ?
連絡がつかないらしい?
それは変だな。
その表現は連絡手段がある時にしか使わないだろ。
俺が知る限り遠隔通話ですら、ここからイゴイスまでは全く届かない。
それとも手紙でも送ったか?
いや、今まで誰もそんなことは言ってなかったはずだ。
俺の知らない魔法の香りがするな。
それに、このまま兵士をほっとくとあの屋敷を追い出されかねない。
俺はあそこが気に入ってるんだ。
ベッドはもちろん。
何気にお風呂も大きいし快適だ。
鍛冶屋の2階にも住めるけど、あそこは元々ただの店だったからお風呂がないんだよ。
あそこに人が住むならお風呂は必要だろう。
どっかに作らないとな。
って言っても、すぐにお風呂なんか出来ない。
そういう訳で、こいつらがイゴイスの都に着くのを防ぐか、着く前に何とかしないといけない。
まずはどうしようか?
「えーと・・ツック、様は・・いなくなったぞ。」
「なんだと!?何か知ってるのか!?」
「いや・・ツック様が突然旅に出るって言い出してな。それで俺があの屋敷を貰ったんだよ。」
これは無茶かな?
頑張れ!変幻魔法!
「旅だと・・?またか!しかも今度は奥様にも何も言わずに!」
「そ、そうなんだ。まただよ。また。」
どうやら話が通ったらしい。
ツックってずっと屋敷に籠ってる訳じゃなかったんだな。
珍しい剣とか探しに行ったって言えばいいのか?
「しかし、屋敷を貰った?それは・・どうゆうことだ?」
「知らない。あげるってさ。」
もちろん、そんなことは言ってない。
まぁツックの部屋に置いてあった物を利用すれば書類の偽造くらいはできそうだけどね。
「ちょっと待ってろ。」
俺が話してた兵士は馬の速度を上げると、別の兵士に並んで話しかけている。
大丈夫かな?
少ししたら兵士の一団が行進を止めて、兵士が戻ってきた。
「俺達では判断出来ん。俺達と一緒に一度街に戻ってから奥様に話をしてみてくれ。」
「俺が?奥様に?」
「あぁ。奥様も心配しておられたからな。」
なんか、めんどくさいことになりそうだな。
失敗したか?
ここから都まではかなりの日数がかかるはずだから、さっさと仮のお風呂を作って出てっちゃった方が良かったかな?
いや、行方不明になってる貴族の屋敷で暮らしてる鍛冶屋の一行なんてそこそこ目立つはずだ。
出てってもめんどくさいのはその内やってくるだろ。
ここが正念場かな?
「わかった。行くよ。」
「助かる。」
兵士達は来た方に向けて引き返して行く。
今度はそこまで急がないのか、スピードは馬車に合わせてるので徒歩に近い。
このスピードで行くの?
俺も?
「ねぇ。俺は先に行くから場所を教えてよ。」
目的地はかなり近かった。
このままのペースでも2日もあれば着くらしい。
今日はもうあんまり進めないだろうから、明後日に着くってことか。
それなら調度良い。
俺は走って兵士達から離れると、みんなから見えなくなった頃に透明になって先を急いだ。
まずは街を目指して空を行く。
今回は急ぐからトレーニングは省略だ。
街に着いた俺はすぐに転移した。
移動先は当然ニートの鍛冶屋だ。
俺は鍛冶屋に着くなりみんなに今回のことを相談する。
とりあえず、転移で手紙が届いたりはしてないらしい。
でも、俺の知らない間に役所や他の貴族からツックを訪ねてくる人は何人かいたみたいだ。
みんなツックはいないって追い返したらしいけどね。
追い返したにしても、こっちはすぐ近くで店をやっているんだ。
屋敷を出てもめんどくさいことになるって言うのはみんな意見が同じだった。
近いから便利で良い場所だと思ったんだけど、失敗だったかもしれない。
まぁ少し場所を離したからって変わらないと思うけどね。
それは、屋敷を出てから店を出してたとしても一緒だ。
ジェフとエイミーは職人仲間だけじゃなく、役人や仕事を受けてた貴族からも顔を覚えられてるだろうからね。
貴族が行方不明で仕えてた奴隷が自由になってる上に、街で大きな店を出してたらそりゃ疑われるだろう。
ジェフさんもエイミーさんも、かなり肝が座ってる。
俺は奴隷から解放する時にはてっきり遠くに逃げると思ってたよ。
まぁ二人は間違ったことはしてないんだから、俺は俺の従業員を守るだけだ。
「あの、怪しまれないためにも私達は奴隷に戻った方が良いのでは?」
とジェフさんが申し訳なさそうに言ってきたけど、俺にはそんなつもりはない。
まぁ奴隷は嫌だとか言うつもりはないから、いざとなったら頼むかもしれないけどね。
とりあえず、屋敷と付随する全てを俺に譲るっていう契約書を作ってもらうことにした。
頼んだのはエイミーさんだ。
紋章士だから筆跡を真似るのも上手いことやってくれると思いたい。
結構な無茶振りだ。
あと、ライアンとルークには俺の護衛役をやってもらう。
子供の一人旅は怪しすぎるからね。
あっちでは一緒に来たことにしてもらう。
準備はしたものの、やっぱりみんなは屋敷を丸ごと貰ったっていうのは無理があると考えているみたいだ。
まぁそこはどうにかするしかないよね。
次の日、俺はライアンとルークと一緒にツックの領地に向けて出発する。
ライアンとルークには一応俺が持ってた在庫の中から、お揃いの鎧を着てもらってる。
どこかの兵士から貰ったものなので、ちゃんと護衛に見えるはずだ。
俺はカークの家から貰ってきた上着を羽織っただけだ。
まぁ変幻魔法に頑張ってもらおう。
出発前にエイミーさんが作ってくれた契約書をみんなで確認すると、出来映えは完璧だった。
筆跡を真似るのはサインだけなので、どうやら簡単だったらしい。
「本人のペンがありましたから。」
ってさ。
ツックの部屋に置いてあった書類のサインは大体同じものだったらしいので、それを真似て作ってくれた。
こちらでの準備は終わったので転移でツックの領地に移動すると、すぐに情報収集を始める。
といっても今ここで出来るのは街の様子を見て回って、領主一家の評判を調べるくらいだ。
移動したのは当然、領主の屋敷がある街だ。
街の名前はポメラニア。
まぁまぁの大きさがある立派な街だけど、領内にはここと小さな村がいくつかあるだけの小さな領地らしい。
ポメラニアって言うからには犬がいるのかと思ったけど、いるにはいるみたいだ。
でも、別に名産ではないらしい。
ちなみに、領地の名前はポメラニア領だって。
領主の名前は、ポメラニアだ。
つまり、ツック・ポメラニアってのがツックの本名だったのかな?
俺は自分の領地を自分の名前で埋め尽くすのは趣味が悪いと思ってたけど、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。
領地の中で領主の名前をどこにも使ってない方が珍しいらしいからね。
ポメラニアで領主一家の評判を調べた結果、ツックの評判は意外にも悪くなかった。
良くもないけどね。
みんな文句は言ってるんだよ。
だけど、領地にいないからそんなに興味がないみたいだね。
次に、領主の奥さんの評判を調べた。
これは領地に常に居ることもあって、みんな文句がすごい。
ブスとかデブとか子供みたいな悪口がほとんどだけど、どうやら贅沢な生活への悪評がすごいみたいだ。
なんで領民が領主一家の生活を詳しく知ってるんだかわからないけど、ろくな話は聞けなかった。
もう人の悪口ばっかり聞いて疲れたので、この日は切り上げることにした。
ろくなことはしてないけど、準備は終わった。
こないだの兵士達は明日には着くはずだ。
さてさて、どうなることやら。




