時間のかかるチュートリアル
さすがに子供は殴れないよなーと思っていたら、目の前に石の天井が見えた。
「あっ。起きた!」
「先生!起きたよー!」
子供の騒ぎ声が聞こえる。
俺が起きたのがそんなに珍しいのか。
「起きましたか!」
今度は大人の大声とドタドタと走ってくる足音が聞こえる。
騒がしい所だな。
「ロイ!起きましたか!どうです?どこか痛くないですか?私の言ってることわかりますか?」
話し掛けてきたのは見たこともない形の安そうな麻の服を着ながらも紳士に見える、不思議なおじさんだ。
ただ、今は寝てる俺に血相を変えて走りよりながら凄い勢いで話しかけている。
年は40台後半くらいだろうか?
ちょっと怖い。
ん?
「あれ?わかる?」
「そうですか、わかりますか!それでどうです?痛いところはないですか?気分はどうです?」
なんでだ?
言葉がわかるぞ?
訳がわからないまま、俺はおじさんの質問に素直に答える。
「痛くない。大丈夫。」
「そうですか!良かった!」
「先生うるさい!ロイがビックリしてるでしょ!」
「あぁ、すみません。」
女の子との会話から、このおじさんが先生らしいとわかる。
というか、知ってた。
ちなみに先生に怒鳴ってるこの女の子はメリンダという。
年は確か12か13くらい。
15才で卒業の孤児院では再来年くらいにはここを出ていかなくてはならない古株だ。
孤児院ではこの年でもう年寄り扱いを受ける・・こともある。
はて?
「そうだロイ!お腹が減ったでしょう!すぐ持ってきますからね!」
「あっ、いいよ先生!私がやるから。」
と言いながら二人して部屋を出ていく。
なんかおかしい。
俺はなんで知ってる?
先生やメリンダには当然会ったこともないはずだ。
俺はどうしたんだ?
考えてすぐに答えが出てくる。
「そっか、俺はロイだから・・えっ?」
そっかではない!
なんじゃそりゃ!
違うだろ!
俺はロイじゃなくて・・あれ?
俺の名前、なんだっけ?
日本で使ってた日本の名前・・
思い出せないぞ!!?
『嘘だろ!?』
あっ日本語が出た。
落ち着け。
俺は日本人だ。
日本語が喋れて当たり前。
日本語が喋れるんだから日本人だ。
もちろん日本語なんか沢山知ってる!
『こんにちは、今晩は、やぁ!元気?元気さぁ!君はどう?』
「先生!ロイが変な言葉喋ってる~!」
しまった。
子供に見られてたらしい。
「ロイーー!!」
先生が食事を持って走ってくるのに時間はかからなかった。
というか、すごく速かった。
走りながら食事をこぼさないとは只者ではないな。
忍者か何かだろうか?
いや、落ち着け。
ここは日本じゃない。
忍者もいない。
現にここには・・というか、俺の記憶が確かならこの世界では、日本語なんて見たことも聞いたこともない。
結局、元気だというのにベッドから出して貰えるまでに3日かかった。
俺が変な言葉(日本語)を喋り出さなければ1日くらいは早く出れたかもしれない。
3日もあれば俺の混乱も落ち着く。
先生やメリンダのことを知っている理由もなんとなくわかってきた。
これはロイの記憶だ。
ロイの記憶はそのまま俺の記憶になっている。
道理で言葉も喋れるはずだ。
これはディオのお陰だろうか?
関係ないかな?
ずっとベッドから動けないのでろくなことはできないが、少し情報収集もした。
最初の会話から想像できたが、俺は寝込んでいたらしい。
原因は毒だ。
食中毒。
拾い食いをしたものに当たったらしい。
恥ずかしい。
実際は俺じゃないけど、いい年して拾い食いした挙げ句に死にかけるとか・・
記憶によると、ロイは好奇心旺盛な子供だったようだ。
わからないことや知りたいことはすぐに誰かに聞く。
わかったことはみんなに言って回る。
みんなとお喋りするのが好きだし、何かを教わるのも好きだった。
何よりもロイにわからないことを教えてくれる時の、みんなの笑顔が大好きだったんだ。
他の孤児院とか知らないけど、ここは良い孤児院だと思う。
やるな、先生。
俺は日本とこちらの世界、両方の記憶があるせいで自分が誰だか混乱してしまったが、それは簡単に答えが出た。
きっかけ、というか簡単に結論を出せたのは、感情のお陰だ。
ロイはメリンダが好きだった。
記憶には確かにそうあるのに、俺はメリンダに恋愛感情を持っていないのだ。
それで自分がロイの記憶を持ってるだけの別人だとわかった。
なんか、ちょっと、ホッとした。
ちなみにディオに会った時のことも考えた。
どう考えても俺はパニクってた。
あんな状況だったとはいえ、普段の俺なら「神様ならどうにかしろ!」とか「悪魔じゃないのか?」とか色々言うと思う。
孤児院のガキに神様が用があるわけないし、もう会うこともないと思うと色々聞きたいことも沢山ある。
まぁまた『食べちゃたー』とか言われるのは勘弁だし、ディオから接触してこない限りはほっとくことにしよう。
あいつは野良犬より危険だ。
残っている日本の記憶が少ないことについてはディオが保証は出来ないって言ってたから、そーゆーことなんだろう。
原因がわかってるなら大した問題ではない。
今後はロイとして生きていくんだから。
さて、拾い食いの療養期間もあけて、やっと自由に動き回れるようになった。
といっても孤児院の中だけだ。
外に出ると拾い食いの危険があるので外出禁止である。
もう絶対にしないからやめて頂きたい。
孤児院の中は歩き回れるようになったが、ロイの記憶のお陰で中の様子はおそらく先生やメリンダ以上にわかっている。
孤児院のバレない抜け出し方からメリンダの下着の枚数まで全て把握している。
そして一枚は俺の部屋にある。
本当に恥ずかしい。
記憶が確かならロイは3才だったはずだが、歩き回ることも出来るしちょっと成長が早すぎる気がする。
それとも、地球でも3才児はこんなに歩き回って好きな子の下着とかを盗んだりするのだろうか?
子育てなんてしたことないからよくわからん。
もしかしたらこの3才って年齢は孤児院に来てから数え出したのかも知れないな。
まぁ年齢なんてどうでもいいけどさ。
念のために孤児院を一周して記憶の通りだと確認しているのだが、やっぱり特に変化はなさそうだ。
みんなが着ている服は全て麻とかの自然のもので、染められてもない物が多い。
化学繊維なんてたぶん存在しない。
電気もないしガスもない。
厨房には入れてもらえないけど、外には薪がいつも積んであるから薪か、もしくは魔法で料理をしているんだろう。
建物は古い石造りでかなり大きな物を改造して孤児院にしたみたいだ。
2階建てで、部屋数もかなりある。
上級生はほとんど個室だが、俺らガキんちょは部屋の大きさに合わせた2~4人部屋だ。
ロイも二人部屋だったのだが、最近もう一人が里親に貰われていったので今は個室扱いになっている。
そのうち誰かが入ってくるはずのベッドは、今は俺の看病をかねてメリンダが使っている。
俺が寝てる間に隠してあったメリンダのパンツが見付かっていないことを祈ろう。
元の場所に合ったから大丈夫だと思うけどね・・
この孤児院には20人くらいの子供達がいる。
大人は先生一人だけだ。
上級生がガキんちょの世話をしたりもするが、20人の子供を一人で育てるのは相当な苦労があるだろう。
いつか恩返しをしないとな。
孤児院内の確認も終わり、やっとたどり着いた目的地。
図書室である。
ロイでも読める本があるといいんだけど・・
いや、読めるのはわかってる。
ロイの年で読める本はかなり限られてくるけど、なんとか読んでいたから。
だけど、俺が読みたいのはロイがいつも見てる絵本とかじゃないんだ。
魔法。
魔法の本が読みたい!!
図書室に入ると朝ご飯の直後なのに数人の子供が絵本コーナーで本を読んでいる。
インドア派かな?
外で遊んだ方がいいぞ?
小さい子だけじゃなく、高学年の子供も何人かいる。
それぞれ興味のあるジャンルの本を広げているようだ。
ロイもそうだが、この孤児院は識字率が高い。
まぁ日本語みたいに難しい訳じゃないので覚えるのは簡単なんだけど、簡単な言葉や数字なら赤ちゃんでもなければ全員読めるし書ける。
これは先生の方針だ。
文字の読み書きと簡単な計算はこの孤児院では真っ先に教えられる。
親という後ろ楯のない子供達が孤児院を出ても苦労しないように精一杯力を尽くしてくれている。
こんな教育を受けられるのは貴族でもない限り裕福な商人の跡取りくらいではないだろうか。
おそらく本は文明の進んでないこの世界では貴重品のはずなのに、孤児院には図書室まである。
ホントに良い孤児院だ。
前世といい、俺は環境に恵まれてるな。
俺は早速魔法の本を探す。
そんなに本の数がないのですぐに見つかるだろう。
・・あれ?
ない・・・・
あっ待て、何かあった。
『生活魔法の使い方』
かな?
ロイの知らない言葉はよくわからん・・
しかしこの本、薄いぞ?
ペラッペラだ。
本というよりは冊子に近い。
背表紙に何も書いてないせいで見逃すところだった。
危ない。
さてさて、お待ちかねの魔法の使い方は・・
読めない!
読める文字も少しはあるけど、意味がわからない。
知らない単語は飛ばしているが、この分だと単語が読めても意味がわからないんじゃないだろうか?
なんだか作者の悪意を感じる。
魔法がいかに難しい学問かを説明しているみたいだ。
全く教える気がない。
というか『使い方』と書いてあるけど、たぶんこれは使うときに気を付けるべきことを書いてあるだけみたいだ。
しょうがない・・
メリンダに聞こう。
で、聞いてみたら
「ロイにはまだ早いんじゃないかな?」
やっぱり言われた。
だと思ったんだ。
持って来た本を読めない時点で早すぎるとは思ったよ。
「ロイ?魔法っていうのはね、とても危ないものなのよ?」
だよね。
そうだと思ったよ。
俺、3才だもんね。
しかし、こんなことで諦める俺ではない。
自分の部屋に戻ると、図書室から持って来た『生活魔法の使い方』(仮)を読み漁る。
やっぱりわからないけど、一度目よりは理解出来た気がする。
まぁ文字を読む練習もかねて、これから俺の愛読書になってもらおう。
そして、次にやることももう決まっている。
魔法の練習だ。
出来るのかって?
やるんです。
魔法は男のロマン。
止めてくれるな。
さて、まず試したいのは呪文だ。
もちろんそんなもの知らない。
なので適当です。
念のために窓を開けて外に手の平を向けると
「ファイア!」
ダメか
「ファイアーボール!」
「燃えろ!」
「ドラゴン!」
「バルス!」
ダメだ。
念のために日本語でもやってみたけど、全然ダメ。
というか単語が存在するならドラゴンもこの世界にいるってことか。
いや、単語が存在しても日本にはいないけどさ・・。
ちゃんと後で調べてみよう。
今は魔法だ。
もしかしたら呪文じゃなくて魔方陣が必要なのか?
それだとここじゃ練習出来ないな。
いや、そうだとしても、その前に魔力を操れないと魔方陣に魔力を送れない。
魔方陣を書き終わったら勝手に発動するなんて危険なものならそもそも手を出せないし、そうじゃないなら魔力は必要だろう。
呪文も魔力が必要な可能性もあるし、まず魔力の込め方から勉強しないとダメなのかも知れない。
ということで、あの技に挑戦します。
右手と左手の間に気を集めるイメージです。
「か~め~!」
この時手のひらに熱を感じたらOKです。
そのまま気を練りましょう。
「は~め~!」
ちょっとストップ。
なんかおかしい。
手のひらは熱くない。
気は集まってないみたい。
でも、なんかある!
右手と左手の間に何かありますよ!
仙人!
俺、出来たかもしれません!
目に見える変化はないんだけど、明らかに何か感じる。
これが魔力か?
どうしよう?
打っちゃっていいかな?
いいよね?
「はっ!」
打ってみたよ!
窓を開けてて良かった。
人の車とかに当てて壊さずに済んだ。
この世界にはたぶん自動車とかないけどね。
魔力は空中を進んだらすぐに無くなったみたい。
空気に溶けてった感じかな?
「すげぇ!出来たかも!」
まてまて、今の感じを忘れないうちにもう一度。
右手と左手の間に魔力を集めるイメージで・・
あっ出来た。
ちょっとコツを掴んだかもしれない。
俺は天才か!
夜な夜な練習を重ねた成果が今出た。
ありがとう!
昔の俺!
で、この魔力どうしよう?
さっきは打っちゃったけど、なんかもったいないし。
キャンセルしたら元に戻んないかな?
「キャンセルってどうやんだよ・・」
散らせばいいのかな?
集めた魔力を散らすようにイメージしてみる。
おぉ出来た!
でもなんか今の違くないか?
勝手に散ったし、これじゃ散っただけでキャンセルじゃないよな?
魔力を体の中に戻さなきゃダメなんだよなぁ。
また魔力を集めて、維持するように気を付けながら今度は右の手のひらで掴んでみると、何となく掌にフワフワとした感触があるような気がする。
「おっ?持てたかな?」
試しに握り潰してみた。
プシュ
なんか空気が漏れるような音がした。
いや、実際に空気を揺らす音って訳じゃないかもしれないけど、大体そんな感じだ。
キャンセルも出来てないし、失敗か。
なかなか難しい。
もしかして一度体から離れたらもうキャンセルは出来ないのかな?
一度放った魔法ってキャンセル出来ないような気もするし。
よし、実験だ!
「今度は指先から魔力の風船を膨らますように・・」
おぉ!出来た!
あれ?なんかこれすっごい疲れる!
出しすぎかな?
「じゃあ次にこれを体に戻す・・うわ!千切れた!」
散れ!散れ!
ふぅ。
うーん、膨らませすぎたかな?
「もうちょっと小さめだな・・。で、これを吸収・・」
出来た!
でも、2回目の風船は全然膨らまなかった。
もうちょっと大きくするつもりだったんだけど、あれじゃ風船じゃなくて豆電球だ。
一個目の風船で結構疲れたし、魔力が残り少ないのか?
あと試したいことは・・魔力を直接飛ばせるかどうか、かな?
手と手の間に溜めないと打てないんじゃ実践では話にならないもんな。
まぁまだ魔法の使い方なんて知らないんだけどさ。
窓の外に誰もいないのを確認すると空に向かって右手を突き出しながら魔力を放った。
「飛んでけ!」
打てた!
遅っ!
歩くくらいのスピードだけど、まぁ成功かな。
初めてで誰にも教わらずにこれだけ出来れば十分だろう。
やっぱり俺は天才だ!
この後はいくら頑張っても打つことは出来なかったけど、かなり疲れたし、魔力が切れたんだと思う。
もう立ってられなくてベッドに座りながらやってたし。
ということで俺は昼寝した。
そして、起きたら元気になってた。
寝たら回復するらしい。
流石3才の回復力!
ちなみに昼御飯は元々ないので食べ過ごしてないよ。
こっちの世界では1日2食が普通なんです。
力仕事をする人は昼も軽く食べるし、貴族はお菓子を食べるけどね。
普通は2食。
元気になったし、午後も練習をやろうかと思ったんだけど、そうだよね。
思い出しました。
午後は俺の部屋の窓の外には人が集まるんです。
庭で先生が希望者を募って剣術の稽古をしてくれるんです。
ロイはそれを見るのが大好きだったんだ。
でも、どんなに思い出しても先生に剣術を教わった記憶はない。
そして教わるのを断られた記憶もない。
ロイ・・見てるだけが良かったのかな?
見てて楽しかった記憶はあるけど、感情は曖昧なところが多いからよくわからん。
記憶の通りにみんなの側に行って稽古を見ていると、どうやら俺の記憶と少し違っているのがわかった。
この世界の3才の子供の目から見た剣術の稽古と、俺が見るそれが全然違うんだ。
これはスポーツの剣道とかと同じものではない。
相手を殺して自分を守るという剣の稽古だ。
そして、先生の動きがたまにだけど、早くて見えない。
先生?
あなたは何者ですか?
結局、先生の剣を見て午後を過ごし、夕御飯を食べてから魔法の練習をした。
次の日、また魔法の練習をする。
「ファイア!」
「バルス!」
「ファイア!」
「バルス!」
ダメだ。
魔力を出しながら呪文みたいな言葉を連発してみたけど、一回も成功しない。
これだけやってダメなら魔法を使うには魔方陣が必要なのかもしれない。
少なくとも今の俺には無理だ。
呪文とか知らないし。
もっとライトノベルとかちゃんと読んでおけば良かった。
呪文とか読み飛ばしてたからなぁ・・
いや、そんな記憶をこっちに持ってくるのは無理か・・
魔方陣、書いてみるか?
いやいや、ここじゃ練習出来ないし、今は孤児院から出して貰えない。
何よりも魔方陣って三流魔術師が召喚した魔物に食べられるイメージがある。
そもそも魔方陣ってたぶん、魔法文字みたいのがないと書けないだろ?
ただの模様じゃ何が出るか恐いし、そもそも染料みたいな物も必要かも知れない。
さて、どうするか・・
魔力を操作するのはまだまだだけど、今のところは自分一人でも何とかなる。
でも魔法は一度見ないことには何をどうすればいいのかさっぱりわからない。
見たい。
魔術師ギルドみたいのが近くにあればいいんだけど・・
いや、ダメか。
ギルド内でも外から見えるようなところで魔法を使ってるとも思えないし。
中で使ってたとしても見せてくれないだろう。
魔法は兵器みたいなもののはずだし、スパイ対策も万全なはずだ。
孤児院は抜け出せばいいし、一度行ってみるか・・
となれば情報収集だ。
「ねぇメリンダ。魔術師ギルドってどこにあるの?」
「えっ?何それ?」
なっ何って・・
「えーと、魔法を研究する人たちの組合、みたいなものかな?」
「えー?・・たぶん、ないと思うけど。」
メリンダが料理を並べる片手間に質問に答えてくれている。
今日は野菜を煮込んだスープとパンかな?
いつも通りだ。
しかし、ないってそんな馬鹿な。
魔法がある世界で魔法を研究する機関がないなんてあり得ないだろ。
もっとも、あったとしても名前がわからないので聞くのも一苦労だ。
まだ知ってる単語が少ないんだよ・・
「先生に聞いてみたら?私が知らないだけかもしれないわよ?
先生はね、昔は冒険者ギルドにいたの。凄腕だったらしいわよ?」
初耳だ。
いや、冒険者ギルドにいたのは知ってたけど、凄腕だったんだな。
流石ですね先生。
僕は只者じゃないと思ってましたよ。
俺はメリンダに礼を言うと先生の所に向かった。
「凄腕なんてとんでもない。私は只の元冒険者ですよ。」
只の元冒険者が目にも止まらぬ剣技を見せるわけがないだろう。
と思いながら笑顔で我慢する。
まぁ、冒険者というよりは紳士に見える。
この世界ではそれが標準・・な訳ないよな。
知らないけど。
まぁいい。今日の本題はそこではない。
「それで、魔術師ギルドですか。
確かにそんなものは聞いたことないですね。
ロイはその事を誰に聞いたんですか?」
やはりないのか・・
「えーと、本に書いてあったよ。」
「なるほど、本ですか。どこかの国にはあるかも知れないですけど、この国にはギルドは冒険者ギルドしかないんですよ。もっとも、ギルドのような役割を持った組合は沢山ありますが。少なくとも魔術師ギルドというのは聞いたことがありません。」
なるほど。
メリンダの言うとおりだったか。
じゃあどこかの組合か、冒険者ギルドで魔法の研究をしているんだろうか?
「あまりしてないと思いますよ?
基本的に冒険者ギルドでは仕事の紹介がメインですからね。
大きなギルドではわかりませんが、組織としてやってるとしたらお城か軍ですかね。」
軍はわかるけど、城?
いや、俺に分かりやすく言ったのか?
おそらく城とは王都のことだ。
そこに研究所みたいなものがあるんだろう。
まぁ、俺が思ってる城よりもバカデカい城って可能性もあるか。
言われてみれば魔法が兵器扱いなら優秀な魔術師は国のお抱えのはず。
もちろん研究もするだろうが、それは極秘にやってても不思議はない。
魔術師ギルドよりよっぽど厄介になった。
「ロイも大きくなって魔法が使えるようになったらお城で魔法の研究ができるかもしれませんよ。」
そう言いながら先生は嬉しそうに俺の頭を撫でていた。
さて、どうするか。
ちなみに俺が今いる街は王都ではない。
王都がどこにあるんだか知らないが、俺の足で行くのは無理だろう。
そーいえば自分の住んでる国どころか街の名前も知らないな。
ロイにとってはこの孤児院とその周辺が全てだったからなぁ。
とりあえず、図書室にきてみた。
地図を探すためだ。
「うーん、ないな。」
そもそもこの世界に地図がなかったらどうしよう?
「ロイ?どうした?何か探してるのか?」
上級生の男の子が話しかけてきた。
この男の子はライアンという。
たしかメリンダと同い年くらいだったはずだから12か13才くらいのはずだ。
面倒見のいい優しいやつで、顔も悪くないのでなかなかモテそうだ。
まぁ男の子とはいっても今の俺には大男みたいに見えるんだけどね。
「えっと・・この街とか国とかがどんな形をしてるのか知りたいんだけど。」
「あぁ、地図が見たいのか。どっかにあったはずだけどな。」
といいながらライアンは本棚を探してくれる。
「うーん、ないみたいだな。誰かが持ってったか?」
やっぱりなかった。
俺が項垂れていると、ライアンが少し慌ててフォローしてくれる。
「ロイーそんなに落ち込むなよ。よし、俺が書いてやる!」
おぉ!凄いなライアン!
俺は地球の地図を書く自信ないぞ!
ライアンはニコニコしながらいつもは先生が授業に使っている黒板に地図を書いていく。
黒板に大きな丸を描いて
「これが東の大陸エンマークだ。」
凄いな。
正に円マーク。
丸い大陸なのか。
「ライアン?その丸が何だって?」
「いいんだよ!大体で!」
ライアンが他の上級生に茶化されている。
どうやら丸くないらしい。
そんなことより質問した方がいいだろう。
「東の大陸って?」
「あぁ、俺たちが住んでるのは東の大陸だ。
他に北、南、西と4つの大陸がある。
大陸ごとに名前があって昔は名前で呼んでたらしいけど、今は普通は西の大陸とか南の大陸とかって呼ぶらしいぞ。
俺も東の大陸以外の名前は知らないから、知りたければ先生に聞けばいい。」
ライアンは話しながら黒板の隅に小さな円を4つ上下左右に書き加えて世界地図を書いて説明してくれる。
「真ん中には何もないの?」
「おっロイー!調子が出てきたんじゃないか?
ロイはそうでなくっちゃな!」
質問に答えろライアン!と思ったが、どうやら暫く寝込んだせいでライアンにも心配をかけていたらしい。
「真ん中かぁ。真ん中には行けないから誰もわからないんだよ。」
と、さっきライアンを茶化した上級生が教えてくれる。
「行けないって?」
「強い魔物がいっぱいいるんだ。
真ん中の海は大海とか魔の海とか呼ばれるところで、昔からもう1つ大陸があるとか、海龍の巣があるとか色々言われてる。
誰も行ったことがないんだから何があっても不思議じゃないけどね。」
「なるほど。」
ライアンが楽しそうに俺を見てる。
理解を待ってる匂いがするな。
先を促した方がいいか?
「わかった。で、今いるのはどこ?」
ライアンはすぐに黒板に書いた地図にバツ印を付け足す。
「ここだ!」
おい。
世界地図の方で説明するのか?
丸とバツが同じ大きさなんだが・・
「この馬鹿!」
上級生が大きな円の方で教えてくれる。
「これがライクス王国。で、この辺りにルビィの街がある。」
なるほど。
ライクス王国というのがこの国か。
で、ルビィの街ねぇ。
宝石でもとれるのかな?
ライクス王国は東の大陸の北東の端で、海に面してる。
その中でもルビィの街は西寄り。というか西の端にあるらしい。
ちなみに王都は東なので、東に伸びる街道を真っ直ぐ行けばあるそうだ。
馬車で10日くらいじゃないかと話していた。
縮尺がわからないが、少なくともしばらくは海を見ることは無さそうだ。
そういえば食卓に魚が出たことはないな。
肉でさえ滅多に見ないし、内陸部で貴重品の魚なんて、もしかしたらみんな見たこともないかもしれない。
あぁ、でも川魚とかもいるはずだから言うほどでもないのかな?
確か絵本に魚が書いてあるのがあったはずだ。
いや、あれはロイが絵本と思ってるだけで図鑑かな?
色々と教えてくれたライアン達に礼を言って自分の部屋に戻ると、すぐに魔力操作の練習をして、魔力が尽きると昼寝した。
起きてからはすぐに行動を開始した。
やりたいことがある。
まずは体力作りだ。
ライアン達と話してわかったことは、この世界はかなり広いということと、予想はしていたがこの世界には魔物がいるということ。
魔法の練習でもすぐに疲れてしまうし、体力はあった方が良いはずだ。
そこで、先生の剣術の稽古に混ぜて貰うことにした。
先生が教えているのはみんな10才以上の子供達だ。
先生にも10才になったらと言われてしまったが、後ろで勝手に余っていた木刀を振っている。
木刀に振られてるような気もするが、まぁいいだろ。
ランニングもしたいけど、それは外出許可が下りてからだな。
夕御飯の後の魔法の練習で小さな発見があった。
予想はしていたが、予想以上だ。魔力の量が明らかに増えている。
それと、指から魔力を出すんじゃなく、魔力を集める仙人の必殺技の方はほとんど魔力を使わないことがわかった。
頑張ってバレーボールくらいの魔力を集めても疲労度は指から出す豆電球より少ないくらいなのだ。
これは気疲れするだけか?
疲れない必殺技。
悪くないけど、なんか違うよね?
もしかしてこれはみんなに元気を分けて貰う方の必殺技だったのかもしれない。
ということで、必殺技は魔力操作の練習専用にした。
練習の最後に魔力を使いきる時は指から出した魔力風船で遊ぶようにしてる。
ちなみにやってる内に魔力操作の練習もかなり慣れてきた。
もう片手で魔力を集められるし、数秒なら手を離しても勝手に散っていかなくなってきた。
あと、集めた魔力は何もしなければ散っていくし、集めたその場から動かないんだけど、上げたり下げたり簡単な動きは出来るようになってきた。
今後の課題としては、
魔力を自在に操りたい
魔力量の増加
そして魔力の維持だ。
魔力操作は練習が結果に現れてる。
魔力量も使えば使うほど増えていく。
両方とも調子が良すぎるくらいだ。
きっと俺は天才だ。
ただ、魔力の維持に関しては今一よくわからない。
魔力操作に慣れた時にすぐには散らなくなったが、これをどうすればずっと散らなくなるのかわからない。
まぁ散るものなのかもしれないし、要研究かな?
明日からの目標を決めた後、右手の回りをクルクル回していた風船を体から切り離して眠りについた。
孤児院の朝は早い。
日の出の直後には俺は活動を始める。
それでもメリンダはすでに部屋にはいない。
いったい何時に起きてるんだろう?
食堂に行くとメリンダが朝御飯の準備をしていた。
「おはようロイ。今日も早いわね。
朝御飯はまだかかるから顔を洗ってきなさい。」
実はもう洗ったのだが、俺は口答えせずに裏庭に向かう。
昨日口答えしたら怒られたのだ。
ロイはあんまり信用がないらしい。
こんなに早起きしてるのに・・
すでに洗ったので井戸に付いても顔は洗わないが、その代わりに小さな胸いっぱいに朝の気持ちの良い空気を吸い込んだ。
「うん。うまい!」
大気汚染がないせいか、この世界の空気はうまい。
トイレは水洗じゃないから中世ヨーロッパのように窓から捨てるのかと心配したけど、ちゃんとトイレがあって、きっと魔法で処理してるんだと思う。
汲み出して畑に使ってる可能性もあるけど。
とりあえず、街中が汚物まみれということはなさそうだ。
ありがたい。
樹海の空気もうまかったが、あんなに湿ってない分こっちの空気の方が俺は好きだ。
今日も頑張るぞーって感じがする。
「さてさて、今日は何からやろうかなー?」
と、のんびり狭い裏庭を散策していると、視界の隅で何かが動いた。
誰かが起きてきたのかとそちらを見たら、目が合った。
つぶらな瞳で俺のことを見ている。
すげぇ可愛い。
「何してんの?」
答える訳がない。
何してんだ俺は・・3才児か!
突然俺の目の前に現れたのはウサギだった。
どこかから入ってきたのかな?
記憶ではこの辺りでウサギを飼ってる家はないはずだ。
野うさぎってやつかもしれない。
「よし!お前に必殺技を見せてやろう!」
練習がてら必殺技を披露したくなったのだ。
魔力なんて目に見えないのに披露出来るかは怪しいが、そんなことより練習だ。
うさぎはこの際、どうでもいい。
「はっ!」
掌から魔力を飛ばす。
ソフトボールくらいの魔力が子犬が歩くくらいのスピードで飛んでいく。
かなり練習の成果が出たと思う。
朝イチ一発目にしては上出来だ。
「よし、今日も絶好調!」
俺が必殺技の出来に満足していると、驚くことが起きた。
ウサギが俺が放った魔力に体当たりしてきたのだ。
バシ!
という音と共に魔力に当たったウサギは大きく撥ね飛ばされた。
「ちょっと・・何してんの?」
ウサギはピクリとも動かない。
「・・俺のせいじゃないからね?」
とりあえずウサギの安否を確認すると、たぶん生きてはいるみたいだ。
どうしたもんかね?
「メリンダに相談してみるか・・」
ウサギの耳を掴むと食堂に向かう。
顔を洗いに行ったはずの俺がウサギを引きずって来たのを見て、メリンダは驚いたような呆れたような複雑な顔をしてこちらを見ていた。
「えーと、、ロイ?・・その、ウサギはどうしたの?」
「捕まえた。」
「どこで?」
「裏庭で。」
「・・そう。」
嘘は付いてない。
というか、さっきメリンダに言われて裏庭に出たばかりだ。
疑う要素がない。
メリンダは驚きながらも俺の手からウサギを受けとると、手をアゴに当てて何かを考えている。
「先生なら・・、朝御飯に間に合うかしら?」
メリンダの呟きを聞いて、俺が捕まえたウサギの運命を知る。
俺のせいじゃないよな?
「先生呼んでくるね。」
「あら、ありがとう。」
俺はウサギの冥福を祈りながら先生の元に向かった。
この日の朝御飯はスープに肉が入っていたのでみんなは大喜びだった。
俺のいただきますの挨拶は、いつもの倍、気持ちが籠っていたことをここに記しておく。
体力作りと魔力操作の練習で1日1日が過ぎていく。
「結構出来るようになってきたんじゃないか?」
誰かと比べてるわけじゃないので実力はわからないが、魔力操作は結構思い通りに出来るようになってきた。
集めた魔力を自分から半径1メートルくらいの範囲でなら動かせるようになった。
自分の周りを螺旋を描くように回しながら上下させたり、両足の間を8の字を描くように動かしたりしている。
魔力量の増加は思ってた通りにガツガツ増えていったので、最初は魔力操作もこれでやろうかと思ったのだが、懐中電灯みたいに魔力を出しっぱなしにできるとわかったので、最近はそれで毎回使いきっている。
で、肝心の魔力の維持だけど、問題は魔力の濃度だったみたいだ。
魔力を圧縮すればするほど散るのに時間がかかる。
これも魔力操作で解決できそうだ。
最初の目標をクリアできそうなので、次の目標をたてることにした。
自分から離れたところに魔力を集めること
放った魔力をコントロールすること
スピードアップ
そして射程距離を伸ばす
全て魔力操作だね!
まぁ目標が変わってもやることは変わらない。
日々コツコツと。
といっても流石は3才児、驚くほど急成長している。
体力作りも順調だ。
謹慎があけないからしょうがなく孤児院の庭でランニングも始めたけど、毎日走れる速度と距離が伸びている。
くっ!
自分が怖いぜ!
毎日の練習が楽しくて堪らない。
このままいけば魔法を使える日もそう遠くないかもしれない。
『君に私の全てを伝えよう!私の弟子になりたまえ!』
とか言われるのももうすぐだ!
俺は魔力操作をすでに初めている!
古参の弟子に目にものみせてくれる!
「はーはっはっはっ!」
笑いが止まらんぜ!
「ロイ?どうしたの?」
おぅ。
一発で止まったよ。
「えーと、魔王ごっこを・・」
「そう・・ロイ?魔王は悪い人なのよ?そんな人のマネをしちゃダメ。」
メリンダさん、ホントにすまない。
今のはごっこじゃないんだ。
俺は悪の道に進むところだった。
っていうか魔王がいるのか?
なんかいそうだな。
大海とかに住んでそう。
魔の海とか呼ばれてるらしいし。
そんなことより反省しよう。
俺は自己流、その道のプロに勝てる訳がない。
軍隊の新兵だってまずは鼻っ柱をへし折ることから訓練を始めるらしい。
俺も過剰な自信は捨てよう。
憎たらしい弟子よりも、謙虚で可愛い弟子でいよう。
最近体が若返ったせいか、心も若返ってきた気がする。
心が体に引っ張られてるのか、ちょっとテンションがおかしい。
あんまり周りに迷惑をかけないようにしよう。
それと、メリンダはいつまでたっても同じ部屋にいるし、なぜか謹慎も解けない。
ロイならともかく、俺はメリンダに恋愛感情も持ってないし、魔法の練習の邪魔でしかない。
これじゃストレスが溜まってしょうがない。
まぁ先生は時々俺の体調を心配してくれるし、すこしは自重しよう。
少しだけね。
さて、そんなことよりも、練習の他にやりたいことがもう1つある。
食糧の調達だ。
こないだ偶然仕留めたウサギはみんなを結構喜ばせてくれた。
そりゃね。
食いたい盛りの子供がこれだけ集まってたら食べ物なんていくらあっても足りないよ。
食費を考えたら肉なんて贅沢は出来ないだろう。
野菜もそこそこ高いんだけど、実はこの孤児院は街の外に畑を持ってるのだ。
みんなで毎日とか行く必要はないらしいけど、先生と年長組は交代で畑の世話をしている。
ロイも何度か行ったことがある。
食糧の供給を畑に頼ってるお陰で、我が孤児院の食卓はかなり野菜に偏った状態を維持している。
ウサギ一匹を20人で分けたのに結構な喜びようだったのだ。
何とかしてあげたくなるのが人情でしょう。
孤児院にお世話になってるからお返しもしたい。
というか俺も食べたいんだけどね。
食べ盛りだし。
心配をかけないためにメリンダには一応言っておく。
「ウサギ捕まえてくる!」
「そうね。また居たら捕まえてね?」
と笑顔で答えてくれた。
よし、やろう!
やる気いっぱいに気合いも入れて、俺は裏庭に来た。
井戸に用はない。
ウサギはこの先にいるはずだ。
この孤児院はまぁまぁ大きな街の端っこにある。
街は魔物避けのデッカイ壁というか、柵に板を打ち付けたようなものに囲まれてて、孤児院はその柵に面してる。
他の場所ならともかく、実は知ってる人ならこの孤児院からなら簡単に街の外に出られる方法がある。
柵に打ち付けた木の板が外れる場所が何ヵ所かあるんだ。
こないだのウサギも多分その辺りの隙間か抜け道から入ってきたんだと思う。
ロイは何度か柵を抜けて外に出ている。
好奇心旺盛なロイらしい行動だと思う。
今回もありがたく、そこを使わせてもらって街の外に出た。
出たのは街の南側、森が広がってる方だ。
ルビィの街は東西に出入口があって街道に繋がってる。
北にも出入口はあるらしいから、何かはあるんだと思う。
街の北側まで行ったことないからわかんないけどね。
で、今いる南側には出入口がない。
ただの森だからね。
だから人はこない。
魔物避けの高い柵があるから街から見られる心配もないし、安心して魔法が使える環境がここにある。
「あぁ、早く魔法が使いたい。」
使えないものは仕方がないので、自前の魔力からソフトボールくらいの魔力球を作って圧縮して少し小さくしてから自分の周りを漂わせる。
ただし、今回は圧縮した魔力球なので前回と違ってウサギくらいなら気絶じゃなく、仕留められると思う。
いや、仕留めます。
孤児院まで引きずってる最中に暴れだすとか嫌だからね。
魔力を自前のものから出したのは今までの練習と研究の結果、コントロールは自前の魔力の方が簡単だということがわかったからだ。
歩いてるのと同じ速度で横に付いてこさせるだけでも結構難しいからなかなか良い練習になりそうだ。
もちろん魔力が散らないように圧縮に気を付けながら扱う。
今回は練習の他にもう1つ実験を兼ねている。
前回のウサギが魔力球に体当たりしたのが偶然なのか調べたいのだ。
というかウサギに魔力球を当てる自信がないので当たってきてくれないと捕まえられないと思う。
狩りに使えるほど発射速度が上がってないのだ。
発射した瞬間に当たるとかだったら狩りまくるんだけどさ。
ウサギって動き早いんでしょ?
さて、色々考えながらトコトコ歩いて来たけど、そろそろ限界だ。
これ以上は街から離れたくない。
何が出るかわかんないし、これ以上離れるとウサギを狩れても引きずって帰る自信がない。
「うーん、前がダメなら横に行くか。」
孤児院から離れないように方向を気を付けながら横に進む。
と、歩き出した途端にウサギ発見。
「ついてるな。さて、実験実験。」
まずは魔力球を左右に大きく振ってみる。
ウサギが顔ごと魔力球を目で追っている。
これで偶然だった可能性がぐっと減ったな。
次に魔力球をウサギの近くに移動させる。
するとウサギがサッと逃げてしまった。
「あれ?こないだと違うな・・」
なんか怖がられてるような?
前回と違うのは・・魔力の濃度か?
少し魔力を薄く膨らませてから、再び魔力球を離れてしまったウサギの近くに移動させる。
バシ!
おぉ!
今度は当たるまで逃げなかったぞ!?
前回は飛び付いて、今回は無警戒・・
仲間だと思ったのか?
強すぎると逃げるみたいだし、確かウサギって目が悪いんだよな?
もしかしたらこっちの世界のウサギはかなり魔力を重視するのかもしれない。
魔力の強い生き物って危険そうだし。
いや、もしかしなくてもこっちの世界では生き物は全般的にそうなのかもしれないな。
ぶっ飛ばしたウサギに圧縮した魔力を当ててとどめを指してから回収して、歩き出したところにもう一羽ウサギが出てきた。
「今日は大漁か?」
でも、持てないな。
まぁ往復すればいいか。
じゃあやっぱり実験に付き合って貰おう。
騙し討ちはできることがわかった。
次は今の全力で狩りに行く!
「はっ!」
まず全力で圧縮した魔力球を放つ!
と同時にウサギに向かってダッシュ!
次の魔力球を生み出す。
ウサギは魔力球を横に飛んで避ける。
そこに俺がダッシュで近付く。
ウサギは当然そのまま俺の進行方向に逃げようとする。
バシッ!
魔力球の衝撃音と共にウサギが俺の方に飛ばされてきた。
ウサギが逃げると思ったので、俺とは反対側の位置に放った魔力球を移動しておいたのだ。
俺の作戦勝ちだな。
でも・・
「完璧に運だな、これ。」
ウサギがどこに逃げるのか、実際にはわからないのによく当たったもんだ。
確実に仕留めるには全くスピードが足りてない。
一発目は余裕で避けられたし、二発目が間に合ったのはウサギがゆっくり逃げてたお陰だ。
間に合ったのもギリギリ。
つーか
ウサギ速っ!
速いだろうとは思ってたけど、こんなの素手で捕まえられるのか?
ホントにまぐれ以外の何者でもないぞ。
しばらくはウサギ相手に練習するかな?
って、あれ?
よく考えたらウサギが突っ込んだ2発目の魔力球って圧縮してないよね?
なるほど。
だから狩れたのか・・
運ですらない気がする・・
孤児院にもどると、流石にいきなり2羽もウサギを捕まえたことでメリンダにかなり疑われた。
「ロイ?まさか孤児院の外に出てないわよね?」
「で、出てないよ・・」
目が怖い。
怒ったメリンダは怖いというロイの記憶が警告を発してる。
「ロイ?」
「裏庭にいたんだけど、いっぱい捕っちゃったからもうウサギもしばらくは捕れないんじゃないかな?ははっ」
しばらくは行かないという俺の意図を察してくれたのか、メリンダの目線が若干弱まる。
「ロイにはまだ言ってなかったかも知れないけどね。街の外には魔物がいっぱいいるの。特に裏の森には魔獣もいるからとっても危ないのよ?」
おっ?知らない単語が出てきたぞ?
「魔獣って何?」
「魔獣っていうのはね。狼や熊とかの獣が長く生きて狂暴になったものよ。
体も大きくなってるし、とっても強いの。
ネズミの魔獣だって普通の狼を食べちゃったりするんだから。」
何それ怖い。
ネズミが狼に勝つとか反則だろ。
今の俺は普通のウサギにもしも攻撃力があったら負けるくらいなんだぞ?
いや、3才って普通のウサギに勝てるのか?
勝てなそうだな・・
ウサギの魔獣とかいたら俺なんか只のエサじゃん。
死んじゃうじゃん。
「だから森には行っちゃダメだからね?」
うん。
わかった。
絶対行かない。
ウサギに手こずる俺が魔物とか魔獣とか勝てるわけない。
この世界をかなり舐めてたようだ。
こっちに魔法があれば向こうにもそれなりの力があるわけですね。
それに俺はまだ魔法が使えないし。
というかこの世界って戦えない人にとっては凄く危ない世界なんじゃないのか?
俺、生きていけるかな?
早く魔法を覚えないと・・
メリンダに言われてから、森には行ってない。
もちろん森じゃないからって山や川や草原にも行ってない。
まったく孤児院から出ないというか出してくれないし、体力作りの時間以外は魔力操作の練習ばかりしている。
ゲームで言えばガンガンレベルが上がってるところだ。
しかもこれは現実で、この練習の先には魔法が待っている!
これで頑張れなきゃ男じゃない!
メリンダの話が本当なら、狼に勝てなきゃあの森は危険過ぎるらしい。
それが最低ラインだ。
遠い目標かも知れないけど、頑張ろう。
もうすぐ夏が来るらしい。
この世界にも四季はある。
ルビィの街は豪雪地帯だから冬が長くて夏は一瞬らしい。
前にライアンが書いた地図を思い浮かべながら、ライクス王国でそんなに雪が降るなら北の大陸は常に凍ってるんじゃないかと思って聞いてみたら、メリンダに笑われた。
「ルビィの街は山の上にあるから雪が降るのよ?
山を降りたら冬でもほとんど降らないんだって。」
知らなかった。
俺は毎日高地トレーニングをしていたらしい。
最近はかなり速く長く走れるようになってきたんだけど、山を降りたらもっと走れるのかな?
あっそういえば、この世界の暦とかの色んな単位は地球とほとんど一緒だった。
今は星歴130年。
一年は12ヶ月で365日、閏年もあるみたいだけど、それは不定期らしい。
曜日はないけど、何故か一週間という単位はあって7日だ。
1日は24時間だし、分、秒も一緒。
俺の感覚的には1日の長さもおそらく地球と変わらない。
距離の単位もキロ、メートル、センチ等地球の国際規格に準じている。
ここまでくると絶対にディオがこの世界を作った時に地球を参考にしたんだとわかる。
まぁわざわざ変える必要もないだろうし、発音が少し違うくらいでたいした違和感もなく受け入れられるので、かなり助かった。
ヤードポンド法・・だったっけ?
あんなの絶対やだわ。