神様は子供
運動は得意だ。
色々なスポーツをやったけど大体レギュラーにはなれたし、大会でも県大会くらいまでなら行けた。
元々負けず嫌いな性分でもあるけど、コツとしては周りをよく見ることだろうか?
人の練習を見て学ぶことが成長の秘訣だと思う。
みんなやってるだろうと思っていたのだが、聞いた話だと女子はそーゆーことはしないそうだ。
機会があって女子の部活の顧問をしている先生と話すことがあったのだが、男子の顧問と女子の顧問では仕事がまったく違うらしい。
「大会の後、先生たちと情報交換をしたりするんだけど、男子の顧問はどんな練習をすればいかに上達に役立つかを話し合う。女子の顧問はどんな練習をすればいかに生徒がサボらないかを話し合うんだ。」
男子にノックの本数を数えさせるのはチームワークを育むためだけど、女子にノックの本数を数えさせるのはお喋りをさせないで練習を見せるためなんだって。
先生の偏見もかなり入っているとは思うけど、色々なスポーツを小さいころからやっていた俺にとって、女子の顧問がたまにやらせる意味のわからない練習が女子向けのものだということは新鮮な発見だった。
さて、絶賛現実逃避中の俺だが、今何をやっているかというと、死んでいる。
早速で申し訳ない。
いや、大丈夫、俺は冷静だ。
たぶん。
「ホントごめんねー」
目の前で俺に謝っているのは神様だ。
いや、俺は冷静だ。
こいつがさっき自分でそう言ったのだ。
「やぁ!僕神様!よろしくねー」
こいつの最初の一言がこれである。
実にふざけている。
「はっ?何だお前?」
突然現れて神様を名乗るおかしな子供に対する正しい対応だと思う。
「神様のディオだよー」
ふざけてるのか?
子供は苦手だし、逃げようかな・・・
と、ちょっと距離を取ろうとするが
「あれ?え、ちょっ!足が動かないぞ!」
「ここは魂しか入れないからねー。でも、手も足もなくても動けるから大丈夫だよ。」
ホントだ!手もない!
自分の体?を探ってみると、どうやら丸い・・
ような気がする。
どんな状況だ?
つーかここどこだ?
真っ白な空間で壁も天井も何もない。
何で今まで気が付かなかったんだよ!
やっぱりそれなりにテンパってるのか・・
「大丈夫だよー。生け贄って言っても痛い思いとかすることはないからね。」
「はっ?生け贄って?」
「え?君、生け贄でしょ?」
何言ってんだこいつ?
俺は自分でもよくわからないままに自分の状況をディオに説明した。
俺はキャンプをしてただけだ。
大学を卒業してからも残った数少ない友人が、バイトを辞めて引きこもりニート生活を送っている俺を心配して中古のアウトドア用品をくれたのだ。
一緒に行くんじゃないのかよ、と思わなくは無かったけど、男と二人でキャンプはちょっと・・ね。
一人でキャンプに行くと親に言ったら、足りない物を一式買い揃えてくれた。
素人だと周りに笑われるのが嫌だったので、誰もいない所に行こうと思い付いた場所がここ・・・・ここ??
まぁ・・樹海である。
言わずと知れた自殺のメッカ。
毎年自殺者の遺体が見つかるそうだが、毎年捜索隊が調べるのは街道や遊歩道から精々50~100メートルまで。
それ以上は遭難の恐れがあるためになかなか調べられないんだそうだ。
樹海にはちゃんとしたキャンプ場もあるが、もちろん俺はそこを避けて樹海の中に入ることにした。
もちろん俺は自殺をするつもりなんてなかったが、親が買ってくれた最新の登山用のGPSがあるので何の心配もせずに樹海を突き進んだ。
説明書も読んでないので使い方はわからないけど、現在地と進んだ行程がわかるから元の場所に戻るには十分だ。
キャンプに行くとしか言ってないのにGPSまで買い与える親に呆れつつ、有り難く使わせて貰った。
まぁ俺がハイキングコースを大人しく歩くような人間じゃないのは親も良くわかってるんだろう。
いつかは俺もあんな親になりたいものだ。
まぁ、今はニートだけど・・。
樹海に一歩でも入ると、道以外で平らな地面は
殆んどなかった。
木が入り組んでいて、地面なのか倒木なのか根っ子なのか、見た目では良くわからない。その隙間には暗くて底の見えないようなクレバスがあったりするので非常に危ない。
流石に樹海の全てがこうだとは思わないが、相当上級者向けの場所に来てしまった気がする。
樹海にはそこかしこにロープや色とりどりのテープが張ってある。
メインのロープは遊歩道の位置を示すものだが、テープの多くは樹海に踏み入る人が戻る時のために張ったものらしい。
樹海の奥に続いているテープを辿っていくと、遊歩道に戻ることのなかった人達が今でも変わり果てた姿でそこに残っている事があるそうだ。
その場合、戻るためではなく、死後に見付けて欲しくてテープを張ったんだろう。
まぁ全部テレビの受け売りだけどね。
俺は新しそうに見えた一本のテープをたどり、テープの終点にあった只のキャンプの跡を見てホッとしたような残念なような気分を味わった後、遊歩道に戻ることなくその先に踏み出した。
樹海の奥地はかなり歩き難く、頑張って進んだつもりでも振り返ってみるとまだ先ほどのテープが見えていた。
GPSが役に立つほど進めるか不安になったね。
道もないような樹海の真ん中を突き進んでいた俺は、遊歩道からかなり離れた位置で平らな場所を見つけた。
出発時間を見ていないので正確ではないけど、たぶん2時間くらいは歩いたと思う。
やっとテントが張れそうだ。
本当はもっと歩くつもりだったけど、もう体力が限界なのもあるし、あと何時間歩けばテントを張るのに適した場所が再び見付かるかわからない。
俺が持っているテントの説明書には平らな場所が前提の張り方しか書かれていないのだ。
まぁ書いてあったとしても、初めてのキャンプは基本を押さえることから始めたい。
樹海はアウトドア初心者の俺には厳しすぎたようだ。
すでにちょっと帰りたくなっていた。
樹海の奥地で見付けた不自然にきれいで四角くなった地面は、碁盤の目のような石畳になっていた。
明らかに人工物に見える。
樹海に遺跡のようなものがあるなんて聞いたこともない。
海外には溶岩が固まる時に人工物のような形になったものもあるらしいけど、これもその一つなんだろうか?
きっとこれは新発見だ。
たぶん。
ただの石畳に妙に興奮した俺は、そこでキャンプを行ったのだ。
石畳の中でも少し高くなっている場所に友人に貰ったテントを張って。
張って、といっても地面が石畳だったのでテントは固定も何も出来なかったが・・
で、感覚的には寝て起きたら今である。
いや、家から持ってきたウイスキーをちょっと飲み過ぎたせいか寝袋に入るまでの記憶はないけど、きっと寝たはずだ。
たぶん。
「ホントごめんねー」
簡単に状況を説明した俺にこいつはこう言ってきた。
「久々にこっちに来てみたら祭壇に生け贄が供えてあるからさぁ。飛び付いちゃった」
「だから生け贄じゃねぇって!」
「そうだよね。ごめんねー」
暫く話しているけど目が覚める様子もないし、夢ではなさそうだ。
口調が気にさわったので「謝り方ってものがあるだろ!」と言ったら口調はそのままに神様が土下座を始めたのでかなりビックリした。
なんか動揺で俺の丸い全身が波打ってるような気がする。
この体、感情がモロバレだな。
しかし子供に土下座って・・俺が悪人みたいじゃないか。
「とりあえず土下座は辞めてくれ。誰にだって勘違いはあるからな。別に元に戻してくれれば文句はないから。」
「あぁそれは無理かなー」
「はぁ?なんでだよ!ここにいるのが魂だけなら俺を体に戻すだけだろ?」
こいつはここに入れるのは魂だけだと言った。
つまり体はテントの中でまだ寝てるはずだ。
「食べちゃったー」
「は?」
「食べちゃったー」
食べたって・・何てことをしやがるんだ!
許可もなく人の体を食うなんて!
何様だ!神様か!
くそっ
まぁ納得はいかないが、普通に考えて体を食べていいですか?なんて聞く訳がない。
少なくとも、俺は食事の時に言ったことがない。
そもそもこいつが言うことが正しいなら俺が寝てたのは生け贄を捧げる祭壇で、そんなとこで寝てる俺は生け贄にしか見えなかった。
くそっ!
落ち度はこちらにあるというのか!
いや待て、そんなことより・・
「それじゃ、俺は死んだのか?」
「死んだね~」
不思議と動揺はしなかった。
一応確認はしてみたが、体を食べたと言われたのだから、今更死んだと言われても『だろうね』としか思わない。
「それじゃ俺はどうなるんだ?」
「・・どうしたい?」
そんなこと言われても困る。
「聞くってことは選択肢があるってことか?」
「一応僕は神様だからねー。大抵は大丈夫だよー」
「でも元には戻せないと?」
「うん。無理ー」
何が大抵だ。
ディオ神・・ディオが言うには
どうやらあるものを再生、再利用することや無いものを作るよりも、あったけどもうないものを寸分違わず再生する方が難しいらしい。
本当かどうか怪しいが・・。
「頑張っても寿命は2週間くらいかな?」
「頑張るって何をだ・・」
正確に体を再生しようとしても同じものにはならないから、どうしても魂が入れ物に馴染まずに固定出来ないらしい。
だからといって魂に合った体を作ると元の体とは別物になってしまうようだ。
元の体は俺が生まれた時の魂に合ったもので、時間や経験と共に今とは魂が変化している。
今の魂に合わせて体を新たに作ると前とは変わってしまうんだと。
「このままここで過ごすか。生まれ変わるかだねー」
「ここって・・何もないじゃないか。暇で死んじまうぞ。」
「え?何でもあるよ?」
それは見解の相違だな。
俺にはただの白い空間にしか見えないぞ。
「生まれ変わるって選択肢があるんだな?」
「うん。大丈夫だよー」
「確認するから、出来ないことがあったら教えてくれ。」
俺がディオに色々確認したところ、自分で言うだけあって条件付きなら大抵のことは出来そうだ。
つーかこいつ、この場に残る選択肢を選ばせる気がなさそうだ。
生まれ変わる選択肢についてだけ、聞かなくてもせっせと説明している。
その説明のお陰で生まれ変わるのも悪くはないようには思える。
まぁ俺だってこんな意味のわからない空間で一生を過ごす気はない。
あっ、一生はもう終わってたわ。
どうやらディオは神様に成り立てでエネルギー?のようなものが足りないらしく、今新しい世界を作っている最中で、そこで使うエネルギーが足りないから俺が住んでた世界に取りに来たらしい。
色々と話が飛ぶ野郎だ。
子供だからだろうか?
「へ~。じゃあこの世界もお前が作ったのか?」
「違うよー。ここは父さまが作った世界だよー」
ん?父様?
親の世界からエネルギーとやらを貰ってもいいのか?
許可は貰ったのか?
親の貯金箱から小銭をくすねるようなものなんじゃ?
つーか俺が生け贄だったとしても、父親のじゃねーのか?
まぁ死んだ俺には関係ないが・・
「・・じゃあ、そのお前が作ってる世界でいいぞ。」
「この世界じゃなくていーの?」
「この世界で生まれ変わってもどうせ世代が違うしな。今の友達とはお別れだし、何より俺の親は一人だけだ。少なくともこの世界で他の人間を親と呼ぶ気はない。」
こいつの持ってるエネルギーだと成人は作れないそうで、胎児か、精々幼児くらいが限界と言われた。
神様というにはちゃっちいような気がするが、命を作れるのは神様ならではなんだろう。
「同じ世界の違う国でもいいんだよ?」
「会えると未練が残るだろ。」
「会いたくても会えないよ?」
「生まれ変わったらもう他人なんだから、どうせ会えねぇよ。」
今はまだわからないけど、例え会いたくなっても会いに行けるのは姿形も違う他人だ。
家族として会えるとは思わない。
それよりも違う世界というのに興味があった。
「まず、条件としては元気で丈夫な体だ。それは譲れない。あとは・・どんな世界だかわかんないからなぁ・・この世界との違いを教えてくれ。」
「人類でいいんだね。世界は・・そんなに違わないかな?あっちに住んでるのも人類だし。文明はこの世界ほど進んでないけど・・あぁ、あとは魔法があるよ。」
「魔法!?魔法ってファイアとかそーゆーのか!?」
「・・うん。まぁそーゆーのかな?」
そりゃすごい。
俺だって男だ。
小さい頃には魔法やかめは◯波の練習をしたことくらいはある。
「おい!魔法は俺にも使えるんだよな?」
「才能さえあれば使えるはずだよー」
「欲しい!その才能欲しいぞ!」
ディオは少し考えると大丈夫だと言ってくれた。
「よし!」
「他には何かある?」
「ん、他か・・」
全くわからん。
魔法があるような訳のわからない・・もとい夢のある世界で何が必要かなんて知らん。
魔法が使える健康な体があって、他には何が必要だ?
金か?
いや、俺は子供になるはずだ。
金なんか持ってたら狙われる。
人脈・・なんて子供が持ってるわけないし、他の神様とかを紹介されても困る。
何かないか・・。
「あれ?俺って子供になるんだよな?」
「うん。そうだねー。」
「だよな・・。で、俺は大人だ。もう頭も硬いし、もしかして今から子供に戻っても成長は望めないんじゃないか?言葉や文字を覚えるのも難しいだろ。その辺をどうにか出来ないか?」
神様は少し考えると大丈夫だと言った。
「子供になったら子供の脳があるから大丈夫だと思うけどねー」
「思うって・・他に生まれ変わりがいるのか?」
「いないけど?」
「じゃあわからないだろ。」
えーと、他には・・
「生まれる家を選べるんだよな?孤児院も選べるか?」
「選べるよー。でも、お金持ちとかじゃなくていいの?大貴族とかでもいいよ?」
貴族とかいるのか・・
「いや、異世界だろうが俺の親は一人だけだ。まぁ一人じゃ生きていけないから育ての親ぐらいなら受け入れるけどな。」
「親思いだねー。」
そう言いながらディオは微笑んだ。
子供の見た目に似合わない穏やかな笑みだ。
「で、ディオ、俺はいつからその世界に行くんだ?まさかここで何十年も過ごすわけじゃないんだろ?」
「えーとね、ちょっと待って・・あぁちょうどいいや。もう生まれ変われるよ。」
「もう?もう、って今か?」
そういうと急に意識が遠くなるような気がした。
「なんだ?・・これ」
「ごめんねー。急がないと魂も消化しちゃうからー」
と、ぞっとするようなことを言われた。
消化ってことは、ここはディオの腹の中なのか!?
じゃあさっきの『ここに残る』って選択肢はなんだったんだよ!
「魂が馴染むのにちょっと時間がかかるかも。あと、記憶のほとんどは体の役割だから保証は出来ないかな?」
「おい待て!聞いてないぞ!生まれ変わる前に俺の親に!」
ディオの『大丈夫だよー』という声を聞いたのを最後に、プツリと意識が途切れた。
次に会ったらぶん殴って・・・・いや・・やっぱりもう会いたくないな・・