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これから その2




「あーーーーーーーーーーーー疲れたー」


 久々にまともな寝床に、盛大にダイブする。

 前の世界では万年床だった俺には高級ホテルにあるようなベッドは少し落ち着かないが、このフカフカには抗うことはできない。


「本当にキツイ一ヶ月だった……」


 フォレさんの結婚宣言したあの日から一ヶ月ちょっと、森を守るための魔法を仕掛けるために、森中を歩き回ることになった。

 魔法が使えないから留守番になると思っていたら、フォレさんが鍛えると言って強制的に同行させられた。

 そのせいで、フォレさんとエルフだけなら二週間で終わる作業が、プラス二週間も延びてしまう。


「他の人たちに迷惑にならないように氣を使おうとしても、フォレさんが使わせてくれないんだもんなぁ」


 少しでも鍛えるためだと言って、氣を使おうとするとフォレさんは妨害してきた。


「氣を使って楽に進みたいなら、わしに気付かれずに氣を生み出すことじゃな」


 そう言われ何十回も試みたが、結局成功することはなかった。

 そのおかげで一ヶ月もかかり、ついさっきやっと村に帰ってこれて、この有様になる。


「まぁいいや、とにかく眠い……」


 そのまま寝落ちそうなとき、ドアを軽く叩く音がした。

 正直無視してしまいたがったが、お世話になっている身としては無視するわけにもいかない。

 眠気で気だるい体を力の限り動かしてドアを開けると、フォレさんがいた。


「眠たいんで明日じゃ駄目ですか?」

「ノーリ……女の子が夜に勇気を振り絞って男の部屋にきたんじゃ、その反応はないじゃろ」

「女の子?」


 腹に強烈な一発がきた。


「ごふっ!」

「やはり少しは女の扱い方を叩き込んでやったほうがいいみたいじゃの。

 まあ、とりあえず眠気は吹き飛んだじゃろ」

「は、い……」


 フォレさんは部屋に入ってベッドに座る。

 俺は部屋に唯一ある椅子を持ってきて座った。


「なんじゃ隣に座ればよいのに」

「こっちのほうが話しやすいでしょ。それにプリエールさんにでも見られたら何を言われるか……」


 この一ヶ月、プリエールさんは同行してフォレさんの世話をしていた。

 俺がフォレさんに話しかけようとすると、実際に近づけなくなるほどの睨みを効かせてきて、さらに小言をずっと言われた。


「ここにいない者のことなど、気にしてもしょうがないじゃろうに」

「フォレさんが自分の部屋にいないとわかったら、真っ先に俺の部屋にきますよ多分。

 だからこうして小言を言われないようにしておかないと」

「まあ、そうなるのかのう」

「それでなんのようですか?」

「おお、そうじゃった。

 ゆっくりな移動だったとはいえ、わしも疲れたからの、マッサージをしてもらいにきたのじゃ」

「……ええ」


 ちょっと嫌そうな声が出てしまった。

 いやマッサージをするのは別にいい。

 しかしプリエールさんに見つかったときのために離れて座ったのに、体を触る行為はかなりまずいんじゃないだろうか。


「ちょっと脚がむくんでしまってのう、ノーリ頼めるかの」


 フォレさんがベッドにうつ伏せで寝転がる。

 その姿に、ドラゴンが大口をあけて獲物を待っているイメージしか浮かばなかった。


「どうした、してくれんのかの?」

「い、いえ、しますよ?」


 これはやましい行為じゃないから見られても大丈夫と自分に言い聞かせてフォレさんの脚を手に取る。


「んっ……んんっ、ふぅー。

 それにしても、マッサージとは気持ちよくていいの。人間の姿になってよかったと思える一つじゃ」

「そ、そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」


 努めて普通に見えるように答えてみたが、ちょっと色っぽい声が出たときに、内心で凄い動揺してしまった。

 この人はおばあちゃんこの人はおばあちゃんと念仏のように唱えて、どうにか平常心を保たせる。


「そういえば、フォレさん。これからどうするんですか?」

「ぁ……そこ気持ちいいのう。

 少しは察しがついとるじゃろ」

「まぁ一応目的は。

 ただ俺が聞きたいのは、目的にいたる過程というか」

「ああ、なるほどの。

 とりあえずは情報収集とお金を稼ぐことかの。

 情報収集は村の者にも手伝ってもらうよう頼むが、旅費まで貰うわけにはいかんからの」

「そうですね。

 でもお金を稼ぐにしても元手がいるでしょ、フォレさんお金持っているんですか?」

「多少な」

「お金稼いでいたんですか?」

「前に嫌々参加した戦争の報奨金でな。あとはわしの領域に落ちていたものを売ってもらってり換金してもらったりの」

「この森の中に落ちているものとかあるんですか?

 フォレさんの住処って森の最深部でしょ」

「まぁ色々との」

「色々ですか」

「とりあえず、更に詳しい話はまた明日じゃな。

 明々後日には旅立つ予定じゃから、英気を養っておくのじゃぞ。

 また一ヶ月ぐらい歩きじゃからな」

「はい?!」

「何を驚く。

 よく考えてみろ、これだけ広大な森じゃぞ、人間の足なら外に出るだけでも十数日ぐらいかかるじゃろ。

 それに、友好的かもわからん神獣が棲む森に人間が近くに住んでおると思うのか?

 近くの村に行くだけでもさらに十数日かかるぞ」


 言われてみるとそうだ。


「まぁ、近くの村からは馬車を使って拠点の国に行くから、ちょっとぐらい我慢するのじゃな」


 一ヶ月歩くのは、ちょっとぐらいと言わない。

 どうにかできないかと、考えているとふと引っかかるものがあった。


「そういえば売ってもらったり換金したりって言ってましたけど、それってどこでしてもらったんです?

 それに、この村って酪農とかしているんですか? たしか森の中を歩き回っているとき牛肉とか出てきましたよね。

 もし酪農をしてないなら、それは外、人間から買ってきた物のはずです。それを手で持って運ぶわけがないはずです。

 つまり、馬車などの運用法があるということ」

「チッ、気付きおったか」

「舌打ちするほど!?

 ていうかそんなに俺を歩かせたいんですか?」

「氣はどうしても、身体自体を鍛えんと強くならんからのう。

 普通に生きる分には今のままでも支障はないが、わしの頼みを聞いてもらうには今のままでは死んでしまうからの、鍛えれるときに鍛えんとな。

 じゃがまあ、馬車の存在自体に気付いたのは褒めてやろう、しょうがない馬車を出してもらえるよう頼んでやるかのう。

 正直な話、わしの外の記憶は数百年前のものじゃから、案内や知識を教えてくれるの者は欲しかったしの」

「そんなんで、森の外いこうとしてたんですか?」

「まぁ地形だけでいえばそうそう変わらんし、案外どうにかなるもんじゃよ」

「そんなもんですか」

「のう、ノーリ」

「なんですか?」

「ここは慣れたかの?」


 不意打ちのような質問に、ほんの一瞬手元が止まりそうになった。


「俺の世界になかったものばかりで、毎日驚きの連続で面白いものばかりで、まだ飽きて慣れてしまうことなんてありませんよー」

「……そう、じゃのう。

 森を出れば面白いものはさらに増えて、一生かけても見回れないぐらい沢山ある。

 どうせ大陸中を歩き回るのじゃ、全てを見に行こう。

 ノーリが望めばどこにでも連れて行ってやるし、どこまでも着いて行ってやるぞ」

「そうですねぇ。

 でも右も左もわかりませんから、フォレさんのお勧めの場所をまず案内してくださいよ。

 そこからフォレさんですら見たことない物を見に行きましょうよ」

「そうじゃな!

 しかし、わし古い思い出を見に行くのではなく、ノーリと新しい思い出を作るために行くのじゃ。

 そしていつかノーリをとある場所に連れて行ってやろう」

「ある場所?」

「神樹の一番先、わしのとっておきの場所であり一番大切な場所じゃ。

 空と大地と海と星々を見ることができるある意味世界の果てでもある、楽しみにするんじゃぞ?」

「はい、楽しみにしておきます」

「っと、プリエールが近づいてきておるの」


 プリエールさんの気配を感じ取りフォレさんが言った。

 やはりこの状態はまずいと離れるとき、フォレさんは少し残念そうな表情だった。




 翌朝、風呂に入る。

 エルフはお湯を浴びるだけで、浴槽というものが無い。

 人が何十人か入れそうな樽に水が入っていて、魔法で温めたお湯を共同で使う。

 なので入るわけにも行かず、熱い湯船に疲れないのが残念だが、昨日までの汚れを流してすっきりする。

 ちなみに、料理で使う以外にお湯を沸かす設備が無いので、朝から悪いとは思いつつお湯を沸かすのは宿舎の人に頼んだ。


「あー、さっぱりした」


 あの後フォレさんを探しにきたプリエールさんに二人して小言を言われる。

 しかし、フォレさんが夫婦だからいいじゃろ発言で、プリエールさんの俺を見る目が黒い害虫を駆除するときのようになる。

 そして二人が出て行った後、俺は恐怖でベッドに震えているといつの間にか眠ってしまった。

 それで起きてから湯浴みとなったのだが、フォレさんがこなくても疲れ果てて寝ていたので、どの道こうなっていたと思う。

 冷たい水を一息で飲んで、外を見る。


「今日は確か、十時ごろから集まるって言ってたかな」


 視線の先には十二等分にされた円形の花壇がある。

 そのうちの左側の真ん中の花壇だけ橙色の花が咲いていた。

 この村では時間ごとに咲く花で時間を判断しているそうだ。

 機械式の時計もあるそうなのだが、貴重品なので重要な施設にしか置いていないらしい。

 そして、村長が機械式の時計をみて魔法で花時計を調節しているとのことだ。


「まだ九時ぐらいか、花もまだ閉じそうじゃないし、軽く朝飯を食べることはできるかな」


 食堂に向かう。

 食堂に向かう間ちょっと顔がにやけて、鼻歌をうたってしまう。

 その理由は簡単にいうとご飯が美味しいからだ。

 この村に来て一番嬉しいこといっていいほどに、食べ物が美味い。

 村に初めて来たときに、森を歩き回る前の腹ごしらえと出てきた料理に不覚にも涙してしまった。

 そのとき本気で留守番がしたいと、フォレさんに頼み込んだ、駄目だったが。

 あのとき出てきた料理は、突然のことだったこともありかなり質素な料理だったが俺が今まで食べてきたものの中で一番だった。

 そんなものに涙する俺を怪訝そうにエルフ達は見ていたが、それだけでエルフが人間の上を行くというのが良く分かった。


「惜しむらくは食べるのができるのが、明後日の朝までってこどだなぁ」


 どうにかして、食べる回数を増やせないかと考えながら食堂に着く。

 時間を考えて簡単に作れるものを頼んで、適当に座ろうと食堂内を見渡すと、珍しそうに俺を見ていたエルフ達は目を逸らした。


「いや、まぁ、うーん……」


 居心地悪さを感じて隅っこに座る。


「ほら、サンドイッチとハーブティーだ」

「あっ、ありがとうございます」


 手が空いているのか、すぐに食べ物が来た。

 一口齧ると、あまりの美味しさに動きが止まってしまい、その次には瞬く間に一つ目のサンドイッチはなくなってしまった。

 あっという間に三つ目を食べ終えて、ハーブティーを飲む。

 ここに来るまでハーブティーは飲んだことはなかったが、今まで飲んでこなかったのを後悔してしまうほど美味しかった。


「お前今までどんなもの食ってきたんだよ……」


 サンドイッチを持ってきてくれたエルフが引き気味に聞いてきた。

 隣にいたエルフは調理服を着ていて、このサンドイッチを作ってくれた人だろう。

 まさかまだいて食べるところを見られていたとは、恥ずかしくて苦笑いが出る。


「どんなのっていわれても普通のですけど、ここの料理が美味しくて、つい」

「そういってくれるのはありがたいが、サンドイッチはいうほど極端に差はでないだろ?」

「俺もそう思うんですけど、生まれて食べた中で一番美味しいです」

「そうかい、ま、そこまで喜んでくれるんなら作ったかいがあったってもんだ、この村にいる間は色々作ってやるから、いつでも食べに来い」

「本当ですか、ありがとうございます」


 心の中で力強くガッツポーズをする。


「じゃとしても、モウジィにも仕事があるんじゃから、迷惑をかけない範囲でするんじゃぞ」


 予想外の声がしたほうに反射的に顔を向けると、いつのまにかフォレさんがいた」


「じゅ、樹森竜様!」


 気配無く現れたフォレさんに料理人エルフは慌てる。


「モウジィ、わしにもハーブティーをくれんかの?」

「はい、すぐにお持ちいたします」


 モウジィさんは礼儀正しく頭を下げて素早く調理場に戻っていった。


「おはようございます」

「……おはよう、ノーリ」


 なんだろうフォレさんの機嫌がちょっと悪いような気がする。


「えっと、どうしたんです?」

「なにがじゃ?」

「いや、話し合いの時間はまだだし場所も別の場所だから、だから何かようがあってきたのかなぁ、て……」

「ノーリが遅刻せんように迎えにきてやったんじゃ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

「それが朝から湯浴みしてからゆっくりと食事を……。

 まぁ湯浴みはよい、じゃがわしを待たずして朝食とはな……!」

「あ、あー、あー……。

 いやその、てっきりフォレさんはプレエールさんとかと食べるのかと思って……」

「ほう……」


 フォレさんの冷たいジト目に愛想笑いで返す。

 さっき湯浴みしたばかりなのに、背筋が冷たい。


「あの、ハーブティーをお持ちいたしました」


 モウジィさんがナイスタイミングで持ってきてくれた。


「ありがとう」


 フォレさんがモウジィさんから受け取ろうとすることで、どうにか冷たい視線から逃れることができた。

 フォレさんは軽く香りを嗅ぎ、口をつける。

 俺のほうにも微かに香りが届いてきたが、俺でもわかるぐらい俺とフォレさんのハーブティーの質が違うのが分かった。


「やはり、エルフの栽培したバーブは良いのう。それにモウジィの淹れる腕もよい。

 わしではこうはならん」

「そうなんですか?」

「わしとエルフは属性的にいえば植物属性になるんじゃが、わしが木属性でエルフが草花属性に分かれる。

 じゃからハーブとか育てさせると、わしよりも上手に育てることができるのじゃ。

 果物とかはわしのほうが上じゃがな。

 まぁそれとドラゴンだからいうわけではないが、料理とかせんからのう、わし」

「ああ、なるほど」

「一時期それが悩み事になったものじゃが、プリエールやクラージュ、モウジィのおかげでなんとかしたものじゃよ」

「そうなんですかぁ」


 色々と懐かしみながら幸せそうに飲むフォレさんを見ながら、このまま有耶無耶になってくれないかと食事をする。


「ふぅ……。

 本当はもうちょっと責めてやりたいところじゃが、別の部屋に泊まっているのに約束もしておらんかったわしも悪かったし、ハーブティーも美味かったしで、このくらいにしといてやる。

 じゃが、明日から―― いや今日の昼からわかっておるじゃろうな?」

「はいっ!」

「まぁ、無理なときもあるじゃろうから、そのときは理由と共にちゃんと言うんじゃぞ?

 さて一息ついたし行くとするかの」


 そう言ってフォレさんは最後の一つをとって口に入れた。


「あっ……」

「今日は朝から用事があっての、ノーリと一緒に食べようと思っていたこともあってまだ朝食をとってないのじゃ。

 一つくらいよかろう?」

「あ、はい、どうぞ」


 正直、ちょっと理不尽な気がしないでもないが、フォレさんは俺と違って忙しいだろうし、自分に合わせて今朝起こさないでいたのも、俺の体のことを気遣って自然と起きるのを待っていてくれたのだろう。

 一番美味しそうなのを楽しみに残してたんだけどなぁ。

 それにしても、同情からだろうがフォレさんの俺への気遣いに、俺はいつか何か恩返しができるるんだろうか。

 まぁ、結婚とかの冗談は周りが怖すぎるのでやめて欲しいが。


「どうした、行くぞ」

「はい」


 俺は残っていたハーブティーを一気に飲み干してフォレさんと一緒に食堂を後にした。




 フォレさんに連れてこられた場所はいわゆる村役所で、そこの会議室に村長とブークリエさんにプリエールさんと見知らぬエルフ集まっていた。


「皆の者、わしの我侭に付き合ってもらってすまんの」


 フォレさんは四人に向かってそう声をかける。


「いえいえ、我らは樹森竜様に仕えるものです。お気になさらないでください」

「そうか、すまぬの。

 さて、ノーリは三人とは面識があるが、あと一人とは初対面じゃったな」


 見知らぬエルフが一歩前に出てくる。


「行商人のコネートルじゃ。

 この村の行商人の元締めでな、外の情報を一番良く知っている者じゃ」

「コネートルです、以後よろしく」


 手を差し出されたので握手する。


「それでは、これからの話をしようかの」

 とりあえず、わしは中央国家インテルセクトに行こうと思う」


 フォレさんは机に広げて置いてある大陸の地図の中央を指差した。


「大陸中を回るのに一番よい位置にありますからな」

「そうじゃ。

 それに大陸中央にあるがゆえに中継点として人の出入りも多いから色々と情報も入ってくる。

 さらに余所者でも仕事を探しやすいようになっておるかな」

「まぁ妥当なところですな」

「それで、今この国とその周辺はどんな感じなのじゃ、コネートル」

「そうですね。

 様々な人種種族が入り乱れておりますが、争いの兆候もなく賑わっており、周辺国とも良好な関係を築けています」

「ふむ、昔からあの国の王は優秀じゃったが、現国王も優秀なようじゃな。

 それにあの国で不穏な空気が流れていないのなら、今の大陸は概ね平和なようじゃな。

 五大国家のバランスがうまくとれてるようじゃの」

「あ、いえ、今は七大国家です」

「そうなのか?」

「十八年ほど前に、東の大国チィーグウォンが内乱をこして、それを手引きした北東の国セーヴェルが上半分を吸収し、下半分がナンという国になりました。

 元がかなりの大国でしたから、半分になってもナンは大国として数えられています」

「あそこには神獣が何体かいたはずじゃが」

「内乱があったので我々は近づかないようにしていたのですが、他の行商仲間からは何体か参加しているという情報はありましたが、どうなったかまではわかりません」

「そうか……。

 それであと一つはどこにあるんじゃ?」

「南にある結晶洞の大聖地に二百年前にできたハラムという宗教国家です」

「ああ、帝國の宗教における聖地とされているところか。

 戦争に負けた帝國の一部の人間があの場所に移り住んだとは聞いていたが、そこまで発展していたとはのう。

 あそこは神樹と同等の聖地じゃから、変なことをしてなければよいが」

「今のところ不穏な動きは見られておりません」

「ふぅむ、そうか。とりあえずは平和ということじゃな」

「二年ほど前に森の近くで小国同士の戦争があったから、心配しておったのじゃが、大丈夫そうじゃの」

「二年前の戦争といえば、フィーユ様にフォレ様の身体が治ったことをお伝えしなくてよろしいのですか?」


 プリエールさんが、フォレさんに質問した。


「連絡せんと、やっぱり怒るかのう?」

「それは当然かと」

「わしの娘のわりには、生真面目で融通がきかんからのう、ノーリのことを言ったらすぐにでも飛んで帰ってきて怒られそうじゃし、言うのは怖いのう」


 今、フォレさんが凄い爆弾発言をした。


「まぁ、ご結婚ですから、色々と言われるのはしかたがないのでは?

 それでもフォレ様のご息女なのですから、身体が回復したことはお喜びになるかと」

「しょうがない、手紙を書くとするかの。

 たしか今はアウロラにいるんじゃったな、そこにいく者がおるならついでに手紙を渡すように手配しておいてくれ」


 フォレさんはコネートルさんに言った。


「って、フォレさん子供いたの?!」


 川の流れのように話題が過ぎ去っていこうとして、慌ててフォレさんに質問した。


「娘といっても血は繋がっておらんがな。

 十数年前にわしの領域でエルフが見つけての。

 森で人間の魔力を感じて森から追い出すために探していおると、倒れているのを発見したそうじゃ。

 かなりの魔法の使い手だったんじゃろうが、力尽きて赤子を守るように抱いたまま死んでおったそうじゃ。

 それで、わしの領域にあるものは、わしに見せにくる決まりになっておるから、エルフは報告して人間に渡そうと思って持ってきたんじゃがな。

 老い先短いとはいえまだ時間があったから育てることにしたんじゃよ。

 子育てはしたことがなかったからのう」

「俺のときもそうだけど、フォレさんって結構軽い感じで何かしようとしますよね」

「さすがのわしでも、何も刺激がないというのは耐え切れんからのう。

 穢れの侵食に余裕があるうちに、今までやることがなかったことするのも良いと思ってな。

 フィーユと名付けて独り立ちするぐらいまで育てようとしたんじゃが、森の近くで戦争が起こっての。

 穢れが流れてきて、わしにどんな影響をもたらすかわからんから、ちょっと早かったが人間の世界に返したのじゃ。

 その際に、無くならない繋がりが欲しいと言われての、アルブヴェールの姓をつけてやると、わしに名前を贈りたいと言って、わしにフォレという名前をつけたんじゃ」

「へぇ、そんなことが」

「まぁ、実際にはなんともなかったのじゃがな。

 今はアウロラで頑張って働いてるそうじゃ」


 フォレさんの話を聞いて、大陸中を歩き回るなら、会うこともあるだろうなと思うと同時に、どんな態度をとられるのか不安になる。

 プリエールさんのように友好的じゃないような気がしてならないが、今考えてもしょうがないことだ。


「ところで、護衛のほうはどうしますか?」

「護衛?」


 プリエールさんの質問にフォレさんは不思議そうな顔をして、


「護衛なぞいらんぞ?」


 フォレさんの一言でプリエールさんの空気が変わった。


「どういうことでしょうか?」

「どういうことかと言われてもの。

 護衛が必要なほどわしは弱ってはおらんし、こう言ってはなんじゃが、足手まといになるからの。

 ああ、でも最寄の村まで馬車は出してもらおうとは、思っておる。

 その道中、今の世の生活や常識を教えてもらおうとも思っておる」

「樹森竜、今の言葉は聞き捨てなりませんな。

 確かに貴女よりは弱いですが、足手まといになるような鍛え方はしておらんですぞ」


 今まで黙って聞いていたブークリエさんが口を挟んできた。


「別におぬしらが弱いと言っておるのではない。

 じゃがわしがこれからすることには、力不足なのじゃ。

 正直、ノーリ一人を守るので精一杯で護衛の者を見てやることができん」

「貴女の手をわずらわせることはいたしません」

「ほう、相手が一ヶ月間の穢獣相手でもか?」


 ブークリエさんは押し黙った。


「ノーリの氣は特殊でな穢れに影響を与えることができる。

 わしの目的はな、ノーリの氣による神獣からの穢れの排除じゃ。

 じゃが排除された穢れは身体を形作り狂った意思で襲ってくる。

 それは一部ではあるが神獣と戦うということじゃ。

 場合によっては全盛期のわしでも危ないかもしれんのに、力不足とわかっている者を連れて行くことはできん」

「我らは樹森竜のために命を捨てれる覚悟があります」

「わしのためなんぞに、命を掛けんでもいいんじゃが……。

 そうじゃの、その命を使ってわしのために何ができるのかの?」


 突然、うまく呼吸ができなくなるほどの威圧が部屋の中を支配した。

 多分、命を捨ててという部分がフォレさんの怒りに触れたのだ。

 他のみんなもそれをわかっているのか、威圧に耐えるのが精一杯なのか、それとも両方なのかわからないが黙る。

 というか、一般人の俺にはきつすぎるので威圧を速く消して欲しい、意識が遠のいてきた。


「そ、それならばノーリさんを守るというのはどうでしょうか」


 プリエールさんがそんな提案を出した。

 威圧がフッと消える。


「ノーリを守るじゃと?」

「はい、先程ノーリさんを守るのが精一杯だとおっしゃってましたが。

 そんな片手間な行為があって穢獣を相手にするのは危険だと思います。

 ですが、ノーリさんは連れて行かなければならない……。

 ならばフォレ様が穢獣だけに集中できるように、私達がノーリさんを安全な場所まで逃がすというのはどうでしょうか?」

「わしと一緒に戦うのではなく、その場から逃げるだけ?」

「はい。

 穢獣の相手はフォレ様がしてくれますから、守って逃げるだけに集中するのならば私達だけでも大丈夫なはずです。

 それに、神獣の住まう場所は人間には過酷なところが多く、ノーリさんの身体能力ではその場から離れることすら難しいでしょう。

 それを私達で比較的安全な道を探して誘導すればいいです。

 そうすれば、皆の生存率は上がるはずです」

「ふぅむ……。

 ノーリには十分な防御魔法と氣の運用魔法を与えてはおるが、ノーリ個人だけで見れば不安しかなかったのは確かじゃ。

 そこは鍛えまくって補うつもりではあったが……。

 しかし、エルフが人間の護衛をメインに引き受けるとは思えんのだがの?」

「ノーリさんを守ることが、フォレ様のためになるというのならば、私達は喜んでお引き受けします」


 そう言われてフォレさんは考えこむ。

 俺としてはその方がありがたい。

 いくら鍛えまくったとしても、様々な環境に適せるとは思えないし、一人で逃げ出せてもモンスターがいたらひとたまりも無い。

 それに、鍛えまくるが鍛えるに優しくなるかもしれないのだ。

 このままフォレさんが悩むようであったら、俺からも頼んでみようと思っていると。


「よし、わかった。午後十三時からノーリの護衛の試験を行う。

 試験内容はわしとの戦闘じゃ。場所は中央広場でやることにする。

 旅に出る目的と同行させる理由を村人全員にきちんと伝えて、それに納得した者だけが受けること。

 わしは本気を見たいから、わしを殺せるだけの準備をするように言うんじゃぞ」

「フォレ様を殺せるほどにですか?

 それはさすがに危ないのではないでしょうか?」

「ほう、わしを殺せるだけの力があるということじゃな?」

「いえ、それは……、しかし万が一ということもありますので」

「もし合格したならば、間接的とはいえ、神獣と相対することになるのじゃ、それぐらいの力がないとの。

 まぁわしとしても、万全の安全対策はするから心配せんでもよい。じゃから皆に本気でくるようにいうのじゃぞ、わかったな?」

「はい、承知いたしました」

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