出会い その2
異世界に来てから四日目。
はたから見たらどう見ても可笑しい動きをしながら昼を迎える。
「さっきから何をしとるんじゃ、その変な動きは」
「元の世界にも一応、氣っていう概念はあって、武術によって氣を鍛えている国っていうのもあるんです」
「その動きが、お前のいう武術か?」
「いえ、これは見様見真似の適当な動きです。
そんな適当な動きでも体温は上がってくるので、フォレさんがしてくれた氣の巡りをイメージして動いきと覚えた呼吸法と合わせていけば氣を生み出せそうな気がするんですよ」
そう言っていると、両手の掌に熱が集まってきているような感覚があった。
今、手を合わせればいけそうな気がして、思ったままに手を合わせると掌同士で暖めあい更に熱くなって、体全体を熱くするとお腹に別の熱が生まれた。
生まれた瞬間、フォレさんがしてくれた気の巡りが俺の体を襲った。
「うわぁっ!」
「呼吸を乱すでない」
本当に生み出せるとは思っていなかったので戸惑って呼吸を乱しそうになったが、フォレさんの一言でどうにか持ち直した。
「あとはその状態でこの大広間の内周を一時間ぐらい走っても安定できるようになれば合格じゃの」
「はい、わかりました」
そう返事をしたが、もうお昼だし、朝からやって疲れているので休憩をとろうと、氣を消した。
「なんじゃ今日はもうお終いにするのかの?」
「いやもうお昼ですしお腹が空いたので、休憩に使用かと思いまして。特に急いでいるわけでもないですし」
「お前、ギリギリまで後回しにして最後に大慌てするタイプじゃな」
「いえ、最終的に諦めて投げ出すタイプです」
「……余計ダメな奴じゃったか」
「あははははははは……」
笑って誤魔化すとフォレさんは溜息を吐いた。
「とりあえず、あと二、三回気を生み出す練習をしたらマッサージのリベンジをしてみたいと思うんですけど」
果物を食べながらフォレさんに簡単な目標を話す。
「ふむ、それはよいが気を力に変えるやり方は分かるのかの?」
「力を増したい部分に気を集中させればいいんですよね?」
「それじゃちょっと厳しいかものう。それじゃとただ氣が集まるだけになってしまうかもしれん。
氣がどのように作用して力を増すのかイメージしながらの方がいいじゃろうな。
ある程度、変換魔法陣が補助してくれるといっても、きちんと考えてやらんと補助のしようがないからな」
「なるほど、わかりました。そこらへんも考えながら練習してみます」
食後の休憩を挟んで氣を生み出す練習をする。
何回か成功するうちにコツを掴んできたので、だいたい十分で気を生み出せるようになった。
次に氣で力の強化の練習をしようと、リンゴに似た果物を鷲掴みする。
もったいないと思いながらも、手に氣を集めて力を込めてみたが、表面に指先のあとが薄っすらと残るだけで、びくともしなかった。
やり方が悪かったのかと、氣をいくつかのパターンで集中させてみたが、なんの効果もなかった。
「フォレさん全然ダメなんですけど」
「そりゃ手に氣を集めるだけではダメじゃろう。体にどういう風に作用させるか考えんと」
「それがいくつか考えてやってみたんですが、なんの手応えもないんですよ。
そもそも氣っていうのが漠然とし過ぎてて、イメージができません」
「なるほどのう。そうじゃな氣というのはエネルギーの総称じゃと考えればよい、様々な方法で生み出される全てのエネルギーのな」
「エネルギーですか?」
とは言われても力を強くするエネルギーというのが分からない。
「そもそも、始めに生み出す氣はどこから来てるんだろう。
熱いし運動と呼吸で出来るから熱エネルギーかな。氣が様々なエネルギーの総称なら熱エネルギーも氣のはず。
たしか熱エネルギーは筋肉に供給されなかった運動エネルギーが変化したものだから、供給されなかったものを供給させればそれだけ力が増すのか?
もしそうなら氣を運動エネルギーに変換して筋力に供給させれば」
しかしそれをどうイメージするればと悩んでいると、閃いた。
「フォレさん、変換魔法陣に氣を運動エネルギーにして筋肉に供給できるように出来ませんか?」
「なるほどのう。ふむ、できんことはないが。少し待っとれ」
フォレさんの目の前で魔法陣が浮かび上がっては消えるを何回も繰り返されて、一つの魔法陣が完成する。
「そら」
フォレさんが飛ばしてきたそれが俺の中に入ってくる。
「お前のリクエストとは少し違うから説明しながら教えてやろう、言う通りにするのじゃ」
追加されてまだ変換魔法陣と繋げるには一回氣の発動をしなおさなければいけないらしいので、再び十分かけて氣を発動させる。
すると、全身のラインに沿って光の蔓が一瞬現れて消えた。
「今、見えたのが新しい魔法陣じゃ、変換魔法陣に機能追加ではなく、個別の魔法陣にした。気の発動を感知すると自動で使用可能状態になる。
目には見えておらんが何かを纏っている感覚があるじゃろ、それがきちんと起動している証じゃ。
次にその感覚に向かって氣を流し込むのじゃ、変換魔法陣の氣の操作補助があるから簡単じゃろう」
言われた通りにすると体の表面が光だした。
「その光は氣を変換して供給したいエネルギーに変われる状態になった証じゃ。
その状態でも気の操作補助が効いておるから、今回の場合は握るという動作のエネルギーにするために力を込めながら握る、そのときに光を集中させれば」
俺の手の中でリンゴのような果物が砕けた。
「成功じゃな。
あとはお前が止めようとしない限りは、常にその状態になるように氣を供給するようにしておる」
「これってどの程度まで強化されるんです?」
「今果物を砕いた力よりもう少しぐらい強くなるぐらいじゃろうな。試してみらんとわからんが、お前が思っておるよりは弱いはずじゃ。
先に言っておくが、これはお前のためなんじゃぞ。
本来以上の力を出そうとするのじゃ当然それだけの負担がかかる。じゃから肉体にかかる負担を最小限になるようにして、それを基準に強化するようにした」
硬い果物を砕くとか俺の元の力に比べたら凄いことだと思うが、ファンタジー世界にならこの程度ざらにいるような気がして役に立つのか不安になる。
だが、過剰に強化して筋肉や骨に負荷がかかりダメになるかもしれないリスクを抱えるよりこっちのほうがいいのかもしれない。
「でもなー」
「不満そうじゃな。じゃが何もせずにそれだけの力を手に入れられたのじゃから、むしろラッキーじゃろ」
「わかってはますけど、子供のころに夢見た力が現実になったんですよ、もうちょっと欲張りたいと思うじゃないですか」
「まあ、わからんこともないが。
ああそれと、内部のエネルギーだけじゃなく外部のエネルギーにも効果がある。それとエネルギーを気に変えることも可能じゃからの」
「それって何か意味があるんですか?
外部のエネルギーっていうのが分からないし何に活用できるかも見当がつきません。それに膨大な魔力があるから氣が無くなることはないし、魔力が枯渇するようなこともないとおもうんですよね」
「そうなんじゃが。まあ確かにお前には意味は無いかものう」
「そうですか。
それより、一つ目の魔法陣になんでこの機能がついていなかったんですか?
氣を供給されても利用法がないと意味無いと思うんですけど」
俺の疑問にフォレさんは顔を背けた。
「いやそれがのう。供給魔法陣がなくても氣を使えると思っておったんじゃが、どうも魔力を変換させて氣にするとお前との繋がりというか、お前という属性が無くなり魔法的にいうと無属性の氣になってしまうようなんじゃよ。
まさかこのような状態になるとは知らんでの、吸収する術がないと取り込めないようじゃな」
「ええぇ……」
「仕方がないじゃろ。わしは魔力から生まれた存在じゃ、全ての行動は魔力で行う氣を使う機会がほとんどないのじゃ。
正直な話、わしの氣に関する知識と技術は普通の人間よりは知っている程度じゃ」
「……じゃあしょうがないですかねー」
本音で言えば、色々とツッコミをいれたかったが、お世話になっているので全てを飲み込んだ。
「とりあえず、力を強くすることができるようになったおかげで、マッサージも滞りなくできると思うんで試してみていいですか?」
「そうじゃな、お願いしようかの」
フォレさんは人間の姿になる。
俺はフォレさんの背後に回って肩をさわると、相変わらず石のように硬かった。
だから、効くようにと思いっきり力を込めて揉んだ。
大広間全体に響くほどの大声で悲鳴が上がった。
「痛いじゃろうが!」
「ごめんなさい。石みたいで力の限り揉まないと効かない気がして」
「石はたとえじゃろ。
完璧に人間の体に構成しとるんじゃぞ、硬い果物を砕くほどの力で揉んだら痛いに決まっておるじゃろうが」
確かに言う通りだ。
どうも石のように硬い肩とドラゴンという先入観で力一杯しないと効く気がしない。
「わしじゃなかったら骨が砕けておるぞ。
元に戻っても痛みが残ったらどうしてくれる」
「本当にすいませんでした」
とりあえず全力から四分の一まで氣を絞り、フォレさんの掌の下部で肩を揉む。
「今、肩を揉んでいますが、どうですか?」
「感触は伝わってくるが、なにも感じんの」
その返事を聞いてフォレさんの反応を見ながら、徐々に氣の供給を増やす。
「んっ……」
それまでと違う反応が出たのを確認して、氣の供給をほんの僅か少なくした状態で固定化する。
やっとまともにマッサージできるようになって、ホッとする。
まずは後頭部からで片方の手で額を押さえて、もう片方の掌の下部で後頭部を押していく。
少しずつ下に移していき、首に辿り着くと親指に変えて首筋を押す。
首筋から肩、肩甲骨裏と指圧を繰り返し、何回かしているうちにフォレさんがリラックスしてきたのを見計らってうつぶせに寝てもらう。
掌全体を使って肩から背骨に沿って腰まで押しつつ揉みほぐす。
「あ~ー……、なんじゃか体がポカポカしてきたのう」
「手の熱と氣の暖かさで体が温まってきたのかもしれませんねぇ」
「それもあるが、お前のマッサージで血行がよくなってきておるんじゃろう。ちょっとした温泉気分じゃのう」
「温泉いいですねぇ」
「穢れが溜まってから、ここにほとんど引きこもっておったが、偶には外に出て温泉にでも行った方がよかったかものう」
「偶に外に出るのはいいかもしれませんよ。
全然未熟者ですけど、猫背と運動してないせいで俺でもわかるぐらい身体が歪んでいますよ。
だから適度な運動と姿勢をきちんとした方がいいですよ」
「そうか。しかしドラゴンが猫背とは、なにやら面白のう」
もう少しだけ氣の供給を増やしても大丈夫そうだと思い、増やした途端フォレさんの体に光の点がいくつも現れた。
思わず手を離してしまう。
「どうかしたかの?」
「いえ……、なんでもないです」
ついなんでもないといったが、気のせいだったかもと背中に手を置いてみると、光の点が再び現れた。
なんだろうとマッサージをしつつ考えていると、既視感があった。
どこかで見たことがある? と思っていると無意識に押したツボと光の点が重なる。
その瞬間、脳裏に指圧の本に載っているイラストが浮かび、ツボの位置と合致した。
フォレさんに聞いてみることも視野に入っていたが、馴染みのものだったので言うにしても後回しでも大丈夫だと判断する。
それにしても何故こんなものが見えるんだろうかと思ったが、すぐに魔法陣なんだろうなと思い至った。
まだ勉強中だったとはいえ、元の世界でこういうのが見える力があったら便利だったんだろうなと、未だにある未練混じりの愚痴を内心でこぼす。
つい溜息を吐きながら、ツボとわかった光の点を押していると、黒いモノが侵食している光の点があることに気が付く。
シミ? と何気なく触ろうとすると、黒いモノは光の点から出て手から離れた。
「なにこれ?」
試しにもう一回触ろうとしたが、磁石の同じ極が反発しあうように離れていった。
一瞬、変な生き物でも付いているのかと思ったが、どうも俺の氣が黒いモノを押しのけているようだった。
ますますわからなくなり、フォレさんに聞こうとしたとき、黒いモノが取れた光の点の輝きが増していることに気が付いた。
更にツボとツボを繋ぐ光の線が見え始める。
もしかして光の点から黒いモノを取り除いたから見えるようになったのかと、幾つか黒いモノが付いている光の点があったので取り除い
てみると、思ったとおり輝きがまして光の線が見えるようになった。
まだ黒いモノが付いている光の点があったので、手で触れても大丈夫なところは指圧して触れてはまずいところは氣を伸ばして取り除いた。
それから見えるようになった光の線をなぞりながらマッサージすると、光の点も線も輝きがました。
黒いモノはというと、胸の辺りで集まり氣を使っても動かなくなった、というより逃げ場が無くなり圧縮されているようだった。
さすがにまずい気がしてフォレさんに聞こうと声をかけると、
「……くー」
年齢の割には可愛い寝息をたてて眠っていた。
「いつの間にか俺のマッサージ技術がここまで上達していたとは」
誰も聞いていないと調子に乗ってみたが、魔法陣のおかげなのは明白だった。
「まあ、相当長生きしてるみたいだし、疲れが溜まってたんだろうな。せっかく気持ちよさそうに寝てるし、起きたら聞くか」
体の緊張を取るように体を伸ばして、俺も横になる。
「俺も少し仮眠をとるか」
目を閉じると、瞬く間に意識が無くなっていく感覚があった。
体の怠さで目が覚める。
「あー……あ、今何時だ?」
上半身を起こして大広間を見渡すと光は薄く淡くなっている。
「夜かぁ。結構寝ちまったか」
欠伸しながら体を伸ばしていると、ジト目で見てくるフォレさんに気付く。
「あ、おはようございます」
寝起きの挨拶をしてみたが、無視して俺のところまで歩いてきた。
「あの、どうかしました?」
愛想笑いで聞くと、見下ろして腕を組んだ状態でフォレさんは口を開く。
「わしも寝顔を見たのか?」
一瞬何を言われたのかわからず、自分でもわかるほどの間抜けな顔になった。
「わしの寝顔を見たのかと聞いておる」
「ええと、見ましたけど、それがどうかしました? あ、結構可愛い寝息でしたよ}
言った刹那、胸倉を掴まれて持ち上げられたと思うと、思いっきり乱暴に体を揺らされた。
「乙女の寝顔を見て、その態度はなーんーじゃー」
「おえっ、なんか地味に吐きそう……。
ていうか乙女って、それより寝顔ぐらいで何を、昨日も見ましたよ俺」
「それはドラゴンのときじゃろうが!」
「たいしてかわらないような」
「ほう、お前はドラゴンのときのわしの細かい表情がわかるというのかの?」
細かい表情と言われて、もしフォレさんがにやけ面で寝てたとしても、笑っているぐらいはわかるかもしれないが、その笑顔の種類まではわからないと断言できる。
だがもしそれが人間の姿のときだったならば。
「ああ、なるほど、そういうことですか。でも寝顔を見られたくないとか確かに乙女ですね」
俺がそう言うとフォレさんの腕が霞んで腹にパンチが決まった。
「ごふぁっ」
かなりの威力でその場にうずくまってしまう。
「お前には、氣とか魔法とか云々より先に教え込むことがあるようじゃのう」
なんとなくフォレさんが暇つぶし感覚で俺の世話をしてくれているのはわかっていたが、これは目が本気だった。
どうにかして回避しなくてはと考えを巡らしていると、フォレさんの手が胸のところを押さえていて、黒いモノがあった場所とかぶった
。
「胸がどうかしたんですか}
「ん?」
どうも無意識のうちにしてたらしく、フォレさんは少し驚く。
「つい無意識のうちに押さえておったが、言われてみるとなにやら違和感があるのう。
わしが寝ている間に変なことでもしたんじゃあるまいな?」
「そんなことしてま――」
言いかけて寝る前に聞こうと思っていたことを思い出した。
「なんじゃ本当に変なことをしたのか」
「いやしてませんよ、……多分。
聞きたいことがあったのを思い出しただけです」
「その多分が気になるが、聞きたいことじゃと?」
「はい、マッサージをしてい――」
黒いモノを聞こうとすると、フォレさんの呼吸が荒くなり始める。
「どうしたんですか、大丈夫ですか」
「な、なんじゃこれは……、くぅ、はぁっはぁっ……」
フォレさんは苦しそうに膝をついて胸を押さえ始める。
「どうしたことじゃ、わしの体で何が……、これは穢れが集まって活性化しておるじゃと?
お前、わしに何かをしったのか、ぐっ、わしの魔力を奪おうとしておるじゃと、穢れが? ありえん。
かはっ、そんなことはさせんぞ!」
フォレさんが雄叫びを上げると、押さえているところから黒い靄が溢れ出た。
「なんだこれ……」
黒い靄は天井で集まり凝縮していき、黒い卵のような球体に変化した。
「ぐっぅ……、あれはいかん」
フォレさんの目の前に魔法陣が現れるが一瞬ブレて消えてしまう。
「魔法が安定せんじゃと?!」
それを見ていたかのように球体にひびが入ると、強烈な衝撃がきた。
あまりの衝撃の強さにフォレさんが壁に向かって吹き飛ばされそうになり、抱き付いて止める。
――ドシンッ!
フォレさんへ意識を一瞬むけたとき、大音量の落下音と大広間を揺るがせるほどの振動がくる。
「ガアアァァァァァァァァァァァァァァッ!」
粉々になった黒い球体の欠片が降り注ぐ中、限りなく黒に近い緑色のドラゴンが雄叫びを上げたそこにいた。
三分の一の大きさだがドラゴン姿のフォレさんをコピーしたように瓜二つだった。
「穢れは随分と溜まっておったが、あの程度の量で狂っとるとはいえ意思があり体を持つとは、わしの魂の一部を奪うことで得たんじゃろうが、こんなこと聞いたことがないぞ。
本当にお前は何をしたんじゃ」
俺を見てくるフォレさんの目が冷たいが、そんなことよりもフォレさんの姿を見て俺は絶句してしまう。
絶句してしまうほどのそれについて今すぐ質問したいが、そんなときではないと自重する。
とりあえず、心当たりがあることについて説明しようとしたときフォレさんが魔法陣を出現させる。
その直後、黒緑竜が黒い光を放射して、それを防いだ。
黒緑竜は黒い光を防がれて怒ったように大広間のいたる所に黒い光を浴びせる。
フォレさんは防ごうと魔法陣を出すが、本調子じゃないようで完全に間に合わせることができずフォレさんの歯軋りが聞こえる。
黒緑竜の黒い光が出入り口の扉に当たり、少し損壊する。
それを見た黒緑竜は、息を大きく吸い込む動作をしたかと思うと極太の黒い光を放った。
「貴様をここから出すわけにいかん!」
フォレさんが魔法陣で扉を守ると、黒い光を出している黒緑竜の口元に魔法陣が現れて、黒い炎になった。
「炎に変わった?!」
俺が驚きの声を発している間にフォレさんの魔法陣ごと扉が焼き尽くされた。
「いらん知恵まで奪っておったか」
黒緑竜は無視して翼をはためかせると、目にも留まらない速さで外に飛び出していった。
「神樹の中で火なんぞ使いおって」
フォレさんが魔法陣を出して風を起こすと炎は瞬く間に鎮火した。
「わしらも行くぞ!」
そう言ってフォレさんの身体は光に包まれるが、何も変化は起きずにおさまる。
「さっきから、どうも魔法が安定せん。ええいまどろっこしい」
フォレさんは俺の首根っこを掴むと走り出す。
先ほど完璧に人間に変化しているという言葉はなんだったんだうかと思えるほどに、人間には出しことができない速さで通路を走り抜ける。
もしかすると今のフォレさんの姿と関係してるのかと考えていると、外に出た。
外に出た瞬間、言葉を失う。
黒い炎が通った放射線上の巨木が全て跡形もなく消滅していた。
分断された森に絶句していると首の根元が上に引っ張られる。
次はどうしたんだと目だけを上に動かしてみると、何本もの巨木のような枝が落ちてきていた。
フォレさんはそれに向かってジャンプしていた。
「よくもわしの大事な森と神樹をっ!」
フォレさんは声に怒りを滲ませながら枝に跳び移ると重力に逆らうように表面を走って、次々と飛び移って上に向かう。
揺れる俺の視界に黒い光の瞬きが見えると、枝が落ちてくる。
それを全てかわしあるいは足場にしながら、数十秒という時間をかけて上がり、高層ビルほどの高さの枝に着地すると間髪いれずに魔法陣を展開させて、黒い光を防いだ。
攻撃を防がれた黒緑竜は絶え間なく黒い光を放射して、それをフォレさんが魔法陣で防ぐという防戦一方な展開になる。
激しい攻防に見えているがなんとういうか時間稼ぎをお互いしているように見える。
「ふむ、とりあえず少しの間この状態で膠着するの」
「そうなんですか?」
「今、あやつは攻撃はしてきておるが、滞空した状態で単調に黒い光を出しておるだけじゃ。
この攻撃は見せかけで、わしを殺すための準備をしておるところじゃな」
「あのドラゴンの考えがわかるんですか」
「わしの一部から生まれた、もう一人のわしのようなものじゃからな。予想外のことが起きてさっきは混乱してしまったが、少し冷静になればある程度は予測できる。
それよりも、わしに何をしたか説明してもらおうかの」
フォレさんがマッサージで寝てしまう前後のことを話した。
「……ふうむ、そんなことがのう。穢れが氣でそんな反応を示すとはな」
「あの穢れってなんですか?」
「簡単に言うとじゃな、負の感情じゃ。
それがわしの身体にほんの僅かじゃが溜まり続けておってな、わしの身体を蝕んでおったんじゃよ。将来的にはそれでわしは死ぬはずじゃった、まあ数十年後か数百年後かの話じゃったがの、穢れがあのような形で出てくれたおかげでそれは回避された。
しかし、それはあやつを殺せることができたらの話じゃな。
あやつに力を奪われはしたが、それでもまだわしの方が力は強い。じゃが生まれたばかりのあやつはわしの知識と経験をもって成長する。今ならまだ倒すことはできるが、わしの老いた身体では相打ちが限界じゃな」
「え?」
フォレさんがおかしいことを言った。
「恐らく今あやつがしようとしてることは、この森の穢れを集めてわしとの力の差を埋めることじゃ。それでも力だけではわしの方に大分有利じゃが、身体の性能差で攻撃を当てることは難しいのう」
「あの、フォレさんが老いてるってどういうことです?」
「はぁ? お前は何を言っておるんじゃ、どうみても老いておるじゃろ!」
そう言って見せてきた手は皺が一本も無い若く健康な少女の手だった。
「あれ?」
「えーと……、なんか気付いてなかったみたいですけど、フォレさんあの黒いドラゴンが出てきた時点で若返ってましたよ?」
自分の手を見て驚いて固まっているフォレさんの姿は、十五・六歳の若葉色の髪を持つ美少女の姿だった。
「いや確かにわしの老いの原因は穢れじゃったが、精神は肉体の影響を受ける。現にわしは肉体の影響により精神も老いた。じゃがわしらは肉体こそ精神の影響を受ける。じゃからわしの身体は老いるはずじゃが……。こうして若返っておるということは、もしかしてわしは無意識下は若いと思っていたと? まだまだわしは若い的な感じで……、えー、なんか恥ずかしいんじゃが……」
フォレさんは自分の知らない自分を発見してしまったようで、悶絶している。
「あのー……」
「う、うむ! これで勝機が見えてきたな! 先程まで魔法が安定せんかったのは、自分の変化に気付かず意識と肉体で誤差が生じておったからじゃ」
「は、はぁ……」
「あやつが力を奪っていったせいで、全盛期の姿ではないが問題ないじゃろ。元の姿に戻ってみるかの!」
ドラゴンの姿に戻ったフォレさんの姿は元の大きさの三分の二になっており、初めて見たときは銅像と見間違うかのような色をした鱗も
若葉色になった若ドラゴンだった。
「これならばいけるのう」
フォレさんがドラゴンに戻ってすぐ黒緑竜の身体が黒く光った。
すると、森全体から黒い靄が集まり始める。
「予想通りじゃな。じゃが思い通りにはさせん」
呟くと視界に収まりきらないほどの数の魔法陣が現れた。
現れた魔法陣は一斉に白い光を放つ。
黒緑竜は素早く全てをかわして神樹ごと燃やしそうなほど巨大な黒い炎を放ってくるが、フォレさんは難なく防ぎきる。
「今の攻撃を見るに恐らくあやつのもっとも強い攻撃のようじゃったが、これなら苦労しなくてよさそうじゃのう」
余裕を見せるフォレさんの姿を見た黒緑竜は悔しそうな怒っているような雄叫びを上げた。
「……」
「どうかしたかの?」
「え? あ、いやあの……、話を聞いてあのドラゴンもフォレさんだと思うと今の雄叫びが悲鳴のような絶叫に聞こえて苦しんでいるよう
に見えて、なんていうか……」
「救ってやりたいと?」
「本当は意識があって暴れる自分をどうしようもできず苦しんでいるんならですけどね。
でも森をあんなふうにしてしまったて、罪を償わせるという意味でも殺すしかないんでしょうけど。
それでも望んで狂って生まれてきたんじゃないはずですから、許されるならそうですね」
「あやつを憐れんでやっておるんじゃな、優しい奴じゃな」
「どうですかね、ただ単に平和ボケの甘ちゃんなだけだと思います」
「なるほどの。
のう、黒い絵の具に白い絵の具を混ぜ続けたらいつか白い絵の具になると思うか?」
「完全に白にはならないと思いますが、どれだけ大量の絵の具がいるかわかりませんが、限りなく白にすることはできると思います」
「ふむ、そうか……。あやつを本気で救ってやりたいと思っておるか?」
「俺をお世話してくれたフォレさんのもう一人のフォレさんなんですから、当然本気でそう思ってます」
俺の答えを目を閉じ神妙な面持ちで聞いたフォレさんは人間の姿になる。
「どうかし――」
「――信じるぞ、ノーリ」
そう言うとフォレさんが俺に顔を近づけてきて、キスをした。
頭が真っ白になって思考が停止し、体が硬直した。
すぐにフォレさんは唇を離して、ドラゴンの姿に戻ると黒緑竜に向かって飛んでいった。
黒緑竜はフォレさんを迎え撃つがフォレさんには全て通じなかった。
フォレさんはというと、黒緑竜より高い位置に陣取ると緑色のオーラを体から放出した。
すると森の木々から枝が伸びて黒緑竜を縛り上げる。
そして、身動きを取れなくなった黒緑竜に向かって、白い光をぶっ放した。
「さっきの会話はなんだったんだ!?」
胸から黒い靄を出しながら悶え苦しむ鳴き声にかき消されながらも俺はフォレさんにツッコミをいれる。
黒緑竜が一際大きい雄叫びを上げると、縛り上げていた枝が萎びて砕ける。
自由に身動きがとれるようになった黒緑竜は黒い光を吐くが、フォレさんは防ぐことはせずにかわしながら上昇していく。
森の上を縦横無尽に飛び回るよりその方が被害が少なくできると判断したのかもしれない。
高速で上昇していく二匹のドラゴンはあっという間に小さくなって見えなくなり、フォレさんの魔法陣の光でかろうじてどこにいるのか見当をつけることができる状態だった。
いつまで二匹の戦いが続くのかと思ったとき、一際眩しい光が瞬くと一条の流星のように、垂直に落下し始めた。
段々と光は大きくなって、黒緑竜を下に垂直に体当たりをしているフォレさんが一瞬視認できた瞬間には、木々が燃やされて地面がむき出しにされた場所に落ちた。
二匹合わせて家ほどの大きさの物体が落下してきたのだ森全体を震わせて周りの木を衝撃波で吹き飛ばしてクレーターを作り出した。
「うわぁ……。凄い被害が……」
フォレさん自身があれだけの被害を出して大丈夫なんだろうかと心配になる。
まぁわかってやっているんだろうと深く考えるのをやめて、フォレさんがどうなったかのか気になって早く土煙が晴れないかとやきもき
する。
すると土煙の内側から突風が吹いて、魔法陣の上に黒緑竜を下敷きにしているフォレさんの姿が現れた。
「上で話した通りじゃ、お前もわしならば、この想いに応えてみせろ!」
フォレさんは直視できないほど強い光を黒緑竜に浴びせた。
まるで太陽のような光の中で、黒緑竜はもがき苦しみ絶叫を上げていたが、圧倒的な光量の前に押し潰されるように静かになる。
そして、光が収まるとドラゴンは二匹とも消えていた。
「フォレ、さんは……?」
想定外のことが起こり、呆然としていまう。
フォレさんは大丈夫だと言っていたのに、消えてしまった。あれは俺を安心させるための嘘で、本当は対消滅してしまった?
俺は思わず今いる枝から飛び降りようとしてしまったが、下からくる強風に煽られて自分がいる場所を思い出す。
高層ビルほどの高さに位置する枝にいて、下にある枝に飛び移ろうにも高低差は三階分ほどある。
かろうじて死ぬことはないかもしれないが足の骨は折れてしまうだろう。
「氣で強化すれば幹を伝ってどうにか、いけるか?」
樹皮は問題なさそうに見える。
あとは覚悟を決めるだけだ。
「こんなときぐらい勇気を出せ、俺」
全身に氣の供給による強化を行い、指が引っかかりそうな樹皮に手をかけた。
神樹といわれるだけあって、俺の体重を支える。
逸る気持ちを抑えて慎重に下りて行き、枝と枝の真ん中辺りまで来たとき、突風が吹いた。
あまりの強い風に耐え切れず、俺は空中に投げ出される。
「あ、やば」
思考が追いついてきてないのか他人事のように呟きがでながらも、反射的に幹を掴もうとするが、落下速度が速く手が弾かれる。
それに加え強風によって体は流されて幹から離された。
「……くそっ」
このまま死んでしまうのを確証し、フォレさんの安否が確認することもできない悔しさが声に出だ。
「ちくしょう!」
「なにをやっておるのじゃ、ノーリ。わしが心配なのはわかるが無茶をするでなぞ」
えっ? と思った瞬間、体を掴まれたと同時に上昇した。
頭が混乱しているなか、適当な枝の上に立たされるように降ろされて、目の前に人間の姿に変身するフォレさんの姿があった。
「フォレさん!」
思わず抱きついてしまう。
「大分心配させてしまったようじゃのう」
「だって、消えてしまって、あのドラゴンと一緒に消えてしまったんだと思って」
「まあ、そのすまんのう」
すぐにでもどういうことかと聞きたかったが、まずは抱きついているのが恥ずかしくなったので離れる。
「とりあえず、フォレさんが無事だったのはとてもよかったんですが。やっぱりあのドラゴンは殺してしまうしかなかったんですね」
「いいや、そんなことはしておらんぞ?」
「えっ? でも思い切り攻撃してませんでした?」
そう聞くとフォレさんは俺に綺麗な緑色の結晶を渡してきた。
「これはなんですか」
「そんな見た目をしておるが種じゃよ」
「種?」
「わしが魔法であやつを種にしてやったんじゃよ。新しい命として生まれ変わらせるためにな」
「生まれ変わらせるって……これはあの黒いドラゴンですか?!」
「そうじゃ。
わしはお前に口付けしたときに、あやつを救いたいという感情を吸い取ってな結晶にしたんじゃ。
それを身動きとれんようにして埋め込んでな、種にするための魔法陣を創ったあと、わしの出せるだけの力を全て注ぎ込んでそれにしたんじゃ」
「じゃあ、この種が育つとまたあの黒いドラゴンが生まれるんですか?」
「生まれ変わった狂暴でないあやつがな。
わしの正の力だけでは無理じゃッたが、正の感情を流し続けて穢れを薄めることで正の力を持ったドラゴンが生まれるはずじゃ」
「正直な話そんなことができるんですか?」
「できるとも、生まれ変わるのを望んだのは、あやつ自身じゃからな。
わしが創った魔法陣は生まれ変わりたいという意思があるならば作用するようにしておってな、わしが最後に光を注いだとき穢れに苦しんでいたわけではなくただの狂ったドラゴンなら消滅しておったはずじゃ」
「そうなんですね。じゃあどこか景色がいいところにでも植えましょうか」
「そうじゃな。ノーリの家のどこかいいところにでも植えるがいいの」
「俺の?」
「この世界で暮らすにも家は必要じゃろ」
「いやそう言う意味じゃなくて、俺が育てるんですか?」
「そうじゃよ。ノーリの想いの結晶を元にしておるからの、ノーリの正の感情が一番の栄養じゃからの。
一応持っているだけでも育っていくから、住処ができるまで肌身離さず持っておくことじゃ」
「わかりました」
「大事にするんじゃぞ。なにせわしの一部とノーリの想いから生まれた種じゃ、まさにわしらの子じゃからな!」
なにかとてつもない爆弾発言をされたような気がした。
「あ、あの、フォレさん、今凄いこと言いませんでした?!」
「そんなことより、今後のことで行かねばならんところがある。さっさと下りるぞノーリ」
俺の発言を無視してドラゴンの姿に戻る。
「いや、個人的に凄い重要なことでしたよ!」
「細かいことを気にする出ないノーリ、諦めるのじゃ!」
そう言ってフォレさんは俺を鷲掴みすると空に飛び出して、あまりの高さと速さにあげた俺の悲鳴は森に響き渡った。