出会い その1
「ふわぁあぁぁ〜、よく寝た。
なんかすっごいファンタジーな夢を見たな」
寝相が悪かったのか背中が痛い、手で軽くさすって体の筋肉を伸ばそうと背伸びをした目の前に、ドラゴンがいた。
見た瞬間、体が硬直し、ドラゴンと見つめ合ってしまう。
夢の続きかと思ったが、目ための質感から吐き出される息の生暖かさがリアル過ぎてこれが夢ではないと、本能が否定する。
とりあえず、気を失っている間に食べられていないので、今のとこと殺されないと思うが、下手なことをしたらどうなるかわからない。
ドラゴンに睨まれた獲物の状態でいると、ドラゴンの口が開いた。
「ツエル ンワイ ア パエス ブティー、イエル エエスティー ヴェヌ イシ」
まるで言葉にような変な鳴き声にだと思ったが、次々とでるドラゴンの声を聞いていると、これは言葉じゃないかと思え始めてきた。
「もしかして、俺に何か言ってる?」
ドラゴンに尋ねるように言ってみると、ドラゴンは黙った。
急に黙られて、何か気の触ることをしてしまったのだろうかと嫌な汗が出て背筋を伝う。
どうしようかと考えていると、ドラゴンが淡く光り輝いた。
何かされる? と不安になりされる前に逃げれないかと思うと同時に、ドラゴンから俺に向かって地面に光のラインが走る。
ドラゴンと俺を囲いながら、見たこともない文字と幾何学模様が地面に描かれていく。
「これって、魔法陣?」
そう疑問を呟くと同時に俺は光に包まれる。
光に包まれたことに戸惑ってドラゴンを見ると、ドラゴンも光に包まれていた。
「何をやっ——、うっ!」
唐突に生まれてから今に至るまでの記憶が走馬灯のようにフラッシュバックした。
フラッシュバックの影響からか、頭痛で頭を押さえて目の前を見ると、俺を模した光の立体像が立っていた。
驚いてこれを作り出したのはドラゴンだと思い見ると、ドラゴンの目の前にも立体像が現れていた。
二つの立体像は俺とドラゴンのちょうど中間で重なり、一つの魔法陣となって俺に飛んできた。
とっさに両腕を上げてガードしたが、痛みも衝撃も無く俺の中に吸い込まれた。
「何だったんだ今のは」
「お前とわしの言葉を通訳する魔法陣じゃよ。
やっと言葉が通じたの」
いきなり人間の言葉が聞こえて、慌てて辺りを見渡したが人影はない。
「この場所にはわしとお前以外に誰もおらんぞ、人間よ」
人間という言い方で目の前のドラゴンを見る。
「えっとあなた様が喋ったんでしょうか?」
恐る恐る聞くと、
「そうじゃ」
今しがた聞こえてきた人間の声で肯定された。
マジかよ、と驚いてみたが、ここがファンタジー世界ならドラゴンが人語を話すことは珍しくないのかもしれないと、ちょっと冷静になる。
「なんじゃあまり驚かないんじゃな」
昨日気絶したことといい、さっきまでの反応が面白かったのか、少し残念そうにドラゴンは言った。
「ドラゴンが喋るのは案外珍しいことじゃないんじゃないかと思いまして」
「ほう? それにしてはさっきまで狼狽しておったようじゃが」
「初めてドラゴンを見ましたし、喰われるんじゃないかと思ってましたんで」
「それが、意思疎通ができて、その心配がなくなったと? たったそれだけで安心するとは、かなり能天気じゃのう。言葉が通じようが食べられるとは思わんのかの?」
ドラゴンに言われると、確かに言葉が通じたのくらいで何故大丈夫と言えるのかわからなくなった。
人間同士なら人の形をしているか言葉が通じるかそのどちらともであるなら、忌避が生まれて食べるという選択肢は消える。
だが、根本的に種族が違うドラゴンに当てはまるかは、かなり怪しい。
そう考えるとドッと嫌な汗が出る。
「ええーと、ですね……?」
つい安心してしまっていたが、そうかなりまずい状態から脱することができていないことがわかると、体が硬直し萎縮してしまう。
「なに心配せんでも食べたりはせんよ。ちょっとからかっただけじゃ。
それで、人間、色々聞きたいんじゃが、とりあえず名前はなんという?」
「名前ですか? 俺の名前は橋下 紀晃って言います」
「ハシィモォウト ノーリアキ?
上手く発音できんのう、ノーリじゃダメかの?」
「あ、それで大丈夫です」
「では、名乗らせたからにはわしも名のらんとな。
わしはフォレ=アルブヴェールじゃ、好きに呼ぶがよい」
「わかりました。フォレさんですね」
「……結構フレンドリーな呼び方じゃない。昔ならアルブヴェール様とかじゃが、世代差かのう」
「あ、ええと……」
「いや何、気にしとるわけではないぞ。ちょっとした世代のギャップを感じてるだけじゃ。
それで、お前は何をしに来たのじゃ?」
フォレさんに、公園から今に至るまでのことを全部話した。
「なるほどのう、それは運が悪かったな。お前が見てしまった場所は世界と世界の間にある狭間じゃな。
世界は限りなく完璧じゃが、完全ではない、どこかしら歪みが現れるのじゃ。
普段なら気付かないソレを偶々感じ取ってしまい、世界が歪みを修正する前に、そこから狭間へと抜け出てしまったんじゃな」
「なんの理由もなく本当に運が悪くて俺はここにきたんですね。で、えっと……世界と世界の狭間と言うことは、ここは、この世界は異世界ってやつですか?」
「どちらかというと別世界じゃが、まあ異世界でも変わりないじゃろうのう」
異世界でも別世界でもどちらでもいいが、それよりも知りたいのは、
「あの俺は元の世界に帰れるんでしょうか?」
「不可能じゃな」
なんとなく予想がついていたとはいえ、ハッキリと断言されると絶望が押し寄せてくる。
「一応その理由を聞いてもいいですか?」
「知ったところでどうしようもないことじゃが。
まあ、簡単な話での、世界というのは星の数よりも多く存在しておってな、目印でもつけてない限り、いや目印をつけていたとしても探し出すのは無理なんじゃよ。
狭間にあった光の軌跡を見たじゃろ、あれが世界じゃが見た目はほぼ同じじゃ。中に入って見なければわからん上に似たような世界もごまんとある。
さらに目印をつけていたとしても、お前は星にあるすべての砂からそれを見つけ出すことはできるかの?」
「それは……。でもフォレさんは狭間の光の軌跡を見たことがあるってことは、狭間に行って帰ってきたことがあるってことですよね?」
「いや、故意に歪みを作り出して覗き見たことがあるだけじゃよ。
ただの老いたドラゴンに見えるかもしれんが、これでもこの世界では大分上位の方の力を持っておる。
じゃが歪みを作れるからと言って狭間に出ようとは思わん、どんな力を持った存在でも、あそこに出れば短時間で死ぬか発狂して壊れるじゃろう。
そういう意味ではお前は運がいい、壊れもせず死ぬこともなくこの世界に流れ着いたんじゃからな」
生きてここまで来れたのは運がいいと言われても、もう元の世界に帰ることができないというのは、ある意味死んだと同じことのように思える。
「俺はもう家族や友達とかもう一生会えないんですね」
「可哀想じゃが、そういうことじゃな」
フォレさんに肯定されて、重い溜息がでた。
「それならいっそのこと死んだ方がマシだったような。こんな知らない世界なんて……」
「いきなり割り切れんじゃろうが、やはり命があっただけでも幸運なことじゃ。しばらくゆっくりと考えるがよい」
そう言ってフォレさんは見守るような暖かい眼差しを送ってくれて、少し有り難かった。
「そうじゃ、何か食べるか? この世界に来てから何も食べておらんじゃろう」
「……そういえばそうですね。何か食べ物があるんですか?」
「少し待つのじゃ、取ってこよう」
フォレさんは立ち上がって、大広間の奥に行くと、しばらくして器用に果物を持ってきた。
「とりあえず、これだけあればいいかの」
目の前に食べきれないほどの大量の果物が置かれる。
正直、異世界の食べ物だから、見たこともないような色や形をしたのもだろうかと思っていたが、拍子抜けするぐらいに、元の世界とほぼ同じものだった。
「どうした、食べんのか?」
「あ、いえ、いただきます」
とりあえず見た目がリンゴの果物を手にとって食べてみると、ほとんど味は変わらなかった。
「これ俺の世界にもほぼ同じ果物があったんですけど、異世界って細かいところでは差ってないんですか?」
「他の世界に行ったことがないからのう、断言はできんが基本的には変わらんはずじゃよ」
「なんでわかるんですか?」
「世界を作った神様にあったことがあっての、そのときに質問したら教えてもらったのじゃ」
「もしかしてその神様なら、もとの世界に……」
「いや無理じゃ。確かに狭間でも壊れん数少ない存在じゃが、やはり世界を見つけることはできんじゃろう、この世界では万能でも狭間でれば、自分一人を守ることで精一杯であとはただの人と変わらん」
「そうですか。
でも神様って本当にいるんですね」
「お前の世界にはおらんのか?」
「空想上の存在ですね。でもこの世界に神様がいるんなら、元の世界にもいたかもしれませんね」
「なるほどのう」
「ところで、フォレさんは肉とか食べないんですか?」
「肉が欲しいのかの?」
「いや、ドラゴンって肉を喰っているイメージがあったんで、ちょっと聞いてみただけです」
「そうか、もし食べたいのならそこにあるからの」
フォレさんは果物の陰に隠れている肉を指差した。
「一応肉は食べないことはないんじゃが、果物の方が好きでのう」
「そうなんですか、こう肉の方が好きそうな見た目ですけど」
「わしはこの辺り一帯の魔力が集まって生まれた森の土地神みたいな存在じゃから、植物性のものの方が好みなのじゃ」
「土地神ですか?」
「ああ、大雑把に見て神という括りにできるだけで、わしは神ではない。わしが言った神様はわしなど歯牙にもかけぬほどの高位の存在じゃ。
まあ、人間からみたら変わらんらしいが」
「じゃあ俺も人間ですし、フォレさんは神様ですね」
「そうなるかのう。
まあとにかく元々生き物として生まれたわけじゃないから、本来は食事はとらなくていいのじゃが、ちょっと事情があっての、今はこうして同じ木属性の物を食べておるんじゃよ」
「そうなんですか。
この木にくるまでに動物に出くわさなかったから、元々動物が少なくて食べる習慣がほとんどないからかと思いました」
「なるほど、そういう考えもあるのか。
ちなみに動物に出会わなかったのは、それはわしの領域じゃったからじゃろ。
わしはこの森の土地神的な存在じゃが、全域を自分のものにしておるわけではない。一部をわしの領域にして、あとは他の者たちに好きにさせておる。
それに老いておるとはいえ、わしはこの森の頂点じゃからな、わしの領域に勝手に入ってくることはないのじゃ」
「もしかして、俺は運が良かったんですか?」
「そうじゃな。
わしの領域でなければ気絶から覚める前に食べられていたじゃろうし、覚めてからも外敵から身を守る術がなければ、結果は同じじゃったろうな。
この神樹の方に来たのも賢明な判断じゃったな。わしの領域から出ていれば、今頃は獣たちの腹の中じゃな」
「そうですか」
「幸運な巡り合わせでここまで生きてこれたのじゃ、生きていることに感謝するならまだしも死んだ方がよかったということは言ってはならんぞ」
「……わかりました」
次の日。
「一日かけて、やっとこの世界で生きていく覚悟ができました」
「そうかよかったのう」
「でも、正直ここ以外で生きていける自信はないです」
「ふむ、養ってはやらんぞ」
「いや、わかってますよ?」
「……まあよい。この世界で生きていくのなら、数日後にわしの知り合いがくるから、そのときににお前のことを頼んでやろう」
「ありがとうございます。
それとですね。こうしてフォレさんと話すことができるのは、フォレさんが何かしたからだと思うんですが、もしフォレさんの元のから離れるてそれの効力がなくなると困るので教えてもらえないかと」
「たしかにわしの魔法の力でこうして話すことができておるが、わしが発動し続けておるからじゃから、わしの影響を受ける範囲から出てしまうと、それも切れるのう」
「ならその魔法を教えてもらってもいいですか?」
「そうしたいが、お前には魔法は使えんぞ」
「なんでですか?!」
「才能がない」
「無いですか」
「無いのう」
「じゃあ、一からこの世界の言語を学ばなきゃならんのかぁ……」
英語のテストでギリギリ赤点をとらないのがやっとの俺には、数日後までにどれだけ覚えることができるのかを考えるとげんなりする。
「じゃが、どうにかできんわけではない」
「本当にですか?」
「本当じゃとも、お前に魔法陣を刻むだけじゃからのなんの準備もいらんし、今からやるかの」
魔法陣を刻むと言われて、焼印とか刺青とか思い浮かんだ。
「あ、あの痛いのは嫌なんですけど」
「何を想像しておるかわかるが、痛くはないはずじゃぞ、多分。かなりキツイのは確かじゃが」
「キツイのもなるべく」
「我慢せい」
フォレさんは聞き耳持たず俺を中心に、光のラインで魔法陣を描く。
描かれた魔法陣から光が溢れ出して、俺の中に入ってくると、心臓がドクンッと大きく跳ねて、体の奥底から何かが溢れて、衝撃がきた。
「ぐっ……、が、ぁっ!」
体が弾けそうで、その恐怖に体を抑え込むように自分を抱きしめる。
しかし、体から溢れ出るモノがおさまる様子どころか増大していく。
死ぬかもも思ったとき、始めに描かれた魔法陣を拡張するように新たな魔法陣をフォレさんは描いた。
一回り大きくなった魔法陣は俺に向かって縮小していき体に入ると、体の異変もおさまった。
「思っていたよりキツかったみたいじゃのう。死ぬことがないようにしたが、大丈夫かの?」
「死なぬようにって……。まあ、どうにか大丈夫です。それで今ので魔法陣が刻まれたんですか?」
「いや、その下準備じゃ」
「まだキツイのが続くんですか?」
少し気が遠くなる。
「キツイのは今ので終わりじゃよ。あとは何も感じることなく終わる」
そいう言うとフォレさんの目の前に魔法陣が浮かび上がって、そのまま俺の中に入った。
「えっと、これで終わりですか?」
「終わりじゃ、ちょっと試してみるか」
フォレさんは空中に光のラインで一文書いた。
「私の名前はフォレ=アルブヴェールです」
何気なく読んで、自分で驚いた。
「見たこともない文字なのに読めましたよ!」
「成功じゃな」
「何をしたんですか?」
「お前の中に眠っている魔力を開放させて、魔力そのものに魔法陣を刻み込んだのじゃ。常時発動するようにしておるから、魔法の才能がないお前でも問題ないぞ」
「そうなんですか。それにしても俺の中に魔力ってあったんですね」
「魔力とはこの世全てに宿っておるものじゃからの。無いというのはありえん」
「じゃあなんで俺の世界には魔力の存在が確認されてなかったんですか。空想上の産物でしたよ」
「そうじゃろうな。お前の体からは魔力を生成する以外の魔力に関する器官がほとんど失われとる。
見た感じじゃと、お前だかというわけではなく、恐らくじゃがお前の世界の人間はかなり早い段階で器官を失っておるか、退化したようじゃの。
ただし、魔力は生み出すことは失っておらんから、何世代にもかけて魔力許容量が拡張して、この世界で一番魔力を持っていると言っても過言ではないほどの魔力を有しておる。
まあ、宝のもちぐされじゃがな」
「なるほど。
あ、でも、それなら魔力に魔法陣を刻んでもらえれば、色々な魔法が使えるようになるんじゃ」
「それのことじゃが、まあ説明するより体で体験させた方がわかりやすいかの」
フォレさんはそう言って二つ魔法陣を俺の中にいれた。
「これはどんな魔法なんですか?」
俺の質問に答えるようにフォレさんは口を開けて、光を放った。
「うわっ!」
驚く俺を守るように魔法陣が現れて光のドームを作りだして、フォレさんが放った光を防いだ。
光は防がれ魔法陣が消えると思った瞬間、立ち眩みと疲労による虚脱感が俺を襲った。
「魔法を使うために一番大切なのは精神じゃ。じゃがお前の精神は魔法を使うのに適しておらんし、さらに弱い。
じゃから、その精神を補うために活力で補うことになるんじゃが、体力もないお前はすぐに力尽きてしまう」
「そ、それは鍛えることはできないんですか?」
「魔法を使うための精神の鍛え方は特殊じゃし、育てるにしても鍛えれる時期はほとんど過ぎておるのう。
ただまだ十五、六歳みたいじゃから、ギリギリ希望はあるが、まあ無理じゃろうのう……」
「あの、俺、十八歳です」
「えっ? その顔と身長でか?」
「俺の国の人種は童顔で小柄な方なんですよ。でも一応年齢的には平均身長はあるですよ……」
まさか異世界でこんなコンプレックスを刺激されるとは思っておらず、予想外のダメージにどうにか耐えていた魔法の反動を堪えることができなくなって、そのまま倒れた。
「いや、知らんかったとはいえすまんのう。
ともかく通訳翻訳程度の魔法なら負担も少なくてすむんじゃが、攻防魔法などの負担が大きいものを使うと最悪自滅して死んでしまう。
いくら負担が少なくても数が多くなれば攻防魔法と同じ負担になって、死ぬことはないかもしれんが倒れることが多くなるじゃろうな。
ちなみに、攻防魔法を負担の少ない状態にすると、紙を燃やす程度で使い物にならん」
魔法が自由に使えるようになるかもと、少し期待していただけに、ちょっと落胆する。
「あれ、でも、さっきのドームみたいな魔法は?」
「防御魔法じゃよ」
「使ったら死んじゃうって」
「そうなんじゃが、それくらいないと死ぬ目にあったときに身を守る術がないと、死ぬじゃろ。
だから逃げるのを前提として、一撃目と逃げるときの追撃を防ぐためのものじゃ。
じゃが日常生活で、わしが放った光の咆撃より強い魔法なんぞそうそうないし、そもそも危険な場所に行かなければいいだけじゃしの、一応の保険じゃな。
それに、防ぐ魔法によって出力を自動調節するようにしておるから、いざ本当に使わないといけなくなっても、先程みたいなことにはならんよ」
「そうですか。もう一つはどんな魔法を刻んだんですか?」
「もう一つは魔力を氣に変換させて自由に操る魔法じゃな」
「氣もあるんですか?!」
「氣もこの世全てに宿っておるものじゃからな」
「なんか魔力に似てますね」
「似ているもなにも、魔力も氣も元は同じものじゃぞ」
「そうなんですか?」
「この世は全てマナと呼ばれる力が、様々なものに変化することによって成り立っておる。
じゃからマナが変化したうちの一つの状態である魔力と氣を、水を氷にするように変化させることもできるんじゃよ」
「なるほど。それで氣が使えると何ができるんですか?」
「身体機能の強化とかかの。
じゃが、お前は体を鍛えておらんから、ちょっと強くなるぐらいじゃな」
「少しだけの変化なら、足が速くなるとか肉体強化の魔法でいいんじゃ」
「防御魔法と併用したときに、すぐにバテて下手をすれば自滅するぞ。
それに日常で使うにしても負担が多く体が保たんし、負担を限りなく減らすと、魔法の効果は氣を使ったときとそう変わらん、むしろ出力が上がることはないから、マイナスじゃ。
それならば体を鍛えれば出せる力が上がる氣の方が、お前にはあっておるんじゃよ」
異世界なのに、魔法が使えないのは何か物悲しくなってくる。
「とりあえずは、この三つがあれば普通に生きていくぶんには問題ないじゃろ。知り合いがくる数日後までに刻みたい魔法陣があれば、言うがよい。わしが必要だと思えば刻んでやろう。
「そういえばフォレさんの知り合いってどんな人なんですか?」
「この森にするエルフの村の者でな。その村の者はわしを信奉しておる。
この場所に引きこもるようになってから、食べ物や飲み物を定期的に持ってきてくれるのじゃ。時期的にそろそろくる頃じゃから、そのときにお前のことを頼もうと思っておるわけじゃ」
「なるほど。
なにからなにまでありがとうございます」
「なに気にすることではないよ。
それより、お前の方は大丈夫かの」
「……正直、自分の世界に無かったものを知ることで誤魔化してる状態です。
たまに泣き叫びたくなりますけど、フォレさんのおかげでどうにか大丈夫な感じです」
「……そうか」
「そんなことより、フォレさんに少しだけでも何かお返しがしたいんですが、今の俺には何もないのが残念です」
「そんなこと考えんでもよいよ。
ここを出て生活が安定したときに便りをくれれば十分じゃ」
「それじゃ気が済まないっていうか。でも俺にできることといったら、マッサージぐらいだもんなぁ」
「マッサージ?」
「あれ知りません? 揉んだり叩いたり押したりして筋肉をほぐして疲れをとる行為のことです。
ドラゴンには必要なさそうですし知らないのも無理ないかな?」
「いや、昔貴族がそういうことをさせているのを見たことがあるのう」
「俺は元の世界でマッサージの勉強してたんですよ。まだ座学ばかりで実技授業はほとんどしたことないですけど、親戚の叔父さんとかには褒められてました、身内贔屓でしょうけど」
「ほう」
「でも、フォレさん体が大きいしどう見ても俺の力がじゃビクともしない皮膚と鱗があるんで、無理ですけどね」
「いや、わしもちょっとマッサージに興味が出てきたのう。しやすい体に変えるかの」
フォレさんが光り輝くと、鱗の色と同じ髪色の気品溢れる人間の老女の姿に変わった。
「フォレさんって女性だったんですか? 中性的だけどちょっと声が女性っぽいかなとは思ってましたが」
「魔力から生まれたモノは、最初は性別がなくての、生きていくうちに周りの環境や影響を受けて性別が決まるんじゃ。
その間は中性じゃから、性別がわからないのは無理はないの」
「へぇ、そうなんですね」
「そんなことより、ちょっとやってもらえるかの」
「はい」
返事をしてフォレさんの後ろに回って肩に触ると硬かった。
まるで石に指を押さえつけているように硬く、いくら鍛えてないと言われても普通の人並みに力があるが、この硬さは無理だ。
「あの、姿形は人間になっても、筋肉とか基本的構造はドラゴンのままなんですか?」
「いや、そんなことはないぞ。
昔に人間の女の体をトレースさせてもらったからの完全に人間の体じゃぞ。
そんなことより、まだマッサージは始まらんのかの?」
「さっきからしてるんですが、フォレさんの肩が硬すぎて、どうしようもできない状態なんです。
俺の力が弱いとか関係なく硬すぎです」
「むぅ……、同じ姿勢のまま数ヶ月とかざらじゃったからなぁ。筋肉が硬くなってしまったか。
しょうがない、近いうちにやろうと思っておった氣の使い方を教えるとするかの」
フォレさんは俺に向き直って両手をとった。
「氣の使い方ですか?」
「そうじゃ、まずは魔力が氣に変える魔法陣の発動の練習じゃな。
お前に刻んだ変換魔法陣は、氣を使うと発動してあとは自動で魔力を氣に変換し始めるんじゃが、まずは自分で氣を生み出さねばならん。
お前は氣を生み出すというのがどういうものかわからんじゃろ?」
フォレさんの言葉に頷く。
「じゃから、まずわしの氣を入れて巡らせることでお前の体に氣を馴染ませる。
それからは行いながら指示するから、その通りにするのじゃ。
それと魔力を開放させたときと同じぐらいの衝撃があるから、覚悟するんじゃぞ」
「えっ、ちょっ、まっ!」
俺の制止の声を無視してフォレさんは俺の体に氣を入れて巡らせ始めた。
電気を流されたように体がビクッとして、目の前が白く点滅する。
次に萎んで塞がっていた管に熱湯を流し込むような感覚が身体中を走り回り、体温が上昇するのがわかった。
「体が熱くなったじゃろ。氣が全身を回り体が活性化している証拠じゃ。
でじゃ、今からお前の血の流れに合わせて動かすから、それに合わせて呼吸をするのじゃ」
フォレさんの言う通りに体の中を動く熱に合わせて、呼吸する。
するとお腹の辺りに別の熱が生まれた。
「お腹に熱が生まれたじゃろ、それがお前の氣じゃ。
今している呼吸法はお前が氣を生み出すための、お前に合った呼吸法じゃ、忘れるんじゃないぞ。
しかしな、未熟なお前に呼吸法だけでは氣を生み出すことはできん、じゃから氣が体に流れるイメージをしながら体も動かすのがいいじゃろ」
フォレさんの言葉に頷く。
「氣を生み出すことさえできれば、あとは変換魔法陣が氣を感知して必要な分を自動変換で生み出してくれる。
魔法陣は氣を操作できるようにもしておるから、身体機能を強化したいときには、強化したい部分に氣を送るようにイメージすれば、魔法陣が自動でやってくれる。
そこまでできるようになったら、マッサージを頼もうかのう」
そう言ってフォレさんはドラゴンの姿に戻って大広間中央に寝そべった。
それから一日中、俺は呼吸法と氣の巡りをイメージした体の動きを探すことに費やした。




