始まり
俺が目を覚ますとそこは暗い森の中だった。
夜のような——夜かもしれないが——暗さで自分の手すら見えないが、それでも森だとわかるのは森独特の匂いがするからだ。
「なんだ、ここは。バイトの帰り道にこんな場所な——」
何も見えない不安から出た無意識の独り言に、俺はハッとする。
意識がなくなる前に起こったことがフラッシュバックしたからだ。
「確かバイトの帰り道でいつもの公園で近道しようと思って、公園に入って……」
すでに夜になっていたが、いつもの見慣れた道を歩いていると、何か違うような気がした。
気のせいだとわかっていたが、ゲシュタルト崩壊を起こした時のような感覚になり、ちょっと気味が悪くなって引き返そうとした時、ふと視界の端で景色が揺らいだように見えた気がした。
普段ならビビって近寄ろうとすら思わないのだが、何かの気の迷いで見に行ってしまった。
「その場所に行ったら、いきなり地面がなくなって——」
気を失う前に見た一瞬の光景を思い出して背筋を凍らせる。
アソコは上下前後左右ない無限の空間で、流星のような軌跡を描く光が闇に飲み込まれていく光景だった。
この世の全ての終わりを見たかのような恐怖が全身を襲う。
アレは普通なら見ることのない、見てはいけないモノだと本能が語る。
その恐怖を記憶から追い出すために頭を振って今自分がいる場所や状況がわからないかと、暗闇に目を凝らすが全く見える気がしない。
「せめて少しでも何か照らすものが——あっ!」
スマフォのライトアプリを思い出して、ポケットから取り出して起動させる。
ライトの明かりで照らされて最初に目に入ったのは巨大な木の幹だった。
それも想像したこともないほどの巨大な幹で、前にネットで見たセコイアメスギのどの画像よりも大きく、直径がおよそ十メートルはありそうに見えた。
「なんだよこれ……」
ライトで辺りを照らしてみると、周りのどの木も同じ大きさで目前の木が特別大きいわけでないのがわかる。
どこまでも続くこの森の見果てぬ暗闇を作っているのが、この巨木だとしたら途方もない広さの森だとわかる。
当然日本の街中に、否日本中を探してもこんな巨木の森が存在するわけもなく、もう途方にくれるしかなかった。
「掲示板のネタじゃあるまいし、なんだよ、どこなんだよ、ここはっ!」
せめて電波が届くところだと信じてディスプレイを見た瞬間、バッテリー切れの表示が出て電源が落ちた。
一瞬何が起こったかわからず思考が停止したが、すぐに理解して普段の依存症のようにスマフォを弄っている人を呪った。
「せめて充電バッテリー持ち歩くようにしとけばよかった……」
空すら覆い隠す巨木の森で明かりがない状態に不安と焦りが心を犯してくる。
「きょ、凶暴な動物とかい……い、いないよな?」
これだけの森に動物がいないわけなどない、小型犬が吠えながら近付いて来ただけでもビビる自分なんか、野生動物にとっては楽に狩れる獲物のはずだ。
明かりを失って目立たなくなって逆によかったかも知れない、そう思いもしたが、
「こんな光がないところに暮らす動物が、夜目がきかないってことはないよな……」
普段、自覚しているほどに馬鹿なのに、こういう時に少し深く物事を考えることができてしまう自分が憎い。
とりあえず、これからのことを考えて見たが、
「食べ物も飲み物も無いから探さないといけないけど、食べることができるキノコや山菜とかわからないぞ、木の実とかも探し出せる自信もないし、それに見つけたとしても採ることなんてできるかよ、こんなでっかい木から」
自分の置かれている状況に絶望が重くのしかかってくる。
もし死ぬとしたら、理由は飢餓か水分不足によって弱ったところを動物に食われるとかだろうかと、頭に浮かぶんだ。
「いや、絶望的だからって諦めてはいけない、試しに大声で助けを呼んでみるか? 意外に人がいるかもしれないし、熊とかラジオの音で近付いて来なくなるとか聞いたことあるし、とりあえず歌でも歌いながら歩いてたら運良く人がいて気付いてくれるもしれない」
後ろ向きな考えではより悪い方向に行くような気がして、少しでも前向きにポジティブに考えてみたものの、方角を調べる方法もなく闇雲に歩いても、同じ場所をグルグルと廻って動けなくなるだけだろうし、音を出しても音に警戒しない動物がいたら何の意味もないのが、手に取るようにわかってしまう。
「なんだかなー。良くも悪くも普通に生きてきただけなのに、こんな終わりとか……、ハァ……。なんかもういいや、疲れたし寝よ」
全てがどうでもよくなって木の根元で寝てみたが、背中が硬くて寝心地は悪いし、時間はわからないが普段ならまだ起きている時間なのは間違いないので寝付くことができない。
「くそっ! 眠れねーっ!」
自分の体に刻まれた生活習慣を恨みつつ、こうなったらヤケクソで眠たくなるまで歩くことにした。
「うる覚えアニソンメドレーを熱唱してやる」
立ち上がってどの方向に行こうかと木から離れると微かにだが風を感じる。
「デカそうな森だから、風が通らないと思ったけど、案外端の方なのか?」
木の周りを一周して見てみたが、どこまでも拡がっている暗闇だけだった。
「……まあ、寝る前の軽い散歩だ、気まぐれに風を辿ってみるか」
しばらく歩いてみてわかったことだが、案外歩きやすかった。
巨木にぶつかるかと思ったがその巨大ゆえの存在感で見えなくても大体の位置がわかるし、地面も凹凸はあるが歩くのが苦になるほどでもなく、木以外の植物が皆無で煩わしさを感じることもなかった。
これだけの森だ大地の栄養が他に回ってないのかもしれない、それい日光も届いてなさそうなので、草花が育つ環境ではないのかもしれない。
「それならそれで、この木を支える養分はどこからきてるんだって感じだけど、まあどこからかきてるんだろ」
そんなことを考えるながら、歩き進めていると風が少しづつだが強くなってきた。
「山颪か?」
山の周りを囲む樹海のイメージが頭に浮かんだ。
結構あり得るかもと強くなる風に向かって突き進んでいると、微かに照らされている所が目の前に現れた。
僅かな光を見て急いで走って近付くと、目の前に幹が現れた、それも想像を絶するほどの太い幹が。
僅かな光に照らされて見える範囲でも幹は十軒立ちそうなぐらいあり、高さはもう想像もできない。
光はどこからだろうと圧巻されながらも視線を上に向けると、少しばかり枝葉の間に隙間ができて星が見えて今は夜だとわかった。
そして、ほんのわずかな星の光が枝の間から射し込んで最も照らされている所に、何かがあった。
近付き目をこらしてそれをみると、それは神殿を思わせるような入り口だった。
「ゲーム?」
ついそんな感想が出る。
オープンワールドのゲームに出てくるダンジョンの入り口の雰囲気を醸し出していて、木が生えた状態のままくり抜いてできているようだ。
中に入って行けばモンスターにでも出くわしそうだったが、これで生存率がかなり上がったのは確かだ。
もしかしたら人が住んでいるかもしれないし、いなくても多少の備蓄があるかもしれない。さらに備蓄がなかったとしても、こんな建造物があるということは、近くにどこかの町に通じている道があるということだ。
とりあえず、中を確認してみようと思うが、つい躊躇ってしまう。
明かりのない状態で未知の建物に入って行くのが怖い、それに言い表すことのできな恐れを感じて、中に入ってはいけないと警告してくる。
できる事なら入りたくはないが、もし危険があるとしてもそれは外にいても変わらないと覚悟を決めて、中に入って行く決意をする。
入る前に小石を持てるだけ持つ、できることなら杖になりそうな棒も欲しかったが、暗い中見つけることができなかった。
入り口の前に立つと天井と左右の壁の幅がかなり広い、普通の家の一回りのぐらいの大きさがある。
中に入ってみると真っ暗で何も見えず、冷んやりとして少し肌寒さを感じた。
前方の暗闇の中にも石を投げつける。
聞こえて来た音の高さで壁がないのを確認して、百歩数えながら進んでいく。そしてまた前に石を投げて壁がないか確認して進む。
本当なら壁伝いに進んで行った方が部屋など発見できていいのだろうが、虫とか触ってしまったら嫌なので石が無くなるまではこの方法で進んで行くことにする。
もし石が無くなってしまったら壁伝いで進んで行く事にしよう。
この方法を繰り返しながら歩いて行くと意外と障害物がない。ずっと直線で少しの段差もなくスムーズに進んでいけている。ただ本当に暗闇で何も見えないので時より自分が本当にきちんと立っているのか疑わしくなったり、この暗闇に本当に何も潜んでいないのかと不安に駆られてしまう。
「それに、もし罠があったら、一巻の終わりだな」
自嘲気味にそんなことを呟いていると、石が跳ね返って来た。
とうとう前方に壁が現れたのだ。
しかたがなくもう一回石を投げて音で壁までのおおよその距離を把握して、徐々に手を伸ばして壁に手をつける。
ある意味ここからが本番だと神経を研ぎ澄ませて入念に壁を触って左に沿っていくと、そこにも壁があった。
曲がり角ならそのまま真っ直ぐに壁が続いていると思ったので、壁を伝って反対側に行くとそこも壁だった。
「行き止まり?」
来る途中に他に曲がり角があったのかと思っていると、左右の壁と行き止まりの壁には手に伝わってくる感触が違うことに気がついた。
左右の壁は平坦だが、行き止まりの壁には何か装飾が施されているようだった。
何か特別な物かもしれないと、見れないのをちょっと残念に思いながら、触れることができる範囲を全て触ると、真ん中と思われる場所に地面から天井にまで伸びる溝があった。
そこから隙間風を感じる。
「扉、かな?」
動かないかと押してみると、動く気配があった。
鍵はかかってなさそうなので、今日最後の力を振り絞って扉を押した。
地面を引きずる重い音をたてながら扉は開いていき、どうにか人一人が通れるだけどの隙間開けて中に入ると、そこは淡い光に包まれた大広間だった。
「うわぁー……」
幻想的な光景と数時間ぶりに見たはっきりと見た光に自然と感嘆の声が出る。
どういう仕掛けなのかわからないが大広間の壁や地面天井自体が光を発していて、本当にファンタジー世界に入り込んだようだった。
幻想的な光景を堪能し、大広間の中央に置かれてある、家一軒ほどの大きさのドラゴンの像に目を向ける。
ドラゴンが眠っている姿の銅像を近くでみると、一枚一枚作られた鱗の表面は枯葉色をしており、光を鈍く反射させて赤錆のような印象を受ける。脂肪と筋肉による凹凸と意識しなければ気付かないような皺の一本まで作られていて、完成するまでの時間と労力そして高い技術力で作られた造形に思わず溜息がでた。
「これを作った奴は凄いな」
ドラゴンの銅像を舐め回すように周りを一周して、最後に頭部をじっくりと見る。
今にも動き出しそうで、作り物とわかっていても恐る恐る手を伸ばし触る。
「綺麗なドラゴンだな」
そんな感想が無意識に自然と呟いたと同時にドラゴンの瞼が開いて、銀の瞳と目があった。
時が停まったように俺は硬直しまう。
「ススススススス、スゴイナー、サワルトメガヒラクシカケトカー」
とっさにそう言葉が出たが、作り物にはない生気がその目には宿っていて、本能が違うと言っている。
何故かドラゴンの頭を撫でる手が止まらず、泣きそうになっていると、ドラゴンは鬱陶しそうに頭を軽く振って手をどかし上体を起こした。
「はは……ははははは」
涙目で乾いた愛想笑いが自然と出る。
あまりの衝撃で混乱している頭の片隅で逃げなければと思うが、恐怖で体が動かない。
ドラゴンは、そんな俺を訝しそう見て、
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
大広間を震わせる咆哮を放った。
それを聞いて精神の限界に来ていた俺は糸が切れたように意識が闇に落ちていった。
初投稿初連載ですが、最後まで書ききるようがんばっていきたいと思います




