古龍族のまほろば
空を飛ぶ龍を、飛龍と呼ぶ。
海を泳ぐ龍を、海龍と呼ぶ。
そして、それらとは全く別の分類として、古龍というのがいる。
古龍は何もしない。彼らはただ眠り続ける。あるものは雪山の頂上、雪に覆われて、死んだようにして眠る。あるものは煌びやかなサンゴ礁にうずもれて、目の前で入り乱れる虹色の魚たちの存在に気付くことなく眠る。またあるものは、砂漠の灼熱の砂の中、真っ青な空より照りつける陽光をものともせずに、岩山のような身体をどっしりと横たえて、やはり、眠り続ける。
彼ら古龍はただそうして、永遠の微睡の中に揺蕩うばかりである。一般的な龍をも軽く超えるその巨体は、ゆうに街の広場を占拠する程に大きいが、実際に古龍が動き、徘徊する姿、その荒々しい咆哮を天に轟かせる姿を見た者は未だいない。奇妙なことに彼らは、体表の色も、角や棘、鱗などの造形も、各々の環境に的確に対応しているというのだが、それにしては目覚めて動くことが一切ないのが妙である。
既に死んでいるわけではないという証拠に、時折彼らは、僅かに動く。象を容易く握り潰せるような、まるまると太った腕、その表面の鱗――これも一枚一枚が、古代の騎士の胸の鎧のように大きく、硬く、分厚いのだが――これが奮い立つようにして隆起し、またゆっくりと収まる、などということが時折ある。馬車の道幅ほどの太さの、その棘だらけの尾が、思い出したように少しばかり左右に揺れて、あたりに生えたばかりの茂みや木々を造作もなく薙ぎ払うことがある。或いは、その巨大な目――仮に何時か開くことがあれば、人の背丈ほどの高さがあってもおかしくはない――の瞼が、まるで見えない何かに眠りを邪魔されたかのようにして、しばらくピクピクと動き、眉をひそめることもある。
だが、起きることだけは決してない。古龍は眠ったままである。一体どれほどの歳月を眠ったまま過ごしてきたのであろうか、彼らの身体には苔やキノコが生い茂り、リスやネズミが住まい、背から生え出でた果樹は、枝がしなるほどたわわに実を結ぶ。雪原における古龍は、深い氷にうずもれる。砂漠の古龍は、砂丘に眠る。そうしてただひたすら、何にその目をとめることも無く、静かに眠り続ける。
「もうすぐ日が沈むね、クラウド」
「そうだね。ピアスはどうするつもり? 暗くなる前に、もう一度出かけたい?」
「遠慮しておくよ。今日はもう飛ぶのに疲れた」
そっかぁ、とぼんやりと呟きながら、クラウドは洞穴の入り口の外に目をやった。地平線、背骨山脈の彼方へと沈みゆく太陽が、眼前に広がる景色を、卵の黄身のような濃厚な橙色に染め上げて行く。見渡せる限りどこまでも広がる、鬱蒼とした森林。その中を大蛇のようにしてうねりゆく蜿蜒屈曲の大河。小型の飛龍の群れが、湖の遥か上空で旋回し、黄金と紅紫がせめぎ合う空の境界線にて、舞いを舞うようにして飛びまわっている。
「……綺麗だね」
クラウドが、手に持ったパン――薄切り目の二枚の間に、野菜と肉とを贅沢に挟んでいる――から一口かじりとりながら、もう片手で頭の上のゴーグルの位置を調節した。淡い水色の目が、太陽光を反射して、宝石のように鮮やかに輝く。真紅色のマフラーに少し零れ落ちたパンくずを摘まんでは、唇の間に押し込んで、舌でそっと舐めとる。
「こんないい景色を見ながらだと、猶更ごはんもおいしく感じるね」
「そうだね。こっちも、いつもにも増して美味しい」
ピアスは、地面に広げられたヤギの肉を、ガツガツと美味しそうに貪っていた。深緋の鱗に翠眼の、若い飛龍だ。名前の由来は、左目の下から顎へと伝う、円のような形の白い模様で、これはどうやら産まれつきのものらしい。
時折ピアスは、程よい具合の炎を吐き出し、肉の表面を炙る。そうしてから、そのワニのような細長い形状の口で、ミディアムレア程になった肉を器用に平らげて行く。かなり食事のペースが速く、もう既に終わりに差し掛かっている。
本来飛龍は、何も肉を焼いてから食う必要はない。生肉程度、問題なく摂取できる。だが一つには、クラウドが、血の臭いが苦手だから――そしてもう一つには、ピアスが、焼いた肉の味の方が個人的に好みだから――彼は敢えて、わざわざこうして肉を燻りながら食べている。
「でも本当に、よくこんなところ見つけてくれたよ。ありがとう、ピアス」
「礼には及ばないって。飛龍の目があれば、平原を走るネズミだって発見できる」
二人が今居候している洞穴は、とある岩山の断崖絶壁、その側面に無理やり抉り抜かれたかのような代物だ。入口の狭さも手伝い、小型の飛龍にでも乗ってこなければ、一般人には絶対に到達できないであろう場所だが、辿り着きにくい場所なのは一般の動物も同様らしい。中にはこれといった獣に荒らされた形跡もなく、今夜は安心してここに泊まれるだろう(当然、別の飛龍ならば入ってくることも不可能ではないのだが、彼らはそもそも夜行性ではない。夕暮れ時、決められた巣に一度戻ったら、朝までそこから動かないのだ)。
「……でもね、まぁ――安全なところには違いなかったけど」
ピアスが苦笑いらしき表情を浮かべ、後ろに首を傾けた。
「まさかこんな珍しい先客と出会えるだなんて、夢にも思わなかったよ」
二人が振り返った先には、洞穴の暗闇が、底知れぬ口をぽっかりと開けている。ごく前方、小ぶりの鍾乳石や石筍は、陽光を浴び、眩しい金色に輝いているが、その更に奥、日光が届かぬところでは、いずれも元来の薄汚れ気味の乳白色を湛え、亡霊のようにぬらぬらと、暗黒の中に浮かび上がっていた。
そして、その鍾乳洞の中に開けた大広間を、脱力しきったその巨体で完全に埋め尽くす格好で、洞窟の大いなる主は昏々と眠っていた。
今となっては最早、主が先か、この洞窟が先かすら、判別の使用が無い。幽かな陽光は、その前足と頭部、精々首の一部を照らすにとどまり、この入口からではそれ以外の身体の部位は全く以て視認できない。だが、それだけの手がかりからも、この古龍が如何程昔からここに居座っていたのか、おおよその見当はつく。
古龍の全身は、周りの鍾乳石と同じ、淡い灰色に覆われていた。だがどうやらこれは、生来の皮膚の色ではないらしい。恐らく、洞窟の床と同じく、その体表は、上から落ちてくる乳白色の液体を何万年にも渡って受け続けてきたのだろう――その首の棘の周りからは石筍が飛び出し、指は乳白色の膜に覆われ、最早周りの地面と同化し始めるにまで至っている。
睡眠の姿勢は、どこか人間らしさすら感じられる。左腕に顔を埋め、右腕をその横に縮こまらせるその姿は、まるであの遠い日々、村の学寮での退屈な授業の途中、机に突っ伏して眠りについていた幼い頃の自分のようだと、クラウドは呑気に微笑んだ。
「実際に目にするのは、初めてだけど」
ヤギの肉を飲み込み、ピアスが喉を鳴らした。
「やっぱり随分大きいなぁ」
「飛龍は、古龍のこと、どういう風に捉えてるの?」
洞穴に入った時、ピアスが古龍に向けて深く頭を下げたのをふと思い出しながら、クラウドは相棒に訊いてみた。
「ちなみにボクたち人間は、彼らのこと、この世界を最初に形作った、古代の神様だって考えてるんだけど。最初に自分達の身体を元にして世界を作って、そのまま疲れて眠り込んじゃったんだって、そういう風に。飛龍には、どういう伝説があるの?」
本来龍使いたる者、龍が信じる伝承程度知っていてもよさそうな物だが、古龍というのは極めて珍しい上、日頃そこまで日常生活に関わってくる物ではない。故に、あまりそれについて詳しく訊く機会というのも無いのだ。そしてクラウドの場合、それ以前の問題として、専門の教育機関で学ぶ機会が皆無だった。
この国では、龍使いになれるのは、十四歳以上の少年だけと決まっている。神の化身として祀られる「龍」を操ることができるのは、特別に聖別された少年に限ると、聖典に明記されているからだ。相棒と共に街を守ったり、獰猛な獣を狩ったりする、そういった体力面以前の問題として、龍使いというのは極めて神聖な、宗教的な側面が強い役職なのだ。
だがクラウドは、格好こそ一般的な龍使いのそれに合わせているが、少年ではない。十四歳の少女だ。ゴーグル付きの、茶色い革製のキャップの奥には、長い栗色の髪をぎゅっと仕舞い込んで、周りから隠している。本名もクラウドではなく、クラウディアといい、本来は龍使いとしての公式の証明手形も持っていない――そして故に、正体が誰にも発覚しないよう、流浪の旅を続ける他ない。兎に角、正式な教育課程を経ていない彼女にとって、この手の伝説についての情報収集は、ある種手さぐり的なところがあった。
「――前提から言うと、ね」
ピアスの鼻孔から、僅かな煙が、辺りへと舞い上がった。
「飛龍は別にそもそも、自分達の種族を、神の化身だとも、神聖だとも思ってないんだ。人間は恐らく、『神様』である飛龍より更に格上の古龍を、もっと偉い『創造の神様』として崇めてるんだろうけど、こっちの考え方はそこまで極端な物じゃない。龍族は精々、君たち人間族と並んで、『一番強い獣』。食物連鎖の一番上にいるってだけで、世界全体で見れば、一匹一匹はどうせちっぽけな存在なわけだし……この世界に生きてる物として存在してる時点で、僕らは、それを神様だとは考えないんだよ。生きてるモノは、どれほど長生きであるとしても、いつか必ず死ぬからね」
「へぇ……」
クラウドも、龍が自分達を神だとは思っていないという話は知っていたが、「この世界にいる時点で神じゃない」という考え方は初耳だった。
「そっか……じゃあ君達は、古龍のこと、『神様』よりかずっと下の存在だって考えてるんだ。にしてはさっき、きちんとお辞儀してたけど」
「一応、龍の王様ではあるからね。君達が人間の王様を前にしてお辞儀するのと、どこか似た感覚なのかもなぁ……。そもそも僕らは、彼らを『古龍』って呼ばないで、『龍王』って呼ぶわけだしね」
「へぇ……『龍王』っていうと、なんだかすごく強そう。でも、どうしていっつも眠ってるのかって、そういう説明ってなされるの?」
「当然されるさ。僕達の考えじゃあ、古龍――僕らで言うところの『龍王』――は、大昔、暴君だったんだ」
「暴君? 龍王は、悪い奴だったの?」
「うん。世界一強い獣だったからね」
ピアスは、どこか遠いところを見るような目をしていた。
「世界の始まりに、生態系の頂点として創り出された龍王たちは、自分達のことを世界一偉いんだって言って、周り皆に好き勝手悪いことをしたんだ。森を丸ごと踏み潰したり、川の水を途中で全部飲み乾して干上がらせちゃったり、山で積み木をして遊んだり……。子供みたいな振る舞いだって思うかもしれないけど、実際に子供だったんだから仕方がない。何せ、世界の始まりの時には、当然だけど、どんな動物も赤ん坊として産まれてきたわけなんだからね。
その頃、動物には、眠るっていう習慣が無かった。皆一日中龍王の脅威に晒されてて、そもそも眠る暇が無かったから、そんなこと思いつかなかったんだってさ。当時の龍王だって、暴れまわるのが楽しくて、一日中起きて、周りに迷惑をかけながらはしゃぎまわっていた。
でも、そうこうしているうちに彼らは、段々つまらなくなってきちゃったんだ。自分の力があまりにも強すぎて、周り皆が逃げ惑うばかりで、結局同じことの繰り返しなわけだから。やがては、誰も自分に刃向ってこないことが嫌になってきて……それで、試しに、何もせずに目を閉じて、ただそこらへんに寝転んでみるってことにしたんだ。無防備でぐうたらしてる姿を皆に見せれば、皆自分に近寄って来るんじゃないかって言ってね」
「いきなり起きて、皆を脅かそうと思ってたの?」
「そういう龍王もいたかもしれないし、ただ単に皆に寄り沿ってきて欲しいだけの、さびしがり屋の龍王もいたのかもしれない。今となっては分からないし、龍王によって事情は違っただろうから、なんとも言えないけど……ひょっとすると、ただ単に遊び疲れただけってのもいたのかも。でもともかく、皆そうやって目を閉じて、のんきに休んでいるうちにね……どう、分かる?」
クラウドが、はっとして、手を思わず大きくたたいた。
「そのまま寝ちゃったんだ!」
「そういうことだよ。すると、それまでずっとひたすら遊び続けていた龍王たちは、身体に凄い疲れがたまってて、皆いつまでたっても起きなくなっちゃった。やがて彼らは、眠るのがすごく気持ちいいことに気付いて、そのままぐっすり寝込んでしまった。彼らが眠るのを見て、周りの動物たちも眠ることを覚えて……以来今に至るまで、どの動物も、一日に幾らかの時間だけは、眠るようにしてる、っていうね。そういうお話」
「へぇ……面白い、それ。同じ生き物を巡ってでも、色んな考え方があるんだ。ボクたちは、世界を創造した神様だって考えて……君達飛龍は、動物が皆寝るようになった原因なんだって考える」
「不思議だね。でもどっちもあり得るって思えるぐらいに、この龍王は謎に満ちた、不可思議な魅力を持っている」
「うん」
吹きこんでくる涼しい風がふと気になって、クラウドは前方を見上げた。洞穴の入り口から開けた景色、太陽は中々動かず、沈みゆく様子を見せない。先程も見えていた飛龍の群れは、相変わらず空中で旋回し、兄弟同士で無邪気にじゃれ合っている。
「……今日も」
クラウドが、そっと微笑んだ。ピアスの横に寄り沿い、肩に頭を乗せる。
「一日、何事も無く過ごせたね」
「……そうだね」
「今夜もきっと、ぐっすり、眠ることができる」
「……そうだね」
「……嬉しいね」
「……うん」
クラウドは、横の革製のリュックサックを開き、中から毛布と枕を取り出した。
「……あの古龍みたいに、ぐっすり眠れるのって――すごく、幸せなことだと思う」
「……僕も、そう思う」
ピアスは、徐々に夜へと変わってゆく空を、しんみりと見つめていた。クラウドは、そんな相棒の横顔を見て、頬をほころばせた。
クラウドが、頭へと手をやって、ゴーグル付きのキャップをそっと脱いだ。花がたちまち咲き誇るようにして、内側から溢れ出した栗色の長髪は、琥珀の川のように眩しく、夕日を受けて煌めいた。髪を解き放って自由になったクラウドが、大きな水色の目を思い出したかのように開くと、そこにはどこか遠い過去を懐かしむかのような、ノスタルジックな艶やかさがあった。
「……『龍王』が、いつまでも眠ることができるのは」
髪を、ほっそりとした指で優しく撫でつけながら、クラウドが優しい声で囁いた。
「きっと、とてつもなく強いからなんだと思う。もしも弱かったら、こんな長い間、ずっと眠ってなんかいられない。眠る間は、人も、龍も、無防備になるもの。眠っている間に攻撃されたら、普通はひとたまりもない。死んでしまう。だから……弱い者は、迂闊に眠ることすら許されない」
ピアスは、そんな傍らの少女の様子を、黙りこくって見つめていた。二人が初めて出会った時のことを、彼はぼんやりと思いかえしていた。そして、少女の方もきっと、同じ時のことを思い出しているのであろうと、彼は魂で感じていた。
――ママも、パパも、お兄ちゃんも、皆いなくなっちゃったの。
――助けて。お願いだから! 私をどこか遠くに連れていって。こんなところに、もう私、これ以上いたくないの。皆の掟を破ってでも、飛んで行ってでも逃げ出したいの……
――龍がこんなことに使われるなんて、絶対に間違ってるよ。だって、神様なのに。いいことをしてくれるはずなのに……おかしいよ……ひどいよ……
――もう三日間も、私、眠ってないの。何も食べてないの。寒いの……
――せめて、休みたいの、私……少しでいいから、眠りたい……お願い……あなたの背中で……少しだけでいいから、眠らせて――。
だが、あの時助けられたのは彼女の方だけではないと、ピアスは自覚していた。
(僕も、あの時期、家族を皆失ったんだ)
(それから先の未来、何のために、どうやって生きればいいのか分からなくなったんだ)
(周りの人間たちに服従する気にはなれなかった。彼らの言いなりになって、あんなことをするのは絶対にイヤだった。僕のこの声を届かせる、ただ一人の相手は、もっと心優しい人にしたいと、そう、強く願った)
(君がいたお蔭で、僕は、自分のなすべきことを理解することができたんだ)
(君には、本当に、感謝しているよ)
「――僕たちは、幸せだね」
ピアスが、微笑んだ。
「本当に……世界一、幸せだよ」
「……そうだね」
クラウドも、彼に釣られて、微笑んだ。
「……見て。夜が来るよ」
何時の間にやら、あの飛んでいた飛龍たちは消えていて、空は大分淡い紫色に染まっていっていた。太陽は既に半分以上山脈の向こうに沈みゆき、その光も見る見る彼方へと集束してゆく。もうあと何分もしないうちに、完全な夜の闇が訪れることだろう。
「……明日の朝は早いよ。あの太陽が沈んだら、もう寝ることにしよう」
「そうだね。それがいいよ」
クラウドは、布団を地面に敷いて、枕をそこに置き、そこにそっと寝ころぼうとした。と、その寸前で思いとどまり、毛布を持って起き上がった。
「……ねぇ、ピアス」
「どうしたの?」
「久しぶりに……」
クラウドが、少しばかり顔を赤らめた。まるで、母親に恥ずかしい頼みごとをする、幼い子供のように。
「……ピアスの背中で、寝ていい?」
ピアスの弾ける緑色の目が、少しばかり驚いて瞬きをした。けれど、すぐにそれも、いつものピアスの、どこか心優しげな表情に戻って行き――彼は、どこか嬉しそうに頷いた。
「……いいよ」
ピアスが、地面に寝そべった。丁度あの古龍と同じような姿勢で。ゆっくりと目を閉じ、少し首をもぞもぞと動かす。
(……龍って皆、本当はこうやって寝るのかなぁ)
そんなことを頭のどこかで考えながら、クラウドは両足のブーツを脱ぎ、ピアスの上に寝っころがった。その上から、マントと毛布を被せ、ぎゅっと縮こまる。
ピアスのゆっくりとした心音が、ほのかな温かみを携えて、クラウドの全身に行きわたってゆく。初めて言葉が通じた時の、あの感覚ともどこか似ていた。
太陽が、山脈の向こうに、完全に吸い込まれた。頭上の夜空に、古代の英雄や伝説を謳う、煌びやかな星座が浮かび上がり始めた。
「――おやすみなさい、クラウド」
「おやすみなさい、ピアス」
そうして二人は、そっと目を閉じて、甘美なる眠りにつく。