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第10話:それぞれの通信簿

昼休みミーティング




 昼休み。

「三者面談の前に、この成績はヤバすぎるわねえ」

 部室に集まった鉄研部員は、揃ってため息をついた。

「どうしてこうもそろって赤点組になっちゃったんだろう」

「そりゃ、あれだけ遊べばそうなりますよ」

「必然的結果なのである」

「でも、駅名とか車両の型式とかはすらすら覚えられるのに、なんで授業が頭に入ってこないのかなあ」

「なかでもダントツで成績悪いの、キラじゃん」

「『あなたは本気いつ出すの?』って先生に怒られてたよね」

「やる気スイッチの不投入なのである」

「『運転士は、やる気スイッチがオフになったまま、それを確認せずに鉄研を発車させ……』」

「なんで鉄道教育動画MADの『股尾前科』運転士になってるんですか!」

「それより背中のジッパーあけてみせて! なかに小さな昭和のおっちゃんが入っていて、キラを着てるでしょ!」

「うむ、そんなことはないのだ。はなはだ心外なり」

「とはいえ、ギフテッドのカオルまで赤点とはね」

「どうにも勉強に興味持てないし、好きになれないんだよなあ」

「先生が嫌いだから?」

 その時、囲碁将棋部の顧問の先生がやってきた。

「ああ、いいよ。気にしなくても。

 正直、僕もこの学校を包んでいる空気が、嫌いなんだ」

「先生……」

「数学だけでもいえる。数学を勉強したくなくて数学教師になっているのが多すぎる。

 勉強の他に関心がありすぎるんだ。

 そりゃ、予備校の先生のほうが学問に熱心だし、みんな研究もやってる。

 本当にその学問が好きだからやってる。その深みを楽しみとしているから。

 そりゃ、勝てるわけがないよな。

 教える学問そのものの魅力を感じてないんだからな」

「父兄を前に、『わが校は受験校であって進学校とは言えない』とかいうもんね」

「先生たち、自分でやっておいてよくそんなこと言うなあと思うよ」

「試験の答案返すときに、『出来は悪いでーす』って平気で言えちゃうもんね」

「家庭学習のせいにするといいながら、実際は責任放棄なのである」

「授業を楽しむことが出来ないもんね」

「うむ、そもそも、そういうところは事業仕分けで仕分けられるべきだな。もともと神奈川県は生徒数に対して県立高校が多すぎるのだ」

「でもそうするとうちの鉄研もなくなっちゃいますよ」

「うむ、たしかに予備校には部活が作りようがないであるな。

 しかしこれだけの装備でありながら勝利できないとすれば、それは圧倒的な練度不足であろう。

 もちろんテツ道の鍛錬は皆が月月火水木金金で行っているのは慶賀なことではある。

 しかし、わが鉄研が率先してこの高校の学力低下を導くとあっては、名誉に関わる。

 かくなる上は、期末試験奇襲作戦に向けて、その弱点において、まさに火の出るような鍛錬が必要であるな」

「鍛錬?」

「うむ。九州大村湾で浅海面での航空雷撃を鍛錬なさった先輩たちの故事に習い、秘密の訓練を行うのだ」

「まさか誰かの家に集まって『特訓』!? なにそのムダにド根性いりそうなもの」

「ああいうので勉強が捗ることはないわよ。つい遊んじゃうし」

「でも、気づかないか?」

「何?」

「でも、そういえば、このなかで、ぜんぜん赤点の話をしていない子がいるような…」

 皆、はっとした。

「詩音ちゃん?! ええええー!」

 お昼に超豪華な松花堂弁当を食べている詩音のテスト答案用紙には、丸がいくつも並んでいる。

「なんで全部及第点なの! あれだけ遊んでおいて!」

「ギフテッド、IQ800のカオルですら赤点とってるのに!」

「うむ、詩音はさすがの癒し系正規空母であるな」

「ああああ、詩音ちゃん家で癒やされたい!」

「詩音ちゃん、勉強教えて!」

「ええっ!」

「やっぱりだめ?」

「いいですわ。お父様のゼミの方々にも協力してもらえば、捗ると思います」

「お父様?」

「そうです。工学博士で、大学で教鞭をとりながら、推理小説を書いたりもしていますわ」

「えええっ、まさか、武者小路教授って、詩音ちゃんのお父さんなの!」

「そうですけど?」

「私、『すべてがRになる』とか『数奇にして鉄道』とか、すごく愛読しちゃってるわよ!」

「うむ、御波くんはなかなかの読書家でもあるのだな」

「国語はいっつもお助けアイテムなの」

「そういう子はいるよなあ」

 先生は、頷いていた。



列車で


 みんなで電車に乗る。

「そうなんだ、詩音ちゃんの家って、相武台前なんだね」

「そうですわ」

 その時、列車は駅への進入でもないところで減速し、停車した。

「なんだろう?」

 車内放送が、人身事故発生による全線運転見合わせを放送した。

 みな、ちょっと言葉に詰まった。

 そのとき、もっと嫌なことが起きた。


 人身事故に、舌打ちする声が聞こえたのだ。


 みな、悲しくなった。

「うむ、まさにめでたいブラック労働社会の日本の縮図であるな」

 キラは口にした。

「キラ、聞こえるわよ」

 思わず御波は止めようとする。

「そうであるのか?」

 とキラは、その瞳にキラリと狂気を宿した。

「聞こえるように言うておる!」

 強い口調でキラは言葉を放った。

「弱きものの弱さに心を痛めることをやめ、心を閉ざして連帯することを忘れれば、いずれ自らも孤立して心を病みまた死に追い込まれるであろう。

 社会的動物である我々は、連帯を忘れれば、孤立し、そして死ぬしかない。

 人間が寂しいのは当たり前であるのだな。孤独云々と格好をつけるものがいるが、本当の孤独に人間が耐えられるはずもない。孤独は人を死に至らしむる、恐ろしいものなのだ。

 それを無視し続ける、まさに経営者から労働者、子供に至るまで、他の先進各国に比して精神疾患と自殺の多い悪循環社会であるな。

 これがかつての美徳とその快活さで世界を驚嘆させた江戸期の日本につながる日本の姿かと思うと、まことに情けなく、先の大戦で平和を願って倒れられたかの英霊の皆様に、心から申し訳なく思うのだな」

 キラは言い切った。

「過労死の多いIT業界で、『十年は泥のように働け』といった経営者も結局自殺してるもんね。皮肉を通り越すわ。なにこの悪い冗談みたいな国」

 ツバメも言う。

「『美しい国』の実態がこれだもんね」

「うむ、だからこそ、我々鉄研はこの日本でさらに鉄道を研究し、鉄道を楽しみ、楽しくする意義があるのだよ、榎木津くん」

「だれが榎木津なんですか」

 そしてしばらくすると、案内放送とともに、列車は運転を再開した。

「たかがこの数分の遅着で舌打ちなど、なさけないものなり。

 その狭量さを心から恥じるが良い。

 さらばである。道はまたホームにも通じておるのだな。

 それでもなお、その狭量なものにも、今後の安全なる旅路を祈るとしよう。

 鉄道は、どんなものでも、乗客であるかぎり、その安全を保証するものであるのだからな」




武者小路邸


 そして、相武台前駅をおりてしばらくすると、武者小路邸があった。

「すごい、5インチゲージの、自分が乗って遊べるミニSLまで自宅にあるなんて!」

「ファンには有名ですわ。駅も作ってあるし、ネコ駅長もいますのよ。

 昔は大学教授は儲かりましたもの」

「今は?」

「なかなか大変みたいだけど、おかげさまで、まだ研究を続けてますわ」



応接間


 執事さんの手によって、紅茶とお茶菓子が出てくる。

 鏡と彫刻を駆使した豪華な内装は、まるで宮殿のようだ。

 特にカーテンにぶら下がった飾り紐、タッセルの太さが、ただならない財力を示している。

「すごい。本当にこういう世界があるんですね」

「だいたい、家でお茶菓子がこうやって2階建てになったカゴみたいなお皿で出てくるなんて」

「え? ふつう、こうじゃないんですか?」

 詩音は逆に驚いている。

「ふつうの基準が違いすぎる……」

 みんな、緊張している。

 それに執事さんが告げた。

「ご主人様はまもなく」


「やあ、君たちかい?」

 現れたのは見た目には若々しい背の高い男性だった。

「父です」

「武者小路徳馬だ。話は聞いていたよ。

 君たちに少しでも力になれればと思う。うちの研究室の連中はみんな、予備校で講師のバイトをしているからね」

「助かります!」

「君たちも運が悪いというか、そういう学校だもんなあ。

 それでも、見どころはあるさ。

 なによりも、君たちは大切な仲間だ。

 仲間がいて、心さえ折れなければ、諦めずに済む。

 諦めなければ、負けることはない。

 負けたままにせず、諦めずに挑戦しなおせば、負けは負けにならないからね」

「うむ、神州不滅、見敵必殺、必中の信念で望むべしとのことでありますな」

「そうだな。なかなか君は興味深いね。じゃあ、研究室に行こう」




研究室


「これは!」

「すごいレイアウト!」

「DCCとPCでBトレインショーティーを自動運転するレイアウトだ。これでも見ながら、苦手な教科を聞こう」

 教授のPC操作で、Bトレインが自動運転を始める。

「すごい、自動運転なのに加減速がこんなになめらかに!」

「閉塞区間の管理もしてる!」

「まあ、これでもDCCの可能性はまだまだ未知数でね。

 相性問題もあるし、まだ完成した技術じゃないんだ」

「だから面白い、ですか」

「そうだね」

「えっ、これ!」

「ああ、UNI-CUBか。うちの研究室でホンダ自動車から借りているんだ」

「お父様、鉄道工学が専門なの」

「いいなあ! 私もそういう仕事したいなあ!」

「そのためにも勉強だね」

「赤点ばかりじゃ、就職もできないし」

「遺伝子的アルゴリズムによる流体力学的な最適な形状の決定、が専門だった」

「もしかすると、高速列車の前頭形状の設計ですか」

「君は詳しいね。その通り。

 今は『軌道上の高速移動体の姿勢安定化技術』を研究している。いわゆるアクティブ・サスペンションだね。UNI-CUBのオートバランスも、それに応用できないかなと考えてね。

 ……ちょっと、これに乗ってみるかい?」

「ええっ!」

「本当ですか!」

「うん、今、ちょうど、充電が終わったところだからね」

 助手たちが御波やキラたちにUNI-CUBの乗り方を教える。

「背中のレバーは2段階になっているから、座って、レバーを2段階下ろす。

 それで電源が投入される。

 そのあと、奥の主電源ボタンについ指が入りそうになるけど、それは押しちゃダメだからね」

「そこらへんPCみたいですね」

「似てるところはあるよね」

「まず座って。そうそう。

 その後でレバーを下ろす」

「座れた!」

「ものすごく小刻みに揺れてるんですね」

「うむ、これは航空機のフライバイワイヤと同じであるな。

 常に姿勢の修正動作を演算して行っておる。

 車体重量を支えながら、なおかつ安定性を確保するのであるな。

 確かに静安定性は保持しようのない形状である」

「そうだよ。ASIMOの2足歩行システムをさらに推し進めた形態がこれなんだ。

 この制御技術の先には多足歩行もあるし、さらなる鉄道車両の高速安定性の強化も望めるだろう。

 鉄道技術は、まだまだ未開拓なところもあるし、不明なことが多い」

「そうですよね。だって、まだ21世紀になっても、鉄の車輪に鉄のレールですもんね」

「ああ。そうだ。カーボン製の台車がようやく出来たけど、まだまだ未踏領域があるんだよ」


「よし、じゃあ、そろそろ勉強しようか」

「えっ!」

 スイスイとUNI-CUBを乗りこなせるようになった鉄研部員たちは、虚を疲れたように驚く。

「君たち、ここになんできたのか、すっかり忘れてたでしょ?」

「……はい」

 みんな、しゅんとする。

「ホントは5インチゲージのメンテナンスも見せたいんだが、時間がない。今、ゼミのみんなが揃った。すまなかったな。

 結果が出るまで待たないとイケナイ実験があって、遅れていた。でも、これでみんなマンツーマンの個別指導ができる」

「うむ、個別指導で怒涛の英語力のミズズ学園!」

「キラ、それ違うから」




学習室


「苦手な単語だけ覚えようとしても英語はうまくいかない。

 例文を流れで覚える。それに、言語学の知識を使って覚えるとやりやすいこともある。

 問題はだいたい、学生の単語の理解が正しいかどうかを突いてくる。

 うろ覚えだと間違えるようにトラップになってるからね。

 消去法でやろうとするとだいたい罠にハマる。

 正攻法が一番確実で効率がイイ。

 それと、読書が一番だ。これが一番力がつく。

 退屈な教科書の例文なんか、覚えてもつまらないのは当然。

 原書を読む。特に平易で関心のある分野の本を読むのは一番力になる」

「じゃあ、鉄道趣味とかの本がいい! 読みたいです!」

「うん、専門用語とかもあるけど、そこは僕が良さげなの選んであげるよ。

 かんたんなペーパーバックでいいと思う。

 今は電子書籍で買えるし、それで買えばそのまま辞書引きもできるからね」

「電子書籍端末にそんな使い方があるんですね」

「というか、それが当然でしょ」

「……身近すぎて気づきませんでした」


「回路のこの部分の電気の向きは、キルヒホッフの法則を使うんだよ。さっきと同じ」

「ということは、ここで下がって、ここで下がって、ここでも下がってるから、こうですか?」

「そうそう。

 ちょっとでも危ないなと思ったら、基礎に帰る。

 基礎をしっかりさせるのが大事」


「世界史は東西交流史を意識して覚えるんだよ。日本で起きたことが、その時の世界でどういう意味を持つか、それが日本にまたどう影響するか。

 年号の暗記より、順序、流れで覚えるんだよ。その流れがわかってから、年号をつないでいく。

 歴史を点で覚えちゃダメだ。歴史は線と面で覚える。

 だから、常に白地図を用意して、それに書き込みながらやるんだ」

「はい!」


「勉強は時間じゃないからね。効率を上げて、ポイントを掴まないと無駄になる。

 特に『勉強したという安心』はダメだからね。

 ちゃんと問題が解けなければ、何時間勉強しても意味が無い。

 効率を上げて、ちゃんと部活と両立させなくちゃね」


「公式は暗記するもんだけど、その暗記の前に、なんでそういう項が必要なのか、理解した上で覚えると忘れにくい。人間は必ず忘れる動物だからね」

 カオルは目を見開いた。

「君の完全記憶はしんどいうえに、一部忘れる能力が復活してきている。

 だから、今は完全記憶に頼っちゃダメだ。

 でなければ、君の人生はさらにつらいものになる。

 ここが正念場だ。

 君の通っている病院の研究室とも連絡はとってある」


「君、なんでこれが出来てこれが出来なかったの?」

「うむ。ワタクシの脳は、密かにこの種の面白さに飢えておったのであるな」

 キラが書き入れる。

「うん。正解」

 さらにキラが書き込む。

「うん、それも正解」

「結局は、勉強も、面白くしてしまえばよいのであったな。

 そして、面白いと思うものをさらに面白くする。

 その心こそ、ワタクシの目指すテツ道と合致するのだな」

 キラは教授が直々に教えている。

「そうだね。

 他人に面白いと思ってもらえるのは幸せだけど、それは決して条件ではない。

 面白く思ってもらえないからと凹むこともあるのは仕方がないが、それは結果にすぎない。

 売れる売れないも同じこと。

 結果と条件を混同してもいけないし、ましてその結果にすぎないものだけを比較するのは結果主義、成果主義という不幸にしか行き着かない。

 結果は受け入れるしかない」

「でも、それを恐れて挑戦しないのもまたつまらない。

 にもかかわらず、常に挑戦ってのは、楽しいものですね」

「ああ。

 生きてることを楽しむこと。

 生きてる限り、挑戦だ。

 そして、自分から行う挑戦は、つねに楽しいものだ」

「しかし、強いられた挑戦もありますな」

「ああ。人事査定のためにチャレンジシートなんてものを作らせている会社が多い。

 挑戦を強いても、結果が良くなることなどない。

 管理者が管理を放棄するからそうなるんだ。

 今、企業のそうした内部崩壊が進みすぎている」

「由々しき問題。しかしそれを改善する方法がない。まさに悪循環」

「そうなんだよね」



主餐室


「あー、結構勉強したね」

「うむ、勉強しているシーンは大きな動きがないのでシーンの作りようがないので省略である」

「キラ、なに『著者の都合』を代弁してるのよ」

 (著者)すみません。

「でも、うまくいくかなあ。最後の問題、すごく難しかったよ」

「そりゃそうだ。最難関大学の本試験の問題だからね」

 教授はそう言って笑う。

「えーっ」

「イージーな問題ばっかりやってると、考えに粘りがなくなるからね。お疲れ様」

 教授は継いだ。

「物事は、つねに、結果ではなく内容にこだわるんだ。

 結果を出すのはあくまでも内容。

 内容は結果に結びつくが、内容のない結果は必ず実を結ばない。

 結果主義はいずれ破綻する。

 今の世の中は、その結果主義という狂気が全てを蝕んでいる。

 どこかで破綻するのは免れない。

 でも、内容は内心にしかない。内容と過程を混同してもいけない。

 挑戦せよ、って強いられるのは、挑戦じゃないよね。

 今の世の中、そこが一番ズレてるんだよ」

 皆、頷いた。

「じゃあ、夜食を食べようか」

「はい」



帰り道


「あれほど怖かった試験が、今は楽しみだよー」

「そうだよね。今は、むしろ、早く腕試ししたいもん。しっかり教えられたおかげで、そう思える」

「もともと、どっか基礎がぐらついてたんだね、私たちの勉強」

「グラつく不安定な基礎の上に安定した建物を建てようがないのは自明であるな」

「ああ、もう、このまま帰りたくないなあ。

 うちの父と母、いつも喧嘩してるから」

 御波が口にする。

「え、仲良さそうじゃん。聞いただけだと」

「うちの親、二重人格だもん。いつも外向けの顔しか見せてないから」

「それはそれでしんどいよね」

「うん。でも、親は親、私は私だから。

 この前、進路のことで、私が言ったら、真っ赤になって『大人になれ』って言われたのには参っちゃったけどね。

 なあんだ、そんながっかりなものになるのが『大人になる』ってことか、って。

 そんなの、大人じゃない。

 こっちが『大人は判ってくれない』なんて、安い言葉言うとでも思ってるの? って感じ。

 私はそういう安い大人って、嫌い」

 御波はそう言ったが、余裕はなさそうだった。

「うむ、なるほど」

 キラは聞いていたが、言った。

「それは、もう一つの意味での反抗期でもあるな」

 御波は、はっとしたような顔をする。

「そうかも。

 私、ずっとおとなしい子だったから。

 反抗期なんて言われる、つまんないガキになるの、まっぴらだし。

 私は私。他のだれでもない私。そう思ってる」

「さふであるな。

 ワタクシも『女子高生はー』、とか、『今の若い子はー』、などといわれると、はなはだバカバカしくなるのであるな」

「原チャリ盗んで、タバコ吸って。それのどこが大人への反抗なのよ。ほんと、つまんない。

 私はそんなのイヤ」

「いかにも。ましてメディアに乗った評論家だの精神科医だのに『心理分析』などされるのはまっぴらなのである。

 我々にも我々の、それぞれの考え、喜怒哀楽がある。

 それを束にまとめて言われるのは、はなはだ心外であるな」

「キラには絶対、中に昭和のおっちゃんが入っているわ。

 チャックどこなの? 見せなさいよー!」

「そんなのナイのであるな」

 そうやってワイワイ言っているみんなのまつ踏切を列車が通過する。

「あ、ロマンスカーだ」

 ロマンスカーは本厚木にゆくホームウェイ号なのだろうか。

 その電球色の室内灯が暖かく見える。

「こういう夜のロマンスカーもいいよね」

「都市近郊の鉄道とはいえ、なんともいえない旅情がある。

 特にフェルメール・ブルーのMSEは夜に似合うのであるな」



書斎


 教授は夜を見つめていた。

「鉄道は断じて『枯れた技術』ではない。まだまだ未知の部分がある。

 安全の追求にも終わりはない。

 そして経済性と安全の調和はさらにむずかしい。

 そのことを、彼女たちはあの歳で知っていた。

 それが、彼女たちの『テツ道』なんだろう。

 さすがだ。

 だが」

 教授は、一つの古びた報告書を見ながら、考え込んでいた。

「長原キラ、か。

 まさかとは思っていたが」

 ひとりごとをいう教授は、表情を曇らせていた。

「やはり、な」



部室


 そして数日後、期末試験は、終わった。



 放課後。

「トラトラトラ! 敵空母『エイゴプライズ』撃沈なのである」

「先生方びっくりしてたわ。私たちがあんな成績上げるなんて」

「これでもう文句は何も言わせないのであるな」

「そして2学期終了! 冬休み!」

「冬旅行にクリスマス!」

「さあ、もっともっと、『テツ道』がんばるわよー!」

「いつのまにか『テツ道』が定着しちゃったわね、わたしたちの間で」

「そうね」

「うむ、では、作戦成功の宴を行うのである」

「食堂『サハシ』に行くの?」

「いや、ここはあえて、ショッピングモールへ買い出しであるのだ」


 街をみんなで歩く。

「すっかり寒くなったわねえ」

「買うものはリストにしておいたのである」

 歩きながら、話をする。


 中央快速線にグリーン車が増結されることによる、関東西側の交通網の変化の話。

 京王線・小田急線、そして東急線の複々線化の進捗の話。

 東京上野ラインが開通してからの運転状況とその実情、そして今後の展望。

 寝台列車全滅ながら、始まろうとしている周遊列車時代の話。

 そして、それは鉄道会社の経営、そして日本全体の経営の話になっていく。


 鉄道を切り口に、鉄道を活かし、鉄道に寄って世の中を良くしていく。

 もちろんそんなことが簡単にできるわけがない。

「でも、だから、考えて、それを深めていきたいのだな」


「当然模型店にも寄っていくのだな」

「おおー、また新製品が」

「Bトレも新製品出てるわね。でもBトレって、本格的にやると、高価いのよね」

「でも、Bトレも奥が深いわ。高い重心、軽い車重と走りには超えなくちゃいけない弱点がある。でも、それを乗り越えるのが面白いわ」



部室


 そして部室に戻ってきた。

「えーっ、ここで?」

 部室のストーブの上に鍋を置き、それに水をはっていく。

「うむ、これが『部室鍋』である」

「文化祭で使ったカセットコンロもあるのに」

「ところが。ストーブで鍋をすると、このように温まりながら料理もできるのであるな」

「なるほどー!」

「こういうのに納得しちゃうようになった自分が怖い……」



「うんうん、煮えてきた煮えてきた」

「鍋奉行はいつもの華子ね」

「ごめんね、いつもおとーさんの食堂『サハシ』流の味付けだけど」

「でも美味しいわよ。さすが」

「やはり、冬は鍋ですわねえ」

「そうそう」

「うむ、鍋をつつきつつの、鳩首会談なのである。

 そこで、我が鉄道研究開発公団のこれからの活動の方針であるが」

「クリスマス、お正月はどうする?」

「うむ、そこはこのようにしたい」

 キラがiPadを見せる。

「すごい、春まで全部計画がビッシリねられている!」

「斯様な計画性、戦略性は、鉄研総裁としては当然であるのだな」

「そういや、森の里高校との決着は?」

「そうよ、借り作ったり貸し作ったり」

「うむ、しかし、『テツ道』は競うものではないのだ。

 深めるものなので、そこは無問題なのだな」

「そうですよね」

 御波はそう答えるが、その顔の影を、キラは見逃さなかった。

「気づいていたが、御波。

 いろいろとここ数日、個人的につらかったのであろうな。

 だが、レールはどこまでもつながっているのだ。

 レールの向こうに、必ず答えはある。

 そして、我々は、仲間なのだ。

 個人的なことでも何でも、ここで言うが良い。

 みな、あの創部以来の友達なのだから」

「友達……」

「ああ」

「そうよ。私たちも関係させて!」

「私たち、友達でしょ」

「いや、こんな私のこと、迷惑かな、と思っちゃって」

「そんなことないよ!」

「レールがつながってるように、私たちもつながっているのよ!」

「それに、鉄道綱領にもあるでしょ! 連絡の徹底と一致協力、って!」

「私たちは、仲間で、友達よ!」

 御波は、堰を切ったように泣きだした。

「よいよい。泣くがよい。泣けば心が澄んでいく。そして見えなかった答えが見つかる」

「……見つかるかな……。お父さんと、お母さん……私の行きたい進路、なりたい仕事への思い、分かってくれるかな……」

 ぐずっ、と鼻をすする御波に、キラは力強く、言った。

「見つかるのだよ。必ず。

 そして、親子というものは、寸時距離を置けば、ほぼ必ず、気持ちを分かってくれるのである」

「……そうかな」

「そうなのだ。時間がかかっても、いつの日か」

 キラは、頷いた。

「本質とは、そういうことなのだから」




「というわけで」

「えっ、どういうわけなのよ!?」

「次回!」

「『サンタさんはレールに乗って』。ええっ、これ、どういうこと!?」

「とにかく、つづくっ!」


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