9話
side ミリィーナ・パロマウント
「オオオオオオオオオオオオオオオオッツツツ!!!!」
厨房で殿下の為にクッキーを焼いている時でした。
遠くから小さな地響きと、何処かで聞いたことのある様な声色の雄叫びが聞こえたのは…。
ポン!
「ミリィーナちゃん、出番の様だぞ?」
あぁ、これはまた殿下だな。
どうせまた何かをやらかしているのだろう。そう内心で思いつつも、私はクッキーの成形を引き続き無言で行っていると、背後から肩を軽く叩かれました。
なんだろう?そう思い其方へと振り返ると料理長のマークさんが居ました。
いやっ、出番ってなんですか!私は舞台女優でもなんでもない唯の世話係なんですけど?
「えーっと、マークさん。今日はカトナちゃんが殿下の担当なんですけど?」
「ミナ、みなまで言うな。カトナじゃ荷が重い、まだ8歳だ」
私がそう返事をすると、マークさんは首を左右に二度程降ると言いました。
どうして同年齢のカトナちゃん(私達の中では一番優秀)が荷が重い事で、私が行け!と、なるのかについて話をしっかりと聞きたい所です。
「私も8歳です。…あと親父ギャグやめてください、しかも人の名前で!」
「分かったよ、だから行って来い!後は俺が作っとくよ」
一体全体、私の心の何割を理解して分かったとその口で言うのか!
マークさん!私は出来るなら殿下に関わらずに、今日はクッキーを作りたい気分なんですよっ!?
そんな私の心の叫びなど、口だけの分かった!なマークさんには通じずに、私はどんどんとマークさんの強引なアタックにより、厨房から廊下へと追いやられてしまいます。
きっと私の心なんて、マークさんは全く理解してくれないんです。
「誰も行くなんて言ってませんけどっ!?っあ、殿下はナッツが好きなんで多めに入れてあげてくださいよね!」
廊下へと締め出されて、笑顔で厨房の扉を締めたマークさんへ向けて、私は殿下が嫌いなナッツを多く入れておく様にマークさんへ頼みました。
「あいよー!たんまり入れとくわ」
扉の中から返事が聞こえて来たことに満足して、腰に巻いていたエプロンを外して、厨房の扉のノブに掛けておきます。
後で誰かが仕舞ってくれるでしょう。
「…殿下、実はピーナッツ嫌いみたいなんですけどね」
マークさんに聞こえない様に、小さな声でそう言ってから、恐らく殿下が問題を起こしているだろう方向へと足を向けます。
「うぉおおおあおおおおおあおお!!??!俺はっ!?俺はぁああぁああ!!」
中庭に着いた私が見たのは、背丈が3mを超える金色の獣の姿でした。
あの獣の発している声が殿下に似ているので、恐らくあれが殿下に間違いないんでしょうけど…。
「騒がしいと思ったら、やっぱり殿下だった件、ホント次から次へと問題を起こすわ。前見たときより随分成長してるよね?」
「ミナっ!?殿下が!突然あの様なお姿に!?一体どう言うことなの?」
私がそう率直な感想を述べると、私が中庭に来たことに気付いたカトナちゃんが駆け寄って来て、私に詰め寄って来ました。
いやっ、カトナちゃん!それはこっちが聞きたいんですよ!?
つい今、フロム、ナウで、所謂ジャスト、ナウナウで状況を理解しようとしている私には、殿下がこうなった理由なんてこれぽっちも把握出来てません。
「…まあ、何であんなに必死に穴を掘っているのかは解らないけど、あれって王族の獣人化だよね、カトナちゃん?」
「そうよっ!?っていうかどうしてミナはそんなに落ち着いてるのよ!?完全獣人化なのよ!それが暴走してるのよ!?誰が止めれるの?!それこそ陛下でも呼んで来ない限りは!止めれないのよっ!!?」
確かにオーラバーストも使えない私達に獣人化して暴走している殿下は危険です。そんなこと言われなくとも私だってちゃんと理解してます。
殿下にとっても幼い身体で、長時間を獣人化状態でいるのは負担が大きいでしょう。
最悪の事態は獣落ち、ですけど……でも、まあ。何だかんだ言っても、死んでないなら良いんでないでしょうか?と思ってるのは私だけですかね。
「それだよ、カトナちゃん。私じゃ止めれない、止めれないの。だから一先ずサイドルール様の所に相談に行ってくるよ。……2、3日掛かるかもだけど、後は宜しくね!」
だけどこのまま此処にいると私が危険であるという事実は変わりません。何かしらの理由をつけて此処から離れるのが得策でしょうね。
さて、サイドルール様を出汁にして、2、3日実家に帰って落ち着いた頃合いをみて戻って来ることにしましょう。
「…もう来ておるわ。にしても殿下はどうして、中庭で穴を掘って居られるのだ?」
サイドルール様、タイミングが悪いです。その性で私が此処から離れるタイミングを逸したじゃないですか!?
「ぉぉおおおおおおおおおらぁ!!!!」
サイドルール様が殿下の様子を見てそう言うので再度、殿下のいる方へと目を向けると、クリーク様とハロルド様も中庭に様子を見に来られた様でした。
「…クリーク様とハロルド様で止めれませんかね?」
「無茶を言うな、獣人化している状態で暴走している王族を止めれる者など同じ王族達だけだ」
「そうそう、僕らじゃ何とも出来ないんだよね」
「…ですよね」
近衛隊のお二人ならもしかして殿下を止めれるのでは?そう一抹の望みを持って聞いてみましたが、やはり王族の持っている獣人化は別格の様ですね。
「…しかし完全獣人化とはな。ナルニート国では6000年以上居なかったが、いや、殿下であればもしやとは思っていたが…」
「…そんな前から途絶えていたんですか!?」
突然、思い出したかの様にウンチクを語り出すサイドルール様、こんな状況で知識自慢とか勘弁願いたいです。
お年寄りの語りは、只ですら長いんですから…。ですが目上の方なので、やはり部下として私は相槌を打ちます。
そしたら気分良くなってより一層長くウンチクを垂れ流し始めちゃいました。
帰って良いですか私?
「六獣王国が建国されて以来、争いという争いは起きてなかった。そのお陰で部族同士の隔たりが無くなり、各国の王達もそこまで獣人化に拘りがなかった為か、混血が進みズーランド大陸では長らく完全獣人化を使える者は居なかった。近年ではエルファニカ国のエルファズ様で4600年振りだった筈だ」
「ちょっと!皆さん!それが分かってるならっ!そんなに!呑気に!落ち着いていられる場合じゃないでしょ!!!?」
私がサイドルール様の話に耳を傾けて立ったままの状態で寝そうになっている時に、カトナちゃんの声で現実に引き戻されました。
…最近、色々な事があり過ぎて、私の精神の図太さや感覚が麻痺してる様です。
こんな状況で寝るなんて自殺行為でした。危なかったよ、ありがとうカトナちゃん。そう心の中で感謝しておきます。
「サイドルール殿、確か陛下は今日から…」
「うむ、セイウチ国へ外遊中だ」
「セイウチ国っていうと、トドの家系でしたっけ?」
クリーク様がサイドルール様へ陛下の所在をら尋ねます。
セイウチ国って言うと、六獣王のトドの家系だったかな?と思い、それをサイドルール様に尋ねると、チラッと睨まれて無視されました。
そんな私に答えを教えてくれたのはハロルド様です。
「違うよミリィーナ、そのままセイウチ一族だよ。アシカ・セイウチ様、ジークムント様と同年で仲が良い方だから間違わない方がいいよ」
「す、すいません、ハロルド様。勉強になりました。でもセイウチ国ってナルニート国から一番遠い所ですね」
セイウチ国って、そのまま引いている血の血統も現していたんですね。
そう納得しながらズーランド大陸の地理を頭の中に思い出します。
ナルニート国は西方、セイウチ国は東方…すっごい遠いじゃないですか!!?
「あぁ、往復で6日間掛かる。ジークムント様のワイバーンを使ってな」
ジークムント陛下のワイバーンというと、普通のワイバーンの3倍早いと聞きます。
あっ、これ!完璧に摘みましたね。
「八方塞がりだの。ジオジーク様、ジオラーク様共にまだ幼く、獣人化出来て居らんし…。かと言って隣国のエルファニカへ陛下の了承なく援助を頼むことも出来ん」
サイドルール様、なんとい鬼畜!他にも王族が居たことを思い出させておいて、後から二人ともまだ獣人化を会得してないとネタばらしするとか、まさに急転直下です。
「…ならどうするんですかっ!!?ミナ!?」
「わ、私に言われても困るよっ!クリーク様は何かアイディアは?」
いや、だからこういう所で私に振られても困ります。何も出来ることありませんし…。
取り敢えず、この流れで沈黙は悪手ですので、勢いと流れに任せてクリーク様に話を振っておきます。
「…ない、ハロルドお前は?」
「あると思うわけ?」
「ミナっ!?」
「いや、ちょっとカトナ?だからわたしに言われてもね!?えーっい!サイドルール様はっ!??」
十秒も経たない間に、クリーク様にハロルド様に回って私に戻って来ましたよっ!!?
仕方なく、サイドルール様に視線を向けると、何とサイドルール様、私から視線をズラしました。
まあ、それでもサイドルール様に投げますけどね。
「ミリィーナよ、願うんじゃ。ジオラルド様の暴走が治まるで穴を掘り続けてくれる様に、とな。…さて、儂はジオジーク様とジオラーク様へ避難して頂く様に具申してくる。後は頼んだぞハロルド、クリークよ」
「「さて、警備に戻るか、任せたミナ!」」
「そう!いっつもそう!結局は何かあるとこうやって!私に戻って来るんですねぇえええ!?!?!」
願えとか、祈れとか、そんな事を言われても獣人は皆無神論者の筈なんですけどね。
そして結局、私が何とかするハメになるんですね!私じゃ何ともしようがないのに!!
思わずその場で地団駄を踏んだ私は悪くないです。
ゴッゴゴゴゴォオオオオオオオオッツ!!!
その次の瞬間に地を割る様な轟音と振動が地中からきているとしても、私は悪くないはずです。
「「「何だ!?地鳴りかっ!?」」」
「…地面に振動与えた事で出てくるなんて、すごく嫌な予感がするんですけど」
違いますよっ!決して私の地団駄ではなく、何十分も行われている殿下の穴掘りに寄る地響きのことですからね!
決して私は悪くないです!
ドォン!ドォーン!!ドカッ!ドカッーン!
繰り返される衝突音と、何かが崩れる音が地中から響き、大地を揺らす!
明らかに自然に寄る物でない振動、何かがジオラルド宮殿の下で、地中から地上へと出ようと地盤を破壊しているとしか考えられない。
そしてそんな事が出来る生物は、このズーランド大陸には、大きな括りとして一種しかいません。
「これはっ!まさかっ!王都の下に居たということか!!?ハロルド!今直ぐにワームの討伐隊を要請しろっ!サイドルール殿は第一、第二皇子の避難の誘導をッ!!」
「ワームだって!!?まさか!王都に!……分かった!行ってくる!」
「…あり得るのか、微動は察知されていない筈だが!いや、此処は安全を取るべきかっ!」
私が気付くよりも少し早く、クリーク様がそれに気付いたのか、慌ただしく皆に指示を出して行きます。
サイドルール様もハロルド様も間髪入れずにその指示に従い、各々の役割を果たしに行かれてしまいました。
「近衛兵は総員!中庭へ集結せよっ!これより!ワーム討伐の足留めを行うっ!!!」
そうクリーク様が命令を伝令に伝えた次の瞬間、ジオラルド宮殿が瞬く間に崩れ、瓦礫と土埃が舞う中に…。
ドッガガガガガガガガガ!!!!!
『グロロォオオオオオオオオロロローンンンンン!!!』
それは姿を現した。
宮殿一つと同じ大きさのワームだった。
空中を舞う土埃に紛れて、影しか見えないにも関わらず、絶対的強者としての圧倒的存在感を発しての登場。
「…あれ、は?グラノドワーム!!?」
カトナちゃんがワームを見て愕然とした表情で言った。それが本当ならこのワームはワーム種の王者!これがグラノドワーム!?
「ォオオオオオオオオッツ!!!」
絶対強者の咆哮は、それだけで私達に死を予感させた。




