7話
転生8日目
ミナが朝食の準備をしているのを、テーブルでフォークとナイフを握りながら待っていると、サイドルールと、アリア、リナ、カトナが部屋を訪れた。
そして部屋に入ってくるなり、サイドルールはアリア達にミナを手伝う様に良い、本人は俺の座っている席の横まで来ると、一礼してから話出した。
「ジークムント陛下に聞いておりました法力の勉強の件ですが、それは一先ず延期となりました」
「延期だとっ!何故だ?前に確認した時には勉強することに反対意見は言わない方だとか、言ってただろ?!どうしてなんだ?」
「陛下から法力はマナーを覚えてから始める様にと指示がありました」
いや、俺の勉強したかったことは、マナーではなく、法力で使用するマナのことなんだが…。
「本日の昼食からは、この部屋ではなく食堂での食事となりますので、12時の鐘がなりましたら、正装へと着替えて頂き、食堂まで来て頂く様にお願いします」
「おいおい!ご飯を食べるだけで服まで着替えないといけないのか?!」
昼食を食べるだけの為に正装へ着替えるなんて、とてもじゃないがやってられないと思い、俺はサイドルールに対して文句を言ったのだか、サイドルールは聞く耳はもたないという風な飄々とした表情で返答する。
「陛下からは殿下を10ヶ月後に控えた満1歳の祝賀会までに、トータルマナーを覚えさせる様にと厳命されておりますので、時間が足りない位です」
はて?…トータルマナーとは、なんなのだろうか?と内心で思いつつも、ミナ達の作る料理の香しい匂いが部屋に立ち籠めてきたことにより、どうでも良くなってきた。
「そして朝食を食べた後、まずはダンスの練習から始めたいと思います。アリアはワルツ、リナはタンゴ、カトナはクイックステップを担当させます」
「ダンスの練習?マナーにそこまで必要なのかよ?」
というか、そんなに複数のダンスを勉強して、個別に踊りきる自信が俺にはないのだが…。
絶対に失敗しそうだ。
1種類なら兎も角、そんなに複数のダンスを習った暁には、最初はワルツとか踊っていたのに、何時の間にかタンゴとかを踊ってしまっていたとかになったりしそうな気がする。
「社交界、舞踏会、晩餐会、六獣王家毎の王宮マナーがありますが、取り敢えずの目標は祝賀会ですので、晩餐会マナーを中心として覚えて頂きます」
それがトータルマナーってことなのか?貴族ってどんだけパーティーピーポー何ですか?
「…丁度、朝食も出来た様ですので、後は食べながら、話をさせて頂きます」
ミナ達が持って来た料理をテーブルに並べ出したのを機に、サイドルールは一度話を切り上げる。
後の話は食べながらするとのことだそうだ。
転生してから早い物で1週間が経ったが、最初の数日に飢餓を体験してから、最も大好きな時間が食事という俺が、食べている最中に人の話をちゃんと聴けるとは思わないのだか…。
パシッ
「殿下、フォークとナイフを持つ手が逆さとなっておりまする」
さあ、朝食を食べようと、手に持っていたフォークとナイフをペン回しの要領で手の上でクルクルと回転させる。
それと同時に掌の甲をサイドルールに叩かれた。
「サイドルール、…ご飯を一口食べる度に、やれマナーが、やれ何だとか言われると美味しいご飯もあんまり美味しくないぞ?っていうか昼食からじゃなかったのかマナーの勉強はさ」
俺がそうして愚痴る様にサイドルールに対して文句を口にすると、即、サイドルールに言い返されてしまう。
「…殿下の作法があまりにもなっていないからです!フォークとナイフを持ちながら器を持って、サラダをかきこむなど、獣人の食べ方ではありません!獣の食べ方です!」
獣の食べ方とは、いくらなんでも良いすぎだろうと思いつつも、ちゃんと公けの場に出れば、俺だって前世で20数年間の社会人経験を持った一人前の男だ。
やろうと思えばちゃんと出来るんだ。その旨をサイドルールに伝える。
「心配しなくてもちゃんとした場に出る時は、俺もちゃんとするぞ?」
そう言いながら俺は近くに汲んで置いてあった水を手に取ると、一口飲み、歯の間に挟まっている異物を、その含んだ水で口を濯ぐことでとる。
「殿下、今しがた貴方が飲まれた水はフィンガーボールと言って、手を洗う為のものです。…飲まれない様に」
「これが?普段はこれで飲んでるのにか、それにミナは何時も何も言わなかったぞ?」
俺のその言葉にサイドルールは隠しもせずに、肩を下げて溜息を吐くと、ミナを睨みつける。
「…だってほら、殿下はまだ1歳にもなってないですし、ね。…おいおい覚えて行けばいいかなぁーっと」
懐から白い手拭いを出して、冷や汗を拭き取るミナ、その近くには顔を引きつらせて此方を見て固まっている3人の少女達がいた。
「ミリィーナよ、殿下を甘やかす事だけが、殿下の世話をするということではないぞ」
「…はい、すみませんでした」
俺の性でサイドルールに窘められるミナ、その怒られているミナを見ながらサイドルールの言葉にそうだ、そうだと言わんばかりに、首を縦に振り頷きながら聞いているアリア達に、流石に俺も自分が少し可笑しいんじゃないかと思えてきた。
「実際に殿下は、第一皇子殿下の宮殿で粗相をおかしてしまっておるのだ。今回は陛下も王妃も第一皇子殿下も、許して下されたから良かったものの、一つ間違えば我々の首が飛んでいたかも知れぬこと忘れるでないぞ」
「…はい、重々承知しております」
確かにそうだった。一国の国の王ならば、人の命の二つや三つ、その気分次第で如何様にでもすることが可能だろう。
今回はたまたま俺が自分の息子で合ったということもあり、大きな話にはなっていないが、普通ならば人の城に侵入して、其処を守護している騎士を叩きのめし、あまつさえ守護対象である人間の食い物を食べる。
こんな事をすれば命を奪われても文句の言いようがないだろう。
「…俺も少しはマナーについて、真剣に取り組まねばならいな」
「………どうされたんですか、殿下、そんな藪から棒に真面目に戻るなんて、今は食事中ですよ?」
食事中に俺が真面目に腕を組んで、難しい顔して真剣なことを言ったのが余程信じられないのだろうか、ミナが熱でもあるんじゃね?みたいな顔で俺を見つつ、右手の掌を俺の額へと当ててくる。
「熱ないですけどね…。可笑しなこともあるもんです」
本気で不思議そうにそんな事を、本人を目の前にして言ってのけるミナ、尾で思いっきり叩きのめしてやりたいです。
後の報復で、晩飯抜きとかやられたら怖いので絶対にやらないけどね。
でも取り敢えず、文句位は言わせてもらおう。
「お前、前から思ってたけど、そういう態度って俺に対して軽く、不敬だからな?」
「殿下、それは軽くじゃないです。完璧な不敬なんですよ、ミナちゃんの殿下に対する行動って殆どせんぶ!」
俺のその言葉に、即座にアリアが反応して、俺へと声を掛けてくる。
そんなアリアの行動を見て驚き声を上げるミナ、そうなのか完璧に不敬に当たるのか…。
あんまり気にしてなかったから、特にどうこうと考えていなかったが、これは一度、しっかりと対応した方が、今後の関係改善になるのではないだろうか…。
「ちょっ、アリア?裏切る気なの!?」
「…はぁ、裏切るもの何もあたし達3人は、そもそもが殿下の世話係だから始めっからミナの味方ではないわよ?」
ミナの悲鳴の様な声に応えたのは、カトナだった。彼女の言からすると、どうやら彼女も俺の味方だった様だ。
となれば後一人、リナは俺かミナのどちらの味方なのだろうか?
そう思い、リナの方へと視線をやると、リナは直ぐに俺が自分を見ていることに気付いてから言った。
「当然、リナも殿下の味方ですからね!」
よしっ!これでミナに勝てる!と内心でガッツポーズを決めて、ミナへと向けて勝利の笑みを送ってやる。
「な、なんですか殿下まで!」
「…こほん、この中の者で誰が誰の味方だろうと構わないですが、今直面している問題は殿下のマナーをどう教育していくか、ですので、お間違えにならぬ様に…」
「解ってる、ちゃんと勉強するよ」
サイドルールの一言により、先程までの巫山戯た雰囲気は身を潜め、今後の俺に対する教育をどういう風にしていくかという話し合いになった。
「…ではこれからは、こういう順に皆には殿下のお世話と、教育の助手を勤めてもらうので、宜しく頼むぞ」
そんなサイドルールの言葉により、今後についての話し合いは幕を閉じた。
結果から言うと、俺の祝賀会までの一週間のスケジュールはこうだ。
1日目、カトナとクイックステップの練習
2日目、アリアとワルツの練習
3日目、リナとタンゴの練習
4日目、サイドルールと六獣王家ごとの作法、取り決めについて勉強
5日目、カトナとナルニート国について勉強
6日目、ミナと社会勉強
7日目、カトナと文字を勉強
これとは別に毎日の食事の際にテーブルマナーを練習するということに決定した。
6日目のミナの社会勉強というのは、経済の仕組みや政治体制を商人の目線からミナに学ぶということらしい。
そして1日目、5日目、7日目と一週間の大半を共に過ごすことになったカトナだが、これは何か彼女が優秀であった為にこうなったのだ。
何でも元々居た6人の世話係の少女達は、皆が皆優秀であったとの事だ。
何せその年代の少年少女達の中から選りすぐられた子達なのだから、当然と言えば当然だろう。
だがその中でもカトナは飛び抜けて優秀であったそうだ。
その為、サイドルールが祝賀会迄に俺に習わせたい事について言った際、最初からカトナには負担を掛けると思うが、と前置きを挟んだくらいだ。
「あたしは殿下が良いのであれば、問題ありません。サイドルール様」
と、クールに返答するカトナ。
心なしか顔色が優れないと感じたのは俺の気の所為だろうか?
「さて、話も纏まりましたし、昼食まで残り30分程度、殿下には早速、正装に着替えて頂き食堂に来てもらいましょう。ミナ頼めるな?」
「はい、直ぐに準備します」
はぁ、これからは毎食事毎に着替えないと行けないのか…。
食べる前と食べた後に着替えることを考えると、都合6回も着替えないといけないのだから骨が折れそうだ。
ガチャン!
「…殿下が扉を開ける必要は御座いません。それは門番の仕事です」
まさか食べる前から扉を開けて指摘をくらうとは思わなかった。
そして俺が開けた扉は再び閉められて、急遽、食堂に控えていた門番役となったアリアとリナが、再度扉を開けてくれるのを待ってから食堂に入る。
気を効かせて最初から開けておいてくれと思うのは俺だけであろうか?
「…殿下、椅子も執事が引いてからお座りください」
次いで執事に食堂のテーブルに案内され、案内された場所の椅子を俺が引こうとした際、執事の手と俺の手が打つかる。
そしてまたサイドルールからの指摘が入った。
「そして着席は必ず女性が座ったことを見届けてから座って下さい。まあ、今はの殿下の身長では、向かい側のミリィーナが座ったかは見て取れないでしょうから、音で感じ取って下さい」
レディーファーストだったか、フランス料理のマナーみたいだなと思いながら、ミナ達が座る音を聞いてから俺も席に飛び乗る。
「殿下、席に着くときは優雅に、そして着席、退席共に左手側からする様に、そしてナプキンで顔を拭かないでください。ナプキンは口を拭くものです」
都度、何かある度にこんな事を言われていては、一体いつになれば俺はご飯を食べれるのだろうか…。
まだまだ先になりそうだ。と思いながら手近にあったカップを手に取り水を飲む。
心が少しだけ落ち着いた。
「…殿下、ですからそれはフィンガーボールですので、手を洗う事に使ってください。決して飲まない様に!」
何事も全てが簡単に上手くはいかないものだ。そして癖は中々にして取れないものなのだ。




