4話
過度の空腹により半ば意識を失った様な状態となっていた俺は、気付いたらお風呂場で真っ裸なミナに怒られていた。
怒られている内容自体、最初は何を言ってるのか分からないものだったけど、何度も身振り手振りで繰り返し言われている内に、それが湯の中に浮いていた果物を食べたことが原因なのだろうと分かった。
ミナが湯の中に浮いていた果実を一つ取り、自らの口の前まで持っていき、齧ろうとする直前で口から離し、果実を持っていない方の指で果実を指し、綺麗な表情を顰めて、顔の前で手を振る。
「ーー、ーーーー!」
何度も繰り返される行動と言葉、恐らくは汚い、食べては駄目と言っているのであろう。
俺の中の理解が正しいかどうか、再びミナが果実を指差した際に、その言葉であろうミナから聞き取った言語を言う。
「きたない、きたない」
「ーー!?ーーです!ーーです!ーー、ーーー?」
「……」
俺が少しでも理解を示した事に興奮したのか、ミナは何度も肯定する様に頷きつつ言うと、一拍置いてから今度は口に果実を入れて齧ろうとして、やはり食べないという動作を繰り返しつつ言葉を口にしている。
先程と同じ様にその行動に当てはまる言語を、ミナの言葉より聴き取った言葉を思い出して言う。
「…たべない?」
「そうです!そうです!ーーは?」
どうやらまた当たっていた様で、ミナは頷きながら、再度、確認する様に湯の中から果実を手に取ると指差して何かを言う。
これは?という言葉を話しているのだろうな。
「汚い」
「これは?」
「これは食べない」
「そうです!そうーーです!これは食べないーです!」
ミナは俺が漸くと、自分の言わんとしている事を理解したのが嬉しかったのか、濡れた体のまま俺に抱き付いて来ると、そのまま両手で俺の頭を胸に抱いたまま湯船に浸かる。
既に歩いたり、走ってみたりと色々と行動している俺ではあるが、今日歩ける様になったばかりの身の上だ。
身長も伸びておらず、人間の新生児と対して変わらず、その身長は60cm程しかないだろう。
まあ、つまり何が言いたいかと言うと、湯船の水位は俺の頭の上にあるということだ。
「ジオラルド様っ!ミナ!ジオラルド様ーッ!ーーーーー!」
「ミナ!ジオラルド様ーーー!?」
「ぐぼっぼ、ぼぼぼっぼ!」
何やら水の外からは俺とミナの名前を連呼する叫び声が聞こえている。
雰囲気的にはミナが他の者に怒られている様な感じだろうか…。
そりゃそうだ。赤ん坊を湯船に付けて怒られて驚いた拍子に手を離したのだから、この身体でなければ死亡一直線な行為だ。
「ミナーー、ーーーですー?ジオラルド様?」
茶髪の少女に風呂場の湯の中に沈んで立ち尽くしていた所を抱き上げられ救出される。
今の言葉が大丈夫ですか?という意味の言葉なのだろうか?覚えて置いて使える機会があれば使ってみよう。
俺がそんならどうでも良いことを考えているとも知らずに、茶髪の少女は至極心配そうな瞳で俺に異常が無いかを確認している。
俺はそんな彼女の様子を横目で捉えつつ、他の2人の女の子に囲まれて頭を叩かれているミナに視線を向けた。
ミナ、俺が服を着たまま湯に浸かることは問題ないんだな?そう聞いてみたいものの言葉が分からないため断念するより仕方がない。
「……けほっ」
俺が小さく咳込むと、茶髪の少女が気を使ってくれたのか、背中を数度、優しく挿すってくれた。
…心配してくれて申し訳ないのだが自分でも不思議なことに、水の中に居た数十秒間、全くといって俺に問題はなかった。
寧ろ後5、6分程度であれば、そのまま息をせずに水の中に居たとしても問題なかっただろうと思えるくらいに本当に何ともないのだ。
もしや俺のこの身体は、水性生物的な存在から来ているのではないだろうか?
まあ、今はそんな事よりも、まだ腹が空いているため、何かを腹に入れたいという欲求が強くなって来た。
「ミナ、ミナ、ミナ」
俺はミナの名前を繰り返して呼び、此方へ来させると、茶髪の少女に抱えられたままの状態で、自分の腹を両手で撫ぜ、腹が空いていることをアピールする。
「ミナ、食べ、ない?食べ、ない?」
「食べない?…っあ、食べるですか?」
食べないの反対、食べるという言葉がどう言えば良いのか分からない。
だから解る範囲で言葉を区切ったりし、食べたいという意思を伝えたいのだが…。
そんな俺の気持ちが通じたのか、ミナは直ぐに食べるという意味の言葉を確認する様に聞いてきた。
「食べる!!食べる!!」
俺の言葉にミナは頷くと湯から上がり、近くに置いてあったタオルを手に取り俺の身体を拭き始めた。
風呂場から出て、途中に3人の少女達と別れた俺とミナは、俺の部屋へと続く廊下を二人で歩いていた。
すると廊下の反対側から、2日前にミナを襲った騎士の1人、確かミナはクリークと呼んでいた男が走って来ると、ミナに向かい詰め寄ろうとしたため、尻尾で壁に叩き付けておく。
ダン!
「ジオッツァ!!!?」
「ジ、ジオラルド様!ーーーーです!」
此方へ辿り着く前に吹き飛んだクリークを見て、ミナは片手を頭に当てて首を振ると、俺に向かってそう言った。
正直、自分の名前しか聞き取れなかったのだが、ミナの機嫌を損ねて、この後に待っているだろう食事を抜かれては堪らんと考え、ミナを見て静かに頷いておく。
部屋に戻るとミナは直ぐに、俺に向かい待てという言葉だろうか?
「ジオラルド様、どぉー!どぉー!良いですね?」
と、言って部屋から出て行ってしまった。そろそろちゃんとしたご飯が食べたいのだが…。牛ステーキとは言わない迄も、豚でもいいから何か肉を喰いたい気分なのだ。
そんな時、ふと、何気なく移した視界の中に、部屋の窓から見える中庭にある木々を飛び交う鳥の姿が見えた。
…鳥でもいい、かな?と思った時には俺の身体は窓の枠から、中庭の木々を飛んで行ききしている鳥へと身を投げていた。
自分の食い気というか、この場合は本能か?それが身体を突き動かした事に驚きを感じつつも、手に小鳥を捕らえた!…筈だったのだが、早速喰おうと手を開くと痕跡すら無かったため、どうやら鳥を捕まえ損ねてしまったみたいだった。
「…ジオラルド様?」
逃してしまった鳥を惜しく思いながら、部屋に戻ろうとしたのと同時に、部屋の扉が開けられ、扉を開いて部屋に入って来たミナと、部屋の窓越しに視線があった。
これはまずい、あれだけミナにどぉー!どぉー!と言われておきながらも俺は裸足で部屋の外にいる状態なのだ。
「待てって言ったでしょ!?待てって!待て!待て待て!私はそう言ったんです、よ?ジオラルド様?」
当然、直ぐ様部屋に戻って来る様に言われて、足を濡れたハンカチで拭いてもらった後、部屋にあるベッド上へで正座をする様に言われた。
やはりミナは、俺が言い付けをら守らなかったことに怒り心頭の様で、その説教をかれこれ半刻は聞かされている。
やはりというか、当然というか、怒られた初めは何を言われているのか理解出来て居なかったが、それでも止むことなく、半刻の間、同じ事を耳に胼胝ができる程に聴かされていれば、自ずと言葉も理解が出来るというものだった。
「悪かった、ジオラルド。どぉー!どぉー!出来なかった。悪かった」
だからこそ、俺はミナに教えられた言葉を脳内から必死に引き出し、精一杯誤るしかない。
そう思い行動にでると、先程、果物やパンが入っている籠をこの部屋に持ってきた3人の少女達が、不思議そうに聞き返して来た。
「「「どぉー!どぉー?」」」
…何処か言葉が可笑しかったのだろうか?
「よしっ、もうーーしているーーーですし、ーーーーして、ご飯食べましょうか?」
そんな不思議がっている3人を、引きつった表情で流し、俺にご飯を食べるように言う。
漸く真面なご飯を食べることを許して貰えた様なので、3人の少女達が持って来てくれた果物へ手を伸ばそうとしたが、その手はミナにより阻まれた。
「ミナ、ジオラルド、ご飯、ご飯、食べる」
知っている限りの言葉を並べて食べたい事を伝えてみるものの、ミナは果物の入った籠の前を陣取ったまま動かない。
「ミナ?ーーーー、ージオラルド様はナルニートのーーなのよ?」
「ーーがーーーと、ーーーーーよ」
「大丈夫よ、ジオラルド様はーーーないからね」
4人で何かを喋べっていると思ったら、ミナが3人を俺の前へと連れて来ると、3人をそれぞれ指差しつつ、名前を名乗らせ始めた。
「アリアです」
赤髪をショートカットにした少女がそう言って、可愛らしい笑顔を俺に向けながら小さく頭を下げた。
身長はミナより少し低い程度で125cm位だろうか、瞳の色も髪と同じで赤色で、その大きな瞳に良く似合っている。
あぁ、何処かで見たことがあると思えば、どうやらこの子達は、俺が意識を持った際に始めて出会った少女達だ。
しかし、後2人、全員で6人位は居たと思ったのだが、気の所為だったか?
「リナです」
アリアと名乗った少女の次は青髪の少女が名乗った。ミナや他の少女達と比べるとリナは少し小柄で、身長は110cmほどしかないのではないだろうか、髪の長さは肩上程度で切り揃えられている。瞳の色は髪より少し色が薄い青色の様だ。
「カトナです」
最後に茶髪の少女がそう名乗った。一見すると冷たそうな表情をしているが、俺が風呂の湯に沈んでいたところを一早く救い上げてくれたのが彼女だ。
その内面は見た目と反して、思いやりを思った優しい少女なのであろう。
髪型は茶髪のロングヘアーを後頭部で一纏めにしたポニーテールで、瞳の色は濃い茶色だ。
身長はミナと同じ程度で130cmくらいだろう。
3人の少女が自己紹介を終えると、それを見ていたミナが俺の前へと来て俺と視線を合わせる様に屈み、アリア、リナ、カトナを1人づつ指差して聞いてくる。
「ジオラルド様、わかりますか?」
「ミナ、ジオラルド、ご飯、変な物、食べない、ご飯、食べる」
取り敢えず、腹が減っている。
腹が減っているのだ。
早く食べさせろという意味を含めてそう言うも、ミナは聴く耳を持たずに顔を左右に振ると、再度、アリア達を指差して聞いてきた。
「ーー!!駄目です!この子は?」
「…ありあ、りな、かとな」
内心イライラしつつも、子供相手に怒っては大人気ないと思い、心を落ち着かせる。
…名前さえ言えば飯を食わせて貰えるなら、とっとと彼女達の名前を言って、腹いっぱい飯を食おうじゃないか、そう決めると、ミナが指差している少女の名前を言っていく。
「そうです、じゃあこの子は?」
「かとな!」
「そうです!じゃあーーー、ーー!」
ミナが指差した茶髪の少女に対して直ぐに名前を答えたことで、漸く満足したのか、ミナは俺の頭を撫でながら、一本のバナナを寄越してきた。
そして同時に彼女の先程言っていた言葉を理解した。そうです!じゃあバナナを、一本!と、言っているに違いない。
…俺は芸をして餌を貰う猿ではない。そうミナに伝えたい。
「ご飯!ミナ、ご飯!食べる!」
俺の言葉などまるで聞いていないミナ、尻尾で叩きたい衝動に駆られるも、彼女の行動をよく考えてみると、その行動は全て俺のためにしていることと分かるので、無碍にできる筈もない。
「ご飯、ご飯!食べる食べる!」
だが俺はご飯を食べたい、拙劣ながらそれを再度、ミナに伝えるも、ミナはアリア達との話に夢中であり、無視されてしまった。
仕方なく一本だけ貰ったバナナの皮を剥き齧りながら、いつの間にか他の3人の少女達と離れた場所にある机の上で一緒に何かを書いている様だった。
俺に何か新しい言葉を教えようと、話し合っているだろう姿が見える。ちゃっかりと食べ物の入った籠を自分達の横にキープしているのが抜け目がないな。
異世界転生3日目にして、子供の小賢しさに苛つきを覚えたそんな日だった。




