30話
ジオラルドのオーラバーストにより空高く飛ばされたミリィーナは、重力のままに王城の外壁へと落下して衝突し、衝撃にて何度かバウンドした後に、花園の中にあった石像へと打つかることで漸くその動きを止めていた。
流石は王城、その外壁は固く契りの証にて許可されたミリィーナの身体が当たっても僅かに削れる程度で壊れるには至らず、そして石像については細くなっている腕の部分に当たったというのに、欠片も割れることなく、その石像が両手に持っている小さな水瓶に、ミリィーナの頭をくわえこみながらも、その彫像にヒビ割れ一つなかった。
「……取り敢えず殿下はシバくとして、この頭はどうしましょうか?力いれても取れないし、かといって思いっ切り力いれてこの石像が壊れたらと思うと……」
「「………」」
石像が持つ壺の縁を両手で掴みつつ、力を掛けてみるも効果はないことにミリィーナが頭を悩まされていると、いつの間にか自分の目の前に、此方を警戒して伺っている者がいることに気づいた。
青年というには早いだろうか、まだ少年の域にいる彼は金髪の長髪を頭の後ろへと流して、ズボンのポケットから紐を出すと、此方を警戒した視線で伺いながら髪を結ぶ。
髪をポニーテルにして結び終わり、金色の瞳で此方を睨み付けると、今まで黙っていた口を開き話し出す。
「……侵入者にしては、随分と間抜け者だな」
半ば呆れたという表情を浮かべながら、少年は腰に携えていた剣の柄へと手をやり掴つつ言った。
「…ちょっと待って下さい!あたしは怪しいものではありません!!」
ミリィーナは自身の命が危ぶまれている状況に慌てて、少年へと声を掛ける。
「…無理があるとは思わないか、その状態で?」
ミリィーナの言に即座に少年は返答するも、その表情から読み取るに、少年はミリィーナの事を完全に不審者として考えている事に間違いはないだろう。
追い縋る様にミリィーナは少年へと誤解を解くために、この状況を作り出したジオラルドの事を告げ弁明するも、少年の表情はより一層に険しくなってしまうのだった。
「たっ確かに!確かにそうですが、あたしも、何も好き好んでこんな状態になろうとは思っていませんでした!全ては殿下が悪いんですよっ!!」
「……誠に救い用のない、母上の離宮とは言え、今は俺に借り与えられている敷地内に無断で侵入し、頼によって母上が父上に願って、国一番の名工に彫刻させた女神像の壺に頭を半ばまで入れて呆けて見せるだけでなく、俺が原因とまで抜かすか?」
少年がミリィーナへと嘆息を吐きながら、握っていた剣の柄を引き上げて言う。
少年の目がミリィーナの身体全体へと一巡した後に、首元に視線が固定されたことに彼女は戦慄する。
カチャ
「……その首切り落として「ちょっと待って!あたしは貴方の性になんてしていないって!!?」……つい先程貴様がその口で言ったではないか、殿下が悪いと、そうだろう?」
やはり首かっ!!?と内心で少年に毒を吐くも、このままでは本当に身体だけが地面に着地してしまうと考え、少年がミリィーナの発言を何をどう勘違いしているのか判らないままに捲し立てる。
誤解を解くために少年に言い募るが、誤解が解けない事にミリィーナは盛大に困惑し、少年が確認するように言った事に対して、即座に肯定してしまう。
それが自身の死刑執行へと繋がることになるのだとも解らずに……。
「そうですっ!殿下です!殿下が悪いんですよっ!!」
「……理解が及ばん、もうよい」
終に少年はミリィーナに話を聞くことを諦め、剣を抜くと上段に構えて、しっかりとミリィーナの首へとその斜線を固定した。
「よくない!よくない!とってもよくないですっ!!何で?!あたしは殿下って言ってるのに!どうして貴方が自分のことに思うんですかっ!!っあ?!!……まさか!貴方はジオラーク皇子殿下なんですかっ!?」
何故だ?どうしてだ?何がどうして殿下と言えば、少年の事になるのか?ミリィーナは当に必死に思考を巡らせる事で漸くその理由に気付く事が出来た。
ここが王城であり、殿下と呼称される身分の高い人が沢山居るということに……。
「……合点がいった。そうか本人が変わり者ならば、その配下もやはり変わり者ということか、その年の頃を見るにジオラルドの世話役か、はて国内で選りすぐられた優秀な者達ではなかったのか?」
少年、ジオラークについても合点がいった様で、自身の持つ情報の中からミリィーナの年の頃の少女達がジオラルドの世話役になったという話を思い出し、それを再確認するように口に出して言ったのだった。
「…そうですっ!あたしはジオラルド殿下の配下です。お初目に掛かりますジオラーク皇子殿下、あたしの名はミリィーナ・パロマウントと申します。どうぞお見知りおき頂きますように宜しくお願い致します」
「その様な不恰好で言われたのは初めてだな。……まあ良かろう」
どうやらジオラルドだけでなく、その配下からして風変わりらしい。不審者であることは間違いないが、城の者である事は間違いなさそうだ。これなら放って置いても問題はあるまい。そんな事を内心で考えながらジオラークは、その場から踵を返すと、王城の室内へと戻る為に足を前に踏み出した。
コツコツ
「…ちょっ!ちょっ!殿下お待ちになってっ!?」
ジオラークが歩みだして直ぐに、後方から慌てた声色で呼び止められ振り返る。
しかし殿下といえば、先程この少女が自身の目の前で殿下と言いながら、自分でなくジオラルドの事を言っていた事が頭を過った為に、念のためにミリィーナへと確認したのだった。
「お前が叫んで呼んでいるのは俺か、……それとも王城の何処かに居るであろう弟か?」
「勿論、ジオラーク皇子殿下の事でございます!」
どうやら今度は自分の事であったらしい。と納得したジオラークはミリィーナへと歩み寄り話を聞くことにした。
「…聞こうか」
「何卒、此処からあたしを下ろして頂けませんでしょうか?」
石像の置かれている周りには、花が此でもかという程に敷き詰められ植えられている。
ミリィーナの元まで行くには、都合上、花を踏んで行くしかなく、彼女を助けるためにその場で足を踏ん張る事を考えると、花を数十本は折ってしまうことになる。
「……俺にお前を助ける為に母上が気に入られている花壇を荒らして中に入れてと言っているのか?」
「…は、配下の方にお願いして頂けませんでしょうか?」
ジオラークがやるのが駄目ならば、その配下にとミリィーナは考えたのだろうが、自身の配下にジオジークが命令すれば当然、母上から叱責を受けるのは自身となる事は、少し考えれば解ることであるため、ミリィーナへとそれを伝える。
「問題の解決にならんな。俺の配下が花壇を荒らせば、母上に叱られるのは俺だ」
「……ではあたしは、どうすれば宜しいでしょうか?」
「ふむ、…俺も鬼ではない、ミリィーナだったか、貴様の処遇について思うことが無いわけでもない」
先程まで浮かべていた苦笑いは、ミリィーナの顔から完全に消えさり、どうしたらいいのか思い悩んでいる様であった。
「はっはい!お心遣い有り難く感謝いたしますジオラーク皇子殿下「後2週間もすれば花も枯れるだろう。その時に引き抜くように配下の者に伝えておくとしよう」……じょ、冗談、ご冗談ですよね、ジオラーク皇子殿?」
「って!うそ!っうそ!うそ!!本当に行っちゃうの!?ちょっ!ちょっ待ってよ!」
背中にミリィーナの悲壮な声を聞きながら、ジオラークは城内へと入る扉を開けて中へと入る。
城内へと入ると直ぐにジオラークの隣へと歩み寄ってきた騎士の出で立ちをした少年がジオラークへと声を掛けてくる。
「殿下、宜しいので?」
「ふむ、スカンキーは母上の金切り声を聞きたい様だ。なれば助けてやるがいい、俺は預かり知らぬぞ」
スカンキーと呼ばれた少年は額に汗を浮かべて、無言でジオラークへと向かい、彼の質問へ視線で返答する。
「「……」」
お互いに数秒間の沈黙の後に、どちらからともなく視線を外すと、王城の廊下を歩いて進み出す。
「さて、意見の一致も見たことだ。ジオラルドに会いに行こうか」
気まずさを払拭するかのように、ジオラークはスカンキーにへと言った。
「ジオラルド殿下に会うのですね。一体どんな方なのか、私も気になっていたので楽しみですよ」
スカンキーが未だ会ったことのないジオラルドの姿を想像しているのか、視線を廊下の先へと向けながら言う。
「そうだな、噂話が俺の下まで届くほどだ。もう暫くもすればまた俺の王位継承順位が一つ下がるのは確実だろうな」
風の便りに聞くジオラルドについての噂が本当であれば、過去にジオジークの時にそうであった様に、自身の王位継承順位が下がり、弟の順位が上がる事になるのだろう。
「……殿下、私は」
「案ずるなスカンキー、俺は王位なんて欲しくはない。だからお前がそんな表情をする必要などないぞ」
戸惑いなのか、心配するかの様に話し出そうとするスカンキーに、ジオラークは素直に自身の思いを言う。
すると逆にそれがスカンキーに勢いをつけてしまったのか、自身の思いを語り出す。
「……私はやはり納得がいきません。ジオジーク様、ジオラルド様よりも先にお産まれになったジオラーク殿下がどうしてお二人よりも王位継承順位が下に位置付けられているのか」
「……スカンキー、悪い癖だ」
ジオラークは今一度、自身の立場を考える。
8歳までの自分は、将来父の跡を継ぎこの国を繁栄させる夢を持ち、日々を王になるための研鑽と考えて、勉学に訓練に勤しんでいたし、自身の回りにも多くの家臣がおり、また多くの貴族達が将来の要職を得たいが為に、ジオラークへと贈り物や自身の娘達を差し出そうと毎日自宮に赴いてきたものだった。
そんな皆の思いに応えようと、努力をした結果、ジオラークは8歳にして獣人化を会得することが出来たのだった。その喜びの中にいたジオラークに、さらに嬉しい知らせが届いた。
ジオラークの弟であるジオジークが産まれたという知らせが届いたのだ。自身が守る家族が増えた日に会得できた獣人化に、ジオラークは運命を感じていた。
ジオラークが獣人化を会得した事は、ジオジークが産まれた喜びの中にある皆には知られることがなく時は過ぎた。
そこからは直ぐに皆の態度は変わっていった。
ジオジークのルーツが完全にシロクマであると解って数日、数週間、数ヶ月と経つにつれ、今までジオラークに寄り付いていた者達はその殆どがジオラークでなく、ジオジークの元へと行くようになり、半年後には元老院達により、自分の王位は繰り下げられた。
理解できなかった。自身は父の子でなかったのか?なやみ続けても解決しなかった為に、ジオラークは父に問うた。
結果、自身のルーツが鳥であるために、シロクマの一族が建国した国であるナルニートでは、シロクマのルーツを持つ者が王にならなければ、血統を維持できない可能性があることから、ジオジークが居る限りジオラークは王になれないということを教えられた。
それを聞いたとき、ジオラークは悲しさよりも落胆の方が大きかった。
他の国とは違いナルニート国では、一番強い獣人が王になると小さな頃から聞かされ続けたのだ。だからジオラークは一番強くなるためにだけ今まで身を捧げてきた。
そうあった筈だというのにナルニート国がその本人の能力よりもルーツを優先して次代の国王を決めたのだ。
信じ続けて来た分、裏切られたと思った瞬間にジオラークは、ナルニート国に対しての執着を失ったのだった。
たがらこそ自分は、父上や貴族連中、そしてジオジークを憎まずにいれたし、平然として自身の立場を受け入れる事が出来ていた。
「っは?!申し訳ありません殿下!この様な誰が聞いているかも解らぬ場でこの様な話をしてしまい!」
「…まあ、今は周りに誰も居らぬようだから問題ないが、気を付けることだな。そんな小もない事にも難癖をつけてくる輩がいるのだからな」
「はっ!心しておきます殿下!」
「最も俺の事でとかく難癖をつけてくる輩など居らんだろうが、何の利も生まんからな」
ジオラークが王位を狙っていなくても、回りの者達はジオラークが虎視眈々と王位を狙っていると考えているのか、弟達に会わせて貰えることは少ない。
それこそジオジークにはもう何年も会っていなかった。先日の祝賀会の時に会った時に、その変わりように驚いたくらいだ。そしてジオラルドには祝賀会の時に遠目から見た程度でしかない。
王族でありながら謀叛を警戒されて、極力情報が入らないようにされていることは遠の昔に知っていた。
それは未だに続いているのだから、下手に発言したことを狙われて、失脚を狙っている者も居るかもしれないのだから気を付けるにこしたことはない。
そうして会話しながら歩いている間に、ジオラルドが王城で過ごしている塔へと到着したようだった。
「おい、そこの…これはサイドルール殿ではないか、お久しぶりですね!ジオラルド皇子殿下は居られるか?」
スカンキーが丁度よく塔から出て来た者へと声を掛けると、声を掛けられた者は此方へと向き直る。
その者をジオラークは知っていた。
何故ならば自身の嘗ての教育担当であった男だったからだ。
「…ジオラーク皇子殿下、ご無沙汰しておりました。王城へと参って居られることは知っておりましたが、ご挨拶に行くのが遅れたこと申し訳ありません」
「気にするな、サイドルール。…祝賀会の夜にあった事は全て把握している。…あれの態度には堪えたぞ、此方の事など眼中にないようであったからな」
ジオラークが祝賀会の夜にあった事件を知っていることに少し驚いた表情を浮かべた後に、サイドルールは何故か納得した表情へとなると、ジオラークに声をかけてきた。
「……流石はジオラーク殿下です。では本日はジオラルド殿下にお会いに来られたのでしょうか?」
サイドルールの表情の機敏を読み取ったジオラークは、直ぐにサイドルールへと心配が必要ない事を伝える。
「あぁ、少し用があってな。心配するなよ、ジオジークと同じ様な事は考えておらんからな、なぁ、スカンキー?」
「勿論にございます殿下、それにしてもサイドルール殿は酷いですね、私の事を除け者にして…」
ジオラークの問いに同調してから、スカンキーはサイドルールへと厳しめの視線を送ると、その場で腕を前に組ながら少し怒っているような口調でそう言った。
スカンキーの言にサイドルールはそれを否定すると、その様に見えたてしまっただろう理由をスカンキーへと説明する。
「その様な事は考えてはおらんわ。スカンキーよりもジオラーク殿下に挨拶するのは王族の臣下として当然のことであろうが、別にお前を除け者にした訳ではないわ」
「そうでしょうか、少し悪意があったような気がしますが……」
まだ納得のいかないという様な雰囲気で話すスカンキーを、ジオラークは止めると、本来の目的であるジオラルドの居場所をサイドルールへと尋ねるた。
「スカンキー、もうよい。してサイドルールよ、噂の英雄は居らん様だが今は何処に居るんだ?」
「ジオラーク殿下自らが会いに来てくださっているところ誠に申し訳ありませんが、ジオラルド殿下は訓練所の方にてオーラバーストの訓練をすると言っておられましたので、恐らく訓練所に居られるかと思います」
「そうか、ではそちらに向かうとしようか」
サイドルールの返答にジオラークは、ジオラルドが完全獣人化だけでなく、オーラバーストをも扱えるということに驚きを感じながらも、勤めて冷静を装い、サイドルールへと背を向けると訓練所へと向けて歩き出す。
「殿下、それでは私が先に行きジオラルド様に殿下が来られる旨をお伝えしてきましょうか?」
歩き出したジオラークの隣へと来たスカンキーは、そう言って先に訓練所の方へと向かおうとするも、ジオラークは片手で離れていくスカンキーの肩を掴み止めて言う。
「構わん、急ぎの用でもない。共に行けば良いだろう。留め置いて悪かったなサイドルール、また今度時間を作り話でもしよう」
「はい、御呼びいただければ直ぐに馳せ参じる様に致します」
サイドルールへと背を向けたまま顔だけ振り返り、別れを告げると、ジオラークはスカンキーに声を掛けることなく廊下を歩き出す。
「ではまたサイドルール殿!」
スカンキーはサイドルールへと向き直ると、その場で一礼をしてからそう言うと、ジオラークを追って行く。
「あぁ、スカンキーもまたの機会にの」
サイドルールに見送られてから訓練所へと向かう道中、スカンキーはふと思い至った考えをジオラークへと尋ねる。
「あの世話役の者の事をサイドルール殿に伝えなくて良かったのですか?」
「そうすればサイドルールの事だ精霊術で直ぐに助け出されてしまうではないか」
スカンキーの問いにジオラークは笑顔でそう答えた。
その顔に浮かべられた笑顔は、ジオラークが何時も何かを企んでいるときに、先に起こることが楽しみで仕方がないという時にする表情であったため、スカンキーは漸くにして、ジオラークのやろうとしていることを理解した。
「……そういうことですか」
「解られてしまったか、止める気か?」
溜め息を吐きながら、疲れた様にそう言ったスカンキーに、ジオラークはそう訪ねるも、即座に止めても無駄と言うように、スカンキーが肩を竦めながら言った。
「…止めても利かぬでしょう?しかし先程サイドルール殿に二心ないと申しておられたように思いましたが?」
「俺が言ったのはジオジークの様な事は考えてはおらんと言っただけ、騒ぎを起こさんとは言っていないだろう」
「その言葉遊びのやり方は、まるで商人の様ですね。どの様な考えがあるのか聴かせていただいても?」
「商人とは誉め言葉だ。何単純さ、花を散らされれば母上は大層お怒りになるだろうな。その時、今話題の英雄ジオラルドはどう対処するのだろうか?と思わないか?」
「大層お慌てになられると考えますが……」
スカンキーは第二王妃の激怒する顔と、その怒声を聞かされるであろうジオラルドに同情する。と内心思いながらも久し振りにその表情に楽しそうな笑顔を浮かべる主人に水を挿したくなかったため、止めることはしなかった。




