29話
訓練所内を小さな砂粒が舞っていた。
一見すると、それは風邪により巻き上げられたかの様に写るだろうが、その巻き上げられている砂の動きを目で追っていると、その動きが一定の場所を行き来しているだけであることが判る。
自然に吹く風ではあり得ない方向性を持った動きである事から、何者かに依って動きを操られている事が考えられるのだが…。
「…たったの半刻程度の時間でか?」
クリークは実際にその光景を目の前にして尚、それが現実に起きている事なのかと認識しきれずにいた。
「ほぅーれ!たっ!やっ!すげぇな!イメージ通りに動くようなったぞ!」
扉を半開きの状態のまま、行動を止めていたクリークは訓練所の入口に立ち止まったままでその様子を見ていたのだが、やはり砂を巻き上げて操作しているのは、ジオラルドである事に間違いがいないということを理解させられた。
その事実にクリークは内心、自身が遣えている人物はやはり王となるべき方であると喜ばしい思いを懐いていたが、それと同時に形容しがたいもどかしいさ抱えていた。
ジオラルドの側でジオラルドが操っている風に巻き上げられた砂を煙たそうに払っている少女、ミリィーナを視界におさめてそのもどかしさの理由を理解した。
「……やはり悔しい、な」
ミリィーナの前髪が風により舞い上がる際にチラリと見える証、以前に見たときとは違い淡く光っていることが分かる。
恐らくは殿下が新しい力を得たことに反応して、その契りの証が光を帯びているのだろう。
証があれば只の少女でさえ、本気ではないとはいえ、クリークとハロルドの二人の攻撃を受け続けても倒れない強靭な身体となり、修練もなくある日突然にオーラーバーストを扱える様になってしまうのだ。
クリークは一考した。
その力がもし自分にあれば、自分はどこまで強くなれるのだろうかと……。
「…っ痛てて!あれ?!殿下!!なにかあたしのデコが熱くなってきたんですけど!?しかもちょっと痛いしっ!」
当然、契りの証は何のリスクもなく力を得れるわけではない。
素養なき者が手に入れてしまえば、ミリィーナの様にその力に振り回されるし、命の危険にすらさらされる事もあるのであるが……。
クリークはその場で一度、深呼吸して気を落ち着かせると、訓練所に入ってきた
扉を閉め、ミリィーナの元へと歩み寄り言う。
「私であれば問題なく扱えるというのに…、やはりミナに素養がない」
呼吸を整えて精神を落ち着けていたつもりではあったが、やはりクリークの内心では思うところがあったのか、何時もとは違う態度となってしまっていた。
「んででっ!!?グリーグさんっ!?居たなら助けてくださいっ!」
「…耐えろ。さて殿下、ものの半刻程度で属性能力を習得されるとはこのクリー「グゥリーグゥウゥざぁん!!」……修練に励めといっているだろう?」
助けを請うてくるミリィーナを手で脇へと退けながら一言だけそう告げると、クリークはジオラルドへと笑顔を向け話しかけるも、即座にミリィーナに邪魔をされてしまう。
「そんなっ!い、いつものやってくだしゃいよぅ?!このままじゃあたし頭の骨が砕けて死ぬぅ「……砕けて死ねばよかろう?」き、キッ鬼畜ううう!!?」
ガッシ!!
「……仕方あるまい」
物凄い形相で迫ってくるミリィーナに耐え兼ねて、嫌々といった風体でクリークは目の前に居る少女の頭をその大きな手で掴むと、ミリィーナのオーラを自身とオーラと同調させることで、力の暴走を抑え込んむ。
「………フゥーっ、助かりました。今回は流石に頭の骨が砕けるかと思いましたよ。居るんならもっと早くやってくださいよクリークさん!!っと様!!?」
「……様でなくても良い、しかしミナにはこれまで以上に修練を課さねばならぬようだ」
オーラの暴走が落ち着いていくにつれ、ミリィーナの表情は苦悶から徐々に元の表情にへと戻っていく。
今まで黙ってそんな二人の様子を見ていたジオラルドは、珍しくもその顔に戸惑った表情を浮かべながら二人に問う。
「……なんなんだ?雰囲気からして度々あるようだけど、俺の証がミナになにかしら悪影響を能えているのか?」
「そっ「いえ殿下違います。契りの証が悪影響である筈かありません!恐らくは証の力が何らかの代物を浄化しているのでしょう」ってうおおおいっ!!?あたしはバイ菌かなにかですかっ!?」
「そ、そうなのか?」
契りの証にそういった力もあるのだろうか?とジオラルドは頭の隅で考えながら返答するも、本当の所は別にあるのだろうも内心では分かっていた。
「はい、非常に近しいモノではあるのではないだろうか、そう我々は考えております」
「久々によく喋ると思ったらなんかキャラ変えてきてませんかっ!この人っ!?ってか我々ってハロルド様とサイドルール様もそんなこと思ってんの?!」
明るい口調でその場を誤魔化してしまおうという考えが明け透けに分かる。
二人とも演技が下手なんだな。とジオラルドは内心では呟くと、その表情を引き締めて再度、二人へと問うた。
「そんで真面目な話すると、やっぱり前にミナが話していた証の影響の事なんだろう?」
「……そうなりますね」
ミリィーナが降参したと言うように、その場で低く両手を上げてそう言うのを聞いてから、ジオラルドはクリークへと向き直り、何か他に方法はないかと訪ねる。
「……何とかしてやれないのかクリーク?例えば契りの証を何人にも与えたら能力が分散するとかはないのか?」
クリークはジオラルドの問いに静かに顔を横に振ってから、彼へと答える。
「…殿下、此ばかりはミナが自身で力をコントロールしていく以外に方法はないです」
「そうは言っても、あたしには才能ないですからね!まあ、クリークさん達が助けてくれるなら良いんですけどね」
「自身でコントロール出来なければ私やハロルド、サイドルール殿が居ない状態ならどうするつもりなのだ?」
「そりゃ乙女の本気でなんとかしますよっ!じゃなきゃ死んじゃいますからね!?……なんつぅーんですかね、殿下には自分で言っといて何ですけど、強くなりすぎるのも程々にしてほしいですよねっ」
「無茶言うなよ、その結末は云わずもがなだろう」
軽い調子でそう言ってきたミリィーナに、ジオラルドは頭の後ろを手で掻きながら嘆息を吐きつつ言った。
「ちょっと強くなれるように頑張りますよあたしも…」
ジオラルドでも考え付くことだ。
当然、ジオラルドよりも頭が回るミリィーナには直ぐにその結末が把握出来たのか、同じ様に溜め息を吐きながらそう言った。
ジオラルドは思う。
この新しく得た風の力、この力で自分達に向けて追い風を起こしてみせよう!
「こほん!…可及的速やかに賃金アップを所望します」
ミリィーナが姿勢を正して、ジオラルドへと向き直ると、一度、喉の調子を確かめるためか、咳してからそんな事を言いだした。
「藪から棒過ぎんだろ?どういう繋がりがあってそんなことを言いだした!?」
「此れからは業務以外にも修練するので、当然の権利ではないですか!?世の中金ですよ!?じゃなきゃ殿下みたいなチビッ子に付き合ってられるかっての!!」
あまりの関連性のないことに驚き声をあげるも、当然の権利という風に主張しつつ、軽いのりで不敬罪を犯してくるミリィーナに、ジオラルドは黙って彼女に向けて片手を上げる。
するとミリィーナは何かをもらえると思ったのか、ジオラルドの手を取ろうと駆け寄ってきた瞬間、ジオラルドの言葉と共にその手から一陣の風が放たれた。
「空気砲」
「ッキャア!?」
放たれた風と共に遠くない距離を飛んでいったミリィーナを見て、流石に怪我をさせる訳にはいかないだろうと考えたジオラルドは再度、風を操り地べたにミリィーナが落ちる寸前に彼女の身体の下側に風圧でクッションの様なものを作り上げて、怪我をしないように気を使ったのだったーー
「っあ!」
ーーが失敗した様で、ミリィーナの身体は乱気流に揉まれながら訓練所の天窓へと向かうと、それを突き破って空へと消えていってしまったのだった。
「…クリーク、サイドルールにミナの賃金を1ペレットあげてやってくれって言っといてくれ」
「……了解いたしました、殿下」
ジオラルドが初めて仲間に向けて放った風は、追い風ではなく、ミリィーナへと向けた逆風であった。




