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28話

八方を石壁に囲まれた八角形の訓練所内、広さは学校にある200m程度のグラウンドと同じか、少し狭いといったところであろう。


王族が稀に運動に使用する。

たったその為だけの用途に、これだけ大きな建物を建てたというのだから、 フューダリズムの凄まじさがわかる。


訓練所は一見質素に見えるのだが、備え付けられている調度品を観察すると、それが安くないものであるということが分かる。


そんな訓練所内の壁際を一人、息を荒げながらも止まることなく、前を向き走り続けている子供の姿があり、その様子を訓練所の中央付近にて、眺めている二人の獣人が居た。


「オーラバーストがなければ、3、4歳の幼児程度の運動能力、…期待していたよりは低いが、それでも早熟であることは確かだ」


どこか納得した様な、しかし少し残念さを感じられる気配を漂わせるクリークにミナがそれをフォローする様に言う。


「まだ1才ですからね。歩けて走れるだけで凄いと思うんですが…」


「そんなことは当然判っている、勿論な」


ミナの言にクリークは至極当然といった風体でそう答えた。


「……クリーク様、聞いてもいいですか?」


「なんだミリィーナ、下らん質問なら斬る」


ミナの問いに対してクリークは、腰に携えていた剣の柄を握り締め、ミナへと身体の正面を向けると、何時でも抜刀できる様に腰を屈めてからミナへと問い返した。


「ちょっ!なんですか?!もう和解できたと思ってたんですけど!?まだあたしに妬み持ってるこの人っ?!小さっ!!」


ミナは先程とはあからさまな対応の違いに驚きながら、出来るかぎりクリークから距離を離そうと、自身の背後へとずり足で下がる。


「…10秒やろう。貴様の疑問とやらを言え」


そう言うが早いか、クリークはミナを睨み付けつつ、カウントダウンを開始した。


カウントダウンにより数える数字が減っていくと同時に、クリークは剣を鞘から引き抜いていく。


そんなクリークの姿を見て、本気ではないだろうが、限りなく真剣だと感じたミナは、口早に質問を紡ぎ出す。


「剣の柄から手を離してから言ってくれますか?!…………っ!ぁ、あの!ほら!オーラバースト!オーラバーストですよっ!」


「3…2ーーー」


「容赦ねぇーなこの人?!ですから!先ほどオーラバーストは獣人により差が無いって言われてましたけどッ!ならどうしてオーラバーストを習得するために筋力トレーニングをするのかな?と思ったんですけど!!」


火の点いた導火線の様な早さで消えようとしている自身の命に、恐怖を越えて苛立ちを覚えたミナはクリークへと声を荒げながらそう言った。


「……オーラバースト使用者同士の力の強化具合が変わらんのであれば、使用者同士の戦闘に於いては身体能力が低い方が負ける。そんな事も理解できんか?」


剣を鞘へと戻し、姿勢を正しながらクリークはミナへと答えた。


「それは分かりますけど、殿下には獣人化がありますよね?獣人化と併用すればそんな問題も解決じゃないですか?」


「……そうかミリィーナは知らぬかーーー」


クリークの返答にミナは納得がいかなかったのか、そう言って質問を返したのだが、その問いを聞いたクリークは、何処か納得した様に呟くも、一拍置いてから開き直った様に口を開き言った。


「ーーいや、確かに獣人化との併用であれば負けなどないだろう。しかし、強くなる分には問題ない」


「……あたしも殿下には強くなってもらわないと困るんですが、出来れば最速で手っ取り早く鍛え上げてほしいんですがーーー」


ミナには身に迫る驚異があった。

昨夜のエルファニカ王、ジオラルドの本気を出させるためだけに、自分を殺すという。


あたしは撒き餌かっ!!?と突っ込みたい所であったが、あの晩はそんな考えよりも彼への驚異と恐怖が上回っていたのである。


〈あのエルファニカ王が満足しなければ、あたしは撒き餌にされる〉という考えがミナの思考を占めており、自身の死の回避のためには、何がなんでもジオラルドを強くしてエルファニカ王を打倒してもらわないといけないのである。


「そんな簡単に力を手に入れられるのならば、今頃ズーランド大陸は一つの国によって統一されている」


「そりゃそうなんでしょうが……」


そうでもなって貰わないと、自身の未来はないのだから、クリークにどう言われようとも、ジオラルドにはやって貰わねばならないのだ。


「……ミリィーナ、昨夜の事を気にしているならば、無用な事を考えるな」


「っえ!?知ってるんですかっ?!昨日のよッツ「ミリィーナ」っえ、…はい?」


昨晩の件について、ミナはサイドルールへ報告していなかった。

何故ならば、もしそれを報告してしまえば、あのエルファニカ王が言っていた様に、自国での他国の王の横暴にジークムント王が激怒し戦争というなる可能性を否定出来なかったからだ。


だというのにクリークは、昨晩の事を知っていた。

それはつまりその上であるサイドルールについても知っており、上へ報告、つまりはジークムント王へ伝えているだろうということが推測できる。


だからこそミナは慌てながらも、今後の国にの対応としてはどうするのかと疑問に思い、それをクリークへと訪ねようとするも、それはクリークによって手で制される事となった。


「無駄口は慎め、……ナルニートにはジークムント様を初め、最強戦士フルーガ様、そして第3王妃様もおられる。皇子の将来に期待している者達は数いる、しかし現時点でナルニート国の武力として数えている者はいない、それが答えだ」


クリークの言葉にミナは納得こそしていなかったものの、確かにジークムント王とフルーガ、サイドルール、そしてジオラルドが一緒になって戦えば、あのエルファニカ王でも勝つことは出来ないのでは?と考える。


しかしクリークから出た最後の人物が、ミナの中に新たな疑問を発生させた。


「…王妃様?王妃様って強いんですかっ?!あたし偶然にジオラルド宮で会ったことあるんですけど、とても強そうには見えませんでしたけど……」


「………美しかったか?」


ジオラルド宮に配属となった初日、ミナは偶然にもジオラルドを宮殿へと連れてきた第3王妃に会っていたのだった。


その容姿といえばショートボブの美しい金色の髪に、宝石の様にキラキラと輝く金色の目、そして均整のとれた抜群のスタイル。


本当に同じ獣人なのかと疑いたくなるほどの女性、それがミナの記憶にある第3王妃であった。


だからクリークの問への答は、当然決まっている為、直ぐに返答しようとするも、その質問の意図が読めずに困惑しつつ答える形となってしまう。


「え、えぇ、そりゃナルニート王が見初めるほどの御方ですから、女神かと見違えるほどに美しいお方でしたけど……それが何か?」


「マイクロムーン…、いや気にするな。お前が心配せずとも、まずジークムント様が負けることなど、ないのだからな」


「そんな言い方されりゃ気になりますよ!……はいっ!分かりました!だから剣を抜かないでくださいよ?!」


ミナの返事にクリークはその場で片手を顎にてを添えて考え込む様に一言呟くも、直後、その呟いた言葉を誤魔化す様に言葉を紡いだために、余計に最初に言ったマイクロムーンという言葉が、ミナの中に更なる疑問として残ってしまうのだった。


「っ、はっ、はぁはぁっ、…オーラ、バーストがないと走るのは元より、立っているーーっはぁはぁ、ーーだけでもキツイとは…」


クリークとミナが訓練所の中央で、和やかに話している様子を、ジオラルドは訓練所を周回しながらもしっかりと見ており、所々ではあるが、その話している内容も聞こえていた。


「はぁはぁ…、はぁッ!」


そんな二人の話の内容で、一箇所だけ気になることがあったのだ。


クリークの口から吐いて出たマイクロムーンという言葉について、ジオラルドは走りながら黙考する。


ーーームーンと言うからには月の天体現象とかだろう。


……それとお袋に関係がある?

自分のお袋といえば、あのエルファズと並ぶのではないかという恵体だ。


ちょっと待て!俺はとんでもない事を見逃していたぞ!?


ミナだ!ミナが確かに言っていた。


アノ化け物を"女神かと見違えるほど美しい"だと!?トロールと見違えるのなら未だしも、女神とか冒涜も甚だしい。


もしかすると獣人の美的感覚は、人間だった時の俺が思う一般的なものとは異なっているのだろうか?…と、思考が反れたとジオラルドは気付き、先程黙考していたマイクロムーンについて再度考え初めようとするも、それとほぼ同時のタイミングで、クリークが此方を見て何かを言おうとしていることに気付き、思考を再度中止した。


「さて今ので10周か、あまり根を詰めても仕方がない。ジオラルド様!走るのはその程度で良いでしょう」


「はっ…はぁ!、はぁ、はぁっ!やっとか……」


漸く終わった走り込みにジオラルドは、その場に立ち止まると、力が抜けたのかその場へと座り込んで荒くなっていふ息を整える作業にしばし没頭する。


「此れからは毎日、慣れるまでは先ほどの距離を走って頂きます」


「はぁ…、その言い方は慣れたら距離を増やすパターンだろ?」


溜息を吐きながらジオラルドはそう言った。


「そうですね。最終的には50周程度は走って頂きたいですね」


「さっきの5倍ね、言うだけは簡単なんだろうけど、実際走るとなると、走れるようになるのか…、今のところ何も言えねぇーわ」


想定通りのクリークの返事に、明日からこの訓練を続けていけるのか、その自信がなかった。


「新人の衛兵でも走れておりますので、ジオラルド様であれば問題ないかと…」


新兵と幼児を一緒にしないでくれとは、自分から訓練を頼んだ手前何とも言い出しにくい雰囲気だった。


「…そんで?」


「はい殿下、何か聞かれたいことでもありますか?」


数分間で息を整えることに成功したジオラルドは、最後に大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出すと、クリークへと向かって声を掛け、クリークからの返答を待ってから質問をした。


「あぁ、個々に合う属性があり、使える能力も違うことは解った。それなら残りは属性能力を宿して使う武器が必要って話だ。小さい身形の俺でも扱い易い武器とかあるのか?と思ってな」


クリークは剣に属性能力を宿して戦っているのだ。属性能力こそまだ扱えてはいないものの、武器については早くから鍛練を開始した方が良いだろうと思っての問だった。


「武器なぞ必要ありません」


「……おいおい、まさか武器を持っている相手に無手で戦えとかか?」


クリークの素気ない返事に、気をやきもきとさせながら、内心で最近何時も驚いてる自分に辟易としながらも、クリークと再度聞いた。


「そうです、殿下は武器を使うよりも、その身一つにて突撃される方が良いかと考えます」


「まさかの神風戦法か、……クリーク、お前ってさ、実は俺の事が嫌いだろ?極論、早く逝けとか考えてね?」


自分の前世の固定概念が悪いのか?と、考えるも、そもそもがクリークが剣を使っているのだから、それはないだろうと即座にそれを否定し、ならば武器を持っている相手に無手で戦えと言う心理とはなんだろうかと考える。


その答は一つしか思い浮かばなかった為に、ジオラルドはまさかとは思いつつも、それを確かめるためにクリークへと三度聞た。


「まさか!!?畏れおおくもその様な考えがあるわけがありません。私の忠誠心は王家がためにあります」


「…ほんとうか?」


「当然です。…さて戦法に関してですが、殿下はと言うより、この戦法は六獣王国家の王族に適した戦い方と言った方がいいでしょう。……王族は武器を握るよりも、獣人化した部位で直接攻撃する方が攻撃力が高いのです」


「…それはオーラバーストを使う獣人が相手でもか?」


「何事も絶対ということはあり得ませんが、王族が王族でない獣人に負けたという話を、私は聞いたことはありません」


「史実を勉強しましたけど、王族が負けたって話は書いてなかったですね。まぁ、絶対ってことはクリーク様が言った様にないんでしょうけどね」


自国の歴史書に自分が負けた事を書かせる王はいないだろうから、あまり信用は出来なさそうだ。とジオラルドは考えながらも、堂々巡りになりそうな思考を打ち切る為に気分を変えることにした。


「……そりゃそうだが、いや、考えても仕方がない。それよりも属性能力の使い方を教えてくれないか、早く使ってみたいんだ」


「はい、本来であれば発現するのに10年、オーラバーストを体に纏うことに10年かそれ以上の時間が掛かりますが、殿下は既にオーラバーストを纏えますので、後は属性能力を会得するのみです」


「あぁ、それでやり方は?やっぱり座禅を組むとか、火を見続けるとか、滝に打たれ続けるとかか?」


属性能力、精霊の力を借りてとか、その力に長い間、触れ続ける事でイメージしてとか、やはり色々と難しい手順があるのだろう。


武器を使わなくても良いのだから、武器の扱い方を学ぶと考えていた時間は、オーラバーストの属性能力へ会得のために費やせるのだ。


「その様なことは必要ありません。自分が思う最高の力を求める。ただそれだけですからね」


まさか、高等戦闘技術というくらいなのだ。

会得には時間も掛かるだろうし、得て不得手な属性だってあるに違いないと思い、再度、クリークへと質問する。


「いやいや、属性判断とかないの?」


「自身の一番強いと思う最高の力を求めるのです」


重ねてもう一度、ジオラルドはクリークへと確認するも、返ってきた返事は先程と代わり映えのないものだった。


「ん?なんだって?」


何言ってんだコイツ、ふざけるのは技名だけにしろよ。と思った俺は悪くない筈だ。




武道の型を少し学んだところで、クリークは騎士団の部下に呼ばれて、訓練所から出ていってしまったが、ジオラルドとミナはそのまま訓練所に残り、ミナはオーラバーストを纏える様に、ジオラルドは属性能力について考察を行っていた。


「…結局、属性能力ってのは手に入らないか」


暫くの間、目を閉じて属性能力を得る方法を考えていても答えがでなかった為か、落胆した表情でジオラルドはそう口にした。


そんなジオラルドを見てか、ミナは身体をジオラルドへと向き直ると言う。


「そんな直ぐに会得出来るものでもないですよ。だからそんな諦めたかの様な言い方は止めてくださいよ。こっちは命が掛かってんですよ?」


「わかってる。…けどもうちょっとこうヒントとか無いものなのか?」


自分を鍛えると言ってくれたクリーク、筋力トレーニングや武道の型については、確かにきちんと分かりやすく教えてくれて、修行の方法も確りと理解できていたのだが、メインとなる属性能力に対しては、あまりにも直感的な教え方であったのだ。


確かにクリークに属性能力という能力の一端を、彼の最強の業を目の前で見せてもらった事で、こういうモノなのかと、漠然とそれがどういうものかは分かった。しかし、さあやろうとなった時のアドバイスが考えるな、感じろ。と言われても、何を感じ取れば良いのかも掴めていない人間にそれは酷だろう。


「あたしに言われましても、さっき初めて聞きましたからね。…でも考え方を変えてみると良いかもしれませんね?」


「ん、…というと?」


「はい、最高の力って言葉だと思い浮かばないかもしれませんけど、例えば、ジオラルド様が怖いと思うものってなんですか?」



「………………お袋?それとあの象の奴?」


「…人とかじゃなくてですね。そうですねーーー豪雨、嵐、落雷、山崩れを見て自然の驚異を怖いとか思いません?」


「自然の驚異?それで自分が恐れる属性能力を選ぶのかよ、それって戦闘するときにちゃんと扱えるのか?」


「恐れを持っているからこそ、確りと扱える様に、自分自身が奮起して扱える様になるのではないでしょうか」


「そう言う考え方もあるか…、俺の驚異、ねぇ?」


ジオラルドはミナから言われた驚異に対して考えてみることにする。


初めは雨か…と黙考してみる。

ゲリラ豪雨等による水害は確かに恐ろしいものがあり、自身がその驚異を前にした場合、それは確かに恐ろしくあり驚異に思うだろう。


しかしジオラルド自身が雨に対して怖いか?と言われればそんなに怖いとは思わなかった。


何故ならば実際にそんな状況に直面したことがなかったからだ。


それは嵐や落雷、山崩れについても同じだった。


落雷は家の中で、外でゴロゴロと音がしているな程度であるし、山崩れは遠くの山で土砂崩れが起きたとニュースで知り、映像を見て広範囲に被害が広がっていることに驚きはしたが、身近で起きていない事であった為か、恐怖や驚異といったものはそこまで感じとれずにいた。


「…ねぇな、そんな事を経験したこともないしな」


「確かに、殿下はまだ一歳でしたね。……この一年間、災害という災害はなかったですし、そもそもが前提がまちがってました」


「……」


顔を手で仰ぎながら、そう小さく呟くように洩らしたミナの言葉に、ジオラルドは内心では、お前よりも経験はあるとは思うが……と考えながらも、再度、自身が驚異に感じたこと、今度は身近に起きた驚異についてを振り返ってみることにした。


ブゥワァア!!

「ぁ、えっ?!殿下ッ!?この風って!?」


この異世界にて意識が目覚めてから起きた驚異について、一つずつ振り返っていっている時にそれはジオラルドの身体を中心にして発生した。


ミナは気付いた瞬間、狼狽しながらもジオラルドへとその原因を訪ねると、ジオラルドは顔をひきつかせながら、自身に起きた事について、驚きながら言った。


「……お袋の鼻息を振り返ってたら使えたとか、なんだこれっ?!」


ーーどうやら自分の求めた最高の力とは、砂塵を巻き上げて荒び吹く母の鼻息だった。


結果として、ジオラルドはこの瞬間、後にズーランド大陸で最強の属性能力と言われることになる能力を会得したのであった。


それから暫く経ち、ジオラルドが自身の風の属性能力を操ろうと訓練所で試行錯誤していると、仕事から戻ったクリークに属性能力を得たことを喜ばれ、その理由は?と問われーーー


「お袋と会った時の鼻風だよ」


「花風ですか、その様な事でも属性能力の会得のきっかけとなるのですね!」


ーーと、恥ずかしながらも答えたのだが、この時ジオラルドは知るよしもなかった。


ジオラルドが鼻息を鼻風と言った事を、クリークが花を散らす様に吹く風の名と勘違いしていた事を、そして後にこのクリークとの何気のない会話がきっかけとなり、自身が〈花風〉の二つ名を持つことになるとは考えもしていなかった。


ジオラルド・ナルニート、人生最大の黒歴史が一つであった。

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