26話
祝賀会が開催されて半刻が過ぎた頃、遂に六獣王達がジオラルドの元へと祝いの言葉を掛ける為に此方へと向かって来るのがわかった。
「…殿下、彼の方はスルドイヤ国の王、ブラナトス・スルドイヤ様です」
俺の座る主賓席の背後に、静かに立って待機していたミナが、俺だけに聞こえる様に声を出し教えてくれる。
「お初目に掛かります。ナルニート国が第三皇子ジオラルド・ナルニートです。宜しくお願い致します」
ジオラルドは自身の真正面へと来た男へと視線を向けてはっきりと、だが丁寧に挨拶をした。
「此方こそ初めまして、小さな英雄ジオラルド皇子、私はスルドイヤの王だ」
それにスルドイヤは気さくに応え、顔に笑顔浮かべ挨拶を返してくる。
髪の色はジークムントと同じ白、瞳の色は黒く、右頬には縦に小さな切り傷がある。
年齢は人間に例えると40歳を越えた所であろうか、しかし獣人の寿命が200年程度であることを考慮すると、その年齢は100歳を雄に越えているのかもしれない。
身長は2mを少し高いといったところか、体格はやや太っている様にも見える。しかし7分丈の袖から出ている腕は、太く引き締まっていることを見るに、ただ太っているとい訳ではなさそうだ。
そして腕を見たことで気付く、その大きな両拳の拳骨が尖る様に皮膚から突き出していることに…。
「…サイをルーツに持つ者の多くは、この様に拳にその血統の特徴、つまりは私で言えば角を持って生まれてくるのだ」
スルドイヤはジオラルドが自身の拳へと興味を持っている事に気付いてか、そう言う。
「すみません、魅入ってしまって!」
スルドイヤに見ていた事を指摘されたジオラルドは直ぐにそう謝るも、スルドイヤはそれを気にした風でもなく、静かに周囲の状況を伺ってから言った。
「…構わんよ、さて他の六獣王も君と話したがっている様なので、私はこれで失礼しよう。…誕生日おめでとう、ジオラルドよ」
「はい!有難うございます!」
スルドイヤの祝いの言葉に、ジオラルドが返答するのを見てから、スルドイヤは主賓席からパーティー会場の中央の方へと戻って行った。
「殿下、彼の方はエルファニカ国のエルファズ・エルファニカ様です。アフリカゾウのルーツを持っています」
スルドイヤの去って行く背中を見送っていたジオラルドの背中側から、ミナがまたそう囁き言った。
その声に反応して正面へと視線を向き直すと、其方にはジオラルドへと向かい、ゆっくりと主賓席までの階段を上がってくる男がいた。
巨体、正にその言葉がピッタリと当てはまる男だとジオラルドは内心で思った。
身長は2mを雄に越えて、3m近くはあるのではないだろうか?
黒色の髪を後ろへと流しただけのオールバック、茶色の瞳、顔の両サイドには特徴的な大きな耳、ゾウの様に其処まで大きくは無いが、平均的な獣人の耳と比較すると随分と大きいだろう。
パーティー会場内にいる他の大柄な獣のルーツを持つ獣人達ですら小さく弱く見えてしまう程の恵体、服の上からでも分かる程に発育した全身を包む筋肉の鎧、その全てが規格外な存在だった。
そして更にその存在感を主張しているのが、エルファズの両肘より長く突き立つ様に天へと伸びる象牙だった。
根元の直径は20cmはあり、長さは70cm程度はあるだろうか、その象牙が先端に行く程に緩やかに細く鋭くなっている。
「お初目に掛かります。ナルニート国が第三皇子ジオラルド・ナルニートです。宜しくお願い致します」
エルファズが目の前に悠然と到着したと同時に、ジオラルドは先程のスルドイヤ同様にそう挨拶を切り出した。
「ジオラルド皇子、私はエルファニカ国の王、エルファズ・エルファニカと言います。まだ王となり日の浅い若輩ではありますが、此方こそ宜しくお願いします」
至極丁寧に、余裕を持った表情でエルファズはそう言ってからジオラルドへと向かい小さく頭を一礼した。
「…皇子、これはエルファニカで採られた希少な鉱石で作らせたローリエをモチーフにした宝石です。良ければお受け取りください」
エルファズは自身の懐から取り出した丁寧な作りの箱を開き、それをジオラルドへと差し出して手渡し言った。
「はい、有難く頂戴いたします。この様に貴重な物を頂き有難うございます」
まさか、この場にて贈り物を直接貰うとは思ってもいなかったジオラルドは、それを反射的に受けとると、エルファズへと向けて礼を言った。
「いえ、では私はこれで失礼させて頂きます」
ジオラルドの礼を聴き、その場で小さくまた一礼すると、エルファズはゆっくりと背後へと振り返り、そのまま主賓席を後にした。
「ややあ、それは良い物を貰ったね。金貨20はするんじゃないかな、それ」
さて次は誰が来るのであろうか、そうジオラルドが考えた途端に、その男はジオラルドの前へと現れて、エルファズに貰った宝石を手に取り眺め出した。
一通りその宝石を眺め終わると、男はジオラルドへと宝石を返して、姿勢を正すと、取り繕いつつ言う。
「…っと、僕の名はアシカ・セイウチ、セイウチ国の王をしているよ。ジークムントとは仲良くさせて貰ってるよ、宜しくね、ジオラルド」
自らアシカと名乗った男は、そう笑顔で言うと、ジオラルドへと手を差し出して握手を求めて来た。
そのアシカに返答を返しつつ、握手に応えたジオラルドは、先程と同じ様に挨拶を行おうとする。
「はい、此方こそ宜しくお願いします。私は「いいよ、そんな堅苦しい事は、それよりジオラルドは可愛い奥さん欲しくない?どうかなセイウチ国に婿に来ない?」…突然言われましても、父へ確認してみない事には…」
挨拶を始めたと思った直後に、それをアシカに遮られ、更には唐突な婚姻の約束を取り付け様としてくる。
流石にこの年で婚約などしたくはなかったジオラルドは、直ぐ様に父へ確認する旨を伝えた。
「ちぇ、そう上手くはいかないか、まあ、いいや、じゃあまたね、ジオラルド」
ジオラルドの返答に舌打ちをしてから、アシカは去って行ってしまった。
「……なんと言うか、何なんだあの人は」
去り際の姿を見送りつつ、ジオラルドは言った。
アシカ・セイウチ、セイウチ国の王であり、ジオラルドの父であるジークムントの親友と以前に聞いたことがあった。
髪と瞳は濃い赤色だ。
身長は然程高くはなく、175cm程度だろうか、外見的特徴は人間と特に変わりは見受けられなかった。
アシカが去った後に、直ぐにミナがジオラルドへと声を掛けた。
「殿下、彼の方はイーター国のジョーズ・イーター様です。ホオジロサメのルーツを持っています」
また別の六獣王がジオラルドへと向かい、祝いの言葉を掛けに来たのだ。
ジオラルドは此方へと向かってくるイーターへと視線を向けた。
体調が優れないのではないか?と思ってしまう程に青白い肌、良く見てみるとその表皮は荒く、触るとザラザラとしていそうであった。
身長はやはり高く、2m程度であり、髪の色は灰色、瞳の色は黒である。
「お初目に掛かります。ナルニート国が第三皇子ジオラルド・ナルニートです。宜しくお願い致します」
ジオラルドの挨拶を聞いてから、イーターは静かにその視線をジオラルドへと向け、全身を隈なく見てから言った。
「あぁ、俺はイーター国の王、ジョーズ・イーターだ。………1歳だったか、やはりオオカミの血統が混じると強くなるのか?」
ジオラルドを観察して、何かを得たのか、片手で自身の顎を摩りながら呟く様にイーターは言った。
「……あのイーター様、何か?」
イーターの呟きから1歳、オオカミの血統という言葉のみを聴き取ったジオラルドは、それが自身の事を言っていると考え、それを尋ねる。
「気にするな、戯言だ。挨拶はしたから行かせてもらう」
尋ねた答えは返って来ることなく、イーターは踵を返すと、そのまま主賓席の壇上からパーティー会場へと降りて行ってしまうのだった。
「っあ、はい!有難うございました」
イーターの去って行く背中に、取り敢えず礼くらいは、そう思いジオラルドは声を掛けるも、イーターからは何の返答もなかった。
「殿下、次の方で最後です。彼の方はハンドレッド国の王、レオナルド・ハンドレッド様です」
金色の鬣の様な髪に、獰猛さが滲みだすかの様な金色の瞳。小さく笑みを浮かべつつ此方へと歩いてくる口元には鋭く尖る牙が2本あることが伺える。
身長は2m程度だろうか、首と腕の筋力が発達しているのか、他の身体の部位と比べるとあからさまに太く逞しいものだ。
両手の指の先の爪も太く鋭く、それだけで簡単に人の身体を裂けてしまいそうである。
「お初目に掛かります。ナルニート国が第三皇子ジオラルド・ナルニートです。宜しくお願い致します」
ジオラルドはハンドレッドが自身の前へと到着すると同時にそう彼に声を掛けた。
「ようナルニートの英雄、乳臭いガキの癖にもう獣人化を扱えるらしいじゃねぇーか?」
「いえ、その様な事はッツ!」
瞬間、ハンドレッドの鋭い爪がジオラルドへと襲い掛かった!
反射的にジオラルドは、ハンドレッドの掌の甲をオーラバーストを纏った尾で上へ弾く事で回避する!
だんっ!!!
「…ほぉお、これ位は防ぐのか、確かにこれはッツ!!?」
ジオラルドがハンドレッドの攻撃を防ぎ、ハンドレッドがそれを見て納得するかの様に頷いた時、場の空気が一転した。
ザァーーーッ!!!
「…………」
その要因はハンドレッドの行動を見ていたある男の発露したものだった。
殺気でもなく、怒気でもなく、嫌気でもない感情、表現する為に例えるならば、それは只々の濃密すぎる興味、それがその男からジオラルドへと今、確かに向けられていた。
パーティー会場がその気配により、一瞬で沈黙へと変わる。
会場に居る全ての者の視線が、六獣王も含めてその男へと一点に注がれている中、その男、エルファズ・エルファニカは、ジオラルドを見て嗤った。
そしてその身を座っていた席から立ち上がった時、その濃密な気配は霧散した。
「…すいません、気分が優れない様ですので、私はこれで部屋へ戻らせて頂きます」
「…あぁ、わかった。休んでおくといい」
エルファズはそうジークムントへと告げると、ゆっくりとパーティー会場の出口へと向かい歩いて行く。
エルファズが会場を後にする、その間、誰一人として口を開く者は居なかった。
ぱんぱん、ぱん
「なんか、変な雰囲気になったけど、まあ気を取り直して、皆楽しもうよ」
アシカがそう手を叩きながら、軽薄そうに言う事で、パーティー会場を支配していた雰囲気は幾分かマシな物へと戻った。
「…大丈夫か、ジオラルド。少しハンドレッド王に試された様だったが?」
暫くしてパーティー会場も先程と同じ様に賑やかになって来た頃、漸くジークムントが各国関係者との挨拶を終えたのか、ジオラルドの所へと来ると、そう声を掛けて来た。
「それは大丈夫だったけど、問題は其の後です、父上」
「…エルファズか」
ジオラルドの言葉にジークムントは思い当たった少年の名を言う。
「はい、あれは…」
心配する様に、恐れる様にジオラルドが不安そうに言う。
あれはなんだったのか?と問いかけようとしている様だった。
「気にするな、どうにもならんさ」
ジークムントは不安そうな表情を浮かべるジオラルドに向かいそう声を掛けた。
「さて、もう夜も更けた、子供のお前は部屋に戻っても咎める者はいないだろう。疲れたろ、先に戻って休んでいろ」
そんなジークムントの言葉により、ジオラルドは会場を後にして、今夜泊まる事になる部屋へと向かう為に、ミナと共に王城の中庭を横切った時だった。
「…先程は驚かせてすまなかったな、ジオラルド」
エルファズに声を掛けられたのは…。
「あんたは!?部屋へ戻ったんじゃなかったのか!?」
驚きそう声を上げるジオラルドへと、エルファズが一歩近付いた時、ミナがジオラルドの前へと、その身を隠す様に立った。
「…退け、俺はジオラルドに話があるんだ」
エルファズが小さく苛立ちを籠めた声色でそうミナへと言い、その視線をミナへと合わせた時、ミナは自然と身体が震えだすのがわかった。
「エルファニカ王陛下、ジオラルド様は慣れぬパーティーでお疲れですので、またの機会にして頂けませんでしょうか」
しかし、ジオラルドの身を危険に晒す訳にはいかない。ジオジークとの一件以来、密かに強く思っていたのだ。次は守ると、だからこそミナは其処から引く気はなかった。
「……話すだけだ。まあ、そのままだろうと構わん」
そんなミナの態度にどういう訳か、エルファズが身を引いた。
「ジオラルド、俺達には時間がない、お互いに、な。だから後数年で強くなれ、俺と対等に戦える様に…」
唐突なエルファズの言葉に、理解が追いつかず、ジオラルドは頭に疑問符を大量に浮かべながら、聞き返すことにした。
「な、なんであんたと戦わなきゃいけないんだよ、理由もないのに?」
戦い、個人同士のそれならお互いが気にくわないなどの理由で、それも起きるだろうが、ジオラルドもエルファズに取ってはそれは別物だった。
2人の戦いとは、それは国家間の戦闘へとなるからだ。
何の大義名分もなしに、おいそれと始めれるものではない。
「…理由がないね、そんなもの簡単だ。例えばあの女とかどうだ?」
「…ミナがなんだよ?」
また唐突にそんな事を言い出すエルファズにジオラルドは再度、どういうつもりなのかと尋ねる。
「いいか、考えろよ?…あの女が目の前で殺される。当然、殺るのは俺だ。それでも戦う理由にならないか?」
冷酷な表情で淡々と語るエルファズに気味悪さを感じつつ、ジオラルドは返答する。
「………何言ってるんだよ、あんた」
確かにミナを目の前で殺されそうになったら、ジオラルドは止めに入るだろうが、それと戦争になんの因果関係があるのだろうか…。
「…想像力の逞しくないやつだ。実際に殺しでもすれば、少しは牙を出すか?」
そう言うと同時に、エルファズは小さいながらも殺気をミナへと放ち、その手でミナを掴もうと手を伸ばす。
ざっ!!
「ッ!!?」
ミナは恐怖で身体が動かないのか、エルファズのその手を目で追うことしか出来ていない!
後数cmでその手がミナへ触れる!そう思った瞬間、ジオラルドの尾は、彼が考えるよりも早くに動き、エルファズの手を弾いていた。
ばんっ
「…出来たじゃねーか、ジオラルド?」
そう殺気を霧散させてから、笑顔で言ったエルファズ。
「巫山戯んなっ!一体なんのつもりだよ!?」
それに対してもう苛立ちも隠さずに声を荒げて怒るジオラルド。
「数年もすれば分かるさ、そしてジオラルド、お前は俺と戦う事になる」
そのエルファズの言葉に、ジオラルドは眉間に皺を寄せ、エルファズを睨み付けて言う。
「…本当に戦争でも仕掛ける気かよ!そんなこと俺に宣言して親父に言わないとでも思ってるのか!?」
「……良いんだぜ、少し早くそれが火種になるだけだ。だが考えろ」
ジオラルドの言葉にエルファズはその表情から笑顔を消して、真剣な表情で答える。
再び殺気を放ち始めながら言う。
ズッズズ!
「…ジオラルド、今のお前に女を守って、俺に殺されない自信が、力があるか?」
『ッツ!!?』
ミナは勿論、今度はジオラルドも本能で勝てないと悟り、その場から身体を動かせないでいた。
「どうやら結果は見えたな。…数分もしない内に偉く進歩したな、想像出来る様になってるじゃねーか」
ジオラルドの態度に満足したのか、エルファズは殺気を潜めて、また表情に笑顔を浮かべて言った。
「期待してるぜ、じゃーな、ジオラルド」
去って行くエルファズを見て、ジオラルドはこの世界に転生して始めて、強くならなければと思っていた。
「………」
大切な存在を守る為にも、強くなる事は必須であった。




