障気の村
二話目ッス。
森を抜けた先にあったのは寂れた村。小屋のような家が並び、村の真ん中には二階建ての家が建っている。多分あれが村長の住む家だろうと思う一方、人気がなく、生気を全く感じられなかった。
混乱の最中だった俺だが、しばらく走り回っていたお陰かその程度の事は把握できた。が、そこまでだった。それ以上何かを考えることは出来ず、ただただ誰かに会いたくて村を歩き回る。
「っ」
途中、またあの状態異常にかかったが、今回は対処法を既に知っていたので冷静にスキル【浄化】を発動して事なきを得た。
村をある程度歩き回るが、人の気配は全くといっていいほどなかった。焦った俺は最後の希望として二階建ての家を訪ねてみる。
「あの、誰かいませんか?」
ノックを数回。半ばやけになってしつこく扉を叩いていると、家の中で物音がした。どうやら人がいるようだ。思わず安堵の息を漏らす俺の目の前で扉が開かれる。
「なんでしょうか……」
出てきたのは疲労困憊を体現したかのような老人だった。こけた頬に寂しい頭がより一層疲れを意識させる。
「あ、いや、休める場所を探しているんだけど」
「旅のお方。悪いことは言いません。今すぐこの村から立ち去りなさい。この村に降りかかる呪いが貴女に牙を向く前に!」
「え、あの」
ばたん、と。扉が強引に閉められる。あの疲れた雰囲気からは想像も出来ない剣幕に俺は何も言えずに村長宅の前に一人残されてしまう。困惑する俺だったが、逆に冷静さを取り戻す事が出来た。
そのせいか今さらになって喉の渇きを覚える。この村につく前に散々走っていたので当然の結果だった。村長宅を再び見るが、さっきの態度から水を貰うのも無理だろう。どこか水道……、井戸を自力で探すしかないようだ。
井戸を探しに村を歩く事数分足らず。そこまで大きい村でもないので簡単に見つかる。大人三人分の筋力のお陰か、軽々と桶を引き上げて水を飲もうと桶を覗くと、鼻をつく異臭に俺は思わず後ずさった。
【障気汚染水】
目の前に表示される文字に俺は先程の村長の言葉を思い出す。
呪い。それはつまり障気の状態異常の事を言っていたのではないか。この世界が本当にゲームならそういうパターンでもおかしくはない。森の中でも村の中でも障気の状態異常になった事からほぼ確定だろう。
そうなるとゲーム的にはこの呪いの元凶を取り除くのがプレイヤーのイベントなのだろうが、俺はあまり気が進まない。この世界が本当にゲームなのか分からないのにそんな危険な事は出来ない。デスゲームなんてあり得ないと言っていた癖にそんな事を言うのは情けないが、そんな事を考えなければならないほどにこの世界は出来すぎている。慎重に行動しなければきっと後悔する事になる。
その為にも今は喉を潤すのが優先事項だ。まさかこのまま障気汚染水を飲むわけにもいかない。状態異常みたいに【浄化】を使ったら大丈夫だろうか。
スキルを発動する。すると異臭が消えるどころか桶についた苔までもが綺麗に消えた。恐る恐る臭いを嗅いでみると異臭は完全に消えている。
【綺麗な水】
視界にそう映りようやく安心して水にありつけた。喉に染み渡るようだ。
「ふう……」
喉を潤したものの、次にするべき行動が思い浮かばない。正確に言うならゲーム的な行動なら思いつくのだが、慎重に行動するつもりなので今は脇に置いておく。村長の言う通りこの村を離れるにしてもここ以外の人が住む場所なんて知らないし、野宿するのもそんな知識も技術もないのであまりにも無謀だ。やはりイベントをするにしても何にしても、村長宅にどうにかして泊めて貰うしかないだろう。幸運にも、俺は障気汚染に対して対処法を持つのでこの村に滞在する分には問題はないだろう。もう一度村長宅を訪ねてみよう。
「……まだいたのですか」
「泊めてください」
「そう言われても……」
「呪いなら大丈夫。自分で治せるから」
「なんですって!?」
相変わらず疲れたような村長だったが、俺がそう言うと驚愕に目を見開いた。何か不味い事を言ってしまったのかと不安になる暇もなく、いきなり村長に腕を掴まれて村長宅に引きずり込まれた。
「え、なに!?」
「失礼を承知で申し上げますがそれは自分以外の呪いにかかった人も治せますか?」
「多分、だけど出来る。水も綺麗に出来たし……」
「それは重畳。ではお願いがあります」
村長に連れられるままに廊下を歩いていくと突き当たりの部屋に辿り着いた。
あまりにも必死な雰囲気に気圧されてここまで来たが、一体何を頼みたいのか。そんな察しの悪い俺を置き去りにして、村長はその部屋の扉を開いた。
「呪いに侵された村人達を救ってもらえませんか」
そう言って土下座を行う村長に、俺は何も言えなかった。しかしそれは村長の行動に、ではなく目の前の光景にだった。
道場のようなその部屋の中には、沢山の人間がいた。老若男女それぞれ違いはあれど、ほとんどの人が床に伏せっている。看病をしている数人の村人に対して患者の数は三十人はいる。もしかしたら村の人間の全てがここに集められているのかもしれない。
そして、
【障気汚染】
この部屋にいる全て(・・)の人間に表示される文字。呪いはこの村を完全に飲み込んでいた。
「どうか、お願い致します……」
そう懇願する村長も、【障気汚染】の文字が見える。俺は何も言えず、村長に歩み寄ってスキル【浄化】を発動した。
消える四文字の呪い。村長は驚きの表情のまま顔を上げると再び頭を下げて土下座を再開する。俺はそんな村長を無視して次の村人に向かった。
治療はあっという間に終わった。あっけなく、まるでゲームのイベントのようにそれはクリアされ、俺は村人達の感謝を受けてその日は村長宅に泊めてもらえる事になった。感謝の言葉を延々と口にする村長が鬱陶しくは思えたが、まあ仕方ないとある程度は相槌を打ったりと対応しておいた。村人思いの村長で何よりだ。
その後、村長に案内された部屋で一休みしようと横になったら日が昇っていた。どうやら気付かない内に疲労がたまっていたのだろう。太陽が真上に来ていた。
眠れた。という事でここが普通のゲームの世界ではないことが分かった。本来なら睡眠はゲームの中では不可能だ。現在のVR技術では眠ろうとすれば強制的にログアウトされるように設計されている。これはソフトではなくハードに付いている機能だ。これが作動しないなんて事はあり得ない。あり得ないなら、何があり得るのか。まさか、本当に……?
両の手を伸ばし、体に触れる。この熱は感触は感覚は。鼓動は全てがまるで現実のようだ。……本当に、現実のようだ。まるで現実。本物……。
そういえば、ゲームなら年齢制限があるだろう。もしもゲームならば、下着は脱げない。18禁のゲームならばそうでもないだろうが、確かVR技術を使ったゲームにはまだ18禁のゲームはなかった筈だ。確かめてみる価値はある。
初期装備は布の服上下に布の靴。半袖半ズボンの褐色少女。ありだな。まずは上着を脱ぐ。普通に下着を付けていなくて不意打ちを食らった。ますますゲームであるという可能性が一つ潰えたが、しかし上で止まるのはないだろう。男として。否、人間として。そうに違いない。ズボンを脱ぐ。こちらはちゃんと下着があった。期待していたわけではない。決して。続いて最後の砦。だぼだぼとしていて色気はないが脱がせば関係ない。いざ、参る!
「カイナ様。朝食のご用意が出来ました」
……人前に出るのに脱ぐ必要はないよな。うん。
声を聞く限り、相手は村長の娘のラミだろう。彼女も障気汚染の状態異常を受けていたが看病に回っていた側だった。症状が軽かったとはいえよく動けるものだと昨日は驚いた。亜麻色の髪を肩までのばしたあまり特徴のない少女だが、優しく気配りも出来て意外に意思の強い一面があったりと是非嫁に欲しいぐらいだ。
「おはようございます。昨夜はよく眠れたでしょうか?」
「ああ。よく眠れた」
「それは良かった。食卓に案内しますね」
ラミに連れられて案内されたのは一階の玄関からまっすぐ行ったところにある部屋。既に村長や他にも何人か村人がいた。
「おはようございます。カイナ様。昨日は村を救ってもらい、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。この村に滞在する間は何なりとお申し付けください」
「ありがとう」
「いえいえそんな。お礼なんて。ささ、折角の料理が冷めてしまいます」
村長の昨日から散々聞かされ続けた感謝の言葉を適当に返し、席に着く。テーブルにはよく分からない食材を使った料理が並んでいる。お腹が空いていたのでよく考えずに口にするが中々美味しい。薄味というか素材の味が生きているというか。まあ、腹が膨れれば関係ないな。
「呪いの原因が何か分かる?」
「いえ……。それが皆目検討もつきません」
「じゃあ、この村の近くに何かある?」
「たしか、神殿がありました。今はもう訪れる信者もいないので封鎖されている場所です。ですが神殿はないでしょう。仮にも神の加護の下にある場所なのですから」
さりげなく呪いの元凶について尋ねてみるが、あっさりと怪しい場所について知ることが出来た。村長はそう言っているがかなり怪しい。ゲームにおいて、神殿というのは敵の物になるパターンは珍しくない。これは後で確認してみないと。クリアするかどうかは別として。知っておいたほうがいいだろう。
「後で行きたいから場所を教えてもらえるか?」
「それでは私の息子に案内させましょう。リオ。後でカイナ様を案内しなさい」
「分かりました。父上」
返事をしたのは活発そうな青年だ。ラミと同じ亜麻色の髪を短く刈った真っ直ぐな性格をしていそうな。そんな印象を受ける。
場所を教えてもらえるだけでかまわないのだが、まあ善意は素直に受けておこうか。
次回。「神殿探索」