プロローグ
魔が差した。
以上!
……ふと、気が付くと俺はゲームのキャラメイク画面を見つめていた。
――そうだ。これは今日発売されたばかりの新作ゲームのキャラメイク画面だ。
理解すると俺は疑問に思う事すらなくキャラメイクを始める。
少し意識が飛んでいたのかもしれない。これでは他のプレイヤー達に出遅れる。急がねば。まだ起きたばかりで視界はぼやけていて変な動悸がするがそんな事よりも今はこの新しいゲームをするのに忙しい。体の不調はどうせ睡眠不足か空腹かどっちかだ。気にする必要はない。
キャラメイク画面の最初の項目であるプレイヤーネームの欄にいつも使っているお気に入りのネームを記入し、次の項目へ。
種族の選択。
縦スクロールをクリックすると膨大な数の種族名が展開される。事前に得ていたゲームの情報の通り、本来は敵である筈の魔物まで選択出来る。軽く探してみると神やドラゴン、吸血鬼やゴーレムなんてものまである。正直興味を引かれたが、俺の目当てのものではないのでスルーしてその種族を探す。その種族は昔から存在するポピュラーな種族。エルフや竜人のように目立つ事はないが、それでも特定の分野ではエルフ達よりもメジャーな存在。そう、ドワーフである。人の半分もない身長。ずんぐりとした体躯。力持ちで器用な、職人気質の種族。……俺が何故わざわざドワーフを選ぶのかというと単なる気まぐれだ。色んなゲームで様々な種族を選んできた俺だが、ドワーフは一度も選んだことがない。普段ならダークエルフとかをメインで選んでいるが、今回は折角の新作ゲームという事で心機一転。新しい境地を目指そうかと思っている。
種族を選択すると、次は性別の設定。こちらはすぐに女を選択。俺は男だが基本女キャラを使っている。ネカマと言われようとこのスタイルを変えるつもりはない。次の項目へ移る。
続いては容姿の項目。ドワーフだからか身長は設定するまでもなく低い。丁度いいので特に弄らずそのままに。肌を褐色にし、髪の色を白。瞳の色を赤にする。髪型は腰まで届くポニーテールだ。スタイルは女性的な起伏に乏しいながらも、肉感的な肉付きの少女。見事な幼女の完成だ。我ながらアレな趣味だが迷いはない。次の項目に進む。
・体力 6
・魔力 4
・筋力 7
・頑丈 5
・敏捷 1
・知力 3
・器用 7
・運 5
※5で人間の大人と同程度のステータス。
ステータスの項目。敏捷や知力以外が総じて高いが、注意書きを見るに敏捷のステータスや知力のステータスが致命的だ。ステータスに振れるポイントは10ポイントしかなく、知力、敏捷、魔力のステータスを補うと3ポイントしか残らない。マイナスのステータスをそのままに長所である筋力と器用に全て振れば突出したステータスを得られるが、その分マイナスのステータスが足を引っ張る。特に敏捷が1は駄目だ。これではかわせる攻撃もかわせないし当たる攻撃も当たらない。魔力や知力といった魔法職に重要なステータスを捨てれば6ポイントが余る。これなら十分長所にポイントを振れる。更に生産職につくわけではないので器用のステータスは必要ない。筋力に6ポイント全て振る。
・体力 6
・魔力 4
・筋力 13
・頑丈 5
・敏捷 5
・知力 3
・器用 7
・運 5
ステータスを最後に改めて確認し、決定する。これでキャラメイクは終わりと思って目を離すと、無機質な機械音声が再生される。
『初回購入特典のスキル。予約特典のシリーズスキルボックス。特装版付属特典のレアスキルを付与します』
……そういえばそんなのしていたような気がする。特典があるからと矢鱈滅多に特典コンプリートしたんだったか。
『初回購入特典のスキル【固定化】を付与します。このスキルはキャラの容姿を固定化し変化を無効化するスキルです。付与しますか?』
『ああ』
『付与しました』
確かこのゲームにはキャラに寿命があり、転生システムか何らかのアイテムで容姿を固定しないと折角育てたキャラがロストして今までの努力が全て水泡に帰すという恐ろしいルールがあった。それを無効化するスキルが最初に手に入るというのは運がいい。俺の趣味全開のこのキャラは絶対にロストしたくない。
『予約特典のシリーズスキルボックスの中身はランダムです。付与しますか?』
『ああ』
『付与します。スキルのシリーズ名は【建築家セット】です』
『はあ?建築家?いらねぇよ、んなもん』
『付与しました』
どうやらクーリングオフは出来ないらしい。
『特装版付属特典のレアスキルを付与します。付与されるレアスキルはランダムです。付与しますか?』
『ああ』
『付与します。レアスキルは【浄化】です。不浄を滅する聖属性スキルのユニークスキルですので付与すれば今後捨てることは不可能になります』
『スキルの説明を了承した後にするとか悪意に満ちてるなこのシステム』
『付与しました』
俺の悪態などどこふく風とばかりにスルーし、システムアナウンスは何の感情も含まない言葉を紡ぐ。
『初期武具を選択してください』
そう言って表示されたのは数種類の武器。片手剣、両手剣、槌、槍、弓、ナイフ。の六種類。俺はドワーフ的に槌を選んだ。すると槌以外の武器が消え、手に握る槌のみが残された。なんの変鉄もない小槌だ。サイズは小さいが序盤なら問題ないかなと思える程度の武器だ。
『それでは最後に、転生を行います。これより貴方は貴方自身が作り上げたキャラとして異世界にて生きることとなります。貴方が思うがままに異世界をお楽しみください。それでは』
よい人生を。
その言葉を最後に、周囲に色が生まれ、やがて世界が生まれる。若々しい緑、木々の香り、目映いばかりの光、涼やかな風に、鳥の騒がしい声。
――そして、普段より大分低い目線。
俺は思わず手を見る。褐色の肌に細くしなやかな腕が見える。足を見る。褐色の肌に幼さの残る脚線には不相応な色気のある。胸を触る。尻を触る。顔を触る。髪を触る。その姿が。この姿が自分の作り出した。自分がその姿になっているのだと理解し、俺は吼えた。
「よっしゃあああああああああ!!!」
轟く声すらも高く、鈴の音を転がしたような事に余計に興奮し、感激し、俺は我を忘れて叫んでいた。
数多くのVR技術を使用したゲームをやってきた俺だが、ここまで再現されたゲームは初めてだ。今までのゲームでは現実と違う性別に変えてしまうと一部の感覚がカットされ、行動にもそれなりのペナルティが発生した。だがこれはどうだ。まるで俺が本当にそのキャラになってしまったかのように鮮明な感覚が感じ取れる。体をどう動かそうとも違和感もない。ブレも反応も感覚も生身の体のよう。素晴らしすぎる。俺は感動した。
だが、俺は周囲に不注意だった。
そこはどことも知れぬ森の中だった。なのに叫び、声高々に自らの場所を教えるその行為を俺が自覚するのは、少しだけ後の事だった。
ガサリ。と。
喜びを全身で表していた俺の後ろで不自然な物音がした。俺は喜びを邪魔された事に少し不機嫌になりながらも、ここが森の中だと理解して素早く槌を握りしめて構えた。
セーフティエリアでもない場所ならばモンスターが現れるのは当然だ。気合い十分に槌を構えた俺の目の前にどろりと何かが現れる。
半透明のどろりとした地面を這いずるなにか。俺の視界にその敵の名が表示される。
スライム。
序盤に出てくるモンスターの中では最弱で有名なあいつだった。
肩透かしを食らったように脱力してしまったが、しかし今は俺も弱いのだと思い出し、槌を油断なく構え直して突っ込む。
小槌を両手で握り、目一杯振り上げて一気に降り下ろす。ぐちゃりっ。と嫌な手応えと共にスライムが弾け飛ぶ。反撃を恐れて二、三歩離れたが、眼前に浮かんだメッセージにより自分が勝利したのだと理解した。
『レベルアップ!』
あまりにも呆気ない初戦闘に拍子抜けしながら、目の前にあるメッセージに触れる。
視界に展開されるゲームのウィンドウには俺のステータスが表示されている。
LV 2(+1)
・体力 7(+1)
・魔力 5(+1)
・筋力 15(+2)
・頑丈 6(+1)
・敏捷 6(+1)
・知力 4(+1)
・器用 8(+1)
・運 5(+0)
ステータスを弄れるのは最初のみで、それから先はレベルアップによるステータスのアップのみ。最初のポイント振り分けが大事と聞いていたが、別に俺はろりっこになりたかっただけなのでステータスは適当に振っておいた。運のステータスはレベルアップでは上がらないので初期値のまま。一番高いステータスは上がりやすいらしいのでこれからは筋力のステータスが特に上がっていく事だろう。
ウィンドウを一旦閉じ、今度は習得しているスキルを確認する。キャラメイクの時に聞いた限りだとあまり戦闘には役に立たないスキルしかないはずだが一応確認しておこう。
【固定化】
キャラの容姿を固定化する。あらゆる変化を受け付けない。
【浄化】
不浄を滅する。聖属性の最上位スキル。
【建材化】
オブジェクトを建材アイテムに変換出来る。一度に建材化出来る重量は筋力のステータスに依存する。
【加工】
建材アイテムの形を自由に加工出来る。
【特殊加工】
建材アイテムの性質など形状以外の加工に特化したスキル。
【計測】
あらゆるモノを精確に測れるスキル。
【設計】
設計図を構築するスキル。
【演算】
難解な暗算すら高速で処理出来るスキル。
見事にいらないスキルばかりだ。生産職のスキルだから戦闘には当然使えないし、正直扱いに困る。このゲームでは生産はしないつもりなんだから戦闘職のスキルが欲しかった。
ウィンドウを閉じ、槌を握ったまま森の中を歩き始める。何故かマップも何も目印になるものがないので歩かないと最初の町にも辿り着けそうもない。なんらかのイベントかとも思ったがウィンドウを開いて確認してみても何も情報がない。このまま立ち止まっていてもイベントも起こりそうもないので仕方なく森を進む。
しばらく森の中を進んでいると、いきなり視界が歪んだ。
「えっ……」
立ち眩みにも似た何かに俺は思わずウィンドウを開いてログアウトを選択しようとしたが、ログアウトするためのボタンがなかった。混乱した俺は強制シャットダウンをするためのコードを口にするが何も起こらない。何かの状態異常かと思い、ステータスウィンドウを開いてみると【障気汚染】とあった。何故そんな状態異常になったのか理解出来なかったが、それでもこのままいたらヤバイとはおぼろげながら理解出来た。アイテムボックスに何か状態異常に効くアイテムがないか確認してみるが何も入っていない。そろそろ本格的に危なくなってきた。スキルに何かないかと考えるがまともに使えそうなのは【浄化】のみ。一縷の望みをかけてスキルを発動してみる。
「っ!」
ステータスにあった【障気汚染】の文字が消え、立ち眩みのような強烈な何かが嘘のように消え失せる。曲がりなりにも最上位スキルか。と感心しながらウィンドウに視線を向ければ、やはりログアウトのボタンはない。再度強制シャットダウンのコードを口にするが何も起こらない。故障か、はたまた別の何かか。よくあるフィクションの物語にあるようなデスゲームなんて事はあり得ない。単なる一時的なバグだろう。運営が気付いて対処するまでどれくらいかかるか分からんが、まあ、それまでは精々楽しんでおこう。どうせ、今日はゲーム以外する事なんて――。
?
……?
…………?
は?
あれ?
どういう事だ?
なんで、俺は。
――自分の名前が思い出せない?
俺の名はカイナ。……いやいや、これはキャラの名前だろう。俺のじゃあない。俺の名前はもっと普通の…………………………?
何故?
どうしてだ?
一体何が起きている?バグで一時的に記憶が混乱しているのか?
いやあり得ない。そんな事はあり得ない。俺はいつから自分の名前を忘れていた?
いや、そもそも俺はゲームをしていたのか?
俺は学校にいなかったか?
どうしてゲームをしていた?
そこに至るまでの記憶がない。何故?
いやそもそも俺は……、何のゲームをしていたんだ?
__ぞくり、と。背筋を言い様のない悪寒が走り、俺はいつの間にか走り出していた。
走って。
走って。
走って。
走って。
そしたらいつの間にか森を抜けていた。
目の前には村があった。
【モモの村】
視界にそう、表示される。
俺は、無我夢中で村へと歩みを進めた。
次回。「障気の村」