魔術学院の吸血鬼
01
いきなりだけれど、僕には嫌いなものが三つある。
その三つが嫌いすぎて、それ以外の全てが好きに思えてくるくらいだ。大好きだ、愛していると言っても過言ではない。僕の方から求婚したいくらいだ。
さて。
いつまでもだらだらと語っていても仕方がないので、僕の嫌いなものを一つずつ、嫌いな理由も添えて話していこうと思う。
一応前置きしておくと、僕のその三つへの思いの丈はとても長くなる恐れがあるから(というか多分長くなる)、飽きたりしないで僕についてきてくれると助かるよ。
まず僕の嫌いなもの一つ目は『ハーレム』だ。
一口にハーレムと言っても色々あるね。一人の男の子を中心に複数の女の子が戯れたり、一人の女の子を中心に複数の男の子が戯れたり(逆ハーレムって言うんだっけ?)している。
その中心となる人物が惹かれやすい体質だったり、金持ちだったり、優しさだったりするけれど、結局は見た目が重要視される。
だって考えても見てもらいたい。
仮にお世辞にも見た目がいいとは言えない男の子が、不良に絡まれている女の子を助けたとしよう。それで助けられた女の子は彼に惚れるだろうか?
もしそれが漫画やアニメだったら、彼の見た目がどうであろうと惚れていただろう。
しかし、現実においてそんなことはあり得ない。
よくて助けてくれてありがとう、と言われるくらいだ。
もう一度言うが、現実において女の子を不良から助けたとしても、結局は見た目がよくなかったら、惚れられるなんてことはないんだ。
と、こんなことを色々言ってしまったが、僕はハーレム自体が嫌いと言っているわけではない。
あくまでも僕が嫌いなのは、そのハーレムの中心となっている人物に他ならないのだから。
なにせ、大抵の場合は無意識にそれを形成している。いわゆる天然フラグメーカーっていうやつかな。僕は無意識にそういうことをやる人間が嫌いなんだ。
だってその人間の周りは、大抵が煩くなるからだ。その中心――つまり核となっている人物に振り向いてもらおうと、必死になって自分をアピールしたり、どこに行ってもついていったりする。
僕が言い過ぎているだけと思う人も、中には何人もいるだろうけど実際、僕はそれを見たことがあるし身近にもあったりするんだ。本当に、いい迷惑だよ。
そんなところで嫌いなもの二つ目、面倒なことだ。
これについては誰しもがいえることだ。人間という生き物は楽に生きたいと思う、僕からすれば傲慢で贅沢で、わがままばかりを言っているようなものだ。
しかしそう言う僕本人も面倒なことが嫌いなわけで、僕自信も傲慢で贅沢で、わがままな生き物であることは、わざわざ言うことではない。いくら僕にだってそういう感性があるからね。
ただ面倒なことが好き――というより、自分からそれに関わりに行くような人間もいるけれど、僕にしてみればそんなの考えられない。考えたくもない。
どうして自分から面倒なことに首を突っ込むのか。そういうことをやったことのない、やろうとすら思ったことのない僕には、理解できない行動だ。
だけどそれについてはそういう場面に直面すれば、もしかしたら僕でさえも自分から面倒なことに身を投げ出すのかもしれない。絶対にない、なんて言い切れないからだ。
ようするに時と場合による、ということだよ。
でも。
自分から面倒なことに身を投げ出したわけでもなく、意図せずして面倒なことに巻き込まれることもある。さっきも言った、核となる人物の周りに群がる人間たち。そいつらが、予期せぬ面倒なことに、意図せずして巻き込ませてくれやがる。ありがた迷惑という言葉があるが、この場合は迷惑極まりない。
僕には幼なじみがいる。当たり前だが、そいつから見た僕も幼馴染みだ。
どうしてかはわからないけど、そいつはずっと僕と一緒にいたがるんだ。学校から帰るときも、食事のときも、寮に帰ってからもずっとだ。正直なところ、鬱陶しいを通り越して気色悪いくらいだ。
そいつは僕の一つ目の嫌いなものであるハーレムを、しかも無意識に形成して、周りに女の子を何人も侍らせている(というより、女の子の方がそいつに近づいてる感じだけど、僕から見たらそう見えるんだ)。
そしてそいつが僕と一緒にいると、周りの女の子は面白くないのか、ぎゃあぎゃあ喚いている。いくら言っても女の子たちは、僕の言葉を聞いてくれず、おかげで毎日が面倒なこと尽くしだ。わーい、やっほー。
……誠に申しわけない。自暴自棄になってしまった。でもこうなってしまうくらいに、僕の毎日は面倒なこと尽くしなんだ。本当に勘弁してもらいたいです。
彼女たちは僕とそいつが一緒にいることで何かが起こると思っているのだろうか? そんなこと、万に一つもあり得ないって。だって僕にはそんな趣味はないんだから。
そしてやっとのことで嫌いなもの三つ目に入ろうか。
僕の三つ目の嫌いなものというのは言わなくても、勘のいい人たちなら、もうわかってしまっているだろうけれど、わからない人もいるだろうから、ちゃんと明言しておくよ。
僕の三つ目の嫌いなもの、それは――僕の幼馴染みである、夜鷹影無その人である。
理由なんか今さら言う必要もない。
こいつは僕の嫌いなもの一つ目であるハーレムを形成し、そして二つ目である面倒なことを僕に運んできてくれやがる存在なのだから。
どうしてこんな奴が僕の幼馴染みなんだ。どうして僕の嫌いなものをこんなにも持っている奴が幼馴染みなんだ。おかげで嫌いなものが増えてしまったじゃないか。
穴があったら僕が入る代わりに、影無を頭から埋めてやる。埋葬してやる。悪意一〇〇パーセントで生き埋めにしてやる。
けれど何の因果かは僕たちは幼馴染み。
そんな行動にはまだ及んでいない。もちろんいつか及んでしまうかもしれないから、まだ、と言って保険をかけたに過ぎない。
とにかく。
これらが僕の三つの嫌いなものだ。
ハーレムに、面倒なことに、幼馴染み。
まるで王道的な展開を否定するようで申し訳ない限りなのだが、嫌いなものは嫌いなんだ。好きにはなれない。なる努力もしたくない。
今から僕が書き記すのは、僕のほんの些細な日常を垣間見る程度にしかならないのだが、まぁ、興味がある人はぜひとも拝見していってもらいたい。
そして影無を罵倒してやってもらいたい。そうしたら、影無も少しくらいは懲りてくれるだろうから。
さてさてそれではご開演。
部屋を明るくして画面から離れてみるようにしてくれ。
……おっと。
僕としたことが一番重要なことを言い忘れてしまった。だめだね、最近は忘れ事が多くなって困るよ。
それでは最後に。
僕は僕自身である飛垣理央――――吸血鬼が大嫌いだ。
02
僕の朝の機嫌は、良い方か悪い方かと言えば、間違いなく悪い方であることは、この学院にいる人間ならある一部を除けば、誰もが知っていることだ。低血圧ということもまた一つの理由なんだが、しかしいくら僕でもそれだけで機嫌は悪くならない。
それに僕の機嫌が悪くなるのは朝起きてすぐではなく、起きて身支度を済ませて、学生寮を出ようとする時間帯だ。たまに機嫌が悪くならないときはあるが、それは大抵の場合が、後に面倒なことに巻き込まれることになる。
だからどちらかといえば、機嫌が悪くなる方がいい。……ただ、ストレスで禿げてしまわないかが心配だ。そもそも、あいつさえ僕に関わらないでくれれば、この学院で危険物扱いされることもなかったんだ。おかげで、友達なんかほとんどいやしない。
せっかくの学院生活なのに友達がいない。最悪だ。
僕は友達が少ない、なんて誰かが言っていたような気がするけれど、まさにその通り。本当なら楽しいはずの学院生活が、ただ面倒なことに思えてくる。
とはいえ。
その全ての責任を擦り付ける気はない。それはあまりにも横暴すぎるというものだ。ちゃんと考えてみれば――考えなくても、他に要因があることはわかっている。
僕の特異すぎる容姿のせいだ。生まれつき、僕の髪は色素が抜けきった白に、瞳は鏡に映る自分が見ても引いてしまうような真紅。
十六年間生きてきてこの白髪にはもう慣れたものだが、どうも紅眼だけには慣れそうもない。
「はぁ……眠い、めんどくさい」
今日もあんな一日を過ごすのかと思うと、それだけでため息と愚痴が一緒に出てくる。
それでも部屋に閉じこもっていては仕方ない。仕方ないというよりは、閉じこもっていると後が面倒というだけなんだけどさ。
僕は部屋のドアに手をかけて開く。ちなみに部屋は二人部屋だけど、生憎と僕と一緒に過ごそうなんていう猛者は(一人を除いて)いなかったようだ。
「おはよう、リオ」
そしてドアを開けた先には、幼馴染みである夜鷹影無が、まるで、そこにいるのは当たり前だと言わんばかりに立っていた。
夜鷹影無。
幼馴染みという名の腐れ縁。
身長は僕よりも一つ分ほど高い。特に拘りがないように見える無造作に切られた髪は、それが影無に一番合っているように見える。
顔立ちは、誠に妬ましい限りだが、かなり整っている。俗にいうイケメンという奴だ。人懐っこい笑みが、影無は無害であるということを主張しているように見えて、思わず気を許してしまいそうだ。だけどその通りで、僕は影無ほど無害な人間を知らないし、見たこともない。
ちなみに影無が僕と同室になりたかった唯一の人間だ。
そのときばかりは僕も全力で、自分でも赤面してしまうのがわかるくらいに全力で断ると、影無はかなり落ち込んでいた。正直ウザかった。
そんなことがあったのは約三ヶ月前。僕たちが入学した当初の話になる。
「君のことは嫌いだ。話しかけないでくれ」
そして僕の影無に対する挨拶は毎回これだ。
真っ正面から嫌いだと拒絶を示せば、どんな人間だってもう関わろうとはしないし、少なくとも避けるくらいはするだろう。それが普通の反応で、当たり前の反応だ。
「そんなこと言うなよ。幼馴染みだろ?」
けれど影無は、これまた毎回笑いながら、大して気にした様子もなく、そう言うのだ。もしかしたら影無は、僕が冗談で言っていると思っているのかもしれない。
でもそれこそ冗談だ。僕のこの言葉は嘘も偽りもなく、本心から言葉。幼馴染みだというなら、それくらいのことが分からないわけじゃないはずだ。
「幼馴染みでも嫌いなものは嫌いなんだよ」
「でも俺は嫌いじゃないぜ?」
「君が嫌いじゃないとしても、僕は君が嫌いだ。話しかけないでくれ、鬱陶しいんだ」
「そんなこと言うなって。せっかくまた一緒の学院生活を送れるんだから、仲良くしようぜ?」
「…………」
僕と影無は幼馴染みだけれど、中等部の頃は同じ学舎にいたわけじゃない。高等部に上がってから再び再会した形になる。
初めこそ僕も幼馴染みと再会したことに嬉しかったけど、影無が僕の嫌いなものを二つも持ち、それでも近づいてくるから嫌いになった。
それさえなかったら、今ころは楽しい学院生活だったものを。だけど影無だから仕方がない。影無はそういう奴だ。
そういう奴だと割りきって距離を置こうとしたのに、なんで君は僕に関わってくるんだ。どっか行けよ。
僕の肩に手を回して肩を組もうとした影無の手を弾く。
「気安く触らないでくれ。童貞が感染るから」
「『感染る』と書いて『うつる』って読むんじゃねぇ。ていうか童貞は感染らねぇよ!」
「唾を飛ばすな、妊娠する」
「唾がついたとしても妊娠なんかしねぇよ!」
「というか僕の『感染る』の使い方を勝手に使うな」
「リオとの会話以外に使う機会なんかないだろうけどな」
「それじゃ、あとは一生その機会がないといいね」
「お前はそこまで俺と話したくないのか!?」
「毎回そう言っているだろ」
煩い奴だな、と僕は影無に言って部屋を出る。
「ついてくるな」
「ついてくるなって言われても、方向が一緒なんだから仕方ないだろ」
「じゃあ僕の隣を歩くな。仲がいいと思われる」
「思わせておけばいいだろ。俺とお前は幼馴染みなんだから、仲がよくて当たり前と思うけど」
「事あるごとに幼馴染みって言うのをやめてもらえないかな。まるで僕たちが幼馴染みみたいじゃないか」
「えっ? 俺たちって幼馴染みじゃないの?」
「そう思ってるのは君だけだよ。可哀想なことにね」
僕がそう言うと影無が頭を抱えてしまっていた。
どうしてこんな嘘も見抜けないんだ。僕と君はずっと昔からの幼馴染みだっていうのに、幼馴染みである僕の嘘も見抜けないなんて。
……まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどさ。
「そういえば、今日は侍らせてないんだね、女の子」
「いや、別に侍らせてるわけじゃないんだけど……」
「ふーん」
「な、なんだよ」
「別に。君が女の子を侍らせていようといなかろうと、僕にとっては関係のない話だからね」
「嫌な言い方するじゃねぇの。俺だってあれでも気まずいんだぜ? 女の子にあんなにべたべたされるのって、正直初めてだし」
「その割りには楽しそうだよね、君」
「まぁ、つまらないってことはないよ。俺の知らなかったこととか、色々分かって楽しいし」
こういうところは昔から何も変わらない。楽しいことや新しいことを目の前にすると、目をキラキラさせて子供みたいだった。
探求心が強いというか何というか、とにかく新しい発見には目がなかった。家が近かったとはいえ、わざわざそれを教えに来る必要はないだろうに。
たまに真夜中に叩き起こされたりもして、そういうときほど迷惑だと思ったときは……まぁ、多々あるわけだけれども。
僕たちは学院に続く長い一本道を歩きながら話す。
学院は学生寮から十分ほど歩いた場所にある。
そのおかげで、遅刻するということはほとんどない。それでもほとんどというだけで、遅刻が全くないというわけではない。
ふと耳を澄ましてみると、後ろの方から誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。
この音を聞く度に、僕は毎日が面倒になる。
そしてその足音の主は、影無に後ろから抱きついた。
「おっはよー! 影無くん!」
「あ、あぁ。おはよう、智香」
影無に抱きついたのはクラスメートの月城智香。
僕の白髪のように生まれつきの金髪の両脇をリボンで結っているのが特徴的だ。
見た目は子供っぽいというのにも関わらず、胸囲の発育だけは成長期真っ盛りのようで、目算でもDカップはあるように見える。
そんな男の子の夢が詰まったような胸を、智香は影無の背中に押し付けている。もちろんわざとだ。
これも毎回のことなので、何か言う必要もない。
「なぁに? 今日もリオくんは影無くんと一緒なの? チカ、羨ましいなぁ」
「羨ましいなら迎えに行くなりして、一緒に来ればいいじゃないか。むしろ僕としてはそうしてもらった方がありがたいよ。面倒なことが減るからね」
「そう? なら影無くん、もらっちゃうよ?」
「どうぞご勝手に。わざわざ僕に言う必要はないよ」
僕はそう言って早足で学院に向かう。
僕は智香のことが嫌いだ。そして僕が智香のことが嫌いであるように、智香も僕のことが嫌いなんだと思う。
だけどそれは智香に限った話じゃなくて、この学院にいるほとんどの女の子が僕のことを嫌っているだろう。
理由なんか言うまでもなく、影無と一緒にいるからだ。
影無は見た目もいい上に性格もいいから、同じ学年の女の子からはもちろんのこと、上級生からもモテている。それはもう、ファンクラブなんてものが出来てしまうくらいには。
女の子からしたら、そんな影無と二人っきりで話をしたいところなのだろうけれど、いつでもどこでもと言っていいくらいに、僕は影無と一緒にいる。
そのせいで二人っきりになれないだとかで、嫌われている。前に一度だけ、呼び出されたこともある。
やれやれ。例え僕がいなかったとしても、影無と二人っきりになんかなれないのに、いい迷惑だよ。僕よりも、影無に特にアピールしている人たちに言ってもらいたいくらいだよ。
その数いる内の一人が智香なんだけどね。
それにしても、まさかファンクラブなんてものが実在するなんてね。驚きと共に呆れたな。
「おはよう、リオくん」
「ん。おはよう、奏」
僕に話しかけてくれたのは同じくクラスメートの夏芽奏だ。
肩口辺りで揃えられた茶髪とピン止めが印象的だ。
影無のように大きくなければ、智香のように小さいわけでもない、いわば平均的で、僕と同じくらいの身長だ。
奏は智香や他の女の子と違って、影無のことが好きというわけではないし、僕の容姿のことも気にしているわけではない。
多分この学院で唯一と呼べるような友達だ。
声を聞いてるだけですごく癒されるし、嫌なことも忘れさせてくれる。僕は奏のことは大好きだ。
「どうしたの? また疲れたような顔してるけど?」
「いつもの事だよ。影無が迎えに来てたり、智香が走ってきたりと、ホントにいつもの事なんだ」
「大変そうだね、リオくんも」
「ホントに大変だよ。影無さえ僕にまとわりついてこなかったら、僕の学院生活はもっと楽しかったはずだよ」
「今は楽しくないの?」
「奏がいるからスゴく楽しい」
「えへへ、なんだか照れちゃうなぁ。私もリオくんがいるから学院生活、スゴく楽しいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕にこんな風に接してくれるのって、奏くらいしかいないし」
「みんなもリオくんと話せばいいのに。リオくんと話してるのって、楽しいのになぁ」
影無がいるから、それは無理だろうけどね。
僕の学院生活の楽しみは、奏との会話だと言ってもいいくらいだ。その他には楽しみがない。
奏がいてくれるから、不登校にならないで済んでいるようなものだ。
「奏、大好き」
僕は奏に抱きつくように寄り添う。
「リオくん、またそうやって甘えてくるー」
「だって僕、奏のこと大好きだし」
「私もリオくんのこと大好きだよ?」
「やっほー」
「こんな場所でやっても山びこは聞こえないと思うよ?」
「いや、僕の性格じゃ喜びをそこまで大げさに表現できないから言っただけだからね?」
こういうたまに入ってくるボケは、果たして天然なのだろうか? そこだけがいまいちよく分からない。
そして気がつけば、僕たちは学院の前まで来ていた。
正式名称を私立紅葉魔術学院。
ここは魔術を学ぶための学院なのだ。
03
魔術とは、有り体にいえば魔法のようなものだ。
けれど魔法のようなものというだけで、魔術と魔法は全く別物だ。
簡単に説明するとしたら魔法は何でもすることが出来る奇跡のようなものだけど、魔術はそこまで便利なものではないというのが、適当な説明だろう。
似ているけれど魔術と魔法はあくまでも別物。
例えば浮遊。
魔法使いにはそれが出来ても、魔術師にはできない。
だって何もしないで空に浮かぶだなんて、奇跡としか言いようがないではないか。
そこから分かるように、魔法というものは人類が成すことができない奇跡の諸行のことを指す言葉だ。
それに対して魔術というのは、努力すればなんとか出来るかもしれないという、つまりは科学の延長みたいなもの。それでも今の科学で出来ないことを、一般的に魔術と呼んでいる。
僕たちはその魔術を学ぶために、魔術学院に通っている。
しかし魔術学院に入学するためには、入学試験がある。
魔術についての知識問題と実技試験。
この私立紅葉魔術学院はそこまで厳しいわけではないから、知識問題か実技試験のどちらか合格さえすれば入学することができる。
だから知識だけに偏っている人もいれば、腕っぷしだけに偏っている人もいる。もちろん平均的な人もだ。
そして僕の幼馴染みである夜鷹影無はなんと、知識問題も実技試験も主席で合格した、いわゆる天才だ。
まぁ、天才なんて呼ばれているけれど、僕は影無が裏で血も滲むような努力をしていることを知っている。
それなのに周りはそれを認めようとはしない。努力でここまで強くなれるということを、どうしても受け入れられないからだ。決して届かない孤高の存在とすることで、天才だからできるということにして、誰もが努力をしようとしない。
越えられない壁があると思い込んで。
ある意味では影無も嫌われた存在だ。努力して手に入れたのに、それを天才だからできたとしているのは所詮、劣等感を感じないためだ。
影無は努力して強くなったのに、腹立たしいな。……って僕はどうして影無の為に怒っているんだ。
ちなみに僕は次席だ。ただ影無とは違って、努力はしていない。だからといって天才というわけでもない。もっと他の理由があって、次席に甘んじただけだ。
……訂正。今はどれだけ頑張ったとしても、次席になるのが精一杯なのだ。
それでも当初の目的は達せられたので問題はなかったのだが、今となってはその目的自体が僕のストレスの原因となっているわけで、自分で自分の首を絞めることになっている。
当初の目的というは、『風紀委員』に入ることだ。この魔術学院は名前の通り魔術を扱う学園だ。ここにいる生徒なら、誰もが簡単な魔術くらいなら使える。
そしてどの学校には不良やはぐれ者といった類いの人間がいるわけで、当然ながらこの魔術学院にもそういった輩はいる。そういう輩の抑止力として、入学試験で主席と次席の成績だった生徒は『風紀委員』に抜擢される。
ただそれは、本人がやると言った場合のみ、『風紀委員』に入れられることになる。困っている人を放っておけない、押しに弱いという主人公気質の影無は、二つ返事でそれを了承。
僕もそれを面倒がることもなく了承した。面倒ではあったけど、『風紀委員』に入りたかったのもまた事実だからね。
それはさておき。
今はグラウンドで魔術の実習の授業中だ。入学試験を合格したとはいえ、それはあくまでも入学が許された程度のもの。魔術師のたまごみたいなものだ。
魔術がなかった頃と違って、今の社会では高等部を卒業できるくらいには、魔術が使える技量が求められている。現実的なことを言ってしまえば、魔術を多く扱える人間ほど、就職先が増えるし、将来は安定することになる。
だから影無に言い寄る女の子の中に、玉の輿に乗ろうとしている輩も、少なからずいるわけだ。
なにせこの夜鷹影無、入学一週間で三年生主席を、魔術合戦で倒してしまうくらいなのだから。
まぁ、あんな才能だけに頼ってそれを鼻にかけてる奴なんかに、影無が負けるはずがないけどさ。
「今日は魔術の発動の復習をしたいと思います」
おっと。下らないことを考えている間に授業が始まってしまっていた。
「幸いなことにこのクラスには学年主席の影無さんと、次席のリオさんがいますので、魔術を実演してもらいましょう。いいですか?」
「構いませんよ」
「…………」
影無が何の躊躇いもなく言い切ってしまったので、仕方なく僕も頷いて承諾の意思を見せる。
僕が人前に出るのが苦手なのを分かっているくせ、勝手に決めないでもらいたいな。一人が了承したら断りにくいだろ。
「行こうぜ?」
「気安く触らないでくれ。童貞が感染るから」
「なんで朝と同じこと言ってんだよ。つーか童貞は感染らねぇって言ってるだろ」
「童貞なのは否定しないんだね」
「……うるせぇな。別にいいじゃねぇか」
影無の拗ねたような声を聞きながらみんなの前に出る。
さすが主席ということもあって、みんなの前に出るとさっきまでの情けなさがなくなっている。
魔術は便利である反面、使うには機嫌が伴う。ふざけ半分で魔術を使うことは、大怪我に繋がる。最悪、死んでしまうかもしれない。
だからこそ魔術を使う上で、知識と技術が必要になる。
「簡単な魔術でいいので、実演してみてください」
先生の言葉に僕と影無は頷き、制服の内側から、魔術を使うための触媒を取り出す。
魔術の触媒となるものは人それぞれだ。一般的には鉛筆より少し長いくらいの小さな杖を使うけれど、僕や影無は自分専用のものを使っている。
僕は指輪型で、影無は手袋型のものだ。
そして影無が魔術を使うための詠唱(呪文みたいなものだと思ってくれていい)を開始した。
「我、汝を使役する者――」
突如として影無を中心に風が渦巻く。これは魔術を使う際に発生する魔力の奔流だ。
魔術師としての実力が高い人間ほどこの奔流が大きいけど、ある一定を越えるとその奔流はなくなる。
そのときが、魔術師として完成した証らしい。
いくら影無に才能があって努力をしたとしても、学生の内にそこまで到達することはできない。
その理由としては学生はまだ、成長期だからだ。
成長している間はどうしても完成することはできない。というよりは、完成しないという方が正しい。
成長している間は――ね。
「宿すは指、精霊は陽炎、形は銃」
手袋を填めた方の腕を伸ばし、手を銃のような形にする。
すると指先に炎が集束していき、バスケットボールほどの大きさになったところで、今まで不安定に変化していた形が整った。
そして魔力の奔流が一気に強くなったところで、指先の炎の塊が事前に用意されていたマネキンに放出された。
ピッチングマシーンから投げ出された野球ボールのように勢いよく放出された炎の塊は、触れた一瞬にしてマネキンを溶解した。
「さすが影無さんですね。次はリオさん、お願いします」
「頑張れよ、リオ」
「…………」
嫌だなぁ。こういう見せ物みたいに魔術を使うのって。それにクラスの女の子の目がお呼びじゃないって訴えかけてくるし。
僕はバレないようにため息をつき、詠唱を始める。
「我、汝を使役する者――宿すは腕、精霊は雪女、形は剣」
僕が詠唱した瞬間、腕を覆うように氷の剣が顕れる。
影無が放出型の魔術なら、僕は憑依型の魔術だ。魔術にはその二つが存在している。
どちらかといえば憑依型の方が難しいと言える。放出型は放つだけに対し、憑依型は自分に魔術をかけて、強化するという意味合いが強いからだ。失敗すればそれなりのリスクを伴う。
「さすがお二人ですね。魔術は上手く使えばとても便利ですが、少しのミスが取り返しのつかないことになります。そんなことにならないためにも、しっかりと学びましょう。今からは各自好きなように魔術の練習をしてください」
先生がそう言うと、一斉に女の子たちが影無のところに押し寄せてくる。すでに予測済み出会った僕は退避している。どさくさに紛れて殴られでもしたら困る。
僕は知っている。女の子というのは男の子よりも、バレないように傷つけることに関しては上手いということを。経験済みだからね。
正面からじゃなくて、陰湿だから尚のこと質が悪い。
誰がやったか分かれば対応のしようもあるってものだけど、誰がやったかなんて分かりやしない。右を向いても左を向いても、やりかねない女の子ばかりだから。
「……ホント、嫌になる」
「何が嫌になるの? リオくん」
「僕に対する陰湿なイジメだよ。せめてやるなら堂々としてもらった方が、僕としてはありがたいというか、何というか」
「リオくんはみんなに嫉妬されてるんだよ」
「女の子の嫉妬ほど怖いものはないね」
僕は肩をすくめて見せながら奏に言う。
氷の剣の結合を解除して、空中に分散させる。
「相変わらず影無くんは人気だね」
「人気者は辛いんじゃないかな。あんな風に女の子に押し寄せられたら、練習なんか出来やしない」
「みんな自分の魔術を見てもらいたいって言ってるけど、本当は影無くんと話したいだけなんだよね」
「全くだ。恋は盲目なんて言うけど、あれじゃただ影無の邪魔をしてるだけだね。迷惑なだけだよ」
自分のことしか考えないで、影無の邪魔をしている。可愛さをアピールしてるつもりなんだろうけど、僕から見たらただ群れているだけだ。噛み殺したくなる。
そうやって影無の成績が落ちたらどうするんだ。どうせ影無以上の存在が現れたら、手のひらを返すだけのくせに。本当に腹立たしいよ。
「リオくんも相変わらずだね?」
「何が?」
「そうやって影無くんの心配してるの。何だかんだ言って、リオくんも影無くんのこと、気にかけてるんでしょ?」
「……一応、幼馴染みだから」
「もっと素直になればいいのに」
「むぅ……」
奏のそういう説教みたいなことを言うところは嫌いだ。
だけどそういうところを含めて、僕は奏が大好きだ。
そういえば、と奏は何かを思い出したように唐突にそう話を切り出した。
「リオくんは知ってる? 殺人鬼の噂――というか話」
「殺人鬼?」
「うん。今、学院をときめく噂なのだよ」
「殺人鬼か。興味ないよ、そんなの」
殺人鬼――人を殺す鬼。
そんなものが本当にいるんだとしたら、ぜひとも僕を殺してもらいたいくらいだ。どうせ、殺人鬼だろうと何だろうと、僕を殺すことは絶対にできない。
「でも本当にいたら怖いよね。自分も狙われてるって思っちゃうから」
そう言われたけれど、僕は全く怖いとは思わなかった。
奏が怖いのは殺人鬼に狙われてるかもしれないから、というわけではなく、殺されてしまうかもしれない、と思ってしまうからだ。
だから僕には殺人鬼に狙われる怖さっていうのを分からないし、理解することもできない。
だって僕は、絶対に死なない体質だから――
「――……っ!」
不意に背筋に悪寒が駆け抜けた。体を舐め回されるようなそんな気持ち悪さに加えて、心臓を握り潰されるような圧迫感。
僕はこれの正体を知っている。つい三ヶ月前、僕はこれを正面から受けて立ち回ったのだから。
振り返ってみても、そこには影無に押し寄せるクラスの女の子が多数いるだけで、誰が僕に――殺気をぶつけてきたのか、分かったものじゃない。
もしかしたら、案外近くに殺人鬼はいるのかも。
「どうしたの? リオくん」
「何でもないよ。ちょっと気になったことがあって」
「気になったこと? 分かった! 影無のことでしょ?」
「……まぁ、そんなところだよ」
的外れもいいところだよ、奏。
けれど僕は、彼女に心配をかけるようなことは言いたくない。彼女だけが僕の味方。そんな彼女に、余計な不安を与えたくはない。
「皆さん、もうすぐ授業の時間が終わりますので、教室に戻ってください。あっ、影無さんとリオさんは少しだけ残ってください」
僕は先生の言葉に首をかしげる。何か待ちぼうけを食らうようなことをやったっけかな。
他の生徒が帰っていくのを横目で見ながら、僕は先生の元に向かう。
しかし何故かそこには智香も残っていた。……影無の背中に抱きつくようにしながら。
「何やってるんだよ、智香。ここに残るのは僕と影無だけでいいんだ。君はさっさと帰りなよ」
「えー、だって智香、影無くんと一緒にいたいんだもん」
「それは別に構わない。でも今は邪魔だ、さっさと帰れ」
「だけどぉ、先生は帰れなんて言ってないよ?」
「…………」
この間延びした言い方はいちいち僕の神経を逆撫でする。人をおちょくっているような気がして、ついムキになってしまう。
僕は智香のこういうところが嫌いだ――なんて理由付けをしているけれど、実際のところ、僕はどうして智香が嫌いなのかは分からない。
人を嫌いになる理由なんてたくさんあるのに、そのどれもがしっくりと来ない。もっと他に理由があるような気がして、胸がもやもやする。
「お前ら喧嘩するなって。智香も先に戻ってろよ。な?」
「影無くんがそう言うなら仕方ないかなぁ。それじゃあね――リオくん?」
意味深な笑みを浮かべて智香は学院に戻っていく。やっぱり君だけは気に入らないよ、月城智香。
「それで先生。俺たちを残してどうしたんですか?」
「あっ、はい。風紀委員会が放課後に行われるという話があったので、お二人に伝えておかないといけないと思いまして」
「げっ、風紀委員会ですか……?」
「風紀委員会です」
影無はそれを聞いてがっくりと項垂れる。
風紀委員には入ったものの、風紀委員には以前に影無が倒した三年主席がいる。こてんぱんにしてしまったから、会いたくないんだろうなぁ。
それ以外にもちゃんと理由はあるんだけどね。
でも風紀委員会が開かれるなんて、珍しいこともあるものだね。
風紀委員のメンバーは、一年生から三年生までの主席と次席――合計六人で構成されている。
実質的にいえば風紀委員は学院最強の集まりということになり、個人で呼ばれることはあれど、全員が一同に会するなんてことはまずない。
思いがけない事態が発生したか、何かってことだろう。
「先生は何か聞いてないんですか? 集まる理由とか」
「さぁ……なんでもあまり公にできないことだとか」
教師にも教えられないこととなると、これはもう、明らかに思いがけない事態が発生したとしか思えない。
「何だかよく分かんねぇけど、風紀委員会があるのか……。またあの人と会うのか……」
「よかったじゃないか」
「よくねぇよ! 俺、あの人苦手なんだよなぁ……」
「驚きだよ。君にも苦手な相手がいたんだね」
「そりゃ俺だって苦手な相手の一人や二人はいるさ。なぁリオ、あの人、何とかしてくれないか?」
「無理だね。僕からしたら、今の君の立場がそうなんだ。だったら何とかすることなんて、できないのはわかっているだろ」
「そこまで嫌だったのか!?」
「今さら気づいたのかい?」
気づくのが遅すぎるよ。毎朝嫌いだって言ってるのに。
「だけどそれなら仕方ないか」
「君はそれだけでどうして納得できるかな」
「だって俺もリオと一緒にいたいからさ。仕方ねぇよ」
……そんなことで納得するのかよ。相変わらず君は昔から何も変わっていないね。本当に昔から、何も。
とりあえず先生の話が終わったようなので、僕たちは着替えるために更衣室に向かう。
今さらだけど、僕たちは魔術を使うときに安全性を考慮して作られた『魔術防護服』を着ているのだ。
これはまだ魔術を使いなれていない学生の魔術による危険を減らすため、魔術が失敗したときに、強制的に魔力を分散させる性能がある。
ただまぁ……男の子と女の子によってデザインが違うし、どれもこれもが同じだから、男の子の場合は露出が無さすぎて暑いし、逆に女の子の場合は露出が多すぎて目線に困る。
更衣室に入ると、やはりすでに誰もいなかった。
智香くらいならいてもいいくらいの時間しか経っていないが、あいつがいるくらいなら誰もいない方がいい。
僕と智香は会えば喧嘩をするような仲だし、あいつと狭い空間に二人っきりだなんて――殺したくなる。
「はぁ……」
一人になると、どうしてもため息が多くなる。
髪を掻きあげながら自分のロッカーを開けて、魔術防護服を脱ぐ。
目の端に何かキラリと光るものが見えて、意識が一瞬だけ無くなりかけたのを、強引に引き戻す。……立ち眩みかな? 気にするほどじゃないからいいけどさ。
僕は特に深く考えることなく制服に着替え、更衣室を後にした。
04
風紀委員会とは、さっきも言った通り一年生から三年生までの主席と次席、合計六人で構成されている組織だ。
その役割は、風紀を乱す不良やはぐれ者たちの抑止となることが表向きだが、実際のところは思いがけない事態の収集にある。
だいたいの主席や次席になる人間はなにかしら、自分だけの魔術を持っていたり、特異点があったりする。いくら魔術師として完成していなくとも、その実力は折り紙つきだ。三年主席も影無に負けたとはいえ、実力はずば抜けている。
影無だから勝てたけど、この学院で他に勝つことはおろか、触れることができる人間すらいないだろう。それだけ二人の実力はずば抜けているわけで、三年主席はもちろんのこと、もう影無にも様々な機関から推薦が来てるとかなんだとか。
ただ影無はその全てを悉く断っているらしい。理由は僕も教えてもらっていない。
影無くらい強いなら、わざわざ学院で学生に甘んじている必要はないと思うけど、僕には影無の考えは分からない。きっと学院にいるのも理由があるはずだ。理由もなく影無は頼み事を断ったりしない。
今は影無と三年主席のことばかり話していたけど、他の主席や次席の実力も凄まじい。
おそらく今の僕ではその誰もに対抗することはできないだろう。一年次席には妥当な実力だ。
三ヶ月前。
そのときを境に僕は今の僕になった。弱くなってしまった。しかしそれは僕自身が望んだことで、他の誰かに非があるわけではない。
たまに不便だと思うときはあるけど、前の僕に戻りたいと思ったことは、今のところはない。
けれど、そのせいで他の問題も生じてしまったわけで、そのおかげで僕は、この魔術学院に入ることになってしまったわけだ。
たかだか魔術学院に解決策があるとは思えないけど、行動に移さないよりは幾分か気が晴れる。
そしてその問題というのが、僕の特異点だ。というより、僕という存在の方が特異点だろう。
ちなみに、それと僕の実力は大いに関係している。とてもじゃないが僕の実力は、他人に威張れるようなものじゃないんだ。
元々威張るつもりなんてさらさらないんだけどさ。
それはさておき。
僕と影無は風紀委員室の前にかれこれ二十分ほど、入らずに立ち止まっている。原因は影無にある。
僕は立ち止まる理由なんて何もないんだけど、影無がどうしても待ってくれと言うから、どうしても入ることができないでいる。
両目を閉じて瞑想をしながら唸っている。
「君はいつまでそうしてるつもりなんだ?」
「も、もう少しだけ待ってくれ。いや、待っていただけませんか。待ってください、どうかお願いします」
「……まぁ、そこまで言うなら別に構わないけどさ」
これはさっきの言葉は訂正した方がいいかもしれない。
僕は影無と会うのにはここまでの葛藤を必要としないし、こんなに躊躇する必要もない。どうやら僕が影無のことを嫌っている以上に、影無は三年主席のことが苦手らしい。
大きく二回、影無は深呼吸するとカット両目を見開く。
「よし! 行くぞ!」
「……そんな最終回間近の主人公みたいなセリフを言うほどのことじゃないと思うけどな」
「どうせ短編だから最終回みたいなもんだろ!」
「メタな視点からの発言はやめてくれ」
やるならせめて僕だけの特権だろ。僕の視点で物語が進んでいるわけなんだからさ。
影無は風紀委員室のドアを音を立てて一気に開け放つ。
その直後、風紀委員室から誰かが飛び出してきて、影無に襲いかかっていた。右手には刀が握られていて、それを影無に振り下ろした。
それを影無は真剣白羽取りで受け止めている。
おぉ、まさか本物の真剣白羽取りを見れるなんて、夢にも思ってなかったぞ。
「き、貴様、遅いぞ! 何をしていたのだ!」
「ぐぬぬ……っ! 先輩がこういうことをしてくるから、決意を固めてたんですよ……っ!」
「貴様が遅いから悪いのだ! 貴様が早く来れば私だって、その……心配する必要はなかったのだ!」
「俺を斬ろうとした人のセリフじゃないですよねぇ!」
僕の目の前で影無に刀を振り下ろしているのは、琉ヶ崎遊佐先輩。
『東雲流』と呼ばれる、流派の当主らしい。何を隠そうこの人が影無にこてんぱんにやられた三年主席だ。
魔術と刀のどちらが有利かなんて火を見るよりも明らかだと思っていたけど、それは大きな勘違いだった。
結果的にはこてんぱんにやられたけど、仮定では刀が魔術を上回っている場面がいくつもあった。
「この……いい加減に、しろ!」
影無は白羽取りで受け止めた刀ごと、琉ヶ崎先輩を投げ飛ばした。
投げ出された琉ヶ崎先輩は、床にぶつかる数十センチ手前で体をぐるりと回転させ、何事もなかったように綺麗に着地する。
「いきなり何なんですか、先輩」
「だから貴様が早く来ないから心配したと言っているだろう。私がどれだけ心配したことか……」
「心配してるなら斬りかからないでもらえますかねぇ!」
「それは出来ん」
即答しやがったと、影無は隣にいる僕にしか聞こえないほど小さい声で呟いていた。
右手に構えていた刀を鞘に戻し、琉ヶ崎先輩は僕たちに視線を向ける。改めて琉ヶ崎先輩を見てみるけれど、やはり美人だと思う。
黒曜石を思わせるような長く艶やかな黒髪。
凛とした顔立ちはどことなく冷たさを感じさせる。
纏う雰囲気は、触れば斬れてしまいそうな、抜き身の刀のような鋭さがある。
そして制服のスカートの下から覗かせる黒タイツの太ももは、物凄く色っぽかった。
「飛垣も無事なようだな。安心したぞ」
「さっきからどうしたんですか? 心配したとか何とか」
「その話はこれからするところだ。二人とも入れ、今すぐ風紀委員会を開始する」
琉ヶ崎先輩にそう促され、僕たちは風紀委員室に入る。
「ってあれ? 他の人たちはまだ来てないんですか?」
「来ていないのではない。来れないんだ」
がちゃりと、風紀委員室のドアの鍵を閉める。
「来れないって、どういうことですか? 風紀委員会って基本的に全員出席するはずなんじゃ……」
「基本的にはな。だが来れないのでは仕方がないだろう。来れない理由に関しては、今から話してやる。とりあえずそこに座れ」
僕たちは琉ヶ崎先輩の言い方に疑問を覚えながらも、指差された長椅子に座ることにした。
前回に来たときはここに、琉ヶ崎先輩を抜いた五人が狭々と座ったものだけど、今は僕と影無の二人しかいないため、割りと広く感じる。
そんな僕たちの正面の椅子に腰をかけた琉ヶ崎先輩は、長い足を組みながら言った。
「二人も聞いたことはないか? 殺人鬼の噂を」
「僕は詳しいことは分かりませんけど、殺人鬼がいるってことだけは聞きましたよ」
「俺はよく分からないです」
「そうか。隠している必要もないから正直に言うが、今ここに来ていない風紀委員のメンバーは――――その殺人鬼にやられた」
その言葉を聞いた影無が、目を見開いて絶句していた。
僕はと言えば、そこまで衝撃的ではなかった。というのも、僕が風紀委員のメンバーに全くと言っていいほどに思い入れがないからだろう。薄情だと言ってもいい。
生憎と僕は、大して親しくもない相手がやられたからって、それについてどうこう思うほどの感情は持ち合わせてはいない。僕は非常識なんだよ。
それに僕という存在自体も、限りなく非常識だ。
「殺人鬼にやられたってどういうことですか!?」
「落ち着いてくれ。やられたと言っても殺されたわけではないんだ。中には重症のメンバーもいるがな」
「これが落ち着いていられますか! だって風紀委員のメンバーが三人もって……。風紀委員は学院最強なんじゃないんですか!?」
「確かにそうだ。だがその傲りが、敗因なのかもしれん。私と影無が戦った、あのときのようにな」
そのときの琉ヶ崎先輩の敗因は、自らの力を過信しすぎていた傲りと、才能だけに頼りすぎてしまったことにある。
けれどそれは仕方がないことでもある。力を持つものはそれを他者に見せつけたくなる。自慢したくなる。
そして『学院最強』なんていう称号は、その人を慢心させるには十分すぎるものだった。
「貴様らがまだ無事で安心したぞ。どうやら今回は手遅れになる前に手を打てたらしいな」
「手遅れになる前に?」
「あぁ。この殺人鬼に関しては二週間ほど前から情報が届いていてな。貴様ら二人を抜いた風紀委員メンバーで対処に当たっていたのだ」
「どうして俺たちにも言ってくれなかったんですか!」
影無は立ち上がり、琉ヶ崎先輩を睨みながら叫ぶ。
それも当然のことだ。実力的にいえば僕に言わずとも、影無だけには伝えるべきだった。学院最強の二人で対処に当たらせるべきだったんだ。
そうすれば、余計な犠牲も出さないで済んだ。
「これは生徒同士の小競り合いではなく、実戦なのだ。影無、貴様は実戦の経験はあるか?」
「それは……ないですけど」
「実戦の経験もない貴様らを、戦わせるわけにはいかなかったのだ。言い方は悪いが、信用できん」
「…………」
これは試験ではなく実戦。
死ぬ可能性がある本気の殺し合い。
そんなものに、経験のない影無を参加させたところで、本来の力の半分も出すことはできないだろう。
試験と実戦は違うんだ。命がけの戦いだ。
実戦馴れした風紀委員メンバーを三人も倒した殺人鬼を相手に、影無を参加させなかった琉ヶ崎先輩の判断は正しかった。
いくら影無が学院最強だとしても、実戦経験がないなら足手まといにしかなりかねない。
「だが、そうも言っていられなくなった。風紀委員メンバーが三人も負傷し、今戦えるのは私と貴様らだけなのだからな」
「でも、四人も風紀委員メンバーが対処に当たったのに、どうして傲りが敗因かもしれないと曖昧な言い方なんですか?」
それは僕も気になっていたところだ。全員が殺人鬼の対処に当たったなら、そんな他人行儀な言い方にはならないはずだ。
その言い方はまるで、やられたのを後から知ったような言い方じゃないか。
「……風紀委員メンバーが負傷したと知ったのは、あくまでも人伝であるからだ。直接私がその場に居合わせたのではないからな」
「他の風紀委員メンバーは殺人鬼と一人ずつ対峙して、負けたということでしょうか?」
「おそらくそうだろう。メンバーが一気に負傷したのではなく、日付がバラバラに負傷したと聞いたからな」
なるほどなるほど。どうやら殺人鬼は一対一で風紀委員メンバーを倒すことができても、一対他では勝つことはできないみたいだ。
「不幸中の幸いか、殺人鬼によって被害を受けたのは風紀委員メンバーだけだ」
「は?」
被害を受けたのは、風紀委員メンバーだけ? それじゃあおかしい。それじゃあ殺人鬼が殺人鬼に成り得ない。
だって殺人鬼は、人を殺さなければなれないのだから。
「私たちが殺人鬼と呼んでいるそいつは、事実から派生した呼び方ではなく、そいつ本人が『殺人鬼』と――そう呼べと言ったものだ」
「……人を殺していないのに殺人鬼って、おかしいことを言うね。だって殺人鬼って人を殺す鬼のことだよ」
「他に呼び方がないから、そう呼んでいるだけだ」
それは予告をしているつもりなのだろうか。『殺人鬼』と呼ばれている自分が、本物の殺人鬼になるという予告。
もしもそうだとするなら、この『殺人鬼』の行動はまだ終わらない。誰かを殺すまで、終わらない。
「殺人鬼が狙っているのはおそらく風紀委員メンバーだ。私たちは比較的、恨まれやすく、妬まれやすく、狙われやすい立場にいる。力を告示するにはうってつけの存在なのだ」
「なんだよ、殺人鬼はそんなことのために、他の風紀委員メンバーを襲ったっていうのかよ……っ!」
「理由は分からん。しかし、狙われていることは確かだ。だから貴様らは単独で行動するようなことはするな。狙われるファクターになりかねん」
「先輩はどうするんですか?」
「…………」
影無のその言葉に琉ヶ崎先輩は黙り込んでしまった。
主席と次席というのは、風紀委員においてはパートナーのような存在なのだ。その活動を行うときは、いつでも一緒にいることになる。
けれど琉ヶ崎先輩には、パートナーはいない。
もうすでに、三年次席はやられてしまったのだから。
「だったら先輩も俺たちと一緒にいるべきです」
「えっ……?」
「俺は先輩に傷ついてもらいたくない」
「な、何を言っている。私なら殺人鬼が相手であろうと、遅れをとったりなどしない」
「嘘ですね。もしそうなら、俺たちに言う必要がない」
「うっ……」
「先輩は自分がやられてしまうかもしれないということを考慮して、俺たちに教えてくれたんだ」
「そ、そんなことはない。ただ貴様らが何も知らないまま殺人鬼にやられてしまうのではないかと……」
「それもあるんでしょうけど、一番は自分がやられてしまったあと、俺たちに殺人鬼をどうにかしてもらいたい。――自分が相打ってでも、殺人鬼を手負いにするから」
影無は琉ヶ崎先輩に詰め寄り、目を真っ直ぐに見据えながらそう言う。僕はそれを、長椅子から鑑賞。
「先輩も俺たちといるべきです。俺は、先輩に傷ついてもらいたくないから」
「あぅ……」
はい出ました、天然フラグメーカー。ただでさえ前の戦いで琉ヶ崎先輩は影無に惚れてるのに、そんなことを言ったらどうなることやら。
顔を真っ赤にさせて、頭から湯気なんか出してるじゃないか。しかもそれを見て影無はどうしたんですか、なんて言ってやがる。君はどこまで鈍感なんだよ。
「わ、分かったから少し離れてくれ……」
「あっ、すみません」
「い、いや、謝ることはないぞ。それより影無と一緒にいた方がいいということは、その……寝るときも、一緒なのか……?」
「殺人鬼がいつ現れるか分かりませんから、なるべく一緒にいた方がいいんじゃないですかね」
……おい。なんで僕を置き去りにして勝手に話を進めてるんだ。勝手に二人だけの世界に入らないでもらいたいんだが。
「そ、そうなると、私か影無の部屋に……」
「あー、俺の部屋は同居人がいるのでちょっと。先輩の部屋はどうなんですか?」
「私の部屋にも同居人はいるのだ」
「となると……」
どうしてそこで僕の顔を見るんだ影無。こっちを見るなよ気持ち悪い。童貞が感染るだろ。
「リオの部屋って、確か同居人はいなかったよな?」
「……だからなんだって言うんだ」
「俺と先輩とリオは一緒にいた方がいいと思うから、どうかリオの部屋に泊めてもらえないか?」
「嫌だね。僕は君が嫌いだって言ったはずだ。僕は嫌いな相手を部屋に泊めるほど優しくはないよ」
「今回は俺だけじゃなくて先輩も一緒なんだ。……頼む」
影無はそう言って僕に頭を下げてきた。どうして君は、そうやって他人のために必死になることができるんだ。僕には理解できないよ。
そうやって他人のために動くことができない僕にとっては、理解に苦しむ行動だ。
だけど僕は昔から、影無のこういうところに弱かった。
「はぁ……分かったよ。今回だけだからな」
「本当か! ありがとな、リオ! お前が幼馴染みで本当によかったよ」
「そんなところで感謝するな。あと抱きついてくるな」
僕は抱きついてくる影無を押し返しなからそう言う。気持ち悪いからそんなにべたべたしないでくれ。
「僕の部屋に来てもベッドは二つしかないんだ。誰かが床に寝ることになるけど、影無で構わないよね?」
「なんで俺に決まってるんだよ!」
「僕の部屋なんだから僕がベッドを使うのは当たり前。そして君は先輩である琉ヶ崎先輩を床で寝かせるつもりなのかい?」
「それ確かに……」
「も、もし影無が構わないなら、私のベッドに来てもいいのだぞ……?」
「やっぱり来るな、影無だけ」
「だからなんで俺だけなんだよ!」
当然のことじゃないかと言って、僕は立ち上がる。
中々どうして、僕は面倒なことに巻き込まれやすいらしい。それから目を逸らすことも出来るけど、それをやったルートっていうのは大概がもっとめんどくさい。
だから僕は決めてるんだ。こういう面倒なことの流れには逆らわず、流れのままに行こう――ってね。
05
「こんな真夜中に何の用だ」
目の前で偉そうに足を組んで、僕に見向きもしない神咲古仙はそう言った。
獅子を思わせるような荒々しさを感じさせる銀髪に、全てを拒絶するような鋭い目付き。琉ヶ崎先輩とはまた違う、絶対零度のような雰囲気だけが神咲にはあった。
「君に用があるって言ったら、情報しかないのは分かってるだろ。ほら、金はちゃんと払うよ」
僕はそう言って、目の前のベッドに金の入った袋を叩きつけるように投げつけた。
神咲は一瞬だけ僕に視線を向けたかと思えば、遠慮も作法もあったものではなく、いきなり袋の中に入っている金の確認を始めていた。
ちなみに金額は五十万円。とてもじゃないけど、学生に払わせるような金額でないであろうことは、お坊っちゃまやお嬢様でなければ誰でも分かることだ。
さて。
章が変わっていきなり新しい登場人物が出てきて、ついてこれていないだろうから、今ここに至るまで簡単に回想をしたいと思う。
まぁ、回想をするほど大したことはしてはいない。
あのあと予定通り僕の部屋にやってきた影無と琉ヶ崎先輩。殺人鬼について何か手を打とうにも、何もできることはないので、とりあえず明日にしようということで寝ることにした。
けれど僕には情報を得る手段があったため、二人が寝たのを確認して、危険を省みず、神咲のところまでやってきたという次第だ。
神咲古仙。
明らかに偽名と思われる名前。常に相手に反発するような態度を見せる無愛想な男。
情報屋という今どき珍しい仕事をしている。しかし、それだというのに僕と同い年だという。
そして。
僕は三ヶ月前、この男に協力してもらった。
人間になるために――
「……それで、用事ってのは何だ?」
金額の確認が終わったらしく、神咲が僕の方に向き直った。相変わらずの周囲と反発するような態度を見せながら。
「だから僕が神咲に会いに来るのは、情報を分けてもらいたいからさ。それ以外で君の世話になるつもりなんて、もうないと思うよ」
「何の情報が欲しいんだ?」
……こいつ、三ヶ月前に会ったときとちっとも変わってない。あまり話すのが好きじゃない僕の方から話題を振ってるのに、悉く本題に入っていきやがって。少しくらい寄り道しろよ。
だけどこの態度は、いつものことだから仕方がない。
だってこいつは、天邪鬼だから。
周囲とは相容れない、邪悪な鬼。
「殺人鬼についてだよ。このことについては噂程度にしか広まっちゃいないけど、君なら何かしらの情報を掴んでいるんだろ? 何せ、君は情報屋だからね」
「俺が情報屋だからと言って情報を掴んでいるとは限らないだろ。俺だって人間だ。何の情報もなかったら、アンタが払った金は無駄金だ」
「それだったら君は役立たずだったってだけさ。それと君は人間じゃないよ。僕や殺人鬼と同じ、立派な鬼だ」
「……興味ないね」
神咲は僕の言葉をばっさりと切り捨てる。切られたということも分からないほどに、ばっさりと。
確かに神咲にとってそんなことに興味はないのだろう。彼の興味を惹くものは、いつだって情報のみ。それ以外はどうでもいいんだ。
「で、殺人鬼について知ってることはあるのか?」
「あると思ったから来たんだろ」
「ないと思っても来たよ。情報を君から得られないんだったら、完全にお手上げだからね」
彼が知らない情報はない。妖怪変化のオーソリティーや詐欺師やゴーストバスターの先輩じゃないけど、彼は何でも知っている。知らないことは、何もない。
だって彼は魔法使いだ。存在しない、存在するはずがないと謳われるあの、本物の魔法使い。
「僕は君を信頼はしてないけれど、一応信用はしている」
「……知らないね、そんなこと」
「それで、殺人鬼についての情報はあるんだろ? ちゃんと情報料は前払いしたんだから、その分はきっかり教えてもらうよ」
「分かっている。だが教えるのは受け取った金額の分だけだ。それ以上は教えられない」
「ケチだね」
「普通だ」
これだけ多額の金額を払ってるんだから、少しくらい余計に教えてくれてもいい気がする。だけど神咲からしたら、それなら頼むなってことなんだろうけど。
神咲は情報屋として有名だから、各国から情報を求めてお偉いさんがやってくる。その分だけかなりの金額を貰っているはずだ。そうしたら僕の五十万なんて安い金額だ。
ただ、神咲がどこにいるかというのは、僕を除いて誰も知らない。だからこうして会いたいときにあって、情報を貰えるわけだ。
神咲が魔法使いだと知っているのは僕だけらしいのだ。それは別に関係ないのだけれど、同じ鬼同士のよしみというか何というか、よく分からないけど教えてもらった。
でも各国のお偉いさんも、神咲がこんな場所にいるだなんて、思わないだろうなぁ。
だって神咲が拠点にしてる場所は、ラブホテルなんだから。つまり僕もラブホテルに来ているということになるわけだ。……正直入るとき、かなり気まずかった。
「それで何を教えてもらいたい」
「殺人鬼についてとにかく全部だ。あぁ、どうせ紅葉魔術学院の風紀委員メンバー三人が殺人鬼にやられたっていうのも、当然知ってるんだろ?」
「当然だ。なら何を教えてほしいんだ? 吸血鬼」
神咲にそう呼ばれて、僕は自分でも顔をしかめてしまうのが分かった。
「僕のことをそう呼ぶな」
「三ヶ月前はそう呼んでも怒らなかったはずだが?」
「今の僕は吸血鬼じゃない。それは、僕と君が一番よく分かっているだろ?」
「……さぁな」
僕が神咲を睨むも、神咲は全く気にした様子はない。それを腹立たしく思いながら、情報を開示するように催促する。
「そこまで知っているなら、風紀委員の奴らが個人的にやられていることももう知っているな?」
「もちろん」
「なら、どうして個人的にやられたかは知っているか?」
「それはただ単に油断や慢心があったから……」
「そうじゃない。それは敗因だ。俺が言いたいのは、どうして一人になったかということだ」
「はぁ? 別に一人になったっておかしくはないだろ」
「一人目ならな。紅葉魔術学院の風紀委員は一年生から三年生までの主席と次席の合計六人人――つまるところの最強メンバーで構成されている」
「そうだね。今さら言うことじゃないよ」
「その最強メンバーの一人がやられた時点で、一人になるのは危険だという判断を、琉ヶ崎遊佐はしていたはずだ」
言われてみると、確かにその通りかもしれない。
風紀委員の一人がやられたのだから、その殺人鬼は風紀委員と同等の力を持っていると分かる。それで殺人鬼を対処するためには、複数でいる方がいいと、あの琉ヶ崎先輩なら判断したはずだ。
それなのにも関わらず、風紀委員メンバーは一人ずつやられたと言っていた。それはつまり、
「殺人鬼に呼び出された……?」
「そうだ。そいつは風紀委員の奴らを一人ずつ呼び出して、倒していったことになる。もし琉ヶ崎遊佐があの時間帯にアンタたちと合流しなかったら、狙われていたのは琉ヶ崎遊佐だ」
「勝敗は?」
「いくら俺でも未来まで見通せるわけがないだろ。……まぁ、おそらく琉ヶ崎遊佐が負けるだろうな」
「それは予測かい?」
「あぁ。俺は琉ヶ崎遊佐と、アンタたちが『殺人鬼』と呼んでいるそいつの実力を知っている。実力的に言えば、琉ヶ崎遊佐が圧倒的に劣っている」
「わぉ……それはそれは」
まさか学院で二番目に強い琉ヶ崎先輩でさえ、殺人鬼の強さに劣っているなんてね。
風紀委員メンバーばかり狙っているから殺人鬼は学生だと思っていたけれど、もしかしたら相手は魔術師として完成した相手なのかもしれない。
そうなると殺人鬼の動機が全く分からなくはなるけど。
だけど殺人鬼に理由なんて求めちゃいけないかな。殺人鬼が人を殺すことに意味なんてないんだから。
それと同じように、吸血鬼が人の血を吸うことに、意味なんて――ない。
「ちなみに影無と殺人鬼の実力差は?」
「互角といったところだ。実戦の経験の有無で、どちらかといえば殺人鬼の方が上手だな」
影無と同等の実力で、経験差で殺人鬼の方が上手か。
それじゃあ学院の人間が手に負えるような事態じゃないね、これは。
「殺人鬼は必ず、風紀委員の奴らを一人ずつ着信かメールで呼び出している。行く必要はないが、それは行かざるを得ない内容だったということだ」
「その内容っていうのは分かるかい?」
「内容は個人的なものだ。大して関係はない」
風紀委員メンバーが従わざるを得なかった内容か。何か弱味を握られたか、それとも何かを後ろ楯につけたか。何にしろ、一緒にいることには意味はないか。
一緒にいることに越したことはないにしろ、どうせ呼び出されて一人になるんだったら、やはり意味がない。
「じゃあ最後に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「殺人鬼はいったい誰なんだ」
「悪いがそれを教えるには、アンタが払った金じゃ足りないね」
「五十万も出してまだ足りないのかい? まぁ、いいよ。そこまで分かったなら、あとは自分でなんとかするから」
僕はため息半分、呆れ半分でそう言って踵を返す。三ヶ月前のことのおかげで、それまで溜め込んでいた金はほとんど使いきったし、この五十万だって何とか捻り出したものだ。
これ以上はどう頑張ったとしても積むことはできない。
そうだと呟いて立ち止まり、もう一度神咲に向き直る。
「神咲」
「なんだ」
「吸血鬼もどきってさ、いったい、どうやったら殺すことができるのかな?」
「……俺にも分からない」
「やっぱりか。でも信じられないね、魔法使いでも分からないことがあるだなんて」
「俺も信じられないな。人間でも吸血鬼でもない、吸血鬼もどきが存在するだなんてな。前代未聞だ」
神咲は両手を挙げて降参するようなポーズをする。それを見て僕は、今度こそ神咲が泊まっている部屋から出る。
そうして僕は捨てセリフの如く、最後に呟いた。
「僕もだよ」
06
いきなりで申し訳ないのだけれど、僕と影無が私立紅葉魔術学院に入学した当時、三ヶ月前より数日前のことを振り返ってみようと思う。
今のこの物語自体が僕の日常を垣間見ているわけなのだけれど、ぶっちゃけてしまえば、もうあんなのは日常ではない。断言しよう。
こんなところでぶっちゃけられても困ってしまうだろうけど、多少のメタな発言は許してもらいたい。僕のもっとも尊敬する語り手たちがそうだから、影響されてしまっているんだ。
なんて。
そんな前置きはお終いにして、早速だけれど僕の過去を、思い出を振り返ってみようか。
つい三ヶ月前まで、僕は吸血鬼だった。
人の血を吸う鬼。
吸血鬼。
不老不死。
それが僕だった。
話の切り出し方が唐突だったりいきなりだったりして、語り手としては大変申しわけほど口下手なのだが、そこは僕だからということで勘弁してもらいたい。
三ヶ月前ということで分かるように、今の僕は吸血鬼ではない。
注釈しておくと、美しい金髪の吸血鬼を助けて同じ吸血鬼になってしまった彼と違って、僕は生まれたときから吸血鬼だった。
そうなってくると親ももちろん吸血鬼なわけで、僕の家族は全員が吸血鬼なんだ。
吸血鬼で不老不死なのに、どうして普通に成長しているのかといえば、それは僕たち吸血鬼の特性というより特徴だ。
魔女狩りの時代に吸血鬼も狩られていたことがあるが、それは不老不死で成長しない――つまり見た目が変わらないからこそ、化物だということが人間にバレて、魔女とされた。
人間が成長する生き物であるように、吸血鬼も学び、思考して、成長していくものだ。
僕たち吸血鬼は人間を餌にするけど、だからといって人間のことを餌だけに見ているわけではないんだ。
ほとんどの吸血鬼は人間が大好きだ……とはいうのはいくらなんでも言い過ぎだとしても、一緒に生活したいと思うくらいには思っている。
けれど人間たちに紛れて生活ていても、自分が吸血鬼だということがバレてしまえば、たったそれだけで攻撃の対象とされる。
手を出したりしないと言ったとしても、人間は自分より上位の思考生物がいることが、もうどうしようもなく不安で、その不安を取り除くために、吸血鬼を殺す。
どのようにして殺すかは分からないけれど、魔女狩りの時代には、確かに吸血鬼殺しの方法があった。
だから吸血鬼は学んだ。人間の中で生きていくには、人間と同じ特徴も持つべきだということをね。
そうして僕たち吸血鬼は不老不死でありながらも、見た目を成長させる術を手に入れた。
そのおかげで、僕も影無の幼馴染みをやってしまうことになったわけだけど、まぁ、そこのところは何も言わないでおこう。
このように吸血鬼の特徴を長ったらしく説明したわけだけど、僕は吸血鬼が大嫌いだ。智香よりも嫌いだ。それはもう憎たらしくて憎たらしくて、思わず殺したくなる。
僕は普通の人間として生きたかった。
普通に生きて、
普通に笑って、
普通に死んで、
僕は、そんな人生を歩んでいきたかったんだ。
でも吸血鬼に生まれてしまった僕には、そんなことをすることはできなかった。普通に生きていくことは、できなかったんだ。
それでも普通に生きていくことを諦められなかった僕はある日、一人の男の噂を聞いた。
何でも知っている。知らないことは、何もないという男の噂だ。
金さえ積めばどんな情報でも教えてくれるという話も聞いていたので、僕は今まで溜め込んでいた金のほとんどを持ち出した。
どうやって溜め込んだかといえば、裏で賞金首とされる魔術師を何人も殺したというだけだ。
吸血鬼というのは先天的に絶大な力を持っている。腕を振るえば大気が震え、足を振るえば大地が割れる。普段は無意識に力を押さえているが、吸血鬼にはそんな力が宿っている。
いくら相手が魔術師とはいえ、吸血鬼が人間に遅れをとるようなことは絶対にあり得ない。
今思えば僕は、吸血鬼から人間になりたいと言っていたけれど、存分に吸血鬼の力を使っていた。吸血鬼であることに馴染んでいた。受け入れていた。
しかしそれでも、僕は人間になりたかった。
こうして僕は何でも知っている男を探すことにした。
もしかしたら噂が一人歩きしているだけかもしれなかったが、それでも何かをせずにはいられなかった。
数日間、一睡もせずに何でも知っている男を探して、ようやく見つけ出すことに成功した。……当時でも、拠点がラブホテルだということには引いてしまったけれど。
そしてそのときの僕は普通の会い方を忘れていた。
春休みは裏の賞金首の魔術師を殺すことが毎日で、このように建物にいる魔術師を襲撃することも少なからずあった。だから思わず、何でも知っている男の部屋を襲撃するようになってしまった。
ラブホテルの、何でも知っている男の部屋の壁をクッキーのように簡単に砕き、僕はその部屋に入った。
そのときの何でも知っている男――って言うのがもう面倒だから、神咲って言ってしまうけれど、そのときの神咲の顔は今でも忘れられない。
まるで僕が来ることを見透かしていたような表情と、その位置取り。顔を上げると僕と神咲の顔は、目と鼻の先にあったのだ。
けれどそこで確信した。この男が、何でも知っている男だ――と。
神咲は僕を目の前にして全く動じていなかった。
多分そのときから僕が本物の吸血鬼だと分かっていながらも、僕に恐怖することなく、むしろ冷めたような目を僕に向けてきていた。
そんなものには構わず、僕は神咲に言った。
「君、僕を人間にする方法を教えてもらえないかな?」
僕がそう言うと、神咲は何も言うことなく、どこからか取り出した大剣で僕の上半身と下半身を真っ二つに切り裂いた。何の迷いもなく、何の躊躇もなくね。
ただ吸血鬼の超回復力を持ってすれば、切り離された肉体を再生させるくらいは何てことはない。切り離された下半身が蒸発し、切り離された上半身から生えてきた。
しかし切り離されても衣服までは戻らないから、そこも吸血鬼の身体能力を使って衣服を装着。
どういうつもりかを訊く前に、二回目の斬撃が走る。
さすがに吸血鬼の身体能力があった頃の僕は、目の前で大剣を振るってきた神咲の一撃を避けられないはずもなく、難なくそれを回避。
そこからは、見るも涙語るも涙の、三日三晩に渡る吸血鬼と魔法使いの二人による戦争が幕を開けたわけだが、そこは以下省略。
その戦いは僕を吸血鬼から人間にするためのものだったんだけど、それが成功したかといえば、残念ながら成功はしなかった。だからといって失敗したわけでもない。成功もしたし失敗もした。
そう。
僕は、
吸血鬼もどき、
人間もどき、
吸血鬼でも人間でもない、中途半端な存在になってしまったんだ。
見た目も何も変わったわけじゃないけど(その頃から僕の髪は白髪で瞳は真紅だった)、その変化は確かに現れていた。
吸血鬼だけの絶大な力のほとんどが失われてしまっていた。それなのに不老不死性だけは僕の中に残ったままだった。
しかもそれだけではない。
人間を殺すことは簡単だけど、吸血鬼を殺す方法もある。つまりどちらにしろ死ぬことができるんだ。
だが、今の僕を殺す方法は――――存在しない。
いくら人間を殺す方法で今の僕を殺したとしても、吸血鬼の不老不死性で死ぬことができないし、吸血鬼を殺す方法でも、今の僕を殺すことができないのだ。
どうにも吸血鬼を殺す方法は人間には通用しないらしく、少しでも人間もどきでもある僕には、それが通用しないようだ。
それでも効果がないわけではなく、吸血鬼を殺す方法として銀の弾丸を挙げてみるけれど、あれを喰らうと死ぬほど痛い。
いやもう、あれね、スゲー痛いんだわ。吸血鬼だった頃に喰らったりしたら本当に死んでたね。
何なのアレ。吸血鬼もどきになってから一回だけ喰らったことがあるんだけどさ、痛すぎてのたうち回ったよ。再生もかなり遅かったし。
神咲に大剣で斬られたときも死ぬほど痛かったけどね。あの大剣、人間に使えばただの大剣だけど、吸血鬼に使ったら不老不死性を無効化して殺す、対吸血鬼の武器だった。
どこからそんな便利な物を拾ってきたのかを訊いたら、拾ってきたとかいうとんでもない答えが返ってきた。
詳しく訊いてみたところ、神咲は金も払ってないのに、その大剣について教えてくれた。
その大剣は魔女狩りの時代に使われた、古刀らしい。剣なのに刀っていうのもおかしいけど、とにかく古刀であるらしい。
昔も対吸血鬼性は絶大だったけど、今はその神性を帯びていて、さらに強力になっている。
最初の一撃こそ吸血鬼の超回復力が健在で再生したけど、その一撃で超回復力が根こそぎ削られたから、二撃目以降は再生が追い付かなかった。
しかも少しの斬傷でも大ダメージだから質が悪い。
それはさておき。
とにかく僕は人間になることができなかった。
しかも余計に悪くなってる。吸血鬼の絶大な力もなくなってるし、死ぬ方法すらなくなっている。
酷いよね。完全な人間にしてくれたわけでもないのに、あんだけ僕の金を持っていってくれちゃって。思わず殺したくなるよ。
……まぁ、殺せないんだけどね。今の僕、はっきり言って雑魚だし。神咲と戦ったら一方的にボコボコにされて、死ねないのに死ぬほど痛い思いをしないといけないし。
そして僕は完全に死ぬことができなくなったわけで、吸血鬼か人間に戻るか成る方法、もしくは――死ぬ方法を求めて、僕は私立紅葉魔術学院に入学した。
魔術学院には秘蔵された情報もあるらしいし、もしかしたらあるかもしれないと思って入学したわけだけど、これがまた、完全に無駄足になった。
入学してから神咲に、あそこの秘蔵された情報なんか俺が知っているものばかりだ、なんて言われたんだ。
何で教えなかったのか問い詰めたら、訊かれなかったからなんて答えやがって。少しくらい気を使えよ。
神咲が分からないなんて言った時点で、気がつけなかった僕も僕なんだけどさ。
で。
ここまでが、僕が三ヶ月前に体験したことだ。
あとは入学式当日の風紀委員との騒ぎや、その一週間後の影無と琉ヶ崎先輩による魔術合戦とがあったけど、それも語るに及ばず。
というより僕は影無と琉ヶ崎先輩との件については完全に裏方になってしまうので、語るのだとしたら影無にした方がいいと思う。
そんな機会はきっと、ないんだろうけどね。
そんなことを思いながら、僕は学生寮の外から空を見上げてみる。……うん、もう日が昇り始めていた。
これはマズイかな。寝てる間にどこかに出掛けたなんて影無に知られたら、何を言われるか分かったものじゃないよ。
影無は昔から心配性なんだ。でもそれは、あれだ……僕のことを心配してくれてるって、ことなんだよな?
「だったら……仕方ないかなぁ」
僕は誰に言うでもなく、ちょっとだけ呟いてみる。
だって仕方ないよ。影無は僕のことを心配してくれてるわけだから、心配をかけたんだったら怒られてもね。
「何が仕方ないのかな? リオくん」
「うおぉっ!?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
まさか今の呟きが誰かに聞かれてるだなんて思ってなかったし、そもそも人がいるなんて思ってもなかった。
僕は高鳴る心拍音を聞きながら、ゆっくりと振り返る。
そこにはランニングウェアを着ている奏の姿があった。
「おはよう、リオくん。どうしたの? こんな朝早くから制服着てるけど……」
「い、いや、何でもないよ。ちょっと用事があったんだ。奏こそどうしたの? 随分早いじゃないか」
「うん? もちろん私はランニングだよ。魔術学院に入学してから始めたんだけど、今ではもう日課だよ」
「そうだったんだ。健康的でいいと思うよ」
「よかったらリオくんも一緒に走る? 朝に走ったあとシャワー浴びるのって、すっごく気持ちいいんだよ?」
「んー……遠慮しておくよ。僕は中々に健康的だからね」
「私が健康的じゃないみたいに言わないでよ! もう!」
「ごめんごめん。そういうわけじゃないよ」
僕は吸血鬼もどきであるから、そう言った健康面では超回復力が作用して、かなり健康的だ。風邪を引いてもすぐに直るし。その前に風邪を引いたことがない。
それにしてもと、僕は奏を見ながら言う。
「なんか汗でウェアが張り付いてて、ちょっとエロいね」
「っ!? り、リオくんどこ見てるの!」
「どこって、胸だけど」
「リオくんのえっち!」
「あっ、奏……!」
僕が何かを言う前に、奏は胸を手で隠すようにしながら走り去ってしまった。ストレートに言い過ぎたかな。
無造作に頭を掻きながら学生寮に入ろうとすると、遠くで奏が振り返るのが見えた。
「また学院でねーっ!」
僕はその言葉に、手を振って答えた。
07
さて。
学生寮の自分の部屋の前に帰ってきたところなのだけれど、どうやって部屋に入ろうか。このまま入ったって怒られるだけだろうし。
未だかつて、自分の部屋に入ることにこれまで悩んだことがあっただろうか。……うん、ないな。
なんで僕が僕の部屋に入るのにここまで悩まないといけないんだ。これも全部影無のせいだ。影無さえいなかったら僕はここまで悩む必要なんてなかったんだ。
吸血鬼から人間になりたかったのだって、元を辿れば影無がいたからだし。……畜生、腹が立つな。
影無が幼馴染みじゃなかったら、僕はきっと今の僕じゃなかったはずだ。
そうこう悩んでいると、不意にドアが開け放たれた。
そして飛び出すように出てきた影無と正面からぶつかり、僕は無様にも尻餅をつくように倒れてしまった。
「り、リオ!? 大丈夫か!?」
「全然大丈夫じゃないよ。君のおかげでお尻が痛いよ」
僕は差しのべられた影無の手を掴んで立ち上がりながら、文句を言う。本当にお尻が痛い。
「それで、君はいったいどうしてそんな焦ってたんだ?」
「そんなのリオがいなかったからに決まってるだろ!」
僕は学生寮の廊下の奥まで響き渡るような大声で叫んだ影無を見ながら、やっぱりそう来たかと思う。
今の時間帯だとまだみんなぐっすり寝ているだろうに、そんな大声を出したりしたら起きてしまうだろ。
本当だったらそう言いたかったけど、とてもじゃないけど今の怒っている影無にそんなことを言えそうもない。
影無は一回起こったら長いからなぁ。しかも今回のことがことなだけに、どれだけ長引くか分かったものじゃないね。
「今までどこ行ってたんだよ。朝起きてベッドにいなかったから、すげぇ心配したんだぞ」
「君に心配してもらわなくても大丈夫だよ。だいたい、心配してくれだなんて頼んだ覚えはないよ」
「心配は頼まれてするようなことじゃねぇだろ。俺とお前は幼馴染みなんだから、心配するのは当たり前だ」
「幼馴染みだから、ねぇ」
「そうだよ、幼馴染みだ」
「それじゃあ君は僕が幼馴染みじゃなかったとしたら、心配しなかったってことか?」
「そんなわけねぇだろ。何言ってんだよ」
影無は、わけの分からないことを言うなと言わんばかりの視線を僕に向けてくる。それもなんだか、腹立たしかった。
「君の言い方だと、幼馴染みだから心配してやったっていう風にしか聞こえないんだよ」
「そんなわけねぇって。俺はリオが幼馴染みじゃなくったって、こんな状況だし、心配しないわけないだろ」
「ふーん、別にいいけどさ」
どうせ影無は誰でも心配するんだ。この状況に置かれたのが僕じゃなくて他の誰かでも、その誰かを心配するに決まってる。
そうしたらその人のことを心配するのは当たり前のことだけど、その当たり前がなんだか、とてつもなく嫌だ。
近くにいる人が離れていく感覚っていうのが、もの凄く不安で嫌な感じがして、胸が痛くなる。
「リオ? どうしたんだ?」
「……別に何でもないよ。君が気にすることじゃない」
僕は自分でも驚くほどに冷たい声で、そう言っていた。
人間(といっても人間もどきで吸血鬼もどきだけど)、どうやったらこんな冷たい声が出るのかぜひとも教えてもらいたいね。
そしてどうして、こんなにも僕は不機嫌になってしまったかを教えてもらいたいね。
「なぁ、どうしたんだよ、リオ」
「……気安く僕の名前を呼ぶな。鈍感が感染る」
「いや、もしも俺が鈍感だって言うんだったら、もうすでに鈍感は感染ってると思うぞ?」
「君は何を言っているんだ? 僕が鈍感? はっ」
「鼻で笑いやがった!? お前鼻で笑いやがったな!」
「煩いね。殺すぞ」
「お前はどうして俺に対してだけはそんなに短気なんですかねぇ! ――ぐっ……っ!」
僕は影無があまりにも煩かったので、鳩尾を一秒に五回ほど殴り付けて黙らせておいた。
ふっ、よかったな。僕が完全なる吸血鬼だったら一秒間に鳩尾を二十回は殴ることができたよ。本気を出したら、もっと大変なことになるけどね。
「なんでそこで蹲ってるんだ。邪魔だから退きなよ」
「誰のせいでこうなってると思ってんだよ!」
「知らないよ」
「俺の目の前にいるお前のせいだよ! お前が俺の鳩尾を五回も殴り付けてくれたおかげなんだよ!」
一応見えてたんだ。僕が五回も殴り付けたことを。やっぱり学院最強ってだけのことはあるよ。
「あまり騒ぐなよ。みんなが起きるだろ?」
「今さらそれを言っても無駄だと思うんだけどな!」
「無駄なんてことはない。全てのことに、意味はある」
「だったら俺を殴り付けたことには何の意味が!?」
「いや……煩かったから、つい」
「そんなことで殴り付けないでもらえますかねぇ!」
「だから煩いって。まだ殴られたいの? 君はマゾか?」
それだったらもう、押しようがないほどにドン引きだよ。こういう押すとか引くとかじゃないんだろうけどさ、そのくらいはドン引きってことだ。
「マゾじゃねぇよ……。ったく、リオは相変わらずだな」
「それは君だけには言われたくないよ」
「そうか? まぁ、それはさておくとして、お前、今までどこに行ってたんだよ。その様子だと、俺たちが寝たあとから出掛けてたんだろ?」
「君には関係ないだろ」
「関係あるに決まってるだろ」
今までにないくらいに強いその言葉に、僕は思わず影無を見上げるようにしてしまっていた。
「めんどくさがりのリオが寝る間も惜しんでどこかに行くなんて、何かがあったとしか思えないんだよ」
「だから君には関係ないことだと……」
「今のこの状況からして関係ないわけないだろ。お前、殺人鬼のこと、調べてたんじゃねぇのか?」
……どうして君は、僕のことを見透かしたようなことを言うんだ。いつだって君はそうだった。
隠し事をしていて、誰にもバレてなかったのに、いつだって君はそれを見抜いてきた。
そしていつだって、勝手に突っ走って心配をかける。
僕は影無のそういうところ、昔から大嫌いだった。
「そんなわけないだろ。どうして僕が殺人鬼のことを調べないといけないんだい?」
「それは、風紀委員メンバーが三人もやられたから……」
「はっ」
「また鼻で笑われた!? お前、真面目な話してんのに笑ってんじゃねぇよっ!」
「真面目なのは君だけさ。僕はいつだって不真面目だよ」
「誇らしげに言うことじゃねぇ!」
「はっはー。随分元気いいねぇ。何か、いいことでもあったのかい?」
「いいことなんて何もねぇよ!」
「あっそ。だったら何かいいことがあったらいいんじゃない? お相手は飛垣理央でお送りしました」
「お前は何を終わらせた!? つーか俺も入れろよ!」
「えっ? どうして君まで入れないといけないんだ?」
「なんでそんなに不思議そうな顔してるんだよ!?」
「えっ、いや……何言ってるんだ? 熱でもあるのか?」
「普通に心配されてる!? 熱なんかねぇっての!」
「安心しなよ。まだ何も終わってなんかいないから。ただ、言ってみたくなっただけだよ」
そうだ、まだ何も終わってなんかいない。僕の物語が終わったわけでもなければ、殺人鬼の殺人を止めたわけでもないんだ。
けれどこんな風に終わることができたら、何かいいことがあるように願いながら終わることができたらいいなと、思っただけなんだよ。
僕が求めているのはハッピーエンドだけだ。バッドエンドも、トゥルーエンドもいらない。ただ求めるはハッピーエンドのみ。
ただそこに辿り着くためには、いくつかイベントをこなさないとね。しかも発生条件が確率的で、発生しにくい条件付きだけど。
ハッピーエンドまでの道筋は分かっている。あとはどうにかしてイベントを発生させるだけ。それが難しいから、どうやろうかちょっとだけ悩んでるんだけどね。
「そういえば琉ヶ崎先輩はどうしてるんだ? まだお寝んねの時間かな?」
「は? 琉ヶ崎先輩ってリオと一緒だったんじゃないのか? てっきり一緒だと思ってたんだけど……」
「ちっ、四人目か」
「よ、四人目ってどういう――」
影無は鬼気迫る形相で僕に叫んできたものの、それを遮るように僕の携帯電話のデフォルメされた着信音が鳴った。
こんなタイミングに誰かと思いつつも、着信相手は思い浮かべられるのは一人しかいない(これは別に僕のアドレス帳にその人しか載っていないとか、そういうことではないので勘違いしないように)。
僕はディスプレイに映し出された名前を見てやっぱりかと思いつつ、通話ボタンを押す。
「どうしたんだい? 奏。学院に行ってから会うんじゃなかったかな?」
「り、リオ、くん……あ、のね……道端で、あの……」
奏の様子がおかしい。電話の向こうから聞こえてくる奏の息づかいは、とてもじゃないが正常とは言えず、何かとんでもないものを見てしまったような感じが聞いて取れた。
まるで、人間が血だらけで倒れているのを見てしまったような――
「奏、落ち着いて。ゆっくりでいいから、単語だけでもいいから目の前の状況を説明してくれ」
なるべく優しい声で、安心させるように言う。
「う、うん。学生寮から少し離れた公園の、ところに……り、琉ヶ崎先輩が血だらけで、倒れてるの……。わ、私、どうしたら……っ!」
「それだけ分かったら十分だよ。今からそっちに行くから、出来れば奏もそこで待ってて。でも、無理する必要はないからね」
矢継ぎ早にそう言って僕は通話を切り、影無に言う。
「琉ヶ崎先輩がやられた。学生寮の公園の近くだ」
僕の言葉を聞くが早いか、影無は自分がパジャマだということも忘れて、一人でいたら危険だということも忘れて、部屋から飛び出していった。
やっぱり君は前しか見えていないよ。前しか見えていないから、直線的にしか走れない。
「……それが、君のいいところでもあるんだけどさ」
呟いてもう一度携帯電話を開き、救急車を呼んでおく。
そして僕も影無を追いかけるように走り出した。
08
三年主席である琉ヶ崎遊佐先輩が何者かによって大怪我をさせられたということは、あっという間に学院中に広まることとなった。
それと当時に、一年以外の主席と次席が何者かによって大怪我を負わされたという事実も、一気に露見することとなった。
影無と琉ヶ崎先輩の魔術合戦は非公――風紀委員の中のみで行われたものであるため、学院内ではやはり琉ヶ崎先輩が学院最強という認識となっている。
つまりそんな琉ヶ崎先輩がやられたことにより、学院中では言い知れない不安が駆け抜けた。
タイミングが悪かったと言うべきか、学院中には殺人鬼の噂が広まっているわけで、そんな中で一年以外の主席と次席がやられたなんて話が出れば、必然的に殺人鬼にやられたという結論に行き着く。
おかげで学院は閉院。それでも学生寮には生徒がたくさんいるわけで、その生徒たちが僕の部屋に押し掛けてくることとなった。
琉ヶ崎先輩の指示で僕たちが同じ部屋にいるということは知らないけれど、同じ部屋にいるということだけは、朝にあれだけ騒いだのだから知られていて当然だった。
どうにかしてくれだとか、いったいどうなってるんだとか言ってきたけれど、そんな身勝手な言い分を押し付けないでもらいたいね。
そういう風に言ってしまうのも人間として当然の反応だから、仕方がないといえば仕方のないことだ。
僕は視線を影無の方に動かす。
「…………」
誰がどう見ても不機嫌だと分かるほど、不機嫌だった。
いくら殺人鬼をどうにかしたいと思っても、手口や実力の情報が分かったとしても、本人を特定するような情報は神咲から引き出すことはできなかった。
それに、殺人鬼と戦った本人たちからすらも、何も情報を得ることもできなかった。
「琉ヶ崎先輩」
「ん……飛垣、か……?」
「僕だけじゃなくて影無も来てますよ。今はちょっとここにはいませんけど」
僕たちが琉ヶ崎先輩を見つけたときは意識はなく、大量の出血をしていてかなり危険な状態だったのだが、何とか一命をとりとめ、すぐに意識も回復した。ただ意識を取り戻したというだけで、動けるわけではない。
「一人で行動するななんて言いながら、琉ヶ崎先輩がやってたら世話ないですよね」
「私は、一緒にいろと言っただけだ」
「同じですよ。一緒にいろも、一緒に行動しろも」
「む……」
琉ヶ崎先輩はベッドに横になりながら、拗ねたように顔をしかめていた。
何となく壁に立て掛けてある刀に視線を向けてみる。鞘は完全に粉砕され、刃はボロボロになっていて、もう刀としては機能しないだろう。あれじゃ大根も切れないだろうね。
「殺人鬼にはどういう風に呼び出されたんですか?」
「……何故私が呼び出されたことを知っている」
「少し考えれば分かることですからね。一緒にいろって言ったのに、自分から離れるわけがない」
「……隠していても、仕方がないか」
琉ヶ崎先輩はため息を吐きながらそんなことを言う。
「単に電話で呼び出されただけだ。ただ、一人で来なければ影無と飛垣を殺すと言われてな」
「そんなのはったりですよ。殺人鬼一人じゃ、僕たち二人を相手にできない。だから一人ずつ呼び出して、確実に倒していく」
「それは分かっている。しかしもしものこと考えて、私は誘いに乗ったのだ。可愛い後輩に、殺人鬼の相手はさせたくないものでな」
「その割りには先輩がやられた後のことを、僕たちに任せてますけどね」
痛いところを突いてくるじゃないか、と琉ヶ崎先輩は痛いのに無理をして笑う。本当だったら話しているのも辛いはずなのに、大した先輩だよ。
「それで、筋書き通り殺人鬼は手負いにしましたか?」
「生意気なことを訊くではないか、後輩風情めが。私を誰だと思っているのだ」
「影無にやられた慢心三年主席の琉ヶ崎先輩遊佐先輩」
「過去のことは忘れよう。と言うか忘れろ。うん、それがいいと思うぞ」
「別にいいですけどね。それでどうだったんですか?」
「私は転んでもただでは起きん。腕一本斬り落とした」
わお、それは流石琉ヶ崎先輩だね。まさか腕一本も斬り落としてくるだなんて思わなかったよ。伊達に学院最強は名乗ってこなかったってことか。
しかしこれで殺人鬼の強さは半減したと言っても言い過ぎにはならない。片手で現学院最強の影無や、元吸血鬼の僕を相手にできるほど殺人鬼は強くない。
「だが――」
「ん?」
何やら琉ヶ崎先輩が言いにくそうにしていた。
「殺人鬼の腕を斬り落としたのは、正直に言えば失策だったかもしれん。いや、失策だと言わざるを得ない」
「何でですか?」
「あの殺人鬼は殺し合いを楽しんでいる。自分が傷つけば傷つくほどに、信じられないほどに強くなる」
どんな変態だよ。斬られるほど強くなるって、影無じゃないけど思いっきりマゾじゃないか。
「決着をつけるのであれば、あの殺人鬼は最初の一撃――超短期戦で倒さねばならないだろうな」
「じゃあ、先輩も長期戦になって負けたんですか?」
「負けたと言うな。……その通りだ」
そんな拗ねたような顔も可愛い琉ヶ崎先輩であった。
琉ヶ崎先輩はめったに拗ねたような顔をしないので、目に焼き付けようと思っていたというのに、すぐに真面目な顔になる。
「飛垣。次に狙われるのはおそらく貴様だ。殺人鬼は次に、貴様を狙ってくるはずだ」
「そうですかねぇ」
「あぁ。この殺人鬼は必ず最初に次席を倒してから、主席を狙ってくる傾向がある。間違いなく次は貴様だ」
そんなこと神咲は言ってなかったけどなぁ。まさかまた情報を渋りやがったのか? それならそれで好都合だからいいんだけどさ。
今の殺人鬼なら影無でも十分に相手にできると思うけど、ここは絶対に殺されない僕が戦った方が、何かと都合がいい。怪我もしないしね。
「それならこの『殺人鬼』は、本物の殺人鬼には成れず終いってことになりますね」
「大した自信だな。何か策でもあるというのか?」
「策なんてありませんよ。実力です」
よく言うよと言って、琉ヶ崎先輩はまた無理して笑う。
「琉ヶ崎先輩、殺人鬼の正体って、分かりましたか?」
「残念ながら分からん。そいつはパーカーを羽織り、フードを被っていたからな。ただ、金髪だというのは分かった。フードから金髪がはみ出ていた」
「金髪なんてどこにでもいるでしょうが……」
僕は呆れながらそう言うのだった。
と。
こんな会話をしたのが三時間ほど前だったりする。それから影無は一言も話していない。自分の魔術の触媒の調整を不機嫌そうにやっているだけだ。
こんな影無は十六年間一緒にいるけど、一度たりとも見たことがない。初めて見る姿だ。
どうしようもなく怒っている。怒っているのにも関わらず、冷静さをまるで欠いてないから厄介だ。こういう手合いをなだめるのか一番難しいんだ。
今は琉ヶ崎先輩の指示の通りに僕と一緒にいるけれど、いざ本番になってみると、勝手に暴走して自爆する。そんなものに巻き込まれるなんて御免被るね。
僕は立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
そこでようやく、影無が顔を上げた。まるで今まで死んでいたものが生き返ったように、影無は起動した。
「どこに行くんだ、リオ」
「どこって言われても、特に行き先は決まってないよ。散歩に行くだけさ。こんな場所にいたら息がつまっちまう」
「なら俺も行く。リオを一人にはできない」
「君がいるから息がつまるんだ。それなのに君まで一緒に来たら意味がないだろ。少しは考えてくれ」
「でも、一人でいるのは危険だ。いつ殺人鬼が現れるか分からねぇんだ」
「現れたら現れたで、僕が何とかするからいいよ」
君も琉ヶ崎先輩の話を聞いていたんだろう?
僕は影無の方に向き直りながら、あくびを噛み殺しながら言う。
「相手は手負い。僕一人でも十分だよ」
「でも万が一ってこともあるだろ!」
「ないよ。万が一も一か八かも、四苦八苦も七転八倒も、一石二鳥も二人三脚もね」
「それは漢数字を入れてる単語を言ってるだけだろっ! しかも最後の二人三脚に至っては競技になってるじゃねぇか!」
「それだけツッコミができれば上々。これで少しは怒りも分散したんじゃないか?」
「まさかリオ、俺の怒りをなくさせるために……」
「いや、それは全くない。たまたま」
「たまたまかよ! ……でもまぁ、ありがとな」
影無はさっきまでの怒ったような表情を引っ込めて、いつもの人懐っこい笑みを僕に向けてきた。
「……お礼を言われることは何もしてないと思うけどね」
何だかお礼を言われたことが照れくさくなって、僕は逃げるように部屋から出た。……いきなりその笑顔は、卑怯だよね。
僕は赤面しているだろうと思われる顔を冷やすため、とりあえず学生寮の外に出ることにした。
今では風紀委員でも対処しきれない殺人鬼が現れたってことで、さっきまで部屋に押し寄せていた生徒たちは、自分の部屋に閉じこもっている。
まぁ、その判断が妥当であるかどうかは、正直なところ僕には分かりかねるけれど。狙われているのは風紀委員――というより、学院内で強い生徒だけなのだから。
「……なんだ、これ」
さっきから思ってたんだけど、学生寮の出入口に近づけば近づくほどに、何だか言葉では表せないような嫌な感覚が強くなってくる。
よく分からない感覚に戸惑いを覚えつつも足を進め、出入口に来た瞬間にその正体を理解することができた。
そこに、そいつはいたのだ。
「あっ、リオくん。ちょうどよかったぁ、智香ね? 今リオくんのこと呼ぼうと思ってたんだよ?」
月城智香が長い金髪を靡かせながら、振り返ってきた。
いつもの派手に改造した魔術学院の制服ではなく、とにかく地味と言わざるを得ないパーカー着た智香が。
「へぇ、僕を。いったい何の用かな?」
「ちょっとお話があるの。聞いてくれるかな?」
「それはちょうどいいね。僕もたった今、君に話したいことができたところなんだよ」
僕はそう言って智香の左腕を指差した。より正確に言うのなら、左肘の先から斬り落とされている左腕をだ。
「その左腕、どこに落っことしてきたんだい?」
「チカ、おっちょこちょいだからぁ、琉ヶ崎遊佐と遊んでるときに、ちょっと斬られちゃったの。ふふっ、ちょっとだけ痛かったなぁ」
ぞくりと、僕の背筋を悪寒が雷のように駆け抜けた。
左腕を斬り落とされたっていうのに、どうして恍惚どうした表情で笑っていられるんだ。
ついこの前まで吸血鬼だった僕は腕を斬り落とされる感覚を知っているけれど、例え再生するのだとしてもあんな表情を浮かべることなんてできない。
「それじゃあ今度はチカの番ね? リオくん、私と殺し合わない? 私、リオくんのことが前から気になってたんだよ?」
「お断りだね。それにこの距離ならわざわざ一人で殺り合う必要はない。ここから叫べば、影無は来るよ」
「駄目だよぉ。影無くんは、最後のメインディッシュとして残してあるんだからね」
「君の事情なんて知ったことじゃない。ここで会ったのも何かの縁だよ。さあ、始めようか――――殺人鬼」
僕は智香の――殺人鬼の返答を聞くよりも早く、言葉が出るよりも早く、一旦腰を下ろして、ロケットスタートでその場から飛び出した。
今でもある程度は吸血鬼の力は健在だ。魔術に対する力はほとんどないけれど、人間の頭蓋骨を粉砕することくらいなら問題はない。
白い魔王が桃色光線を放つが如く、そして文字通り全力全壊で、左右から智香の頭を挟み込むように、思いきり両腕を振るった。
そこには一切の迷いも躊躇もない。
ただ化物のように――吸血鬼らしくその絶大な力を使って、その脆い頭蓋骨を、万力のように跡形もなく粉砕してやろうと思っていた。
まともに受ければ、水風船が弾けたように、赤い水が弾け飛ぶことになっていたはずだ。
「これ、なぁんだ?」
しかし。
そうはならなかった。
智香は僕の両腕を避けるどころか、防ぐこともせず、ましてやそれに合わせてカウンターを仕掛けてくるなどということもなかった。
右手。
僕の目の前に未だ健在な右手を向けることで、僕の両腕を強制的に停止させていたのだ。
だがそれは魔術を使ったとか、神咲のように魔法を使ったわけでもなく、僕自身が最後まで振り切るのを躊躇ったからだ。
右手を向けられただけで、僕は止まるしかなかった。
「これ、何だと思う?」
智香の右手にあったのは携帯電話だ。何の変哲もない、ただの携帯電話。
けれどそこに映っていたものが、僕を停止させた。
「可愛く撮れてるでしょ? リオくんにもあげよっか?」
映っていたのは紛れもない、夏芽奏の姿だった。
どこかの廃虚の柱に鎖で縛られた奏の姿があった。
動悸が激しくなってくる。呼吸が荒くなる。
「いいよぉ、その表情……。ぞくぞくしちゃうなぁ……」
携帯電話を捨てて、智香は僕の頬に右手を添えてきた。
潤む瞳を僕に見せながら、発情したような息づかいで、抱きつくように絡み付いてきて、首筋を舐めてきた。
気持ち悪い。吐き気がする。
それ以上に、動揺が抑えきれない。
「ねぇリオくん。奏ちゃんを返してもらいたかったらぁ、一人で、この廃虚まで来てね? チカ、待ってるから」
それだけを言い残し、智香は跳んだ。
人間とは思えない跳躍力で、学生寮を飛び越えた。
「そうか……。それじゃあ、一人で行かないわけにはいかないね……」
今までやられた風紀委員たちは、今の僕のように大切な人を人質にとられて、一人で行くしかなかったんだ。琉ヶ崎先輩だって、そうなんだ。
激しい動悸を抑えつつ、荒くなった呼吸を整える。
そして僕も智香を追いかけるように、巨人が歩くような大きな音を立ててアスファルトを蹴りだし、空を駆けた。
09
正直なところを言うと、月城智香が殺人鬼の正体が分かったとき、僕は全く驚くことはなくて、むしろやはりそうだったのかと、しっくりとさえ来ていた。
明確な理由はどこにもないのだけれど、何となくそうなのではないかと思ってしまっていたのだ。
そのときはただ単に、僕が智香のことが嫌いだから、合法的に傷つけることができるようにと、結びつけていただけだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
そう思っていたことも確かだけど、僕は直感的にそれを感じていたのだろう。
そして殺人鬼が金髪だと聞いたときも、僕は真っ先に智香のことを思い浮かべていた。
そのときも思い浮かべてしまって、僕はそこまで智香が嫌いなんだろうかと思っていたけど、今なら分かる。
吸血鬼と殺人鬼。
同じ鬼同士だからこその同族嫌悪が、僕と智香がお互いにお互いを嫌っていた理由のようだ。
……いや。
智香の方は、どうなんだろうか。
少なくとも嫌われてるようには見えなかった。
さっきはなんか、色々な意味で危なかった気がする。性的に食われそうだった気がする。貞操のピンチだったような気がする。
思い出したらなんか寒気がしてきた。あんな狂人となんて、御免被るよ。それなら影無の方がまだマシだ。
ていうか、僕が勝手に智香のことを嫌っているだけなんじゃないのか?
そうだとしたら何というか、一人相撲だったというか、まるで僕が智香のことを意識しすぎているギャルゲーのヒロインみたいじゃないか。
やめろ! 僕はヒロインなんかじゃない! 断じてだ!
屋根から屋根に飛び移りながら、勝手に変な想像をして、勝手に悶えている元吸血鬼の姿が、そこにはあった。
ていうか、僕だった。
「やっべ……ちょっとテンション上がってきた」
憧れの人と同じようなことをやれるのって、何だか凄くテンションが上がるんだけど。
僕は殺人鬼との戦いの前に、一人でギャグパート的なモノローグを語りながら、一際大きいビルから真下の廃虚の天井に向かって、万有引力の法則に逆らうことなく突撃する。
廃虚の天井部を殴り付けて粉砕し、そのまま中に入る。
奏たちがいるかもしれなかったけれど、それは智香の写メで違う階だということを確認していたので、遠慮なく突撃できた。
落下した衝撃で足が痺れてしまったので、それが治るまでとりあえず僕が降りた階を見渡す。
「……誰もいないか。となると下の階か」
アキレス腱を伸ばし、足の痺れがとれたことを確認すると、僕は下の階に続く階段を下り始めた。
あのときに動揺なんかしないで、智香の頭蓋骨を粉砕していたら、この物語はきっと、もうすでに完結していたのだろう。
奏を助けるために僕は智香を殺し、どうして智香を殺してしまったんだなどと奏に言われながらも、何やかんやで僕と奏がくっついて『奏ルートエンド』になっていたに違いない。
それならそれで、よかったんだ。
そうしたら僕は、もう一度、本来の吸血鬼の力ではないとはいえ、その力を使うことなんて、なかったのだから。
けれど奏を助け出すには、智香に勝つには吸血鬼の力を使うしか、方法がないんだ。
皮肉なことだ。吸血鬼が嫌いで、人間になろうとしていた僕が、中途半端にもなったっていうのに、吸血鬼に頼っているのだから。
僕はそれが嫌だ。
だけど。
それでも。
守りたいものっていうのも、確かに存在するんだ。それが例え、自分の大嫌いなものを使ったとしてもだ。
そういうのは、影無だったら賛同してくれるはずだ。
「だから、返してもらうよ。僕の大切な友達……って智香! 君は奏に何をしているんだ!」
せっかくカッコよく決めようと思ったのに、智香がいる階に降りた僕は思わずキャラ崩壊しながら叫んでしまっていた。
だって智香が奏の服を脱がせて下着姿にしてたんだぜ? ブラとパンツだけにしてたんだぜ? 僕が来たからよかったけど智香の奴、奏のパンツ脱がせようとしてたんだぜ?
なんで勝手にエロシーンに突入しようとしてるんだ。
「遅いよぉ、リオくぅん。あと少しで、奏ちゃんを殺しちゃうところだったんだよぉ? 寂しくて、切なくて……ついね?」
「――……っ!」
やばい。今の智香の眼は本気だった。あと少しでも僕が遅れてたら、奏は智香に殺されていた。
一瞬だけギャグパートになるのかと思ったけど、それは僕の完全なる大間違いだ。
この部屋に入った瞬間から、もうとっくにバトルパートは始まっていたんだ。智香が僕に気づく前に、片を付けるべきだったんだ。
くそっ、吸血鬼もどきになってから戦いの勘が恐ろしいほど鈍ってやがる。二回もチャンスを逃してる。
そしてバトルパートに入った智香にはまるで隙がない。
仕方ない。慣れてないけど、隙を伺うことにするか。
「君はどうして風紀委員を狙ったんだ? 君ほどの力があれば、学院の生徒なんか狙わなくてもよかったんじゃないか」
「おかしなことを訊くね、リオくんは。殺人鬼が殺す対象を選んだり、殺す理由を求めたりなんかしないんだよぉ?」
「でも君は、誰も殺していない」
「当たり前だよぉ。チカが本物の殺人鬼になるんだったら、チカの好きな人を殺して殺人鬼になりたいの……」
『殺人鬼』が殺人鬼になるために、好きな人を殺すのか。
なんつーか、殺人鬼としてはあり得ないほど狂ってる殺人鬼だな。
「それならどうして影無を狙わなかったんだい?」
「どうして? 決まってるよぉ。……邪魔な奴らを排除してから、じっくりたっぷりで殺してあげたいんだよ……」
恋愛としては恐ろしいほど直線的というか、ヤンデレ的というか。一途ってことには変わりないね。
「そのためには、リオくんを殺してあげないとね……。ふふっ、チカね? 見ちゃったの。リオくんの特異性を」
「僕の特異性を見た?」
どこかで僕の特異性を見るような機会があっただろうか? 天井砕きや頭蓋骨砕きは別に特異性っていうほど特異性じゃないし、やっぱり特異性っていったら僕の吸血鬼性に間違いない。
「最初はリオくんなんか相手にしないで、適当に仕留めるつもりだったんだよぉ? 更衣室に仕掛けたピアノ線でね」
「ピアノ線?」
あぁ、もしかしてあのときか。昨日の更衣室で首に感じた奇妙な違和感の正体が、ピアノ線ってことか。
随分僕も安く見られてたんだなぁ。別に構わないんだけどさ。実際その通りだし。
「でも見ちゃったんだぁ。ピアノ線で切られたリオくんの首がぁ、一瞬で元に戻ると・こ・ろ♪」
「僕は吸血鬼だからね。それくらい当然だよ」
「あはっ、やっぱり吸血鬼だったんだぁ! ふふっ、嬉しいなぁ。人間って脆いから手加減しないといけないけど、不老不死なんだったら、手加減は要らないよね?」
「まるで本気を出してないみたいな言い方だな」
「そうだよ? チカ、本気なんか出してないよ?」
……嘘だろ? 手加減した状態で琉ヶ崎先輩に勝ったのかよ。基本的に本気でやるより、手加減して戦う方がずっと難しいんだけど。
神咲、今回ばかりは君の予想は芳しいほどに外れまくってるよ。本気の智香が影無が戦ったとしたら、影無なんか相手にならないね。
智香はそう言って奏から離れた。
僕の方に向き直り、恍惚した笑みを浮かべる。
「殺してあげる。影無くんを殺す前に、リオくんを殺してあげるよ」
……この相手だけは本当にマズイ。今までどんな魔術師とも戦ってきて、経験だけは同い年の相手に負けないと思ったけど、この相手は本当にマズイ。
吸血鬼じゃなかったら何回死んでもおかしくないほど、智香はマズイ。
隙を探そうとしてたけど、むしろ構えを完成させてしまったみたいだ。
だけど仕方ない。僕は細かい作業は苦手なんだから。
僕も構える。
両手を熊手に変えて、重ね合わせるように。
そして智香の姿が――消えた。
10
僕が痛みを感じたときにはすでに、左腕が肩からもぎ取られていた。切り落とされたというわけではなく、ただ無理矢理に、でたらめに、何の繊細さもなくもぎ取られていたのだ。
今の僕は最強の吸血鬼ではないにしろ、中々に人間よりも耐久力は高いのだ。魔術を使われたわけでもないのに、こんなにもあっさりと腕がもぎ取られるだなんて、あり得ないことだった。
けれどおかしいことではない。
人間の体というのはとても脆くできているものであり、まるで硝子細工のように繊細なそれは、ちょっと本気を出しただけで、少しばかり頑丈にできている僕の腕をもぎ取るのも難しいことではない。
その気になれば影無だって、琉ヶ崎先輩だってやれる。
やれないのではなくやらないというだけで、人間にはそれだけの力が備わっている。
どうしてやらないかといえば、さっきも言ったように人間の体がとても脆いからだ。
智香にしてみればさほど関係はないのだろうけれど、僕は吸血鬼もどきであるから、遠慮をする必要がないんだ。殺してしまう必要がないから。
もがれたとこから再生し、
潰されたとこから再生し、
千切れたとこから再生し、
斬られたとこから再生し、
最終的には何事もなかったようにただただ生きている。
だからこそどれだけ思いきりやっても問題がない。そう思ったから、僕の左腕は
こうも簡単にもがれた。
僕は叫ばないようにするため、歯を思いきり食い縛る。
いくら腕をもがれたりするのが初めてではないにしろ、その痛みに慣れることなんて出来ないわけで、僕は今にも喚き散らしたいところなのだ。アスファルトを惨めにのたうち回りたいのだ。
でも、そんなものは次の瞬間には消えていた。
もがれた左腕は、ビデオテープを逆回しにするように肩口から生えてきて、数秒としない内に、元通り――再生していた。
ただ違うところといえば、制服も一緒にもがれてしまったので、僕の真っ白の腕がさらけ出されてしまっているというくらいだ。
指も何の違和感もなく動かせるし、相変わらず吸血鬼の超回復力は健在のようだった。
これで心配の一つが解消された。
僕が吸血鬼もどきになってから、この超回復力を試したことがなかっただけに、吸血鬼だった頃と同じようなことをして再生するのかが気がかりだった。
まさか自分で自分の体に重症を負わせるわけにもいかないし、何よりもそうやって再生しなかったら洒落にならないからね。
しかし改めて再生を見てみると、なんか気持ち悪いね。しかもそれが自分の腕ともなると尚更だ。
「どうしたのぉ? 今のはちょっとした挨拶のつもりだったんだけどなぁ。ちゃんと避けてくれないと」
「避けるまでもなかっただけだよ。ちょっと試したいこともあったから、あえて避けなかったんだ」
僕はそう言って振り返り、窓の骨子に腰を下ろしている智香を視界に捉えた。補足して、ロックオン。
智香の右手には僕の制服の左袖だけが握られている。
今までは僕の腕も確かにそこにはあったのだろうけれど、再生してしまったことによりその腕は消えたのだ。
蒸発するように、空気に溶けるように。
吸血鬼の再生はトカゲの尻尾とは違って、再生したのに伴い、自分の体以外に存在している自分の部位を消滅させる効力がある。
さらに言えば吸血鬼が平等に真っ二つにされたとき、再生するのは核――つまり心臓部が残っている方から再生する。
まぁ、再生させなくても、千切れた部分をそこに戻せば勝手にくっついてくれるんだけどさ。
「本当に? うん、リオくんは嘘つきの天邪鬼とは違うもんね。じゃあね、チカのこともちゃんと殺してね?」
「お断りだね。僕は君のことが嫌いだ」
僕は瞬時に智香の間合いへと踏み込む。わずかに一瞬とはいえ、智香に隙が生まれた。注意深く見ていなければ見逃してしまいそうなほど、小さな隙だったけれど。
そしてそれが罠だということも、もちろん理解している。たかが学院の生徒といえど、琉ヶ崎先輩は『東雲流』の剣術を免許皆伝している。
『東雲流』は名家の剣術ということもあり、体得ができたとしても、免許皆伝の域に達したのは、歴代でも九人ほどしかいないという。
琉ヶ崎先輩はその十人目――『東雲流』十代目当主。
そんな相手を倒した智香が、そんな簡単に隙を見せるなんてことがあるわけない。
だからこれは罠。
けれど僕にとっては好機。
肉を斬らせて骨を絶つ。
死や怪我という概念がないからこそ(痛みさえ我慢すれば)、例え無防備に、無策で罠に飛び込んだとしても、相手に少しでも傷を負わせることが出来ればそれでいい。
しかし。
「――……っ!」
智香は無防備に踏み込んだ僕に何もすることなく、僕を飛び越えるようにして距離を置いただけだった。
僕はそれに疑問を抱きながらも、一度乗った勢いを緩めるわけにはいかない。アスファルトに足を叩きつけるようにして急停止して切り返し、着地した瞬間の硬直状態にある智香に突進する。
そして突進の加速を殺さないまま、尚もってそれ以上の速さで掌底を智香の顎に向けて放つ。
「……酷いよ」
智香が小さく呟いた。
今度は何があっても止まらない。
一度ならず二度も決着の瞬間を逃してしまっている。ただ殺すだけの戦いならまだしも、この戦いは奪還戦とも呼べる、いわゆる短期戦を求められている。
それに智香は変態でマゾだ。
こんなときに何を言ってるんだという話になってくるけれど、これは日常的なことではなく、戦いにおいての智香の戦闘スタイルということだ。
彼女自身の身体能力の高さを考えて、長引けば長引くほど強くなるというのは、とてもじゃないが洒落にならない。加えてマゾということで痛みに快楽すら覚える。
こういった究極的な変態でマゾは質が悪い。
だからじわじわと弱らせていくのではなく、一撃で事切れさせなくてはいけない。
だというのに。
それだというのに僕は、再三に渡り決定打を逃してしまっていた。
どうしたものだろう。これに限ってはどうしようもなく、僕が愚かだったと言わざるを得ないではないか。
だって僕が攻めを緩めたのは、顔を上げた智香が泣いていたということだったのだから。
僕は智香が嫌いだ。改めて言うまでもなく、僕は智香が嫌いなのだ。
例え智香が僕のことをどのように思っていようとも、僕が智香のことが嫌いならば、こんな状況で殺さない理由が見つからない。
風紀委員を四人も手掛け、奏を誘拐し、挙げ句の果てには僕を殺そうとまでした。
そんな相手に情けをかける必要なんてない。
ない、はずだったのに。
僕は期せずして殺すことを躊躇ってしまったのだ。智香の本当に悲しそうな表情を見て、どうしようもなく躊躇ってしまった。
嫌よ嫌よも好きのないなんて言葉があるけれど、もしかしたら僕は智香のことをそこまで嫌っていなかったのかもしれない。
いや。
そもそも好きか嫌いかを区分している時点で、僕はすでに智香に情が移っていたんだ。
今まで相手にしてきた魔術師は知らない相手だったからこそ、躊躇うことなく殺すことができた。
でも智香は違う。
いくら嫌いだと思っていたとしても智香は知り合いだし、何よりも――話していて、楽しかったときもある。
僕は間違いなくお人好しだ。
だから、たったそれだけのことで殺せなくなる。
思い出が、僕を束縛する。
智香が殺すことを躊躇った僕の顔に、手を添えてくる。
「酷いよリオくん……。チカは、こんなにもリオくんのことが大好きなのに、どうしてそんなことを言うの……? ただ殺し合いたいだけなのに……」
そう言って智香は頬から顎に指を這わせて、最終的には僕の振り抜かれなかった手に指を絡ませてくる。
振り払えばいいことが分かってるのに、こうして悲しんでいる友達を振り払えない自分が、確かにあった。
智香は情熱的に指を絡め、ついにはくわえきた。……やべぇ。ちょっと興奮してきた。
「ねぇリオくん? チカはね、探してたんだよ? こうやってチカと殺し合ってくれる人を……」
「僕は人じゃない。君と同じ――鬼だ」
「そうだね。リオくんはチカと同じ鬼だね。だから、チカとちゃんと殺し合えるんだよ? 他の人はみーんな、すぐに壊れちゃうの」
「人は脆い。鬼とは違ってね」
「だよね! それじゃあリオくんは、簡単には……壊れないよね? いつまでも殺し合ってくれるよね?」
「それはできないよ。僕はね、君を止めないといけない」
僕は優しくそう言いい、左手を智香の腹部に当てる。銃のような形にしながら、撃ち抜くように。
「我、汝を使役する者――宿すは指、精霊は陽炎、形は銃」
指の先に集束された炎の塊が形を固定し、放出される前に智香は大きく飛び退いて距離をとる。
そんな智香の表情には悲しくも嬉しそうな、自分と殺し合ってくれる相手を見つけたようだった。
けれど僕はそんなつもりはない。
僕は自分が思っていたよりも甘いらしい。……違うね、本当はこんなの、面倒なだけなんだ。
奏を助けたいなら真っ先に奏のところに行けばいい。智香なんて無視して、面倒事なんて無視して、いつものように気だるく過ごせばいい。
だけど、それはやらない。
ちょっとした風紀委員の役割というか、それを全うしないといけないという責任感はあるけれど、戦うのが面倒だから、もしも未来に戦う可能性があるのなら、今ここで終わらせた方がいいという気持ちがあるだけ。
どうせやらないといけないなら、先伸ばしにはしない。
面倒事が嫌いだからこそ、それを早めに対処する。
これが僕のモットーって奴でね。
それでも面倒な相手を改心させる戦いを選ぶ辺り、僕は面倒事が嫌いなくせに、面倒事をよく選ぶ性格をしているみたいだ。
「我、汝を使役する者――宿すは掌、精霊は鮫、形は壁」
智香が詠唱し、瞬時に手のひらに水の壁を形成した。
炎の塊が水の壁に衝突すると同時に、蒸発する音と水蒸気を発生させた。
いくら直撃を避けたとはいえ、あれだけ熱い水蒸気の中にいて、無事でいるはずがない。
これが常識であるならば、ということに限定されるが。
水蒸気の中から一つの影が飛び出してくる。
言うまでもなく智香だ。
『我、汝を使役する者――宿すは腕、精霊は雪女、形は剣』
僕と智香は同時に詠唱する。
氷の剣の詠唱だ。
大気中の水分を集束させて凍結し、それを剣とする。本来の氷の剣は腕を覆うように形成されるが、智香の場合は氷の剣そのものが腕の役割を担っている。
そして一瞬だけ視線が交差し、次の瞬間には激突した。
砕けては再構成される氷の剣。
それは一種の幻想的な風景にも見えないこともないが、しかし生憎と観客は誰もいない。
智香はともかく、僕は間違いなく必死なのだ。
そんなものに見とれている暇はない。
「あははははっ! リオくん楽しんでるかなぁ! チカは、すっごく楽しいよぉ! あはははは!」
「僕は、楽しくない、けど、ね……っ!」
早くも切れてきた息を整えながら、急に狂ったように笑い出した智香にそう言ってやる。
僕の動きは武骨でぎこちないものだが、智香の動きはまるで、舞を踊っているかのような滑らかさだった。
ただ適当に行ったような動作も間違いなく次に繋がり、予想外なところから反撃が来る。
今はそれを何とか凌いでいるものの、防げなくなるのも時間の問題だ。
「ちゃーんと、ついてきてね?」
「――……っ!?」
気がついたときには智香の腕が見えなかった。
琉ヶ崎先輩に腕を斬り落とされたので見えるはずはないのだが、しかしそうではなく、視覚で捉えることができなくなったのだ。
そしてそれに気がついたときには、智香の放つ氷の剣による容赦ない一撃が、僕の体を正確に傷を刻み、確実に壊していく。斬られた箇所からは、花を咲かすように血飛沫が流れた。
そんなものがどうした。
吸血鬼に斬り傷なんて無意味だ。
けれど。
この場合は吸血鬼の超回復力が仇となった。
智香の狙いは僕の体に傷を刻むことではなく、吸血鬼の特性では遮断することまでは出来ない、痛覚だった。
いくら再生ができても、
いくら傷がなくなろうとも、
いくら死ぬ心配がなくとも、
「いってえええええええええええええええええええっ!」
痛みだけには耐えなければならない。
僕は久しぶりの耐えきれない痛みに絶叫してしまう。
だというのに智香は一向にてを緩めようとしない。
こいつには人としての感性は残ってないのか!
「いてえっつってんだろうが!」
もうキャラ崩壊なのも覚悟しながら叫び、吸血鬼のたぐいまれな感覚で見えない智香の腕を掴み、あらんかぎりの力で放り投げる。
いやん、などと気色悪い声を上げながらも智香は宙で体をぐるりと回し、氷の剣とは逆の手を僕に向けてくる。
「我、汝を使役する者――」
魔術の詠唱か。むざむざやらせるわけにはいかない。
僕はアスファルトを蹴り、駆ける。
「宿すは指、精霊は獅子、形は銃――荒ぶる獅子の咆哮、鬣は王の象徴――」
「二重詠唱……っ!」
僕はらしくもなく驚き、尻込みし、背中を見せて無様に逃げる。
とてもじゃないが、あんなものを真正面から受け止めるつもりなんて微塵もないし、そもそもの前提として、二重詠唱なんて今の僕では受け止められるはずがない。
触れた瞬間に間違いなく消える。
つーか二重詠唱を学生程度が、魔術師にもなれてないひよっ子が使うもんじゃねえよ!
僕は後ろを確認しつつ、あらんかぎりの力で駆け、智香から距離を取る。
この広いとも狭いともいえない部屋では二重詠唱の魔術から逃げ切れるとは思えないけれど、体の半分以上が残ってくれればそれでいい。
どうも体の三分の二以上がなくなってしまうと、再生に時間がかかってしまって、それだけで完全回復は望めなくなる。
智香がやらせてくれないからだ。
智香ほどの魔術の使い手なら、本当に二重詠唱が使えるのなら、ただの魔術だけでも、近距離ならば、僕の体の半分以上を吹き飛ばすなんて是非もなし。
つまり僕の敗北条件ができてしまったことになる。
体を半分以上吹き飛ばされないこと。
死ぬことはないにしても、痛みがあるのだから、何十回と体の半分以上を吹き飛ばされる痛みを経験してしまえば、精神が死ぬ。
吸血鬼の不死はあくまで肉体だけ。
精神までは、不死じゃない。
「あははははっ! いっくよーっ!? ――リオくん!」
背中からトラックに突っ込まれたらきっとこんな感じなのだろう――と、あまりにも場違いなことを考えながら、僕の体はきりもみ状態で宙を舞っていた。
ほんの一瞬のことで力をずらすこともできずに、僕の右半身が、痛みもなく消えていた。
目から火花さえ散るようだ。
これがロールプレイングゲームとかだったらきっと、必殺技のエフェクトが発動しているか、画面が切り替わっているところだ。
勢いのままに吹き飛ばされ、全身を壁に打ち付けてしまう――というより、叩きつけられることとなった。
壁のコンクリートで僕の型が取れていた。
突き抜けないのが不思議に思えた。
そんなことを思っていた次の瞬間には、吹き飛ばされた右半身は既に再生している。
無理矢理叩きつけられた僕の体は、コンクリートにぴったりとはまっていたけれど、そこは持ち前の力で、無理矢理には無理矢理を行使して脱出し、今の衝撃で脆くなっていた壁が突き抜けるような強さで、智香へと飛びかかった。
腕をだらりと下げて、異様なまでの汗を掻く智香に。
二重詠唱は名前の通り詠唱に詠唱を重ね合わせる強力な魔術で、威力がもう馬鹿みたいに強力なのだけれど、その反面、デメリットも大きい。
まずは詠唱が長い。
二重に詠唱をしているのだからそれは仕方がない。
もう一つが異常なまでの魔力の消費だ。
ただの魔術で消費する魔力量と、二重詠唱で使った魔力量は必ずしも二倍というわけではなく、そのときによって決定する。
場合によっては一気にほとんどの魔力を消費することもあり、二重詠唱は必殺奥義であると同時に、諸刃の剣でもあるのだ。
僕は智香の手首と肘を握り潰すように締め上げ、逃げられないようにがっちりとロックする。
「これで逃がさない」
「あれれ? 逃げてたのはリオくんの方だよ? チカはぁ、リオくんから逃げたりしないよ」
「そういうことじゃない。これで終わらせるって意味だ」
続けざまに、僕は智香をロックした体勢のまま、爪先を蹴りあげた。智香は上半身をスウェーさせるが、わずかに顔面を削ぎ取る。
なまじかわしてしまっただけに智香は痛みを実感したのか、顔を一瞬だけ歪めた。だがそれは、苦痛から快楽へとだけれど。
もちろん――それだけで僕の攻撃は終わるわけではなく、蹴り足をそのまま、ネリチャギのように降り下ろす。
智香は体を後ろに反らそうとするも、僕が腕をがっちりとロックしているため、することが出来ない。
肩の肉を鎖骨ごと抉る。
けれど、それだけで終わるわけにはいかない。
削ぎ落とされた顔面から血を流す智香にヘットバット――いわゆる頭突きを喰らわせる。
僕は智香の両手を離し――堰を切るように一気に攻めに転じることにした。
足を鎌のように見立て、刈り取るような足払いを食らわせ、智香の体を宙に浮かせる。
そこからは嵐に次ぐ嵐、連撃に次ぐ連撃だ。
拳を、肘を、膝を、脛を、爪先を、踵を、順列組合せ様々に、矢継ぎ早に智香の体のあちこちを苛烈に穿つ。
僕の戦闘スタイル。
吸血鬼の圧倒的なまでの超回復力と、絶大な腕力を使った攻め――ごり押しというのが、僕の戦闘スタイルだ。
パワーで足りない分は手数で補う。
僕は骨を砕くような感覚を感じながらも、攻撃の手を緩めない。一瞬でも気を抜けば命取りだ。
「我、汝を使役する者――」
魔力の奔流が生まれる。
僕を中心に渦巻く魔力の奔流。
残念ながら吸血鬼の絶大な力もなくなってるし、殺人的なまでのスタミナもなくなっているわけで、これだけ宙に浮かぶ人間を蛸殴りにすれば当然スタミナが足りなくなってくる。
だからこれで終わりにする。
この一撃で、智香を――――止める!
「宿すは腕、精霊は雪女、形は剣!」
僕は智香の脇腹を殴って、天井に打ち上げる。
息をつかせる間も与えずに、左腕にできた氷の剣を、万有引力の法則に従って落ちてくる智香に向かって、躊躇うことなく振り上げた。
けれどそれは、智香に触れる前に消滅した。
「あは!「あはは!「あははは!「あはははは!「あははははは!「あはははははは!「あははははははは!「あはははははははは!「あははははははははは!「あはははははははははは!」
智香は笑う。
繰り返して、ハウリングするように。
気味が悪い。
今までも確かに気味が悪いところはあったものの、ここまで本能的に気味が悪いことはなかった。ただ人として、気味が悪いと思っていただけのことだ。
だが今の智香はいったい何だ。
言い知れない気味が悪さがある。
僕はとっさに大きく飛び退くことで、多少のリスクはあれど戦いを仕切り直そうとした。
しかし僕が飛び退いた先には、既に智香の姿があった。
「痛いなぁ、痛いよリオくん。でもね、やっぱり痛いよ」
声が聞こえた。
そう感じたときにはもう遅い。
その細身のどこからそんな力が出るのだろうと思わせるような、カタパルトめいた一撃が僕の腹部に文字通り突き刺さる。
大木でもなぎ倒してしまいそうなその一撃は僕の腹部を貫通し、体内の気管を悉く停止させてくれた。
智香は僕の体内を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、ムエタイの膝蹴りのような一撃で僕の体を打ち上げた。
今ので顎が粉砕した。
おかしい、智香の攻撃の威力が上がっている?
いや、おかしいことなど何もない。智香はそういう相手だ。自分が傷つけば傷つくほど嬉しく思い、アドレナリンが放出され、魔術的な作用で強くなる。
先ほど、常人では死んでいてもおかしくない連撃を智香はその身に受け続けたのだから、これくらいの強さになったとしてもどこもおかしくはない。
体を後ろに反るようにしていたのを強引に引き戻す。
その頃には粉砕されていた顎も再生していたものの、続けざまに、それでいてさっきのお返しとばかりに、智香のヘットバットを喰らわされる。
目の中で火花が散ったと錯覚するようだった。
「まだまだ、まだまだまだまだまだまだだよねぇ!」
琉ヶ崎先輩に片腕を斬り落とされたにも関わらず、智香は遜色ない動きで僕の体幹に無数の連撃が叩き込まれ、身体中の骨が粉砕していくのがわかった。
だが粉砕した骨はすぐに再生する。
再生しては粉砕され、再生しては粉砕される――その繰り返し。
まるで地獄だ。
生き地獄。
僕はこんな地獄を過去に何度か経験したことがある。
そのときは魔術師だったのだけれど、他方向から魔術の圧力をかけて、衝撃の逃げ場をなくして押し潰そうとしてきたのだ。
そのときも再生と破壊を繰り返した。
もう二度とあんな経験をしたくないと思っていたのだが、どうやら吸血鬼もどきになってからも体験することになったようだ。
智香が天井へと飛び上がる。
ぐるりと体を縦回転させ、その勢いを載せた踵が僕の脳天に突き刺さり、リアルタイムで頭蓋骨が陥没したのがわかった。前のめりになる僕に追い打ちとばかりに、降り下ろした足を――爪先を蹴りあげてくる。
本日二回目の顎の粉砕。
それだけではなく、その二撃にはほとんどと言っていいほどにタイムラグがなく、上下から挟み撃ちにされ、逃げ場のなくなった衝撃は頭部にだけ集中した。
少しだけ、意識を失った。
どうやら頭部がトマトを握りつぶしたときのように破裂したらしい。それも一瞬で元に戻る。
見る側からしたらトラウマになりそうなものだけれど、智香にはそんな様子はない。
それに幸いだったとも言える。
痛みを痛覚として処理できなかっただけに、僕はその二撃では痛みを感じることがなかった。
いくら頭部が破裂しようと、痛みがないなら僕には関係がない。
手を伸ばす――智香はそれをかわした。そして右腕を大きく振りかぶる――僕はそれに反応して、屈むことでやり過ごす。
腕が一つしかないのなら、集中するのは一つしかない。それに反応するのなんてわけがない。実際は反射的に反応したという方が正しいが。
さて。
ここで吸血鬼マジックを一つだけ披露したいと思う。とは言え、吸血鬼そのものがマジックみたいな気もするけれど、それを差し引いたとしてもマジックといえるものだ。……いや、魔術があるんだからマジックっていうのもおかしいけどさ。
吸血鬼には、不老不死の他にもいくつか特性がある。
魅了や仲間を作るための吸血行為――これはどちらもが子孫繁栄を目的としている。いくら不老不死でも、不老不死がいる限りは不死殺しも存在する。
これだけを聞くと何だか吸血鬼が淫らなことを目的とばかりにしているように聞こえなくもないが、もちろんその他にも特性はある。
蓄える特性。
と言われてもよく分からないだろうが、ようは何でも収納ができるってことだ。どこぞの青狸のように四次元とまではいかないけれど、一つくらいまでなら収納ができる。
言ってしまえば僕の収納しているものは刀だ。
吸血鬼の、吸血鬼による、吸血鬼のための刀。
名前を『夢現』。
名前は僕が勝手に付けたものだ。元々この刀には名前なんてものはなかったから、僕の尊敬する語り手の影に潜む吸血鬼様の刀の名前に似せさせてもらった。
そして僕は腕を突っ込む。
どこにかと聞かれると、残念ながら口に突っ込んだわけではない。僕の場合は、腹に突っ込んだのだ。へその、筋肉のない最も薄い箇所から内蔵に直に腕を突っ込み、刀の柄を握る。
ずるりと消化気管を引き出すように、刀を取り出す。
僕の身長よりも長い全長。鍔のない、刀身と柄が直接繋がっているような細身のデザイン。
「あはははは! リオくんも刀、使うんだぁ。チカ、ちょっと刀にはトラウマがあるんだよねぇ」
「腕を斬り落とされたばかりだからね。安心していいよ、バランスがよくなるように、もう片方も斬り落としてあげるよ」
「できるのかなぁ? リオくんに」
「試してみるかい?」
「そうしよっか」
「――――っ!」
柄を逆手で握り、刀を一振りする。
圧倒的に伸びたリーチだったというのに智香は即座に対応し、僕から距離を置いた。
刀にトラウマがあるのは本当のようで、今までの怒濤の攻めが嘘のように警戒していた。
「――なぁんちゃってね。私が警戒するなんてあり得ないよぉ?」
「く――……っ!」
完全に不意を突かれた。刀という自分の一部を斬り落とした武器を使えば少しは警戒すると踏んでいたのだが、智香は痛みを受けて喜ぶ変態だ。逆に攻めに回るのはよく考えれば分かること。
智香の掌底が僕の顎を再三に砕くべく放たれる。僕は刀の腹を盾代わりにしてやり過ごし、入れ違うように跳んで距離をとる。
壁に着地し、再び壁へと跳躍する。
壁から壁へ。跳躍に次ぐ跳躍。
攪乱させるためにそう動くも、今の僕程度にできる動きを智香ができないはずもなく、並び立つように、ぴったりと、寸分の狂いもなく僕についてくる。
刀を首元を目掛けて凪払う。
空中で体をぐるりと縦回転させて一閃を凌ぎ、勢いのついた爪先を僕の脇腹に突き刺してくる。
寸でのところで刀で防ぐも、空中ではまともに勢いを流すこともできず、そのまま真横に弾き飛ばされる。
さっき僕が踏み込むときに壊した壁があった方向にだ。もちろん今はその壁はない。
何かに引っ張られるように浮遊していた体を止めるため、刀を壁に突き立て、勢いを殺す。
その刹那。
砲弾めいた一撃が僕に直撃し、ようやく止まった体は外に投げ出され、万有引力の法則に従って落下する。
この廃墟はそこまで高くないとはいえ、ビル十階分には匹敵する。落下したらただでは済まないのは目に見えている。
「離せ……っ!」
「だぁめ。絶対に――離してあげないんだから」
「こ、の……っ!」
いくらもがこうとも、僕の体をがっちりと掴んでロックした智香が離れる兆しは全く見えない。
片手のくせに、どうやればそんなにがっちりロックできるんだ……!
「くそ……っ!」
僕は小さくそう呟き、廃墟の壁に刀を突き立て、振り子のように揺れる勢いを利用して壁を破壊し、中に転がるようにして入り込む。
着地の際に智香は離れていたようで、まだ体勢を整えきれていない僕に飛び込んでくるのが見えた。
そしてその右手には――銃が握られていた。
「バイバイ、吸血鬼くん?」
よく透き通る声が聞こえた。
銃からは銀の弾丸が放たれ、僕の心臓部に向かってきていることは、見た瞬間に理解することができた。
智香は僕が吸血鬼もどきだということを知らない。
だから銀の弾丸で殺せると思っているのだろう。
吸血鬼相手にならそれで正しいけれど、僕相手じゃそんなのは無意味さ。死にそうなくらいの痛みはあるが、そんなものじゃ僕は死なない。そんなもので死ねるなら、僕は魔術学院なんかに入学していない。
けれど痛みを受けたいとは思わない。
刀の柄を握り直し、弾丸を両断する。両断する――はずだった。はずだったのに――どうして。
きっと今の僕は、智香と同じように目を見開き、驚いた顔をしていることだろう。
だってそれだけのことが目の前で起こったのだから。
「かげ、なし……っ!?」
影無が目の前で両手を広げ、まるで庇うようにそこに立っていたのだ。
驚きで名前をまともに呼べない中――胸の中心からやや左側、そこから血が溢れ出ているのを見た。
それだけで、たったそれだけで僕は全てを理解した。
影無は僕を守るため、銀の弾丸をその身に受けたんだ。
影無の体が傾く。アスファルトにぶつかる前に、その体を間一髪で受け止める。
「なんで影無くんがいるの……っ!? せっかく、最後に殺し合おうと思ってたのに……っ! なんで!」
「――なんでなんて僕の方が訊きたい」
僕は倒れた影無をゆっくりとアスファルトに寝かせ、立ち上がる。
「本当はやる気はなかったんだ。だけど、理由ができた」
「何言ってるの……? 今ので影無くんが――」
「……殺してあげるよ」
「え……?」
「殺してほしいんだろ? いいよ、殺してあげる」
僕は刀を逆手に構え、殺気を出す。
もう――何もかもが面倒だ。
◇
終わりは、ひどくあっけなかった。
閃光のような速さで踏み込んだ理央は、まず智香の両足をその刀で、一息で切断した。
何が起こったか分からなかった智香は風船のように宙に浮き、その体に刀を力の限り突き刺し、容赦なく地面に叩きつけた。
その刀は心臓を貫いている。
あれだけ痛みに快楽を覚えていた月城智香も、最後には苦痛の声を漏らして――絶命した。
11
戦いは終わった。
絶命した智香を見下ろしながら思う。
本気を出せば、最初からこうすることができた。怪我をしても再生するなら、怪我をすることもお構いなしに、刀を心臓に突き立てる。
人間は脆いから、たったそれだけで死んでしまう。
殺さなかったのも、殺す理由がなかったからだ。
奏を救い出すことに、智香を殺す必要はどこにもない。
他の風紀委員の仇討ちなんていう気もさらさらない。
奏が拐われたりしなかったら、こうして智香と戦うなんてこともしなかったはずだ。
だけど。
理由ができてしまった。殺すだけの、殺したくなるだけの理由がついさっきにできてしまった。
影無を殺した。
たったそれだけの理由は、たったそれだけだというのに、これ以上にないというくらいの理由になった。
それにしても、殺すっていうのはいつ体験しても虚しいばかりだ。胸が空っぽになったような気分だ。
二兎を追う者は一兎も得ずなんていうけれど、二兎を追う者は――大切なものも失うの間違いだと思う。
僕は奏を助けて、智香を生かそうと思った。
結局は奏しか助けられなくて、智香をこの手で殺して――影無を失ってしまった。
「……どうして、来たんだよ」
堪えきれなくて、耐えきれなくて、悲しくて、動かなくなった影無に問いかけていた。
どうせ答えが返ってこないと分かっていながら、問いかけずにはいられなかった。
「君はどうして、僕を庇った……」
僕は吸血鬼もどきだから、銀の弾丸なんか喰らっても死なない。だから喰らってもよかったんだ。
「なんで君は死んだんだ……」
君が死ぬ必要なんてなかったのに。君は生きて、笑って、みんなと一緒に生きてもらいたかったのに。
「君がいるだけで、僕はこんなにも幸せだったのに……」
君が隣にいるだけで、嬉しかった。
君が笑ってくれるだけで、満たされていた。
君が話してくれるだけで、毎日が楽しかった。
「そんな日常は、もう来ないのかな」
ねえ、影無。僕が吸血鬼から人間に戻りたかったのは、君がいてくれたからなんだ。
一緒に生きて、笑って――死にたかったから。
でも、そんなのはもう無意味だ。
人間はどうしようもなく脆い。銃弾に撃ち抜かれただけで、あっさりと死んでしまう。
でも僕は、君と同じ人間がよかった。
「だけど君がいないなら、もう人間に戻る理由もない」
僕はアスファルトに身を投げ出し、大の字で寝そべる。
何もかもが面倒だ。すごく眠い。
いつもはそう言うと怒る影無も、今は僕の隣でぐっすりと寝ている。
だからきっと、許してくれるよ。
「おやすみ、影無」
僕は涙を流しながら、呟いた。
12
今回の裏話というか、あとがき。
智香との殺し合いから早くも一週間の時が流れ、一時は学院中を騒がせていた殺人鬼の騒動も治まりつつあった。
怪我をしていた風紀委員も次々に学院に戻ってきて、皆が皆、殺人鬼にやられたのではなく、偶然に怪我が重なったということで、治めたのだ。
大半の生徒はもちろん信じていなかったのだけれど、被害が他に出なかったことから、そういうことで納得してくれたようだ。
生徒たちからしたら殺人鬼がいないと分かった方がいいだろうから、いないと分かった時点で、この噂もすぐに消えていくことだろう。
琉ヶ崎先輩も学院に復帰し、今では何事もなかったのに学院生活を謳歌している。
僕はといえば、前と何かが変わったかといえば変わったし、変わらないといえば何も変わらない。
毎日を自堕落に生きて、面倒事を避けて生きて、眠いと言って授業中には寝てるくらいだ。
……あぁ、そうそう。
この事件が解決してから、どうしてかは知らないけど、友達がかなり増えた。もう両手足の指じゃ数えきれないくらいだ。
これは本当にどうしてかは分からなかったりする。
何故か僕が殺人鬼事件を解決したことになっていて、そのおかげで好感度がゲージを振りきったらしいのだ。男女ともに。
もうあり得ないほどの人気ぶりで、最近は一人でいるということがなくなってしまった。
それでも。
朝は一人だ。
あの日から、ずっと朝は一人だ。いつもは僕の隣を歩いてくれていたあいつは、いなくなった。
それに寂しいと思うこともある。今ではそこまでじゃないけどね。
「おはよう、リオくん」
「ん……奏か。うん、おはよう」
「奏かって失礼なこと言わないでよー。私だって傷ついちゃうぞ?」
「ごめんごめん。そういうことじゃないんだ」
「もしかして、寂しいの?」
「…………」
僕は奏の問いには答えない。
答えたくない――癪に障るから。
ちらりと奏の顔を見てみると、その口元ににやりと、からかう気満々の笑みが浮かんでいた。
「寂しいよねー、だって影無くん、今日から学院復帰だから女の子が押し寄せてて一緒に歩けないもん」
「……うるさいな」
そう。
奏の言う通り影無が今日から学院に復帰するのだ。
一週間前のことを振り返ってみる。
あのとき、確かに影無は智香の撃った銀の弾丸に心臓を貫かれて――死んでいた。もう助けることはできないと思っていた。
しかしよく思い返してみると、吸血鬼の吸血行為には仲間を作るがあった。
もときとはいえ吸血鬼なのだから、もしかしたらそれができるかと思い、それを実行した。
すると貫かれたはずの心臓が再生して動きだし、影無が蘇生したのだ。
ただ僕の仲間を作る特性は完璧じゃなかったようで、超回復力の特性は得たものの、不老不死どころか吸血鬼にすらならなかった。
僕としては嬉しさ半分、残念が半分だったものの――やっぱり嬉しかった。
超回復力を得たとはいえ、実際には一度死んでいるわけだなから、この一週間は学生寮で安静にしているように僕が言いつけた。
何かがあると悪いからね。
それで今日ようやく学院復帰で、珍しく僕の方から一緒に行こうと誘おうと思ったのに、何だよ、あんなにデレデレしやがって。
「むふふー。乙女だね、リオくん? この場合はリオちゃんって呼んだ方がいいのかなー?」
「……うるさいな」
もう気づいている人もいるかもしれないけれど、実を言うと、僕は男ではなく女だったりする。
一人称が『僕』で紛らわしかっただろうが、僕っ子ってことで勘弁してもらいたい。
僕がくん付けで呼ばれているのは、入学当時は男だと思われていたからだ。
この学院の制服は自分の好きなようにデザインを変えられるから、僕はスカートじゃなくでズボンを着ていた。だから間違えられたんだろうね。
「だって今日は、影無くんに見てもらうために慣れないスカート穿いてるんだもん。リオくんって、可愛いところあるよね」
「……うるさいな」
そして今日、僕はスカートを穿ていたりする。
スカートって足元が涼しくて、あまり気持ちのいいものじゃないね。よく奏はこんなの穿けるよ。
も、もちろん影無に見せるためなんかじゃない。
ただ今日は、たまたま、たまたま着たくなっただけなんだ。重要なところだから二回言わせてもらったよ。
「影無くんも影無くんだよ。リオくんがせっかく女の子らしくなったっていうのに」
「今まで割りと女の子らしくしてたつもりなんだけど」
「え? またまたぁ。そんな冗談なんか言わなくていいんだよ?」
「…………」
冗談に聞こえるんだ、今の。ちょっとだけショックだ。
「おっはよー! 奏ちゃん、リオ……くんっ!」
「ぐえ」
いきなり後ろから首を絞められて、思わず変な声を出してしまった。だから女の子らしくないって言われるんだろうね。
「あれれ? リオくん、今日はスカートなの?」
「……そうだよ」
「なぁに? まだ怒ってるの?」
「怒ってるね。僕は君を一生許さないと思うよ」
「それはそれでいいかも。チカ、すごく感じちゃう」
相変わらず変態なんだね、智香は。バカは死んでも治らないなんて言うけど、変態も死んでも治らないみたいだね。
と。
ここまでの超展開に、ついてこられてない人もいるだろうことは明白なので、少しだけ説明しようか。
智香は僕の刀の一撃で間違いなく絶命した。それは突き刺した本人である僕がよく分かっている。
それでも智香が生きているのは、智香が保険をかけていたからだ。
あの、何でも知っている、知らないことは何もない男――神咲古仙に。
事前に神咲の居場所を突き止めていた智香は、自分が死んだとき、一度だけ蘇生してくれるように頼んでいたらしい。
神咲は金さえ渡せば情報だけでなく、何でもしてくれる。僕の吸血鬼から人間に戻す作業(まぁ、成功かどうかは微妙なんだけどね)がいい例だ。
何をしたかは知らないけど、神咲は刀に貫かれた心臓を治して、両足をくっ付けたみたいだ。ただ左腕だけは斬られた部分がなかったから、義手で代用しているらしい。
……というか、死んだ人間まで生き返らせるって、何でも知っているって言っても人間業じゃないし。
「それよりいいのかなぁ? あのままだと、影無くんが誰かにとられちゃうよ?」
「うんうん。智香ちゃんの言う通りだよ!」
ちなみに奏は智香が殺人鬼だということを覚えてない。
だから仲良しなんだろうね。
……うん、影無が取られるのは、ちょっと困るかな。
「……行ってくる」
僕は二人にそう言うと、女の子に囲まれている影無の方に向かって歩き出す。後ろで「頑張ってねー」だとか「ひゅーひゅー」とか言って茶化してくるけどオールスルーだ。
女の子の大群を掻き分け、無理やり影無の前にでる。
「あっ、リオ。おはよう。今日はスカートなんだな」
「……う、うん。そうだよ」
「えっと……そ、その方が可愛いと思うぞ?」
影無は頬を掻きながら、そんなことを言ってくる。
僕はといえば、自分でも赤面しているのが分かるほど、顔の体温が上がっていた。
そして僕は、何の脈絡もなしに影無に――キスをした。
「君のことは嫌いだ。だけど――愛してる。今も、昔も」
僕は吸血鬼もどきになっていなかったとしても、おそらくはこの学院に入学していただろう。だって僕は、昔から影無を愛していたのだから。
そして。
ここまでが僕の物語だ。
飛垣理央という僕の物語はここで終わりだけれど、きっと他にも物語はたくさんある。
それに物語が終わるからとはいえ、全てが終わるわけじゃない。
毎日は当たり前に、過ぎていく。
僕はこの毎日を精一杯生きていきたいんだ。
例え完全な人間になれなくても、思い出は胸に刻まれていくのだから。
ゆっくりと彼の手を握る。
学院までの一本道を、寄り添うように歩き出した。
◇人物設定◇
●飛垣理央
・本作の主人公で終盤で女の子だということが判明。
・僕っ子でありながらもツンデレという、珍しい性格をしている。
・高校一年生。
・吸血鬼に生まれ、今は吸血鬼もどきとして生活している。
・嫌いなものはハーレムと面倒なことと夜鷹影無。しかし愛してはいるとのこと。
・吸血鬼性はほとんど失われているものの、不老不死、超回復力、蓄える力などは残っている。
・全盛期であれば、影無や智香などは片手間で相手をすることができる。
・ちなみに胸はBカップほど。
●夜鷹影無
・ご存知天然フラグメーカーという、主人公ではありがちな男。
・飛垣理央とは幼馴染みだが、吸血鬼だということは知らない。
・学院内では最強の実力を持っている。
・一度は死んだものの、理央の吸血行為により超回復力だけが宿り、蘇生した。しかしその事実は知らない。
●夏芽奏
・理央や影無のクラスメート。
・理央を「リオくん」呼んで慕っている、本編では出ていないがクラス委員長を務めている。
●琉ヶ崎遊佐
・今作唯一の歳上キャラ。
・『東雲流』という剣術を免許皆伝しているが、その傲りから影無に敗北。
・三学年主席の実力を持っている。
●月城智香
・理央、影無、奏のクラスメート。
・妙に間延びした独特な話し方をしている。
・殺人鬼になり損ねた『殺人鬼』(一時は影無を殺して、殺人鬼になったが、結果的に蘇生したのでノーカウント)。
・実力は琉ヶ崎を凌ぎ、影無といい勝負をする。
・理央に殺されたが神咲に組成してもらい、左腕だけは義手で代用している。
●神咲古仙
・何でも知っている、知らないことは何もないがキャッチフレーズの身元不詳の男。年齢は理央らと同じらしい。
・存在が奇跡とさえいえる魔法使い。心臓を貫かれた智香を蘇生させたり、理央を吸血鬼から人間に戻したり(成功かは微妙だが)している。
・実力は全盛期の理央を軽く上回っている。
ラブホテルを拠点にして、情報屋としての仕事をしている。
・天邪鬼
◇世界観設定◇
現代から約二百年ほど先の世界。
科学もある程度進んだが、それよりも魔術が発展した世界で、魔術が主流となっている。
◇魔術◇
「我、汝を使役する者――宿すは○○、精霊は○○、形は○○」といった形式で魔術を発動する。
これは普通の魔術の使い方。
この魔術詠唱のあとに「○○○○、○○は○○の○○」といった感じに追加すると、二重詠唱になる。
これだけだと訳が分からないので例を。
「我、汝を使役する者――宿すは指、精霊は獅子、形は銃――荒ぶる獅子の咆哮、鬣は王の象徴――」
こんな感じ。
魔力は通常の何倍も使うが、威力もそれ相応になる。
◇本当の裏話◇
大体はイメージ通りに出来ましたが、何だかリオがデレるのが唐突すぎたかと思いましたね。
この話のコンセプトは「主人公が男だと思っていたら実は女で、それを踏まえて読み返してみると素直になれないツンデレな女の子だった」みたいな感じです。
こういった形の話は短編でしかできないので、やってみたわけですが、中々に長くなりました。
一人称が「僕」というのも初めてでしたし。
あとは作中で理央に、自分が男だと明言させず、それでいてさりげなく女の子要素を入れるのが大変でした。
影無が同室になろうと言ったときに赤面して断らせたり、更衣室をさりげなく女子のを使っていたりと、探してみるといくつかあるんですよ。
そして理央が影無を嫌いだと言ったのは、ただの嫉妬なのです。
あと、作中では理央が最も尊敬している語り手だとか言っていますが、もうお分かりでしょう。
あの人です!
……いや、明記はできませんけど。
理央はその原作者の大ファンだという設定になっております。
あとは、そうですね。
予定では琉ヶ崎先輩と奏を出すつもりはなかったりするんですよ。
理央と影無、智香と神咲の四人だけだったのですが、それだと進行上、辛くなる箇所などがあったので登場させました。
ちなみに琉ヶ崎先輩はお気に入りだったりします(笑)
さてさて。
それではそろそろ筆を置かせていただくとしますか。
ではでは、理央と影無の幸せを祈って。
お相手は、わたくし、ぱっつぁんでしたとさ。
P.S.
後日談というか、続編希望の方は感想にお願いします(しれっと)
P.S.のP.S.
どのキャラがよかったかアンケートを取りたいので、答えていただけると助かります。