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番外編 1輪の花

作者: WAIai
掲載日:2026/09/18

「ーお嬢さん」

ジュリーが廊下を曲がろうとすると、急に手が出できて、1輪のシュウメイギクが差し出される。

ジュリーは驚いて、足を止めると、にこりと笑ったケントが現れる。

「お花はいかがかな?」

「…。全く、ケント様」

いたずらっ子に対して、優しく接する姉のように、ジュリーは呟いた。

年齢的にもジュリーのほうが上で、ケントとは3つか4つ、離れているのだった。

「あれ? 駄目? 受け取らないの?」

「あのですね、ケント様」

ジュリーは腕を組むと、厳しい顔つきとなる。

「そういうことは、お嬢様に対してするものですわ。私みたいに使用人にやってはなりません」

「えー、厳しいな」

花を鼻に当てながら、香りを楽しんでいるケントに、ジュリーはどきりとする。

恋心をもってはいけない存在なのだが、幼少の頃から気になる人物ではあった。

ー駄目よ、ジュリー。駄目。

主従関係で恋愛に発展するなんて、もっての他。

しかも使用人同士の恋愛もご法度だった。

ー私は1人でいい。メアリーお嬢様の側にいられるだけで、幸せですわ。

ジュリーが言葉を噛みしめていると、ケントは花をくるくると回す。

「とりあえず受け取ってくれる? 俺の気持ち」

「何が気持ちですか。いいお嬢様にあげてくださいませ」

「だってメアリーにくれてもつまらないだろう? だからいつも働いてくれるジュリーに渡そうと思って」

「あのですね…」

続けようとしたが、やめにする。

せっかくくれるというのなら、花を綺麗に飾ったほうがいいような気がした。

ー命あるものは大事にしないと。

ジュリーはスカートの裾を持って礼をすると、ケントから花を受け取る。

「ありがとうございます。大切にしますわ」

「そう。それでいい」

満面の笑みを浮かべるケントに、ジュリーはしょうがないと軽く微笑む。

どうして自分にくれるのか分からないが、芽生えそうな気持ちを封印する。

「ジュリー、メアリーはどうだった?」

急に真剣な面持ちとなり、ジュリーはごくりと喉を鳴らす。

ツリーハウスの件だと思い、顔を強張らせる。

「何も思い出せないとおっしゃっておりましたわ。ダニエル様のことも無理なようです」

「…そうか。無理か」

ケントは珍しく厳しい顔つきで。ぼやいた。

ジュリーも何も言わず、黙り込む。

すっと秋の涼やかな風が2人の間を通り過ぎていく。

花が揺れたので、手で囲うと、花だけがその場を癒してくれそうな、そんな小さな希望だった。

「あの、ケント様。あまり無理に思い出さないほうがいいと思いますわ」

「そうだな。俺もそう思う。あとはダニエル次第だ」

「ダニエル様…。その、ケント様」

「何? どうしたの、ジュリー?」

「あの、その、本気でメアリー様をもらいと言い出したのでしょうか?」

「お前はどう思った?」

逆に返されて、ジュリーは躊躇したが、はっきりと告げる。

「メアリー様には、必要な御方だとお見受けいたしますが」

「確かにな。俺もダニエルがいいと思っている」

「でも、あの…」

心配事を口にしていいのか、それとも黙ったほうがいいのか、ジュリーは迷う。

ケントはこちらを凝視したまま、動かない。

ー2人だけですわよね?

周りを見回し、窓ガラスから入る光に安堵しつつ、ジュリーはケントにより近づき、小声で言う。

「贖罪のつもりでは…?」

「…。それはダニエルにしか分からない」

腰に手を当て、怖い表情となったので、ジュリーは頭を下げる。

「言い過ぎました。失礼いたしますわ」

「よろしい。…本当はあの2人、結婚させたいんだけどな。早くメアリーが気づくといいんだけど」

「それは…。メアリー様には、ゆっくりと時間をかけたほうがいいと思いますわよ。心の傷が深そうですし」

「うん、メアリーの苦しむ姿なんて見たくない」

はっきりと言い、ケントは壁に腕を預ける。

ジュリーは同感だと思い、しっかりうなずく。

「これからもダニエル様との交流は…?」

「なるべくさせようと思っている。あいつ以外、メアリーを預けられる相手なんていないから」

兄心のようで、メアリーには幸せになって欲しいのが分かる。

ジュリーもその通りとは思うのだが、ダニエルのことが気になる。

「また舞踏会に行かせるつもりなんでしょうか?」

「そうだな…。もうダニエルのことは知っているし。どうするか。あいつも舞踏会は嫌みたいだし、変な虫がついても困るんだよな」

「そうですわ!! 変な虫がついたら困ります!!」

ジュリーはメアリーのことが第1と、拳を作り強く言う。

ケントは苦笑すると、ジュリーの細い肩を叩く。

「いつもありがとうな、ジュリー。お前のお陰で、メアリーは毎日、楽しそうだから」

「とんでもない!! 私の力なんて、ほんの少しですわ」

「そう言うのは、ジュリーくらいなものだ。メアリーと大事に付き合ってやってくれ」

「こちらこそ!! よろしくお願いいたしますわ」

ジュリーが姉心から言うと、ケントは壁から身体を離し、ジュリーの髪に触れてくる。

「本当はお前も、婿を取らせないといけないんだけど」

「い、いいえ!! 私はまだいいですわ!! お嬢様の側が1番落ち着くので」

正直なことだった。

ケントが見極めようと、瞳を覗き込んでくるので、ジュリーは偽りなく見返す。

その間、わずかな時が流れる。

「これからもよろしく頼むな、ジュリー」

「は、はい!! 私にできることなら、何でもいたしますわ」

嬉しそうに答えると、ケントは安堵したようだった。

面倒見のいい御方だと思う反面、ジュリーは内心でもやもやする。

ー私に気など遣わなくていいのに。この御方ったら。

婿ならまだ必要いりませんのに。

それよりケントのほうが先だった。

ウィンストン家の長男として、妻をそろそろ選んでもいいのだが、恋の駆け引きをしているのか、それとも目当ての女性がなかなかいないのか、女性の影が見受けられなかった。

ーどうしてかしら? …その、使用人の私にも優しい御方なのに。

花を見つつ、浮いた話がないなとため息を吐く。

ケントは女性といるよりも、男性といたほうが楽なのだろうか。

狩りや釣りに行ってばかりで、まだまだ当主の座など関係ないように思える。

ーケント様のお相手か…。

そう思った途端、ちくりと心の臓が痛んだので、ジュリーは慌てて胸を押さえる。

昔からケントとは親しく捺せていただいているので、家族以上の感情を持っていてもおかしくなかった。

ージュリー、ジュリーって、後ろから追いかけてこられて。懐かしいですわ。

くすりと笑い、花を耳にさす。

甘い香りがふわりとし、大切な宝物をいただいたような、そんな感情がわいてくる。

しかし自分を戒めるのは忘れない。

ー駄目よ、ジュリー。駄目なものは駄目。

ちゃんと言い聞かすと、ケントが耳についた花に手を伸ばしてくる。

ジュリーは頬が赤くならないように、固まった状態だった。

「ジュリー、よく似合っているよ。肌が白いから、花のピンク色が映える」

「ありがとうございます、ケント様。でもその言葉は、他のお嬢様達に言ってくださいませ」

「ちぇ。つれないな」

頬を膨らませるケントは、本当に純粋な子どものようで、ジュリーは勘違いしそうになったが、顔を引き締まる。

「お花、ありがとうございました。私も忙しいので、そろそろよろしいでしょうか?」

「ああ、悪かったな。途中で邪魔して」

「いえ、いいんですわ。メアリー様とケント様の幸せを願っております」

本心から言うと、ケントは笑うような、泣くような表情となる。

何かまずかっただろうかと思ったのだが、すぐにいつものケントに戻る。

「あー、お腹が空いた。何か食べ物はある?」

「ああ、それでしたら…」

2人は日常会話に戻ると、廊下を進んでいくのだった。





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