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 扉の向こう・その7・ あなたは僕だけのもの

 リアリ&ラザとその恋敵全部です。




 鎮魂祭。

 その最後の夜は、恋人たちのための夜である。

 完璧な一夜を迎えるために、男性が女性に衣装一式を贈り物とするのが慣例で。

 また、それを脱がす権利も有りと言う、暗黙の了解がある。


 そして、鎮魂祭を間近に控えた、とある日の午後。

 天候、曇天。いまにも雨が降りそうな空模様。

 王城、衣裳部屋。

 その真向かいの控室から、底知れぬ異様な空気がだだもれている。

 そこでは複数の男たちが、一触即発の舌戦を繰り広げていた。


「だいたい、なんで関係ないおまえたちまでここにいるわけ」と、カイザ。

「関係ないとは、御挨拶だね。もちろん関係あるさ。なにもリアリ嬢と踊りたいのは、君たち双子だけじゃない」と、ハイド・レイド。

「リアリ殿に関しては、そもそも私が正統婚約者なのだから、私にこそ権利があると思うのだが」と、ディックランゲア。

「権利と言うならば、私にこそあるだろう。なにせ、付き合いの長さでは私が誰よりも長いからな。貴様らは、引っ込んでいろ」と、エルジュ。

「……聞き捨てならねェな」

 

 地を這うような低い声の狼煙を上げて、カイザが席から腰を浮かせる。


「誰よりも長い付き合い? この俺を、さしおいて?」

「異論でもあるのか?」


 エルジュは暗い微笑を浮かべた。口角が皮肉をこめて僅かに持ち上がる。


「エンデュミニ(おまえ)オンがリュカオー(あれ)ンの傍を離れて、独り勝手に起点に赴いたあと、泣き叫ぶあれを慰めたのは、誰だと思っている」


 カイザは奥歯を噛み、ぐっと黙った。

 後悔と憎悪の滾った険しい形相で、エルジュを睥睨する。

 冷たい戦争が勃発かとおもいきや、更なる冷気が場を凍らせた。


「リアリは僕のです。言っておきますが、あなたがたの誰ひとりとして、用はないです。とっととどっか行ってください。さもないと、その首、もれなく僕が削ぎ落としますよ?」


 長い手足を悠然と組んで、首を僅かに傾け、壁にもたれていたラザが眼光鋭く閃かせる。

 まちがえようのない殺気が迸り、まさに血の修羅場と化そうとした瞬間。


「喧嘩はだめって言ったでしょ」


 淡い上品なクリーム色の衣装を身にまとい、琥珀の宝石を飾って、髪をおろしたままのリアリがひょこっと現れた。


 男たちの口から、讃嘆のどよめき。


「どう? 似合う?」


 くるっとまわる。

 ひらっと、衣装の裾が優雅にたなびいて、男たちの胸をどきっとさせた。


「素材が肌にしっくりくるの。それに軽くて、汗の吸収性もよさそう。袖が少し長めだけど、袖口がひろいから動きにくくないし、いい感じ。これも、合格点ね。じゃ、最後のやつを着て来るわ」


 ひとりで語るだけ語り、また衣装部屋に引っ込む。

 

 リアリはここにいる男たち全員から鎮魂祭同伴の誘いを受けた。

 そこでローテ・ゲーテの慣例に則り、一番気に入った衣装一式を選ぶことで、その贈り主と過ごすことになる。

 当然、選別中は贈り主が伏せられているのだが、悲惨なのは、恋人以外から進呈された衣装を気にいった場合だ。

 

 そして現在、試着したすべての衣装はリアリの『合格点』をもらい、色やデザインは異なるものの、いずれも甲乙つけがたいほど、よく似合っていた。


 ディックランゲアが高揚した口調で呟く。


「私の眼は確かだったな。薄いクリーム色は着こなしが意外に難しいのだが、さすがリアリ殿、よく似合っていた」


「ばかいえ。お嬢は濃い紫が好きなんだよ」と、カイザ。

「いやいや、君たちわかってないね。あの悩ましい唇を引き立てる真紅こそ、もっとも姫には相応しい」と、ハイド・レイド。

「正装ならば黒だろう。私の見立てが貴様らに劣るわけがあるまい」と、エルジュ。


 ここまで試着披露された四人の主張は真っ向からぶつかった。

 またしても平行線で四者譲らず、散る火花。

 そこへ、ラザのいくぶん間伸びした言葉が転がった。


「……リアリは脚がきれいなんですよねぇ。こう、細くて、長いのはもちろんのこと、足首がきゅっと締まって、ちょっと筋肉質なところがまたしなやかで」


 これを聞いた全員の咽喉が鳴った。


「それに、胸も。白くて、丸くて、大きくはないんですけど、掌におさまるくらいで、弾力があって、ふわん、ぽよんとしているんです」


 全員、ぎょっと眼の色が変わる。


「うなじもそそりますよ……すっと伸びて、色っぽくて、思わず、つっと指で撫であげたくなる」


 ラザは会心の笑みをたたえた。


「ちなみに、僕が選んだのはそういう衣装です。胸元がぎりぎり限界までひらいて、うなじが覗いて、うしろからはたわわな下乳が見えて、深い過激なスリットが入っていて、全体的にぴっちりしているんです。おまけに布地は薄くて、白。身体の線なんてくっきりはっきり、どっきりです。あのあられもない姿を一目見ようものならば、祭り会場のすべての男が悩殺されること請け合いです。どうです、見たいでしょう」


 全員がくらっと眩暈を引き起こして、ふらふらした。

 妄想でやられそうだ。

 どうにも黙って座っていられなくなって、全員、股間を意識しながら立ちあがった。


「あ、兄貴」


 内股を擦り合わせるような妙な歩き方で、カイザがラザのもとにやってきた。


「い、いまの、じょ、冗談だよな? そ、そ、そ、そんなすげぇ恰好、ま、ま、まさか、お嬢にさせたりしないよな? な?」


「僕がこんな冗談を言う男だと思うんですか」

「え、マジなの!?」

「君は見たくないんですか? あられもない姿のリアリですよ?」

「見てぇよ!!!! そりゃ、見てぇんだけどっ……でもっ、なんて言うか、他の男に見られるのは我慢ならねぇって言うかさ、こう、もったいねぇじゃんっ」


 この会話にハイド・レイドが横入った。


「っていうか、姫にそんなきわどい恰好させて表に連れ出すなんて、正気かい!? 暴動が起きるだろう!!!!」


 ディックランゲアが胸を押さえて、かぶりを振りながら喘ぎをあげる。


「暴動ではすまぬ。リアリ殿も無事ではすまぬ。頼むから、やめてくれ」


 脳裏にやきついたけしからん画を掻き消すように、眉間を押さえ、揉みながら、しかめつらでエルジュが最後を引き取って言った。


「見たいが、見せたくない。そんな不埒な姿に惑わされるのもごめんだ。たぶん、きっと、いや、絶対に、見た奴を片っ端から眼つぶしして縊り殺したくなる。そうなればここにはいられなくなるだろう。私は降りる。祭りの同伴権利は放棄する。――その衣装は闇に葬ってくれ」


 次々に、出ていく。

 最後はカイザだった。


 ラザがひとりきりで待つ部屋に、王族の正装である蒼装束、被り物、蒼い宝石を身につけたリアリが現れたのは、それからすぐのことだった。


「あら、皆は?」

「消えました。やっぱり僕が一番相応しいからと言って」


 リアリは探るように眼を細めた。


「……脅したわけじゃないわよね?」

「まさか。穏便に、話しただけですよ」

「そう? なら、よかった。私ははじめからこの衣装を選ぶつもりだったけど、どれを選んでも、あとで血を見るかなと思っていたのよね。穏便に済んで嬉しいわ」


 ぎゅっ、とラザの身体に腕を巻きつけて、その胸に顔を埋める。


「似合う?」

「もちろんです」

「キスして」

「いいですよ」


 いつもの抱擁よりも優しく抱きしめられて、羽のように軽いキスをいくつも唇に落とされる。


「……くすぐったい」

「物足りないですか?」

「いいの。気持ちいい……ぎゃっ」


 うっとりしかけたところを、いきなり肩に担がれて。


「なにすんのよっ!?」

「あなたがいけないんです」

「なにが」

「僕を煽って誘惑なんて。こんなことされたら我慢できないじゃないですか。おしおきです」


 ラザはそのまま部屋を移動し、リアリをベッドの真ん中に組み敷いた。

 額を突き合わせ、情熱のちらつく眼を目深に覗きこみながら、ふっと甘く微笑をひらめかせた。


「実は、もう一着、贈り物があるんです」

「……もう一着?」

「ええ。あとで届けますから、僕の前でだけ、着てください。間違っても他の奴に見られないでくださいね。もしそんなことになったら、僕、問答無用でぶっ殺しちゃいますから」


 没ネタその7でした。

 男どもの葛藤が非常にばかばかしいですね。はい。

 いつまでも続けられるような、この没ネタ連載。しかし、どこかで区切りをつけなければならないので、あと、三話。全十話完結予定です。予定ね、予定。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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