扉の向こう・その6・ 試してみる?
カイザとリアリです。
実は口説き上手だった、というカイザの裏の顔をどうぞ。
スライセン、城下町のとある居酒屋の席。
カイザの営む調達屋の面々が、仕事後の一杯を引っ掛けている。
中でも、入ったばかりの新人が、心酔しきってうっとりと言う。
「カイザさんって、あんな若ェのに、ほんっと、よくできた男っスよねー。あんななんでもそつなくこなすひとって、ちょっといませんよねー」
「まあ、なにかと器用ではあるわな」
「でも、あのひとにも弱みってあったんスねー」
「……? ラザ様とリアリ様のことを言ってんのか? だったら、間違うな。いいか、うちの頭領の兄狂い、お嬢狂いは弱みじゃねぇ」
「ありゃー、逆鱗、っうんだ」
「あの二人になにかあってみろ、目も当てられねェ大惨事になるから」
「滅多切りにされるぞ、マジで」
「前にお嬢が観光客の奴らに面を取られて絡まれたときなんざ、辺り一面血の海に……」
思い出して、ぞっとした。
酒がまずくなった。
「やめやめ」
「呑みなおそうぜ。おーい、酒くれー」
「なあ、そういやあ、さっきお嬢が来てたよな」
「ああ来ていた。花街の貴婦人が一緒だったが……“仕事”かな」
調達屋の頭領にはいくつもの顔がある。
そのうちのひとつが、“口説き落とし”である。
「……ではそういうことで、お頼みしましたよ」
「ああ」
花街の貴婦人が微苦笑を浮かべる。
そのまなざしと唇の色っぽさといったら、免疫のないものならばそれだけでやられてしまうほど、破壊力抜群だ。
「そんなに嫌そうな顔しないでくださいまし。こうしてお嬢様の了解も得ているのですから、不実を責められることはございませんよ」
と、やんわり牽制されて、カイザはぎりっと奥歯を噛みしめた。
「仕事はする。あとは俺がどんな顔をしていようと勝手だろうが」
「おおこわ」
「とっとと帰れよ」
花街の貴婦人が世にも可憐に会釈して供の者と帰って行ったあと、リアリはカイザをたしなめた。
「あんなにつっけんどんにしなくてもいいじゃないの」
「汚ねぇ策を使うからだよ。お嬢を免罪符にしやがって、そうすりゃ俺が断れないのをいいことに……くそっ」
「……“仕事”、いやだったの?」
リアリの口調が曇る。
カイザは首を振り、温くなったジャスミン茶を淹れなおして、新しいカップを渡す。
「“仕事”は別にいいけどさ」
言いながら、どさっとリアリの横に腰を下ろす。
「お嬢が……俺が他の女を口説いて寝ても、本当に気にしないでくれるなら」
ちら、っとリアリを一瞥する。
リアリは無言でカップの縁をみつめながら、茶を啜っている。
カイザは裏世界に入ったばかりの頃、星の数ほどの“経験”をさせられた。
“色”で殺られる前に、“色”で殺れ。
と、徹底的に教え込まれた。
素質と才があったのか、“色仕掛けが十八番”となるほど、ものすごい手錬手管を身につけた。
いつしか花街の貴婦人でも手に負えない“依頼”が来たときは、カイザの出番ということが慣例になっていて。
現在に至る。
「……あのね、カイザにいったん口説かれると、他の男では物足りなくなるって、本当?」
「ぶほっ」
ちょうど差し入れの蜜まんじゅうを口に押し込んだところへ、それである。
カイザはひとしきり噎せたあと、ジャスミン茶をがぶ飲みした。
「……そんなことお嬢に吹き込みやがったのはどこのどいつだよ」
「『俺の眼を見て、余所見をするな……』ってキスして、『黙って身体をひらけ』って押し倒されたって」
「げえほっ」
茶が気管のおかしなところにはいり、真剣に咳き込んだ。
思わず涙目になりながら、眦を拭いつつ、背をトントンと叩くリアリの手首を捉える。
「聞くなよ、そんなこと」
「んー」
「『んー』ってなんだよ、『んー』って。俺が女を相手にするのは“仕事”だからな、別に好きでやってるわけじゃねぇんだから、変に勘ぐるなよ」
「別に、勘ぐっているわけじゃなくてね」
リアリが二つにした布巾で、カイザの口元を拭う。
「カイザの本気って、どんなのかなあ、って思ったの」
無邪気なセリフがさくっと胸に刺さる。
カイザは思わずリアリの顎をつまんで、上向けた。
「……試してみる?」
“仕事”用の深い艶のある声を吐息と共にリアリの耳に吹き込む。
「いいぜ? お嬢なら……もういやだって言うまで可愛がってやるよ」
大きな眼が見開かれる。
カイザはリアリの両頬を掌で包み、額を突きつけて覆いかぶさった。
「カイザ!」
「お嬢が誘ったんだぜ」
「誘ってない!」
ちょっと考えて、自分のセリフを反芻したリアリの眉間が引き攣った。
「いや、誘ったかもしれないけど、こんなつもりじゃなかったの!」
「もう遅い。男に火を点けたお嬢が悪い」
「反省する! 反省するから!」
「もう詮索しない?」
「しない!」
ポン、とカイザはリアリの頭に手をのせた。
身体をどけて、リアリを引き起こす。
「よし」
リアリは喘鳴をもらして、乱れた前身衣を押さえた。
「……あんたって、油断も隙もならない」
カイザはニヤリとした。
「俺を誰だと思ってんの?」
悔しそうに眼を怒らせて、リアリが口を横に引き結ぶ。
「よーくわかったわ。明日から、あんたの所に差し入れは持ってこない」
「―――――――――――え」
「お昼ごはんも届けないし、おやつも運ばない。着替えとか用事とかも他の誰かに頼むことにする」
「ええええええええええええっ。ちょっ、そりゃねぇだろ。ひでぇよ、お嬢!!!!!!」
「ひどくないっ。あんたの自業自得よっ!!!!!」
「いやだったら、いやだ!」
「駄々をこねてもだめっ!」
「反省する! 反省するから!」
「あんなこと、もう二度としない?」
「しない!」
ポン、とリアリはカイザの頭に手をのせた。
さっきとはまるっきり立場が逆である。
「なら、いいわ」
ほっとしたように笑うリアリが最上にかわいかった。
カイザはまいったなあ、と胸の裡で苦笑する。
やはり、リアリにはかなわない。
だがそれでいい。
好きな女に負けるのは、男の甲斐性ってものだろう。
カイザはリアリの手をとって、その甲に唇を押しあてた。
ほんの少しの上目遣い。
“口説き落とし”の技とは気づかれぬよう、最大限の注意を払いながら告げる。
「だから、また明日も差し入れに来てくれよな」
没ネタその6。
せっかくR15だから、もう少し……と思わないでもなかったですが、ラザに殺されそうなのでやめました。笑。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。