表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

 扉の向こう・その5・ 怪談話(実話)と宣戦布告

 ラザVSディックランゲアです。

 魚事件の話は本編に組み込みたかったんですけどねー。できなくて、残念。

 今回は、王子目線です。


 仕事の合間を縫って、ディックランゲアはアンビヴァレントに顔を出した。

 ちょうど昼の休憩にはいったばかりで、従業員は全員わきあいあいと食事中のところだった。


「よろしければ、一緒にいかがです?」


 と、他ならぬリアリ・ダーチェスターの誘いを受ける。


「よいのか?」

「ええ、どうぞ。今日のお昼は“サイ・ノーン”の“黒豆パン・エビ・カニ甲殻類のレモン・バターソース・トマト・レタス・玉ねぎサンド”と“チャルチュロ”の“絶品二度揚げシナモン・ドーナツ”です。たくさんあるので、遠慮なく召し上がってください」


 リアリの手招きにより、隣にいたベスティアが場所を譲ってくれた。

 ディックランゲアがリアリの横に座るなり、本日の給仕当番らしいナーシルが寄ってきて、消毒用のレモン水を両手に振りかけてくれる。

 さっぱりしたところで、ドン、と大皿を出される。

 両手にあまるくらいの重量級サンドイッチに、メロンほどもある大きなドーナツが二つ。

 

「これはどうやって食べれば――」


 いいかけて、やめた。

 全員、かぶりついている。


「お茶です。バナナ・メロン紅茶です。珍しいでしょう? まずいですけど」

「…………………………」

 

 まずいのに、なぜ飲むのか。

 理解に苦しむところではある。

 だが、先日半死半生な目に遭わされた差し入れの菓子類に比べれば、どうということもないような気がした。


「では、せっかくなのでいただこう」


 見よう見まねで、がぶりといく。


「旨いな! これは、旨い!」

「お口にあってよかった。さ、どんどんいってください。まだたくさんあるんです」

「いや、私はこれひとつで十分……なぜそんなに余っているのだ」

「カイザとエイドゥーがまだ仕事から戻ってないんです。この暑さじゃ夜までとっておけないし、どうにか食べないと。ね、ディーク様も参戦してください」


 にっこりと、かわいらしい微笑み。

 ディックランゲアはたぶらかされている、と自覚しながらも勢い込んで頷いた。


「わかった。できるだけ、食べよう。いや、待てよ。せっかくだからリーハルト叔父上やアレクセイも呼べば、我々が無理しなくてもいけるのではないか」


 はからずとも大昼食会になった。

 大勢で話題は飛び交い、賑やかで、楽しいひととき。

 だがそこでふと、思いついたことをディックランゲアが口にしたとき――。


「そういえば、なぜラザ殿は魚嫌いなのだ?」


 びしっ、と音を立てて空気が凍った。


「エビやカニ、貝類もだめなのか? こんなに旨いのに」


 ベスティアとパドゥーシカが、おそるおそる背後や天井の気配をうかがう。

 グエンは席を立って廊下を見に行った。

 ナーシルはカーテンの後ろを確認している。

 シュラーギンスワントは逆毛を立てて緊張した二頭の砂漠虎をなだめた。


「……い、いらっしゃらないようです」

「こっちもだ」

「同じく、大丈夫そうです」


 それでもサンドイッチを食べ尽くし、次にドーナツの山に取りかかるまで、会話は再開されなかった。

 リアリがバナナ・メロン紅茶を顔をしかめながら啜り、頷く。

 全員の顔が厳めしいことから、ディックランゲアはまずい話題だったのかもしれない、と察した。


「いや、別に、答えたくないようであればいいのだ」

「そういうわけではないんですけど、ラザに聞かれるのは避けたくて」


 リアリは三つめのドーナツを指でちぎった。


「眼があったことがある、らしいんです」

「……? なにと?」

「魚と」


 ディックランゲアは首を傾げた。

 リアリが指で口に押し込んだドーナツをもぐもぐして、飲み込む。


「以来、魚を毛嫌いするようになって。ある日そのことを知った聖徒殿の関係者が、いたずらでラザを招待した夕食の食卓を魚づくしにしたところ――」


 リアリの眼が遠くを見つめる。

 ディックランゲアはごくりと唾を呑んだ。


「それで……?」

「その場にあったものすべてが破壊の限りを尽くされました。食卓、椅子、食器、壁やカーテン、置物、床、とにかく無事なものはなにもなかったのです。ラザを招いた本人は、文字通り輪切りにされていました」

「………………………………」

「それでも気が済まなかったらしく、家の軒先に、大皿にきれいに盛られていました」

「………………………………」

「そして犬の餌です」

「………………………………」

「スライセンでは、“魚心中事件”と呼ばれています。以来、港近郊でも魚の文字の入った看板は姿を消しました。メニューからも消えました。まあ、たいていの店には裏メニューがあるので、頼めばつくってはくれますけど」


 ディックランゲアは下顎の汗を拭った。


「……わかった。実は、いい黒鯛が手に入ったと料理長から知らせがあったゆえ、こちらに届けようかと思っていたのだが、やめておく。大変なことになりそうだ」

「!!! 血を見るので、やめてくださいっ。お気持ちだけで結構です!!!!!」


 そこへ、突然降って湧いた声が、雷鳴の如く轟く。


「……へぇ。ずいぶんと仲がよさそうじゃあありませんか……」

 

 全員がその場で飛び上がった。

 ほぼ一斉に振り返り、そこに、冷笑を浮かべて佇むラザ・ダーチェスターを見いだした。

 

「ラ、ラザ……あんた今日は帰ってこられないって」

「仕事が早めに終わり、ちょっと時間が空いたので顔を出してみたんです」


 明灰色の双眸が、不吉に光る。

 獰猛で、容赦のない、烈しいまなざし。


「それで? 血を見るとか、気持ちを受け取るのがどうとか言ってましたけど、いったいなんの話をしていたんです……?」


 暗殺者の微笑がひらめく。

 ぞっとするほど無機質な殺意の塊。

 

「まさか、浮気じゃないですよね?」


 この歩く凶器のような男が、苦手とするものが、たかが“魚”とは。

 

 ディックランゲアは、思わず、クスッと笑った。

 まわりの者が、全員、音をたてて息を呑む気配。

 そして我に返り、はっとする。


 気がつけば、咽喉を押さえられていた。

 

「僕を嘲笑うとは、あなた死にたいんですか」


 さて、どうするか。

 ディックランゲアは気色ばむアレクセイを押さえるしぐさをして、眼の前の男を見た。


 これが、リアリ嬢の愛する男。

 

「……今日は昼食に招待されただけで、君が心配するようなことはなにもない。ただ……」


 ディックランゲアは言葉を区切って、ちらっとリアリを見つめた。

 心配げに、胸に手を寄せ、眉間に皺を寄せている。


「これから徐々に、口説こうとは思っている」


 あまりにもささやかな、宣戦布告。

 吉と出るか、凶と出るか。

 神のみぞ知る。


 本編没ネタその5。

 今回ラブコメにならなかった。汗。

 でもどうしてもはずしたくないエピソードだったので、書いちゃいました。えへ。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ