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 扉の向こう・その4・ そんな君は眼の毒です

 ディックランゲアとリアリです。

 ほんのりラブコメ?

 時期的には、リアリ覚醒直後くらいですね。

 




 ペトゥラで懐かしき友たちと再会して、数日後。

 リュカオーンとしての記憶を取り戻したものの、まだなんとなく未消化で、リアリは眠れぬ夜を過ごしていた。

 

 真夜中――睡魔がこない。

 一向に眠くならないまま、寝がえりを打つのにも飽きてしまい、ふと思いつく。


「本でも借りてこよ」


 夜着のままベッドを下りて、室内履きをつっかける。

 油の注した火皿に室内灯から火を移す。

 足元を照らすだけの弱い光だが、十分だ。

 そしてまだ一度も足を運んだことのない王城図書の間へと向かった。


 さすがに寝静まっている。

 図書の間はここに来た頃案内されて、場所だけは知っていた。

 いつでも好きなときに好きなだけ借りていくといい、という王弟である父のお墨付きだ。

 何冊か、選ばせてもらおう。


 いってみて、その蔵書量に驚いた。

 天井まで届く木製の書棚に、古今東西あらゆる国々の書物が揃っている。

 それも、きちんと分類され、一部の隙もない。


「司書官もやるわね」


 褒めても、誰もきいていないと思っていた――ところが。


「アレクセイか? ちょうどよかった、油を足してくれ。火が消えそうだ」


 一瞬びくりとしたものの、奥を覗いて胸をなでおろす。

 そこは事務机と椅子が何台も何脚も並べられた筆記スペースで、こちらに背を向け、なにか書きものをしているディックランゲア王子がいた。

 振り向きもせず、そっけない態度で壁際を指差して、催促のしぐさをしている。


 リアリは筆記具や油差し、油壺などがある棚にいった。

 新しい角灯に油を注し、手元の火皿から火を灯す。

 それをもっていって、黙ったまま、コトン、と机に置いた。

 王子は短く、くぐもった礼を述べたものの、没頭したままだ。

 純粋な好奇心から、リアリはひょいと王子の手元を覗きこんだ。


「熱心ですね。まだお仕事ですか?」


 リアリの長い金色の髪がひと房、机上の書類上に滑り落ちる。


「え? うわあっ」


 ディックランゲア王子は叫んで、椅子ごと飛び退いた。


「リ、リ、リ、リアリ殿!? な、な、なんでここに――」

「眠れないから、本でも読もうかと思って」


 王子が事務机を揺らした拍子に、バサバサバサー、と積み上げてあった書類が斜めになだれて、床に散乱する。


「あー、もう、なにやってるんですか」


 リアリは書類を拾い上げようと屈みこんだ。

 瞬間、二の腕を掴まれ、ぐいっと立たされる。


「痛っ」

「あ! すまない、大丈夫か」


 おろおろ、あたふた、王子は落ち着きがない。

 リアリは掴まれた腕をさすりながら、ディックランゲアをきっと睨んだ。


「なんなんです。ひとが親切に拾うのを手伝おうかと思ったのに、この仕打ちは」

「書類は私が拾うから、あ、あなたはそのままでいてくれ」

「……つまり、余計な手出しをするなってわけですね?」

「違う!!」


 その剣幕があまりにすごかったので、リアリは圧倒された。

 ディックランゲアはなぜか顔を赤らめながら、手で口元を覆った。


「そうではなくて……屈むと、その、胸元が……いや、いい。とにかく、こっちはいいから、えーと、そうだ、あなたはあなたの読む本を選んではどうなのだ」

「そうします」


 束の間、ばつの悪い沈黙が流れる。

 眠れぬ夜の慰めに本を選びに来ただけで、なぜこんなイヤな気持ちにならなければならないのか。

 ここはもう、とっとと目的を遂げて退散しよう。

 

 カッカしながら、リアリは近くの棚から適当に二冊の書物を選んだ。


「じゃ、お邪魔しました」

「部屋まで送る」

「いいですよ、近いので」

「だめだ」

「ここまでひとりで来たんです。ひとりで帰れます」

 

 すると、王子の顔が目に見えて強張った。

 尖った低い声が、咽喉の奥から漏れる。


「……誰かに会ったか?」

「? いいえ」


 王子が天井を仰いで嘆息する。

 わけがわからない、とリアリは苛々しながら訊いた。


「失礼します」

「だから送ると言っている。だが、まずこれをはおってくれ」

 

 言って、王子は自分の上着を脱いでリアリの肩にかけた。

 不審そうに瞬くリアリに、王子がこもごもと告げる。


「……あなたのそんな悩ましい姿を他の男に見られたら、私は嫉妬で憤死する。頼むから、送らせてほしい」

「………………………え?」

「だいたい、なぜそんな薄着のまま城内をうろつけるのだ。誰に見られるかしれないってのに、あなたは無防備すぎる。あなたのそんな姿を眼にしたら、たとえどんなに善良で生真面目な男でも邪な誘惑から逃れられるわけがない」

「そんな大袈裟な」


 呆れてしまう。

 リアリは自分の恰好を見おろして、ばかばかしい、とばかりに首を振った。


「大袈裟じゃない。いまのあなたは、ものすごい眼の毒だ」


 喘ぐように息を呑まれて、リアリは急な羞恥にかられた。

 思わず、書物を抱えていない方の手で、王子からかけられた上着の前を掻き合わせる。

 ディックランゲアの眼が狂おしい光を放ちながら、細められて。

 リアリは身を竦ませた。

 足が、うごかない。



「……その、闇に映える金色の髪も。華奢な肩も。真っ白い二の腕や、敏感そうな首筋、柔らかそうな胸も、細い足首も……抱きしめると、折れそうだ」


 浮かれたような熱っぽい声が、人気のない図書の間に韻々と響き渡る。

 まずい雰囲気だ。

 逃げなきゃ。

 と思うのに、身体が王子の視線にからめとられたように、動かない。


「リアリ殿……私は」


 距離を詰められる。

 王子の手が伸びて来る。

 ほとんど無意識のまま、リアリは抱えていた書物二冊を王子の顔面めがけてぶん投げた。


「ぎゃっ」

「あ」


 書物攻撃をもろに食らって、王子が見事にひっくり返る。

 書類が舞う。

 沈黙の向こうで、王子が鼻の頭を抑えながら、口を切った。


「……仮にも自分の婚約者をこんなに手荒に扱わなくてもいいだろう!」

「いまのはわざとやったわけじゃありません! 反射です、反射!!」

「い――や! 意図的な悪意を感じた。そんなに私が嫌いか!?」

「誰がそんなこと言いました!?」

「じゃあ好きか!?」

「誰がそんなこと言いました!?」

「好きか!? 嫌いか!?」


 リアリは咄嗟にも馬鹿正直に答えた。


「どちらかと言うと、うざい!!!!」


 びしっ。

 たとえるならば、そんな感じで空気に亀裂が入った。


 シ――――――――――――――――ン。


 ディックランゲア王子はがっくりとうなだれた。

 しょんぼりと肩を落とし、衝撃のあまり眼をくぼませて、意気消沈を絵に描いたようだ。

 なにか言わないと。

 しかし、もともと口の達者な方ではない。

 そうしてリアリがまごついている間に、王子は溜め息をつきながら立ちあがった。


「……あなたはひどい」

「……すみません」

「ひどいが、まあ、嫌われるよりはましかな。それに、眼が醒めた。あなたを押し倒さずに済んで助かった」

 

 自嘲気味に微笑む王子の眼が傷ついて見えた。

 リアリは凶器にした書物を無言で拾った。

 表紙を払う。


「あの……今度からもっとまともな服装で出歩きます」

「そうではない。これに懲りて、夜中の徘徊はやめてくれ。私の自制心がいつ崩れるかわかったものじゃない」

「……じゃあ、そのときはまた書物で張り倒して差し上げますよ」

「それは書物の使い方が根本から間違っている!」


 まだ痛そうに鼻っ柱をさする王子がさすがに気の毒で、リアリはちょっとだけ慰めたくなった。


「あのう」

「書物は私が持つ。あなたは火皿を持って、私の後ろを歩いてきてくれ」


 不機嫌そのままに、王子は先頭に立って歩き、仏頂面のままリアリを部屋まで送り届けてくれた。


「部屋にはきちんと錠をかけて、誰が訪ねてきても、入れないように」

「はいはい。王子ももう遅いので、適当なところで切り上げてくださいね」

「あいにくと、まだ仕事が残っている」


 くるっと、踵を返した王子の服の袖を、ほとんど反射的にリアリは掴んだ。


「? なんだ」

「あのう」


 引き留めたものの、なにを言えばいいのか。

 苦し紛れに、なんとか継いだ言葉は。


「その……し、仕事を一生懸命なさる王子は、ちょっとだけ……」

「『ちょっとだけ』……?」

「すてきで」

「は? 『す』? な、なに? なんだって?」

「……好きかもしれません」

「―――っ!!!!!!!!」


 王子の顔が青から赤へと早変わりし、ふわ、と足が地面から離れたようだった。


 それから続く日々の王子の働きっぷりが尋常でなかった様は、言うまでもない。


 本編没ネタその4です。

 寝巻でうろうろ。うっかり目撃しておろおろ。

 完全に人格崩壊していますね。笑。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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