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 扉の向こう・その3・ リンゴ、食べる?

 エルジュとリアリです。

 時期的には、第四話前半部くらいです。

 真昼の午後、リアリはルクトール王エルジュに依頼され、スライセンを街案内していた。


「……もう出歩いていいの?」

「ああ」

「だけど傷口、まだ完全にふさがってないんじゃない?」

「……おまえが私の身を案じるのか?」

 

 切なげなまなざしを向けられて、リアリは返答に困った。

 エルジュはゆっくりと、端然とした歩みを止めて、斜め上からこちらをじっと凝視している。

 リアリはおもむろに顔を逸らした。

 そんな真剣な眼で、あまり見ないでほしい。


「別に、心配なんて……だってそれ、あんたの自業自得だし。そもそもカイザを不用意に傷つけたあんたが悪いのよ。でも、私が、あんたを刺したのも本当で……」

「私がおのれでしたことだ。おまえは自分を責めるな」

 

 エルジュの手が無造作に伸びて、俯いたリアリの頭を掻き撫でる。

 この会話を、てくてくと後ろからついてきていた赤の魔法使いヒューライアーが聞きつけて、大仰に騒ぎ立てた。


「うわあ、珍しいなあ。王様が女のひとにやさしくしてるー。頭撫でてるー。うわあ、うわあ、すごーい。はじめてみたなあ。もしかして明日世界は終わるのかなあ」

「物騒なこと言わないでよっ」


 冗談じゃない。

 頭を少し撫でられたくらいで、なんで世界が終らなきゃいけないの!

 と、突っ込みを入れかけて、リアリは思いとどまった。

 ちら、と上目遣いで、エルジュの影のある冷たい美貌を一瞥する。

 

「……そんなに珍しいの?」

「なんのことだ」

「いつもは連れの女性につれないのかって訊いてるのよ」

「連れなどおらぬ」


 しれっとした返答。

 エルジュの感情の色を浮かべない双眸が、リアリの面を射る。


「おまえだけだ」


 怖いほど深く見つめられて、しばし言葉を失う。

 リアリがそうして硬直している間に、エルジュは通りすがりの花売りの娘から小さな赤い薔薇の花束を買い、リアリに押しつけた。


「いらないわよ」

「ならば捨てるがいい」


 頓着しないもの言いに、かえってリアリは抗えなくなる。

 赤い薔薇の花束なんて。

 ローテ・ゲーテでは想い人に贈る花である。

 簡単に受け取っていいものではないのに、エルジュのふるまいがあまりにそっけなく、ひとりで深読みしている感もあり、捨てるに捨てられない。


「うわー。王様が優しいー。珍しいね、珍しいね、珍しいねー。やっぱり明日世界が滅びるかもー」

「滅びないっ」

「……ヒューライアー。少し黙れ」

「うん、わかった」


 エルジュに氷の眼で睨まれ、慌ててヒューライアーは口を閉じる。

 リアリは薔薇に眼を落しながら訊ねた。


「花を贈ったこともないの?」

「ない」

「なんで。贈りたいひととか、いなかったわけ?」

「おまえ意外には、誰も」


 甘いセリフだが、声には孤高がこもり、表情は寂しげで。

 リアリは二の句が告げられず、そのまま押し黙ってしまった。

 エルジュは怪我人とは思えないほどの優雅な足取りで、雑踏を分け進む。


「だめよ、勝手にはぐれないで。迷うから」


 露店が所狭しと立ち並び、清潔な店も、怪しい店も、同じく軒を連ねる。

 この迷路のように複雑なスライセンを、エルジュはどうやら気に入ったようだ。

 あちこちさまよう視線は傍目にわかるほど愉快そうで、リアリがはぐれまいと近くに行くと、さりげなく手をひかれた。


「ちょっと」


 すぐに振りほどこうとしたが、ぎゅっと握り締められる。


「いまだけだ。それに、離せば私は迷って行方知れずになるぞ」

「どんな脅迫よ。手を繋がないと歩けないなんて、子供じゃあるまいし」

「それもそうだな」


 とあっさり離されたのも束の間で、今度は肩を抱かれた。


「これならば問題あるまい」

「ある! こ、こ、こ、こんなところ、ラザに見られでもしたら血の雨が降るわよっ」

「かまわん。それも一興だ」

「あんたはラザを知らないから、そんな恐ろしいことが言えるの! ラザはね、私に手を出した男には、本っ当に容赦ないんだから。八つ裂き衣つけ油揚げはあたりまえ、斬って刺して彩られて食卓に並べられるわよ!!!」

「あっはっは。おもしろい。私が調理されたら、おまえは食らうのか? ふむ。おまえに喰われるのならば、死に様としては悪くないな」

「あんた悪趣味よ!!!!!」

「よく言われる」


 朗らかに肯定するエルジュを罵倒して、とにかく離れようとしたのだが、いつのまにか腰を抱かれていて、それもままならない。

 

 仕方なく、そのまま一日過ごす羽目になった。

 

 そして、くたびれ果てて帰り着くなり、エルジュが倒れた。

 リアリは助けを呼び、連絡を受けた医術師レベッカが駆けつけた。

 エルジュの腹の傷口がパックリ開き、おびただしい出血で、黒いマントはずっしりと重かった。


 そのまま緊急搬送、緊急手術。

 なんとか一命は取り留めたものの、目覚めてすぐに、絶対安静、ときつく釘を刺され、エルジュはおもしろくもなさそうに知らん顔をしていた。


「あんた、危うく失血死するところだったのよ。どうして傷が開いたこと、黙っていたの」


 寝台に横になり、エルジュはあさっての方角を向いたまま、黙っている。

 リアリは溜め息をつき、少し離れた小卓の近くにいって、果物かごからリンゴを選び、皮を剥きはじめた。


「……少しでも長く」

「え? なに、聞こえないわよ」

「少しでも長く、おまえといたかったのだ」


 果物ナイフを止める。

 顔を上げてエルジュをみると、眼元の辺りがうっすらと紅潮していた。


「……リンゴ、食べる?」


 エルジュは疲れたように荒い息を吐いて、左右にかぶりを振った。


「かったるい。動きたくない」

「そりゃあれだけ血を流せばそうでしょうよ。ん、もう、仕方ないなあ」


 リアリは椅子ごと場所を移動した。寝台の真横にいく。

 さくさくさく、と食べやすく切り分けたリンゴを手に持ち、エルジュの口元に運ぶ。

 エルジュの眼が大きく見開かれる。


「はい」

「な……」

「食べさせてあげる」

「は?」


 大の大人がきょとんとする様は、おかしくて。

 つい笑いながら、リアリはエルジュの口に白い果実を放り込んだ。


「おいしい?」


 没ネタその3。

 たまにはエルジュもいい目を見ないと、の巻。


 あああ。しかし、短文を連ねるこの書き方、くせになったらどうしよう。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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