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 扉の向こう・その10・最終話 永遠の愛を誓って

 これまでお付き合いいただきました皆様、深く御礼申し上げます。

      



「お嬢、お嬢」

「……ん、なに、カイザ?」


 真夜中に揺すり起こされて、リアリは寝ぼけ眼を擦りつつ言った。


「……夜這い? ラザに殺されるわよ」

「違うって。んなことしたらただ殺されるだけじゃすまねぇよ。スライセン中引きまわされて四肢張りつけの上、嬲られて、焼かれて、串刺しにされちまう。って、そうじゃなくて、起きてくれ。ラザが呼んでいる」

「ラザが?」


 不審に思いながらも他ならぬカイザがそう言うのだ、間違いはないのだろう。

 リアリは黒いタウブに黒いベールをかぶり、黒い半仮面を着用した。一応それなりの装備を身につける。ナイフは常に携帯しておくのが癖になっていた。

 真夜中だが、ローテ・ゲーテの真のお愉しみは夜にある。王都スライセンの膝元である城下(カスバ)町は尚のこと、歓楽街が主体となり、決して灯りが消えることはない。

 だが、外に出て驚いた。街の灯が絶えていた。どこもかしこも暗い。完全無の闇があり、唯一の光源は手に持つ角灯だけだ。

 この異常事態にリアリはすっと心身共に臨戦態勢に入って傍らのカイザを一瞥した。


「なにが起こったの?」

「うん、まあ、とにかく行こうぜ。行きゃあわかるよ」

「行くってどこによ?」

 

 聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)か。でも聖徒殿は夜には門が閉じていてなにびとも入れない。

 カイザは曖昧に口を濁して、来いよ、と手招く所作をする。

 ますます腑に落ちないと言った顔でリアリが一歩を踏み出したそのときだった。

 ぽう、と、紅い光が足元に咲いた。二歩、三歩、四歩、と前に進むたびに紅い光が輝き、うしろを振り向いても、消えずに痕がそのまま残っている。


「なにこれ」

「いいから」


 城下町は――というよりスライセン全域が――静まり返っていた。恐ろしいほどの静寂。

 ひとの気配がない。異様だ。なにもかもがおかしい。だがカイザは止まらない。

 わけがわからないまま着いたのはやはり聖徒殿だった。案の定、門は閉じられている。


「どうするのよ?」


 まるでその声が聴こえたかのように、ギィ、と厳めしい音を立てて中央門が開く。

 そこにいたのは、ラザだった。

 すぐ脇にレニアスが松明を掲げて就き従っている。

 ラザは聖徒殿主長の白い光沢のある聖白の装束を身に纏い、黒指輪を嵌めている。眼帯は外し、髪は解いていた。その様子が尋常ではない緊迫感を漂わせていて、リアリはラザの眼を見た途端にごくりと息を呑んだ。


「来ましたね」


 カイザが頷く。


「お嬢、連れて来たぜ」

「邪魔は?」

「特になにも」


 ラザが満足そうに口角を吊り上げ、顎をしゃくった。


「中へ。支度を整えなさい」

「ああ。お嬢、行こうぜ」

「は? ちょ、ちょっと待ちなさいよ、いったいなんなの。ラザ、説明して」

「あとで、また」

 

 そして踵を返して行ってしまう。リアリはカイザに促されるまま神殿内の奥へほとんど拉致されるように連行され、一室に放り込まれた。

 そこに手ぐすね引いて待機していたのはベスティアとパドゥーシカ、それに近所の顔なじみの女性たちが大勢。


「え?」

「お待ちしておりました」

「かかりましょう」

 

 かくして、有無を言わさぬ眼に遭った。

 入浴、マッサージ、香油のすり込み、衣装の装着、化粧、髪結い。仕上げはローテ・ゲーテ金貨を鎖のように繋げたずっしりと重いマントを羽織り、金の首飾り、金の腕輪、金の耳環、金の額飾り、金の髪留め、金の足環を身につけ、金糸の刺繍の履物を履く。

 由緒正しい、ローテ・ゲーテの花嫁衣装だ。

 化粧は目尻に碧青をさして、華やかに。

 ようやくこの展開がなにを意味するものか察したリアリの手を引いたのは、迎えに現れたオルディハだった。


「おめでとう。とてもきれいよ。さ、行きましょう。もう皆、待ちくたびれているわ」


 止める間もなく、オルディハはリアリの肩を抱いて転移した。

 いった先は本神殿屋上。眼下には屋外広場を埋める群衆。割れるような大歓声。

 外に出て驚いた。さっきまでは真っ暗闇だったのに、いまは光の洪水だ。一斉に橙色の温かく、どこか懐かしいような灯りが点いている。

 パーン! と立て続けに空に放たれる金色の花火。それだけではない。大きく七重の金の虹がかかり、まわりには星よりも星の如く眩い輝き。まるで琥珀を留めたように。

 そして常人には知り得ないだろう、完璧な防壁。なにものの侵入も阻むだろう、眼には見えない“力”が働いている。


 こんなことができるのは――。


 オルディハを見ると、ぱちりと片目を瞑られた。無言の肯定だ。ということは、やはり能力者たる仲間達が動いていると言うことだ。


「遅かったですね」

「女性の支度には時間がかかるのよ。ね?」

「なぜあなたがここにいるんです」

「祝福を言いに来たの」

「とっとと持ち場に戻ってください」

「はいはい、わかりました。邪魔ものは退散するわ、じゃあね、リュカオーン」


 咄嗟にリアリはオルディハを引きとめて、抱きついた。抱き返される。言葉が見つからない。背をぽんぽん、とあやされる。


「お幸せに」一言そう囁いてオルディハは消えた。「あとはまかせて」

「ありがとう。皆にもそう伝えてくれる?」

「いいえ。あとで、自分で伝えた方がいいと思うわ。だってまたすぐに会えるでしょう?」


 微笑んでオルディハは消えた。

 リアリはゆっくりとラザを振り返った。

 今宵は雲ひとつない、月夜。


 真夜中の結婚式――

 

 まるで考えてもいなかったことが、いま現実に眼の前にあった。

 白い月光を浴びて佇むラザの姿も金細工の花婿衣装だ。長い金鎖のローブが良く似合っている。ただし、聖徒殿主長の黒い指輪は嵌めたまま。そしてそれに相応しく、常に万事に対して威嚇牽制する獰猛な眼つきもそのままだ。


「求婚します」

「こんなときに?」

「いけませんか?」

「いけなくは、ないけど……でも鎮魂祭の準備とかで、忙しいんじゃなかったの?」

「忙しいですよ、ものすごく」

「だったら別にいまじゃなくてもいいのに」

「いまがいいんです。というよりも、この機を逃しては、あなたと結婚できないような気がするんですよね、僕」

 

 ラザが白々しい溜め息を吐く。


「なんとなくですけど、いまあなたを妻にしなければどこぞの青二才王子――誰とは言いませんけど――に先を越されたり、カイザに求婚を先取りされたり、結局僕だけがなにも未遂であなたと物別れ、なんてことになるような気がしないでもないんですよね」

「なんなの、その具体的な例は」

「勘です」

「あ、そう」

 

 リアリは笑った。とんだ被害妄想だ。


「私がラザ以外の男の妻になるわけないでしょ」

「まあそうですけど」

「それより、他になにか言うことあるんじゃない?」


 ラザの視線が釘付けになる。


「見事です」


 言って、距離を詰める。


「こんなにも美しいあなたを見たのは二度目です」

「一度目は?」

「初めての情事のあと迎えた朝に見た、あなたの寝顔」

「ばか」

 

 それを聞いて途端に頭に血が昇る。思わず俯いてしまったのだが、すぐにラザの指で顎をしゃくられる。


「きれいです」


 どきん、とした。ラザの明灰色の瞳が一際強くきらめいた。


「誰よりもなによりも、あなただけを愛しています」


 ラザが跪いた。左手をとられる。薬指に口づけられる。指輪が嵌められる。自分と相手の名を刻み、忠誠を誓う指輪だ。ローテ・ゲーテの由緒正しい求婚だ。


「僕と結婚してください」

「はい」

 

 告げて、リアリも跪いた。ラザの手に右手を添える。その上から、更にラザの手が重なる。額を突き合わせる。眼を瞑る。震える声で言う。


「私と結婚してください」

「はい」


 口づけを交わす。

 そして一気に抱きあげられた。わあっと祝福の嵐が飛び交う。花が舞い、頭上にきらめいていた光の点が更に数を増やして、夜でも真昼の明るさがみちた。


「おめでとう――」

「おめでとう、リアリ様、ラザ様――」

「さいわいあれ!」

「万歳、ばんざーい!」


 リアリは手を振って歓声に応えた。胸にじん、と込み上げる熱いもの。ずっと夢見てきた光景。傍らにはラザがいて、皆の祝福を受けながら、永遠の愛を誓う――。

 身動ぎして、降ろしてもらう。ラザと二人で並んで立つ。

 群衆の中にアンビヴァレントの仲間達を見つける。エイドゥやレニアス、ロキス、レベッカも一緒だ。徒党を組んで万歳三唱を叫んでいる。(カスバ)下町の住人は上へ下への大騒ぎ。最長老の顔も笑んでいる。力で探る。ライラとマジュヌーン、シュラーギンスワントは非常時に対応できるように本神殿真下の隅に待機している。二頭は飛び跳ねて吠え、シュラも珍しく微笑を浮かべている。二十一公主と呼ばれる、昔の仲間たちもいた。どうやら陰で暗躍し、協力してくれているようで、リアリとラザの婚姻を躍起になって阻もうとする王家の連中を力で押さえている。中にはディックランゲア王子やリーハルト父を筆頭にルマ義母とキース・ルイ義父もいる。だが陽炎や聖徒が動員されていないということは、本気で邪魔をするつもりではないのだろう。たぶん、おそらく。

 だがこの場にいないものもいた。

 エルジュ――オランジェの気配はない。

 リアリは胸の内で小さく詫びるにとどまった。

 カイザは?

 と思ったそのとき、


「おめでとう、お嬢」


 振り返ると、そこにカイザがいた。にこにこと無邪気に笑っている。


「ようやく兄貴と結婚してくれて俺も嬉しいぜ」

「あ、ありがとう、カイザ」

 

 なぜか笑顔が恐ろしい。

 こんな顔を見たのは二度目だ。そう、あれは確か、ラザとの初めての夜のあと……翌日顔を合わせたときに、見た笑顔だ。


「次は俺の番だな」

「……は?」

「だってそうだよな? ラザと結婚するなら、俺とも結婚するってことだろう? 俺を二番目の夫にしてくれる約束だったじゃねぇか。な?」

「そ、それは……」


 甘い余韻に浸る間もなくざーっと血の気が引いていく。この修羅場をどう切り抜けよう、とぐるぐる眩暈を感じたとき、ラザがリアリの肩を引いて前に出た。


「だからそれは、リアリに僕の息子を産んでもらってからだと言ったでしょう」

「あ、そうだよな。うん、それでいい、それでいい。俺、二人の子供だったら、めちゃめちゃかわいがるからさ!」

「僕がかわいがるので、カイザは面倒をみてください」

「そっか。そうだよな、よし、俺が面倒みる。で、ローテ・ゲーテ一の腕っ節の強ぇ男にしてやるぜ。楽しみだな!」

「頼みますよ。じゃ、今日は消えてください。僕たち忙しいんです」

「ん、じゃあな、お嬢。兄貴、頑張るのはいいけどさ、壊すなよ!」

 

 なにを? とは訊くことができなかった。

 カイザが片手を上げて消えたあと、リアリは眼だけ動かしてラザを見た。


「……息子が生まれたら、娘が生まれてから、って言うんでしょ?」


 ラザがどす黒い微笑を浮かべる。


「……で、娘と息子が生まれたら、三人目が出来たらって言って結局堂々巡りに……」

「さすが僕のリアリです。お見通しですね」

「どうすんのよ、カイザ。一生独身じゃないの」

「いいじゃないですか、別に。どうせあなたを嫁にできないなら、他の誰も嫁になどしませんよ。それに僕は妻を他の男と共有するほど心が広くないので、仕方ないです。カイザには、そうですね、気が向いたら僕の娘を嫁にやってもいいです」


 リアリは噴き出した。


「どれだけ気が長い話なの。第一、肝心の娘がうんと言わなかったら――それはないか。歳の差があったって、カイザほどいい男は探してもいないだろうしね」


 そうなったらなったで、たぶん色々と、複雑な心中になるような気がするが、それはいま言わないでおこうとリアリは思った。


「聞き捨てなりませんね。僕はカイザより劣ると、そういうわけですか」

「違うってば。ラザが一番よ、そんなの、言うまでもない――んぐっ」


 激しいキス。

 突然息を奪われた衝撃で体勢を崩す。すかさずラザの腕が身体にまわされる。


「……ちょっと、皆、見てるじゃないの」

「じゃあ見られないところに行きましょう」

「え、どこ?」


 素で訊く。すると呆れられてしまった。


「初夜の閨へ」


 思わず逃げ腰になった。だが逃げられるわけもなく。


「おや、どうして嫌がるんです……?」


 獲物を捕らえていままさに食い千切ろうとするまなざしを向けられる。


「……あなたは僕のものです。未来永劫に。どんな過酷なときがこのさき待ちかまえていたとしても、それだけは変わりません。永遠に」


 瞳の奥に情熱が苛烈な輝きを放っている。

 その熱さに衝き動かされて、リアリは自分からラザにキスした。


「……愛してる……」

「ようやく言いましたね」

「連れていって、どこへでも」

「ええ」

 

 もう一度抱き上げられた。今度はリアリもラザの首に縋りついた。


「まずは息子をつくりにいきましょうか」


 リアリは涙目になって破顔した。幸福感に溺れそうだ。


「娘と息子、二人いっぺんでもいいわ」

「本当に?」

「本当」

「じゃあ僕、頑張ります。あなたを壊さないようにしないと」


 カイザの注意が甦る。思わず赤面した。あの言葉は、そういう意味だったのだ。


「ねぇ、ラザ」

「はい?」

「もう一度言って?」

 

 強請るような声になってしまった。

 応えるように、ラザがぎゅっと抱きしめてくれる。

 リアリが首だけ動かし、見上げると、ラザの眼とぶつかった。

 ラザが微笑む。他の誰も見られない、優しい情のこもったすてきな笑顔だ。


「永遠にあなたを愛しています」


 千夜千夜叙事、これにて本当に終幕です。

 長い間のおつきあい、ありがとうございました。


 尚、次話はつまらぬあとがきですので、お暇な方のみ、めくってください。

 

 すべての被災者の皆様へ この先の復興を心より応援申し上げます。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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