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あなたの妻を辞めます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第18話 同盟の席

「ヴィオレッタ殿。いや——ヴィオレッタ。五年分の謝罪を、させてほしい」


まさか、この声をヴェルデで聞くとは思わなかった。


六カ国合同対応のための準備会合。各国代表がヴァイスベルクに集まった日の午後。議事堂の控え室に、その人は立っていた。


ルシアン・ヴァルトシュタイン侯爵。金髪碧眼の美丈夫。軍装が似合う肩幅の広い男。


痩せていた。頬の肉が落ちて、碧い目が大きく見える。軍服の肩章は以前と変わらないが、肩幅が少し余っているように見えた。


シュヴァルツ王国代表として派遣されたのだと、レオンから書面で通達があった。王家がルシアンの外交権を部分的に復帰させた条件は、六カ国合同対応への協力。つまり、王家にとってもカルディアの問題は無視できなくなったということだ。


「座ってください、侯爵」


敬語を使った。意識的にだ。「ルシアン」とは呼ばない。「あなた」とも呼ばない。侯爵。それが今の、正確な距離だ。


ルシアンが椅子に座った。座り方がぎこちない。この人はいつも堂々と椅子に座る人だった。軍人らしく、背筋を伸ばして。今日は背筋こそ伸びているが、手の置き場所が定まらない。膝の上に置いて、組み直して、また膝に戻す。


「五年間」


ルシアンが口を開いた。声が低い。以前の自信に満ちた声ではない。


「お前が……いや、あなたが、何をしていたか。わかっていなかった」


知っている。知っていた。五年間、夫は妻が何をしているか見ていなかった。


「条約文。関税。穀物の備蓄協定。交易路の維持。全部、あなたがやっていた。俺は」


ルシアンの拳が、膝の上で白くなった。


「俺は軍人だ。戦場のことはわかる。部下の命を預かる重さはわかる。だが、外交の重さがわからなかった。あなたが毎晩、書斎で何通の書簡を処理していたか。何カ国語を切り替えていたか。それがどれだけの」


声が途切れた。ルシアンは言葉を探している。この人が言葉に詰まるのを、初めて見た。軍事の指揮では明瞭な命令を出す人が、私の前で言葉を失っている。


「……重労働だったか。わからなかった。わかろうとしなかった」


怒りは来なかった。五年前なら来たかもしれない。三ヶ月前でも来たかもしれない。でも今は来ない。枯れたのではない。もう、あの場所にないのだ。あの怒りが置いてあった棚は、別のもので埋まっている。


「侯爵」


「ルシアンでいい。もう、夫でもないのだから」


「では、ルシアン」


名前を呼んだ。五年間連れ添った男の名前。不思議なほど、何も揺れなかった。


「謝ってくれて、ありがとう。遅かったけれど」


ルシアンの目が揺れた。


「ただ、それは私への謝罪というより、あなた自身への。自分が見なかったものへの。そうでしょう?」


返事がなかった。図星だったのだろう。


「それでいいわ。あなたが外交の勉強を始めたと聞きました。エルダの手紙で」


「ああ。共通語の書簡の書き方から始めている。……遅すぎるのはわかっている」


「遅くても、始めないよりはましよ」


それが、私の正直な感想だった。怒りでも、赦しでもない。ただの事実。


「あなたの領地の民は、あなたが守って。それはあなたの仕事。私には、私の仕事があるから」


ルシアンが頷いた。ゆっくりと。軍人の敬礼のように深く。


「……見事な人だ。俺の隣にいた頃より」


「隣にいた頃は、見てもらえなかったから」


言い過ぎただろうか。いや、事実だ。事実を言うことに、もう遠慮はいらない。


ルシアンが小さく笑った。苦い笑いだった。


「そうだな。俺は戦場では目が利くが、隣にいる人間を見る目がなかった。それが一番の敗因だ」


敗因。軍人らしい言い方。この人はすべてを戦の言葉で理解する。それが悪いとは思わない。ただ、合わなかっただけだ。


ルシアンが立ち上がった。扉に向かい、ふと振り返った。


「ヴェルデの大使は、いい男か」


不意の問いに、一瞬だけ顎の筋肉が動いた。噛み締めたのだ。


「さあ。外交官としては優秀よ」


答えながら、窓の外を見た。雪が降っている。控え室の窓は北向きで、光が白い。


「……そうか」


それ以上は聞かなかった。軍人は察しが悪いが、今の表情で十分伝わったのだろう。



準備会合は翌日から始まった。


六カ国の代表が「鷲の間」に集まるのは、ヴェルデ建国以来初めてのことだった。議場の席順を決めるだけで半日かかった。ラドニアは格式を重んじ、フェリシアは色彩の配置にこだわり、エスタードは法的な発言順序を主張し、カルディアの席をどこに置くかで全員が黙った。


結局、私が六カ国すべてに個別に話を通して、席順をまとめた。こういう仕事だ。誰にも見えない、地味な、でも一つ間違えば決裂する仕事。五年間やってきた仕事と同じ。ただし、今度は自分の名前で。


グレイル大使が控え室で私に耳打ちした。ラドニア語で。「あなたがいなくなったら、この会議は成り立たない。前にも同じことを言ったが、今度は冗談ではないぞ」。前に。あの外交宴の夜。あの時は社交辞令だった。今は本気の声だった。


レオンとは、準備会合の中で自然に隣になった。公式の場だ。距離を取る必要はない。


カルディアへの共同対応の枠組みを議論する中で、レオンが発言した。


「ヴェルデ公国は、六カ国の調停役を引き受ける用意がある。シュテルン参事官が各国との連絡を担当する」


私の名前を、議場で。公式に。


レオンの横顔を見た。真っ直ぐ前を向いている。だが、その手。演壇を握る右手の指が、少しだけ白くなっていた。力が入っている。


これは政治的な宣言だ。「大使と参事官の関係」を攻撃材料にされることを恐れて距離を取った人が、公式の場で私の名前を出した。つまり。


つまり、もう距離を取るのをやめた、ということだ。


会合の休憩時間に、廊下で並んだ。窓の外に雪山が見える。


「レオン」


小声で呼んだ。公式の場では敬称を使うべきだが、廊下に他の人はいなかった。


「何か」


「さっきの発言。ありがとう」


「公的判断だ。君が適任だから」


「それだけ?」


レオンの喉仏が動いた。


「……それだけではない。だが、今は公的判断だということにしておいてくれ」


「わかったわ」


公的判断。それでいい。今は。


でも、レオンの右手のインクの染みが、私の右手と同じ場所にあるのを見て、口元が少し緩んだ。


隠さなかった。

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