第2話 黒霧の祈り
第2話です。よろしくお願いします!
大浦天主堂の鐘が、狂ったように鳴り響いていた。
ゴォ……ッ。
その音は、ただの鐘の音ではなく、空気を震わせる魔導の振動だった。
黒い霧が、教会の屋根を包み込み、うねるように蠢いている。
まるで生き物のように、触れたものすべてを押し潰すかのように拡がっていた。
「……なんだ、ありゃあ」
龍馬が呟く。洋装の影が、薄暗い長崎の街でひときわ大きく揺れた。
祐一は喉を鳴らした。――怨念だ。
なぜか、理解できた。祖先の血が、警告している。
胸の奥が熱く疼き、体中の血が逆流するようだ。
教会前には信徒たちが怯え、震えながら立ち尽くしていた。
中には、幼子を抱く母や、白髪混じりの老人もいる。
「まだ、修道女が中に……!」
「祈りをやめないって……!」
祐一の心臓が跳ねる。
――あの光景は、島原の炎の記憶と重なった。
焼ける村。泣き叫ぶ民。絶望に震える少年。
そして、死者の声。
「……俺、行きます」
「待て」
龍馬が祐一の腕を掴む。力強く、しかし制するように。
「無茶じゃ」
「でも……!」
祐一の瞳に決意が宿る。
「……分かった」
龍馬は祐一の目をじっと見つめた。
「死ぬな。それだけは守れ」
「……はい」
祐一は黒霧の中へ飛び込んだ。
中は、別世界だった。
冷たい空気。重く沈む沈黙。
耳に届くのは、無数の囁き。
――苦しい……
――助けて……
――忘れないで……
(……これは……)
祐一は耳を塞いだ。島原の乱の記憶が、まざまざとよみがえる。
三万人以上の民が命を落としたあの戦場の声――
そして幕府軍の怒号、七千人の死。
すべてが、今のこの黒霧に宿っている。
祭壇の前。白い修道服の少女が膝をつき、震えていた。
長い金髪。蒼い瞳。異国と和が混ざった、不思議な存在。
「……大丈夫ですか!」
祐一が駆け寄ると、少女は顔を伏せる。
「……逃げて……ください……」
「この霧は……殉教者たちの……」
その瞬間、霧が形を持った。
人の影。無数の亡霊。
「――ッ!」
影が祐一に襲いかかる。
反射的に腕を突き出す。
――光が、走った。
白く、温かい光が、祐一の体から溢れ出す。
影は悲鳴を上げ、教会の奥に消えた。
霧が裂け、月光が差し込む。
少女は呆然と祐一を見つめる。
「……奇跡……」
祐一は自分の手を見た。震えている。
(……俺が……やった?)
外では、異変を察知した黒装束の男たちが動く。
「対象、覚醒確認」
「魔導局に報告」
低い声が闇に溶けた――幕府魔導局。
長崎奉行直属の、闇の組織。
「……次は、捕獲だ」
教会の外、霧は消え、人々は安堵の息をつく。
龍馬が駆け寄る。
「無事か!」
「……なんとか」
その時、少女が深く頭を下げる。
「ありがとうございました……」
「私は、マリアと申します」
「……天草祐一です」
視線が交差する。胸の奥が、熱く、疼く。
「……あなた……不思議な光を……」
「……分かりません。俺にも……」
マリアは微笑む。
「でも……救ってくださいました」
その笑顔が、祐一の心に深く焼き付いた。
遠くで、誰かが祈っている。
島原の魂か、それとも、未来の何かか。
その夜。祐一は、再び夢を見た。
島原の炎の中、天草四郎がこちらを見ていた。
そして、こう言った。
『……ようやく、目覚めたか』
祐一の胸に、宿命と力の重みがのしかかる。
――この力は、歴史を変えるものか。
――それとも破滅の呪いか。
夜風が吹き抜ける長崎。
遠くで教会の鐘が、静かに余韻を残す。
祐一は拳を握りしめた。
守るべき人たちのために、そして、失われた命のために――。
――つづく。
感想いただけると嬉しいです!




