第1話 夢見る血の宿命
はじめまして。
幕末×魔法×実在人物をテーマに書いています。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
炎が、空を覆っていた。
赤く、黒く、うねりながら、すべてを焼き尽くしていく。
――逃げろ。
――生きろ。
――だが、誰一人、救えなかった。
祈りは届かず、叫びは掻き消え、島原の地は、死で満たされた。
「……すまぬ……」
少年は、涙を流しながら崩れ落ちた。
民を救うために立ち上がった。
ただそれだけだった。
だが――夢は、砕けた。
島原の乱――天草四郎率いる一揆は、1637年から1638年にかけて、幕府の過酷な重税とキリシタン迫害に苦しむ民たちが起こした反乱だった。
一揆の最終決戦では、幕府の軍勢18,000人に対し、民衆側は約37,000人が参加したと記録される。
戦いの果てに、民衆側はおよそ30,000人以上が命を落とし、幕府側も7,000人以上が戦死した。
火の海に包まれ、焼ける村。泣き叫ぶ民。
その中心に立つ少年――祐一の祖先、天草四郎は、民を救おうと必死だった。
しかし、無情にも歴史は非情に閉ざされた。
そして、憎しみだけが残った。
――幕府を、許さぬ。
――この無念、必ず晴らす。
その誓いは、血となり、魂となり、時を越えて受け継がれていく。
「……また、この夢か……」
天草祐一は、荒い息とともに目を覚ました。
薄暗い長屋の天井が視界に入る。長崎・出島近く。
異国文化と貧困が入り混じる街の片隅。
十九歳の祐一は、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「……父上……」
幼い頃から、同じ夢を見る。
焼ける村。
泣き叫ぶ民。
祈る少年。
そして、絶望。
――天草四郎。
自分の祖先だと、父は言っていた。
「お前の血にはな……救えなかった人々の想いが流れとる」
父はそう言って笑った。だが、翌年――
父は幕府の役人に連れて行かれ、戻らなかった。
理由は知らされない。ただ、「異端の疑い」とだけ。
(……俺は、何なんだ……)
祐一は拳を握りしめた。
普通に生きたい。働いて、家族を持って、穏やかに。
だが、それを許さない“何か”が、自分の中にある。
それは、祖先の血が残した宿命か。
魔導の力――天草の血を受け継ぐ者にしか触れられない何かか。
「祐一! 遅いぞ!」
外から陽気な声。坂本龍馬だ。洋装にブーツ、長崎でも一際目立つ男。
「すみません、今行きます!」
祐一は急いで外に出た。ここは、亀山社中の拠点。
海援隊の前身とも言える、志士と商人の混成組織だ。
「今日は取引があるき、気合入れんといかんぞ」
「……はい」
龍馬は祐一の顔をじっと見た。
「……また、夢か?」
「……分かるんですか?」
「顔に書いとる」
龍馬は笑う。
「なぁ祐一。お前は、自分の力を怖がっとる」
祐一は黙る。時折、人には見えない“何か”を見る。
祈る声。死者の影。消えない後悔。
――島原の炎で亡くなった三万人近い魂が、今もお前を呼んでいる……
「怖がるな」
龍馬の声は穏やかだが、力強い。
「力はな、使い方次第じゃ」
「……俺に、何ができますか」
龍馬は遠く海を見つめる。
「この国を変える」
即答だ。
「身分も、貧しさも、弾圧もない国にする」
「……夢物語です」
「じゃき、やるんじゃ」
龍馬は笑う。
「四郎は負けた。でも、お前は負けるな」
祐一の胸が強く脈打った。――なぜ、この人は知っている?
自分の過去も、血の呪いも。
その瞬間だった。
――ズズ……ッ。
地面が軋み、空気が歪む。
「……何だ?」
祐一の視界が揺れる。
次の瞬間――教会の方向から黒い霧が立ち上った。
「……大浦天主堂!?」
悲鳴が、風に乗って届く。
「龍馬さん……!」
「ああ。行くぞ」
二人は走った。
教会の屋根にまとわりつく黒霧は、まるで生き物のようだ。
祐一の胸が熱くなる――先祖の血の記憶か、怨念か。
教会内から祈りの声が漏れる。少年の心に、守るべきものがはっきりと浮かぶ。
――これは……俺の戦いの始まりだ。
黒霧を裂く光。祐一の血が目覚めようとしていた。
この力は、歴史を変える力なのか。それとも破滅の呪いなのか。
そして、長崎の夜は深まる――。
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