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翻訳された静寂

作者: ぽてとりお
掲載日:2026/01/17

 最初は、ちょっとした自慢のつもりだった。


 最新のAIをペットカメラに繋ぐと、うさぎの微細な動きや鼻のひくつき、耳の角度を解析して、リアルタイムで「言葉」に変換してくれた。ケージの隅で丸まるうさぎにカメラを向けると、画面の下に『今日のチモシー、香りが最高だね』と字幕が出た。


 これだ、と思った。


「うちの子、実はお喋りなんです」というタイトルで、一日二時間のライブ配信を始めた。うさぎが部屋をうろうろしながら、『あ、あそこに埃が落ちてる』とか『今の撫で方、結構好きだよ』と独り言をこぼすだけの配信。それが「可愛い」「癒やされる」と爆発的に広まった。


 登録者が増えるにつれ、画面には「投げ銭」が飛び交うようになった。  「高級生チモシーを与えて」という一万円の課金付きリクエストが来たとき、半信半疑でそれに応えてみた。うさぎがムシャムシャと食べる姿に、AIが『うわあ、口の中が春の匂いでいっぱいだ!』と字幕を添える。その瞬間、同じような依頼が恐ろしい勢いで殺到した。


 通帳の数字が跳ね上がるのを見て、私は高揚した。私は選ばれた飼い主であり、この子は金を生む魔法のうさぎだ。私はもっと良いカメラを買い、配信時間を延ばし、豪華な背景を用意した。


 しかし、そんな蜜月は長くは続かなかった。


 ある日の配信中、うさぎが食滞を起こし、隅でじっと動かなくなった。  AIは淡々と字幕を出す。  『お腹が痛いよ。苦しい。助けて』


 その一言で、コメント欄の色が変わった。  「今すぐ病院へ行け」「金儲けに夢中で体調管理もできないのか」「虐待だ」  何千もの批判が、滝のように画面を埋め尽くした。スマートフォンの通知が鳴り止まず、私は指を震わせながら配信を切った。


 幸い、うさぎの体調は数日で回復した。  だが、私の心からはもう、配信を始めた頃の純粋な自慢気な気持ちは消え失せていた。


 深夜、配信を切った後の静かな部屋で、私はケージを見つめる。  そこには、ただ黙々と牧草を噛む、一匹の小さな動物がいるだけだ。この子は何も言わない。AIのスイッチを入れなければ、この子の苦しみも喜びも、誰にも届かない。


 けれど、一度「言葉」を与えてしまった以上、もう後戻りはできなかった。  もし、この子が死んでしまったら。  AIが沈黙した瞬間、あの何万人もの「正義の味方」たちが、今度は一斉に牙を剥いて私を食い殺しに来るだろう。


 私は、うさぎが長生きすることを切実に願っている。  それは愛情というよりは、時限爆弾のタイマーが止まるのを祈るような、冷え冷えとした心地だった。


「ねえ、ずっと元気でいてね」


 私がそう語りかけても、うさぎは何も言わず、ただ無機質なレンズだけが、監視するように光っていた。

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