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消えた自転車

作者: 半田南都
掲載日:2025/12/05

「ちょっとぉ! 聞いてくださいよ!」


同僚の舞ちゃんが話しかけてきた。ここは有料老人ホーム。私は介護士として働いている。


「昨日ね、自転車に乗ろうとマンションの駐輪場に行ったら、忽然と消えているんですよ! 買ったばっかりなのに!」


あぁ、そりゃ災難だ。


「すぐ警察に届けたけど、返ってくるかわかりませんよね? ほんと、いやんなっちゃう」


そう嘆いていたところへ、入居者の白井レイさんが、不安げな顔で近づいてきた。


「財布がないの! きっと盗られたのよ!」


白井さんは認知症で、“物盗られ症候群”がある。そもそも財布は持っていないが、説明しても届かない。あぁ、またこの流れか……とため息が出そうになった瞬間、


「一緒に探しましょう!」


舞ちゃんが声をあげて、そのまま白井さんと部屋へ。10分後、戻ってきた白井さんはニコニコ顔で、隣の席の人と談笑し始めた。


「財布を探すふりをしていたら、写真立てが目に入って。“ひ孫さん? 可愛いですね”って話題を変えたんです。そしたら財布のこと、忘れてくれて〜」


笑顔で報告してくれる。さすがだ。


おっちょこちょいで天然、空気を読まないこともあるけど──困っている人には優しく、いつでもまっすぐだ。見習うところは多い。


そこへ今度は河村宗一さんが、困り顔でやってきた。


「腕時計がなくなったんだよ。机の上に置いてたのに。さっき掃除の人が来る前はあったんだ。きっと持っていったんだよ」


「探しましょう!」


舞ちゃんはすぐ河村さんと部屋へ。…が、今度は3分で戻ってきた。


「あったの?」


「はい! ちゃんと河村さんの腕に!」


あぁ、そういうことか。つけているのを忘れたんだな。


「部屋を見渡して見当たらなかったから、そうじゃないかなって思ったんです」


ちょっとドヤ顔。


「洞察力、鋭いね」


私がそう言うと照れくさそうに、


「私、ここぞという時は冷静になれるみたいで。物がなくなった時って思い込みを捨てて、その人の行動を想像して──」


と言いかけたところで、舞ちゃんがぴたりと固まった。


「どうしたの?」


訊ねると、泣き笑いの表情でこちらを見つめ、


「…自転車…見つかりました」


え? まさかのテレパシー?


「数日前に、いつもは歩いて行く近所のスーパーへ自転車で行って…そのまま置いて帰っちゃってたの、今、思い出しました…」


しばしの静寂──いや、さすがとしか言いようがない。


「どんまい!」


私は苦笑しながら、そっと舞ちゃんの肩をポンと叩いた。


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― 新着の感想 ―
物忘れの多い身としては身につまされるお話でした。 自転車、あるあるです。 一昔前だと、自転車飲酒運転ってのがって、翌日に自転車の置き場所を完全に忘れるという。 大抵は自宅に一番近いコンビニだそうで。…
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