消えた自転車
「ちょっとぉ! 聞いてくださいよ!」
同僚の舞ちゃんが話しかけてきた。ここは有料老人ホーム。私は介護士として働いている。
「昨日ね、自転車に乗ろうとマンションの駐輪場に行ったら、忽然と消えているんですよ! 買ったばっかりなのに!」
あぁ、そりゃ災難だ。
「すぐ警察に届けたけど、返ってくるかわかりませんよね? ほんと、いやんなっちゃう」
そう嘆いていたところへ、入居者の白井レイさんが、不安げな顔で近づいてきた。
「財布がないの! きっと盗られたのよ!」
白井さんは認知症で、“物盗られ症候群”がある。そもそも財布は持っていないが、説明しても届かない。あぁ、またこの流れか……とため息が出そうになった瞬間、
「一緒に探しましょう!」
舞ちゃんが声をあげて、そのまま白井さんと部屋へ。10分後、戻ってきた白井さんはニコニコ顔で、隣の席の人と談笑し始めた。
「財布を探すふりをしていたら、写真立てが目に入って。“ひ孫さん? 可愛いですね”って話題を変えたんです。そしたら財布のこと、忘れてくれて〜」
笑顔で報告してくれる。さすがだ。
おっちょこちょいで天然、空気を読まないこともあるけど──困っている人には優しく、いつでもまっすぐだ。見習うところは多い。
そこへ今度は河村宗一さんが、困り顔でやってきた。
「腕時計がなくなったんだよ。机の上に置いてたのに。さっき掃除の人が来る前はあったんだ。きっと持っていったんだよ」
「探しましょう!」
舞ちゃんはすぐ河村さんと部屋へ。…が、今度は3分で戻ってきた。
「あったの?」
「はい! ちゃんと河村さんの腕に!」
あぁ、そういうことか。つけているのを忘れたんだな。
「部屋を見渡して見当たらなかったから、そうじゃないかなって思ったんです」
ちょっとドヤ顔。
「洞察力、鋭いね」
私がそう言うと照れくさそうに、
「私、ここぞという時は冷静になれるみたいで。物がなくなった時って思い込みを捨てて、その人の行動を想像して──」
と言いかけたところで、舞ちゃんがぴたりと固まった。
「どうしたの?」
訊ねると、泣き笑いの表情でこちらを見つめ、
「…自転車…見つかりました」
え? まさかのテレパシー?
「数日前に、いつもは歩いて行く近所のスーパーへ自転車で行って…そのまま置いて帰っちゃってたの、今、思い出しました…」
しばしの静寂──いや、さすがとしか言いようがない。
「どんまい!」
私は苦笑しながら、そっと舞ちゃんの肩をポンと叩いた。




