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Epilogue

※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。


※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。


以上を注意の上、読んでください

 退院してから五日後の朝。

 自宅で目覚めた明良は全身鏡の前でビシッとスーツを着こなす。

 生死をさまよった手術を受け、経過観察を経て退院したあと、療養として五日間の休暇をもらっていた。

 療養中は筋トレを禁止され、体が幾分にも鈍ってしまった。しかし、五日間ぶっ通しでゲームをするという、高校生の夏休み以来の過ごし方もできて療養ライフを十分に満喫することができた。

 そして、今日からひさしぶりの労働だ。

 スマートフォンの電源をつけ、ロック画面にしている待ち受け画面を見つめる。

「今日も気合入れていくぞ!」

 ルルエラの笑顔に向かって声を張り上げた。

 そして、スマホを胸の内ポケットに入れて家を出た。

 休んでいる間に季節がガラッと変わり、春の陽気から少し汗ばむ空気になっていた。スーツの裾を腕まくりし、電車に乗ってさらに歩いていく。

「ん?」

 途中、胸の奥でスマホがブルブルと震え、内ポケットから取り出して画面を確認する。

 小笠原華倫。受話器を取るパネルを押し、スピーカーを耳に当てた。

「お疲れ様、小笠原です」

「お疲れ様、笹川だ。どうした?」

「次の明良君のお客様が会社に到着してて、第五応接室で待ってるから、会社に着いたら応接室に直行してね」

「お客様がこんな早い時間から、わざわざこっちにきてくれるなんて珍しいな。ってか、俺、次の仕事の資料もらってねえぞ。直接お客様と会って大丈夫か?」

「いろいろと大丈夫じゃないけど、大丈夫だと思うよ?」

「は? どういうことだ?」

 ふふふふと、薄ら笑いが聞こえる。

 お金をもらっている身として、こんなにもテキトーでいいのだろうか。

「わかった、華倫を信じてこのまま行くぞ」

「うん、応援してるよ~」

 不気味な激励をされ、通話がプツっと切れた。

 山盛綜合警備保障のオフィスビルに到着し、一階にある応接節が並ぶエリアに入る。そして、華倫から指示を受けた第五応接室の扉の前に立つ。

 木製の扉をコンコンコンとノックした。

「はい」

 扉一枚を隔てても鮮明にわかる、どこまでも透き通るようなクリスタルボイスに、明良の背筋がブルブルと震える。

 心のどこかがうずくような電気がピリッと走った。

(いやいや、違う違う、なんかの間違いだ)

 自己暗示をかけるように首を振って、キィィィィと扉を開ける。

「お……おはようございます……」

 巨体から絞り出した声は、蚊が鳴くような音だった。

「おはよ、明良君」

 扉に一番近い椅子から立ち上がったのは……絶世の美少女と言っても過言ではない、MONEこと、狩桶世奈だ。

 狩桶はニパーラで一緒に選んだ、ルルエラを彷彿とさせるホットパンツと肩を出している服を着ていた。

 帽子とマスクを外している狩桶の姿は初めて見るだろうか。

 ルルエラの服に加えて、髪型もルルエラに寄せているので、まるで最推しのルルエラ本人が目の前にいそうな錯覚に襲われる。

 胸が締めつけられ、懐かしさで頭がクラリとした。

(ダメだダメだ、ルルエラでもなし、相手は客だ!)

 即座にボディーガードとしての精神を呼び起こし、気を取り直す。

 長いまつ毛が生え、茶色の瞳が光る大きな目に向けて声を上げる。

「狩桶様、なぜここに?」

「明良君に会いたかったから、きちゃった」

 狩桶の特徴的な声がやわらかく潤っていく。その声色は、配信中の明るい声でもなく、声優としての演技でもなく、中古ショップでふたりきりになったときに聞いた、あの艶やかで心を掴む声だ。

「会いたかったからきたって、ルルエラのグッズ買ったときに言いましたよね? 私たちの関係は仕事相手で留めておきましょうって」

 冷静さを保とうと過去の約束を返す。だが、心の奥で微かに動揺している。

「だから、仕事相手」

 狩桶は凛とした表情を崩さず、どこか穏やかで確信に満ちた口調で答えた。

 明良の眉がわずかに上がる。その自然な態度に、なにかが潜んでいる気がしてならなかった。

「仕事相手……ああ! またご依頼ですか? 本当に、物騒な世の中になりましたね~」

「危害はなんにも受けてないけど、依頼した。いつか忘れたけど、マンションでスポーツアクション施設に行きたいって言った」

「危害は受けてないのですか……では、なぜボディーガードを依頼したのでしょう?」

「明良君に、お礼言えてなかったから、どうしても言いたかった。明良君、改めて守ってくれてありがと」

 頭を軽く下げ、絹糸のような黒髪がサラリと流れ落ちる。

 顔を上げ、ニコッとアイドルスマイルを作った。

「いえいえ、狩桶様がご無事でなによりでした。ライブに立ち会うことはできませんでしたが、無事、開催できたようでなによりでした」

「うん、どれもこれも私を支えてくれたスタッフのおかげ……それと、私の心と体を守ってくれた明良君のおかげ」

 狩桶が一歩明良の前に歩み寄った。

 ルルエラが使っていた、ミントと石鹸が混ざった香水の香りが届く距離で、下からグッと見つめられる。心拍数がわずかに上がった。

 狩桶への個人的な感情は封じ込めたはずだが、目の前にいる存在感が静かに壁を崩していくようだった。

「ねぇ、明良君。私のライブは見てくれた?」

「見られていませんね」

 素直に答えると、狩桶の瞳が一瞬だけ寂しそうに揺れた。

「やっぱり。その話もしたいし、重い悩みじゃないけど、相談したいことがあるから、スポーツアクション施設で話そ?」

「ですが、スーツを着ているとは言え、男女ふたりでお出かけをしたらスキャンダルになってしまう可能性が……」

「じゃあ、お話するだけでもいいから。とりあえず、今日一日私は明良君を買った。私は明良君を好きなように使える」

「ですが……」

 反論しようとした瞬間、狩桶が核心を突く。

「私、アイドル辞めていいの?」

「うぐぅ……」

 明良の声が詰まる。狩桶の夢をルルエラの意志を継ぐその志を否定することはできない。狩桶を突き放したい気持ちはあるが、心の急所を握られている感覚に抗えず言葉が途切れた。

「ゴメン、明良君。明良君って、なんかイジメたくなるから、イジメちゃった。私、体をいじめられるのが好きなのに。さっきのは冗談。だから安心して、明良君」

 ンフフフフっとうす気味悪く笑っている。

「はい? なにが安心なのでしょうか?」

 狩桶はしっとりと潤いがある細い両手で、明良のゴツゴツした右手を包み込んだ。その温もりに明良の指先がわずかに震える。

「前も言ったけど、少なくとも一〇年間は色恋沙汰なしで、アイドル活動をするから。一〇年間でルルエラの夢を叶えられなかったら、引退して、明良君の前からも姿を消すから」

「……」

 静かな声と、大きな瞳には青い決意がみなぎっていた。

 その反応にアイドル活動を真剣に続ける意思があることがひしひしと伝わってきた。

「だから、私が寂しくなったり、悩んだり、立ち止まったら、明良君に会わせて。明良君に会うときは、絶対にお金を払う。お金を払わないと会えない存在なら仕事相手」

 確かに金銭の授受が発生する関係ならビジネスの関係だ。

 この論理に明良は反論の余地を見つけられない。

「あと、これは明良君は嫌がる私のワガママだけど、マネージャーでもプロデューサーでもない、ボディーガードの明良君に一番近くで見守ってもらって、五大ドームツアーに連れていってもらいたい」

「え?」

「ルルエラと同じファン同士、私の成長を一番近くで見守って? そして、私の夢、ルルエラの夢を、一緒に叶えて? お願い」

薄い口をへの字に曲げ、目頭を下げて困り顔にしている。

 狩桶の志は明良が叶えたかった夢だ――ルルエラの意志を継いでいる者を近くで見守るのはルルエラを見守ることと重なる。

 ここまで明良の無念を共に背負ってくれる存在は、今後世界中を探しても現れないだろう。

 明良の胸の中で、ボディーガードとしての戒めがせめぎ合うが……狩桶の未来を見据える。星のように輝く目線を信じて、覚悟の口を開く。

「……かしこまりました。狩桶様に極力ご協力いたしましょう。そして、ルルエラの夢を必ず叶えてください」

「ありがと、よろしく。じゃあ今日はストーカー被害を受けてた期間と、引っ越しで動けなかった期間のストレスを発散するためにスポーツアクション施設に連れていって? 行こ?」

「ああ! お待ちくださいませ、狩桶様」

 狩桶に握られた手を引かれ、応接室を出る。

 ルルエラのような輝きを放つ、狩桶の後ろ姿を見ながら思う。

(まあ、こうやってアイドルを守るのもいいか)

 勤続年数一〇年目にして、新しい仕事の形を見つけ出してその日の任務が始まった。


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