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Chapter6-3

※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。


※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。


以上を注意の上、読んでください

「んっ……ん?」

 錆びついたシャッターのように重たいまぶたをゆっくりと開いていく……

(どこだ? ここは)

 目に飛び込んでくる景色はオレンジ色の世界。

 思い出のルルエラと握手をしていた漆黒の世界でないことはわかる。

 そして、ルルエラがいない。

(あれは……夢か)

 ルルエラと虚無の世界で話す前の最後の記憶は、絵理佳の泣き声が片耳から聞こえてきたところで止まっている……

「絵理佳!」

 拙速の愚かな作戦につき合ってくれた、大切な隊員を思い出してガバっと起き上がった。

「うっ……うぐ……」

 首に突き刺すような激痛が走る。

 熱を帯びた痛む患部に手を当てると、首が包帯でグルグル巻きになっていた。

「ここは……病院?」

 夕日が差し込む六畳ほどの狭い部屋に簡素なパイプベッドがひとつあった。腕には針が刺され、点滴がされている。

「んっ、ん? 明良?」

 弱々しい声に呼ばれて目線を下げていく……

 仕事が終わったばかりなのか、メンズのスーツを着た絵理佳が床に座って、ベッドに突っ伏して点滴をしていない手を握っている。そして、眠そうな目をこすり、のそりと顔を上げた。

「明良……明良!」

 元気な明良を目にした瞬間、大きな瞳がじんわりと湿っていく。

「うわああああん、明良生きててよかった……ああああああ……」

 絵理佳は小学生のように泣きわめき、雨のようにボタボタと大量の涙を流して、ベッドに大きな染みを作っていく。

 その涙で尋常ではない心配をかけていたことを察し、非常に申し訳ない気分になる。

「すまねえな、心配かけて」

「本当に心配したんだからね! もう二度と無謀に突っ込んでいかないでよ?」

 泣き顔から一転、大きな目を真っ赤に充血させ、涙を吹き飛ばしながら鬼のような形相で訴えてくる。

「そうだな、犯人の証拠を押さえた時点で引くべきだったな」

「明良いっつも警備の仕事は準備が九割って言ってるのに、なんで戦ったの? 次無謀な戦いをするなら全力で止めるからね!」

「ああ、バカで弱い俺のことを止めてくれ」

 ボディーガードの格言。ボディーガードの仕事は、一〇〇点か、一〇〇点以外の点数は全部ゼロ点。

 今回は怪我を負ってしまったのでゼロ点だ。

 ゼロ点を取ってしまった大きすぎるミスであるので、上司と部下の立場が逆転してしまい、なにも言い返すことができない。

「でも、絵理佳、そんなにカリカリすんなよ、俺は夢見るアイドルのためなら、無理をしてでも本気で守っていつか死ぬって言ったろ? それに、この仕事は死と隣り合わせの仕事だ。仲間が死ぬことを受け入れて仕事してないと、メンタルやられるぞ」

「そうだけど! 明良は泣いてる人の気持ちもわからない冷たい人なの? 明良はルルエラが亡くなったとき泣かなかったの? 自殺したいぐらいに悲しんだんだよね?」

 ルルエラが殺された一報を聞いたときは、それはもう、体の水分が全部抜ける勢いで泣き叫んだ。

 今の絵理佳のように。

「泣いたけど、ルルエラは俺の最推しのアイドルで、大切な人だったからだ。俺と絵理佳は……同僚ぐらいなら、泣くか」

「絵理佳ちゃんと明良はただの同僚じゃないのっ! 絵理佳ちゃんにとって、絵理佳ちゃんにとって……明良は推しなんだよっ!」

「は? どういうことだ?」

 突拍子もなく推し宣言をされ、口がポカーンと開く。

「絵理佳ちゃんね、明良とMONEちゃんが仲良くしてるところを見てから、イライラし始めたの。それで、MONEちゃんが明良とつき合いたいって言ったときは……その場で倒れそうなぐらい頭がグラグラした」

 無邪気に笑い、時には乱暴にじゃれ合っている、普段の絵理佳からは考えられないどこか儚げな吐息が多い声色だ。

「それでね、MONEちゃんのライブ前日、MONEちゃんとお別れする前にお話したの。MONEちゃんが明良にフラれたって言って、フラれた理由が明良が結婚するなら相手は絵理佳がいいって言ってて……」

 絵理佳はうっとりとした顔を上げる……差し込む夕日よりも真っ赤な熱い顔だ。

 その視線で心を突き刺され、首筋の傷にたらりと冷たい汗が一筋滑り落ちた。

 狩桶の告白を断る際、これ以上ない口実だと思って口にした言葉が、まさか絵理佳に届いているとは思ってもいなかった。

 心臓が暴れ回る中、誤解を解くべきか迷う。

「それでね、絵理佳ちゃん、明良のことが好きって気づいたの。遊んでくれるから好きとかじゃなくて、主人公とヒロインが結ばれるやつ。絵理佳ちゃんの人生を楽しませてくれる人、他にいない。最強のパラディン様の明良、大好き!」

 イタズラを仕かけるとき以上の純粋さで溢れた眩い笑顔。

 恋愛経験のない明良でも、その感情が本物であることを感じ取れた。

 同時に、口実で使った言葉を正直に打ち明ける勇気は出ない。絵理佳のこの笑顔を嘘で曇らせたくなかった。

「ねぇ、明良、結婚するなら……絵理佳ちゃんがいいの?」

「いや、その……」

 さて、どう答えたものか。頭の中で言葉がぐるぐると渦を巻く。

 今回は狩桶の愛の告白を断ったときと異なり、答えを準備していない。

 だが、絵理佳の真っ直ぐな瞳を見ていると、逃げることは許されない気がした。

(まあ、でも、俺の人生の目的にもつき合ってくれてるしな)

 明良の心に、ボディーガードとしての戒めが重くのしかかる。人とつき合ってはいけない戒めだ。

 だが、絵理佳という女性は、明良の夢、アイドルとファンを守るという志を共に背負ってくれる存在だ。

 ならば目の前にいる女性の望みは叶えてあげるべきなのだろう。

「本当だ。あくまでも、今のところだけどな」

 声に出した瞬間、絵理佳の顔の輝きが増す。

「ホントに! ヤッター! ねぇねぇねぇ! 絵理佳ちゃんのどこがよかったのかな?」

 点滴していない手を握り、ブンブンと振り回してくる。

「おい! やめろ、俺は病人だぞ! 雑に扱うな!」

「ゴメンゴメン、つい癖で~。それで、なんで絵理佳ちゃんと結婚したいって思ったの?」

「やっぱり、俺が大好きなアイドルを守ってくれてるからだ。それに、アイドル以外で一緒にいて一番楽しかったのが絵理佳だったからだな。二年間も一緒にいて楽しかったのは、ルルエラ以来ひさしぶりだったな」

 言葉を紡ぐたびに、それがまぎれもない本心だと気づく。

 絵理佳と過ごした時間は仕事を超えた、明良の日常に彩りがつくものだった。

 ルルエラがくれた彩とは違う、身近で温かい感情がそこにはある。

「だから、今のところ結婚するなら、絵理佳がいいって思ったんだ。ただ、今は仕事に集中したいから、色恋に溺れるつもりはねえ。それに、四〇歳で引退するまでまた死ぬかもしれないからな」

「それなら大丈夫だよっ! 明良をボコボコにしてもいいのは絵理佳ちゃんだけだから、明良がボディーガードを辞めるまで絵理佳ちゃんが明良を守り抜いちゃうから。キャハッ☆」

「俺を守るんじゃなくて、アイドルを守ってくれよ」

「どっちも守るよーん」

「……そうだな。俺をボコすため。そして、俺が大好きなアイドルの夢を守るため。これからもよろしく頼んだぞ」

「わかったよ~。明良のために努力する! 明良のために努力すれば、アイドルちゃんを守ることになるからねっ!」

「よろしく頼んだぞ」

 いつ死ぬかわからない人を愛するリスクを絵理佳に背負わせた罪悪感が胸を刺すが、それ以上に絵理佳の喜びが明良の心を優しく包む。

 アイドルを守る女勇者が幸せに笑うなら、それはそれでいいのかもしれない。

 そして、明良自身生き続ける理由がまたひとつ増えた。

「そういや、俺は何日寝てた?」

「三日」

「狩桶様のライブは無事に終わったか?」

「あの事件があった日に犯人は捕まったよ」

「それはよかった。狩桶様には事件のこと、バレてねえよな? 俺のことニュースにはなってねえよな?」

「犯人が捕まったニュースはさすがに住宅街で起きたから隠せなかったけど、負傷者が出たことは警察と事務所と協力してマスコミに隠し通せた。少なくとも、契約期間中にMONEちゃんの耳に明良が負傷したことは入ってないと思うよ」

「それはよかった」

 明良が一番気にかけていた、要人へのメンタルへのダメージも入っていないようで安心する。

「そういえば、陽子さんめちゃくちゃ怒ってたよ? 無謀な作戦を立てやがって、あのガキが! って。ボディーガードは攻めるのが仕事じゃなくて、守るのが仕事だって。退院したら始末書を書かせて、二度と無謀な作戦を立てられないぐらいにボロ雑巾にしてやるって言ってたよ」

「まあ、陽子さんの懲罰は甘んじて受け入れよう。しばかれて成長してきたからな」

 陽子に直接叱られるのは何年ぶりだろうか。遥か昔のことすぎて覚えていない。

「あと、狩桶様が、契約が切れたあとでも明良にお礼を言いたいから、会いたいって言ってるよ」

「仕事上の立場なら会ってもいいけど……やっぱり、プライベートで会うのは無理だな。最後に話せなかったのは残念だけど、俺と狩桶様の関係はここで終わりだ」

 切なげな瞳で久方ぶりの窓の外を見る。

 燃える太陽が沈みかけている街並みは、今日も変わらずに活気づいていた……裏で大事件が起きていることも気づかずに。

 この平穏な日常をこれからも気づかれない陰で守っていこうと強く誓う。

「今回も、全力で歌って踊るアイドルと、それを全力で楽しむファンを守ることができた。俺の痛みでその笑顔が守れたなら……まあ、成功か」

 窓の外から絵理佳へと顔を動かす。

「絵理佳、これからも誰かの推のアイドルと、生き甲斐にしているファンたちを守っていこうな」

「うん! 守っていこうねっ!」

「よろしく頼んだぞ!」

 そうして、長いボディーガード人生の、ありふれたひとつの仕事は、結果的に明良と絵理佳の仲が深まる形で無事に終わったのだった。

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