Chapter6-2
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
真っ暗な世界だ。
辺りを見渡しても、暗闇以外なにもない、虚無の世界。
その空間で明良はふわふわと宙を漂っていた。
(そっか、俺は死んだのか……)
天国か地獄かわからないが、流れに身を任せて、真っ黒な空中をさまよう……
「チャマ君は死んでないよ」
「⁉」
ルルエラの懐かしい肉声で、昔使っていたハンドルネームを呼ばれ、脳にバチバチと火花が走って目が覚める。
「えっ……ルル……エラ?」
振り返ると、一〇年前に死んだはずのルルエラが優しく微笑んで歩み寄ってきていた。
ルルエラはスマホのロック画面にしている、あの安物の生地で出来た布が重力に負けているふにゃふにゃなアイドル衣装を着ている。
思いもしなかったマンツーマンでの再会に驚き頭が真っ白になる。
一分だけ話せた握手会と同じ緊張感でそっと問いかける。
「なんで……ルルエラが生きてるんだ……ここはどこなんだ? 天国か?」
「天国じゃなくて、ここは現世だよ」
周りの光景と、ルルエラが実在している状況から現世だとは思えない。
「それに、私が生きてるのは当たり前だよ? 私はアイドルなんだから。たとえ世界から存在が消えても、みんなが覚えていてくれる限り、私はみんなの中で生き続けられる。みんなの理想でいられる。それがアイドルなんだよ!」
宗教染みているが的を射ている。
「チャマ君の独り言、ずっと聞いてたよ。ダメだよ、こんな所で死んじゃ。チャマ君にはやり残したこと、いっっっっぱいあるでしょ?」
上目遣いになり、クリクリの目を向けられる。
ボディーガードになってから、アイドルはただの仕事相手に成り下がった。
しかし、最推しのルルエラだけは違う。
本当に応援したい、ファンとアイドルの関係だ。
体重一〇〇キロを超える巨体に似合わず、うつむいてもじもじしながら答える。
「えっと……確かにやりたいことはいっぱいありますけど、ルルエラの推し活をできるなら、死んでもいいのかなって」
「それ! 殺された人の前で言えんの? 私だって、もっと生きて、アイドル活動を続けたかったんだから!」
「……そうですね、失礼なことを言って大変申し訳ありませんでした」
世の中、生きたくても生きられない人もいるのだ。
死にたいと思うのは勝手だが、死んだ本人の前で言うのはデリカシーがない。
「私、わかってるよ。チャマ君は夢見るアイドルたちが活動を続けられるように、もっとたくさん生きたいんでしょ? 大好きなアイドルたちを守り続けたいんでしょ?」
「ルルエラに言ったことがないのに、なんでわかるんですか?」
「だーかーら、私はチャマ君の中に生きてる私だから、チャマ君が考えてることはなーんでもお見通しなんだって。チャマ君は生きたいから私を呼び出したんだよね? 私にほめられたいから呼び出したんでしょ?」
「確かに……できるものなら生きたいですし、ルルエラにほめられたいです」
「うん、よく言えたね。チャマ君えらいえらい」
ルルエラはぐっと背伸びをして、ポマードで固めたツンツンとした頭を撫でる。
鼻先数センチで振りまいている聖母のような微笑みに、本当に心臓が止まってしまいそうだ。NIPPERLAの白い香水の香りまで漂ってくる。
普通のイベント運営ではありえない、アイドルとの至近距離でのスキンシップの時間は永遠のように感じ、ルルエラは数秒で手を下ろした。
「私さ、チャマ君のカッコイイところ、もっと見たいな~。ベドレクでマルチプレイしたとき、剣を振り回してすっごく強い魔獣をバサバサ倒してくれたときみたいに、リアルの世界で剣を振り回して、アイドルっていうお姫様を守ってるところもっと見たい!」
ルルエラは両腕を軽く動かし、ブローザ・スラッシュと、ハインド・ファイアのモーションのマネをする。
その行動をするだけでかわいいのは天性のアイドルの才能があると思う。
そして、最推しのアイドルからお願いされたら叶えるしかない。
「……わかりました。これからもアイドルを守り続けます」
「応援してるよ。もう、私を追いかけて、ビルの屋上から飛び降りたり、夢をあきらめたりしちゃダメだよ?」
「はい、肝に銘じます」
これで、ルルエラに人生を導かれたのは何度目になるだろうか。
大学受験のときに救われ、ボディーガードを続ける原動力になり、そして、死に際で意識をつなぎ止めるために目の前に現れてくれた。
「その意気だよ! それじゃあ最後に握手!」
ルルエラは激励しながら小さな手を差し出した。
「ああ、はい!」
慌ててルルエラの小さな手を握り返した。
「わぁああ、チャマ君の手、ものすごく大きくなったね。握手した高校生のときより皮膚が固くなってタコだらけでおもしろーい! ハハッ!」
「警戒棒を振り回したり、サンドバッグにパンチしてたら、こんなになっちゃいました」
「男らしくて、カッコイイ手だと思うよ。これからも、このカッコイイ手で現実の世界で生きている夢見るアイドルたちを守ってあげてね。私が果たせなかった夢を追いかけてるアイドルたちを!」
「わかりました!」
ルルエラから新たな使命を受けると、明良の背後から目を開けられない強烈な光が差し込んだ。
「それじゃあ、チャマ君。さようなら。でも、私はずっとチャマ君の中にいるからね。辛くなったら、いつでも会いにきてね。チャマ君の理想の私で出迎えてあげるから!」
引き剥がすクルーはいないが、ルルエラからスルッと手を離した。
「これからも、チャマ君の中での一番でいさせてね!」
ルルエラはみんなの希望であるためのアイドル精神を最後の最後まで振り絞り、出会った中で最高にかわいらしい笑顔を振り撒く。
その思い出の中で作り上げた希望の顔をぼんやりとした瞳で眺めながら、ルルエラは白い光で消えていった。




