Chapter5-7
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
土地勘がない夜の住宅街。
絵理佳は警戒棒をバトンのように持ちながらマラソンをして、無線機のマイクに向かって大声を張り上げていた。
「なに言ってるの! 天国のルルエラに会いに行くのは、このエリートボディーガードの女勇者絵理佳ちゃんが許さないよっ! これからも明良が大好きなアイドルちゃんたちを一緒に守るよっ!」
上司に対してした初めての説教が、まさか死に際になるとは思ってもいなかった。
「絵理佳……アイドルを守り続けてくれよ……」
明良は最後の最後まで夢を追いかけるアイドルの事を思っている。
この期に及んで自分の命ではなく、大好きなものを大切に思えるとは、どれだけ強い人なのだろうか。
「絵理佳ちゃんひとりで守るつもりはないよ! ザコザコな……ザコくない! 最強のパラディン様は、エリートボディーガードの女勇者絵理佳ちゃんと一緒にアイドルちゃんを守り続けるんだから!」
絵理佳は両頬に涙が滴っていることに気づかない。
「生きて! 明良! 明良! 生きて、一緒にアイドルちゃんを守り続けるよ!」
ついに、無線から声が流れなくなってしまった。聞こえるのはノイズの雑音だけ。
「起きて! 明良! 起きて!」
呼びかけるが反応がない。
最悪の状況が頭をよぎる。
(お願い、生きてて……)
首を斬られたと言っていた。
ならば、今すぐ明良を発見して、血を失っても胸部圧迫をして、せめて脳に酸素を回さなければならない。
焦る気持ちの中、網目状に広がっている街の道路をしらみつぶしに走っていく。
「あっ――」
「あっ――」
曲がり角、出会い頭で犯人とすれ違った。鼻先数センチで見たから顔を覚えている。
相手も絵理佳の顔を覚えていたようで、さっぱくした形相でこちらに突っ込んでくる。
「……っくそ! お前もやってやる!」
犯人は血に濡れたサバイバルナイフを固定して突進を仕かける。
冷静な絵理佳は屈んで簡単にナイフを避け、左の拳を深く引いた。
「第五粘性術・伸遠投!」
狩桶世奈が声優を務める、ピケールの技名を腹の奥から叫び、深く引いた左の拳を真っ直ぐに振り抜く。
「ぐほっ――」
鉄球のように重たいストレートのパンチはみぞおちのど真ん中にヒットして、犯人は激しくえづく。
犯人は腹を押さえ、よろよろとよろめいてその場にうずくまった。
絵理佳は油断せず追撃。サッカー選手の弾丸シュート並みのインステップキックで、犯人の顔面に蹴りを入れた。
「っ――!」
犯人は脳震盪を起こす衝撃を受け、うつ伏せでピクリとも動かなくなる。
絵理佳は警戒棒を投げ捨て、うつ伏せで倒れている犯人の左肩を太い脚で踏みつけた。左腕を捩じって関節を不自然な方向に全力で曲げる。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
犯人は悲痛な叫びを上げて右手でバンバンと地面を平手打ちする。
「お前、警戒棒持ってるのに殴るなんて卑怯じゃねーか!」
「絵理佳ちゃんとあなたが今やってることは、剣道みたいなスポーツじゃなくて、ルール無用の殺し合いなの。だからなにをやってもいいの! このゴミカスが!」
命をかけた殺し合いの場で言葉のリミッターまでも外れている。
「よくも絵理佳ちゃんの大切な推しの明良を傷つけて! 許さないんだから!」
ドルオタではなかった絵理佳が人を推す理由がようやく理解できた……最推しの人の死に際で。
「くっそおおおお! くっそおおおお!」
「アガガアアアアアア、イダイダイダイダイダイ!」
脱臼どころか、腕がちぎれんばかりの勢いで力を込めると、犯人が嘔吐しそうな声を張り上げる。
(せっかく、人生楽しくなったばかりなのに!)
明良に出会ってからつまらなかった人生に光が見えた。加えて、誰かが大切にしている命を守るためという、新たな戦う理由と働き甲斐も教えてくれた。
精神面でもレベルアップさせてくれた憧れの大人。
そして、今日、その憧れの大人であり、パラディンのことを……愛しているとわかった。
作品内の女の子が男の子に対して抱いていた感情をこの歳になってようやく理解することができたのだ。
またひとつ、創作物の夢が叶えられたかもしれない恋愛ストーリーはリアルの世界で叶えられる数少ない夢だ。
しかし、本物の愛というものを知った日に愛した人を傷つけられてしまった。
許せない。
これは復讐心に燃えるヒロインの気持ちだ。
「このおおおおおおおお!」
愛する明良から頼まれた、アイドルを守るという約束を完遂させるため、犯人が逃げないように押さえる仕事を続けた。




