Chapter5-5
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
狩桶を護衛する最後の仕事を終え、ニパーラへと向かう警護車両内。
助手席に座っている絵理佳が運転をしている明良へ質問の続きをする。
「で、なんでニパーラに行くの?」
ロービームに照らされる夜道を運転しながら明良は口を開く。
「犯人が捕まったときの状況に違和感を覚えたからだ」
「なに? その違和感って? っていうか、どんな感じで犯人は捕まったの?」
「今回捕まった犯人はマンション内に忍び込む強硬手段に及んだみたいだ。だけど、今まで嫌がらせをしていた人物は、現場に堂々と訪れて、防犯カメラにもバッチリと映っていたにもかかわらず、警察が一週間の時間を割いても見つからなかったんだ。捕まり方があまりにもまぬけすぎる」
「そう言われると、そうかな~? つまり、明良君は犯人がふたりいるって言いたいのかな?」
「さすがエリートボディーガードの女勇者絵理佳様だ。頭脳明晰だな」
「えへへ~、それはどうも~。でもでも~、明良の考え、心配しすぎじゃない?」
「目に見えない敵は病気と思われるぐらいに心配するのがちょうどいいんだ。それに、犯人がふたりいる証拠の裏付けはまだまだある」
「なにがあるの?」
「まず、捕まった女性の犯行動機は狩桶様の活動に嫉妬心を抱いたからだ。『顔も出せねえブス女』とか、『若いだけで持ち上げられてる無能』とか、アンチ的なメッセージはSNSやメールで何百件も送られてきてる。反対に、『俺の物にならないなら殺す』という、勘違いの恋心を抱いたメッセージはポストに直接投函されていた一通しかない」
「確かに別々の人がやってるかもね」
「断言できる、別人だ。今警察の取り調べが続いてて、防犯カメラの映像と照らし合わせて、別人の犯行だってわかるのも時間の問題だろうけど……ある意味、時間が問題だ」
「時間が問題って、どういうことかな?」
「タイミングが悪すぎる。ゼルテクサプロダクションのイベント運営は、狩桶様に脅迫していた犯人が捕まった、という一報だけを聞いて警備を解除したんだ」
「ああっ……ヤバくない?」
「ヤバすぎる。相手は警察に捕まらない曲者だ。俺たちボディーガードの抑止力が消える瞬間をじっと狙ってるだろうな」
「じゃあMONEちゃん、今ものすっごく危ないよ!」
「わかってる。脅迫を受けてる最中は家に閉じこもってればいいし、外を出歩くときは俺たちボディーガード、最悪スタッフの誰かがついてればいい。だけど、ひとりの無防備になった瞬間が危険だな。もう、コンビニに行くぐらいならひとりで出歩いてるかもな」
「今すぐ戻ろうよ!」
「今戻ったところで犯人は尻尾を出さない」
「じゃあ、どうするの!」
「最善の手は、今日中に警察の取り調べや捜査で犯人が別人だって判明することだ。それで、イベント運営が俺たちとの契約を続けてくれるのが理想だけど……残りの時間的に、無理な話だろうな」
「絵理佳ちゃんたちはなにもできないのかな?」
運転していて絵理佳の顔が見えないが、しゅんとうつむいて焦っているのが声から伝わる。
「いや、できることはある」
「え? なに?」
「どれだけ守っても、原因の攻撃元を潰さない限り、根本的な解決策になってない。それに、いつまでも俺たちを雇っていられるほど事務所の予算もない。だったらやることはひとつ。契約期間が残ってる今日中に、先制攻撃……違う、先制防御をするまでだ」
「先制防御!」
「そうだ。攻撃される前に攻撃元を叩き潰す行為だ。本当に、抑止力も考えものだな。守りをガチガチに固めて、相手が尻尾も出さず、捕まえられる口実を作れなかったのはある意味失敗だったかもな」
「まあ、今回はたまたま犯人が捕まえられなかっただけで、狩桶様に危害がなかったのはいいよね?」
「契約の範囲内では一〇〇点満点だな」
「それで、明良が考える先制防御って、なにをするのかな?」
「作戦を伝える前に……絵理佳、防刃チョッキは……いや、なんでもない」
「え? なに?」
「だから、なんでもないって言ってるだろ」
本当は犯人を捕まえる作戦に関わる、重大な質問をしたい。が、身に沁みついた警戒心が寸前のところで止めた。
「防刃チョッキがなに?」
「聞かなかったことにしろ」
「そっか、わかったよ~」
「……」
「……」
「絵理佳、怒らないで聞いてくれ」
思い留まった危機感を乗り越え、大好きなアイドルを守るために気を引き締めて尋ねる。
「なになに⁉ やっぱり大切なことなの? MONEちゃんを守るためなら、なんでも言ってよ!」
「えっと……絵理佳は今、何サイズの防刃チョッキを着てる?」
「LLLサイズだよ」
「Sサイズ着られるか?」
「なんで?」
「その……あれだ。胸を押し潰すためだ」
理由を述べた瞬間、運転中の体に攻撃を仕かけられても動じないように身構える……だが、拳による攻撃も、言葉による攻撃も飛んでこなかった。
「えへへ~、明良が防刃チョッキの中に、この大きなラブリーパイパイを押し込んでくれるなら……いいよ? キャハッ☆」
「は?」
安全運転のために前方を見なければならないが、呆気に取られてチラっと横目で絵理佳を見る。
絵理佳は頬を真っ赤に染め、グヘヘと唇を緩めて照れ笑いしていた。そして、普段は邪魔な存在としてうんざりしている大きな胸を両手で持ち上げて突きつけている。
進行方向に目を戻して問いかけた。
「絵理佳……サキュバスに人格を乗っ取られたか?」
「なんで?」
「いつもデカ乳とか言ったら、俺を瀕死にする勢いでボコボコにしてきただろ」
「男の子って、大きなおっぱいをさわりたいよね? それに、バカにされるの嫌だけど、積極的にさわってくれるのは女として嬉しいというか……エヘヘヘヘ」
「なに言ってんだ? 俺たちは痴漢を捕まえる側だろ? 女として嬉しいってなんだよ」
絵理佳の精神状態に異常があるとしか思えないが、今は時間がないので、心配していられない。この不安定な情緒の中で作戦につき合ってもらうしかない。
などと、これから本当の生死を分かつ戦いをするとは思えないふたりは、ビルの明かりに照らされる夜道を進んでいった。




