Chapter5-4
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
ライブ前日の夜二三時を少し過ぎた時刻。
街灯がぼんやりと光る、人通りがない夜道。
ニパーラのキャップを深く被り、顔面を覆う黒いプリーツマスクをした少女がひとり、うつむいて歩いていた。
春の陽気とはいえ、まだまだ夜は肌寒く、ニパーラのパーカーを羽織っている。
脅迫していた犯人が捕まったと連絡が入ったときは、ようやく胸をホッと撫で下ろすことができた。
そして、最寄りのコンビニへとお散歩していた。
マンションを出ると、コンビニへと続く歩き慣れた道を進んでいき……経路から外れて、さらに人気がない道に入る。
すれ違う人が一切いない、マンションに挟まれた深夜の裏道を歩き、公園に到着した。
都心の一等地に建てられた、固定資産税がバカみたいに高そうな狭い公園。
公園は広葉樹に囲まれている。周りに住んでいる住人が騒音被害に合わないようにするためか、子供が遊べる遊具はなく、ベンチしか置かれていない。
カチカチのアスファルトから、管理が大変そうなふわふわな芝生に足を踏み入れる。
公園を唯一照らしている、奥の角にある街灯の前に立つ。
目線を徐々に上げていくと……街灯の柱に設置された防犯カメラがひとつ、じーっと見つめていた。
(……誰かいる⁉)
マンションを出たときから誰かにつけられている気配があった。
犯人が捕まったという報告は嘘だったのだろうか……いや、夜の公園に散歩をしにきた、近所の住人かもしれない。
いつでも動けるように腰のベルトに手をかける――
「あがががががが!」
次の瞬間、足から頭のてっぺんまで、稲妻が駆け抜けたかのような電撃が絵理佳を貫いた。意志とは無関係に全身の筋肉がぴくぴくと痙攣する。
立っていられなくなって、糸が切れた人形のようにその場にバタンと倒れこんだ。
芝生の生臭い香りが、ツーンと鼻を刺す。
ピリピリと筋肉が痺れて体が思うように動かせない……唯一動かせる顔だけ振り返る。
右足のふくらはぎには二本の太い針が刺さっていた。その針からは二本の黒いコードが伸びている。
銃型のスタンガン、テーザー銃だろう。
テーザー銃の弾丸のコードを伝って、徐々に目線を上げていく。
「――っ!」
背が高く、マスクをした細身の男性が血走った目をガン開いて見下ろしていた。
右手には街灯を銀色に反射する鉈が握られている……サバイバルナイフよりも長く、殺傷能力も高い刃物だ。
「こっ! 声を出すな!」
「うぐ、うぐ……」
男性に覆い被さられた瞬間、口に布を詰められる。
どれだけ声帯を震わせても、くぐもった声しか出せない。
「さっ、MONEちゃん、今からでも遅くない。誰のものにもならないで、僕と、つっ、つき合おう!」
緊張で震えるどもった声で、不快感しかない要求をされる。
今すぐ体をひねってこの状況から抜け出したいが、電撃を食らった体の痙攣がまだ治っていない。
さらに顔の前で長い鉈をチャカチャカとチラつかせているのだ。犯人は鉈で切る行為に至らず、理性がギリギリ保てているが、下手に動いたら顔面が血まみれになる。
「さっ、さあ! 首を縦に振るんだ!」
首を横に振ると、二度と人前に出られない顔になるかもしれない。
コクっと、小さくうなずくことしかできなかった。
「そっ、そうか、ようやくMONEちゃんが僕とつき合ってくれる。ようやく認めてくれたんだ……やっ、やったー」
犯人は言葉でこそ歓喜の意を示しているが、後戻りできない強硬手段を選んでしまった罪悪感があるのだろう、心の底から喜べていないのが硬い声でわかる。
「長かった……七年間、ホントに長かった」
馬乗り状態で、汚くて気持ち悪い顔を鼻先数センチまで近づけられる。
「なぁ、俺、スコップ藤木って名前でSNSやってるんだ、覚えてるよな?」
この期に及んで覚えていないなんて口が裂けて言えるはずがない。
防衛本能の赴くまま首を縦に振っておく。
「そっ、そっか、よかった、何回もコメントを送った甲斐があった。他にも覚えてるよな? MONEちゃんのグッズをいっぱい買って、それを並べた写真を何枚も送ったんだよ。貯金を全部使って、生活を切り詰めて、MONEちゃんのために何円使ったのか覚えてないよ! 本当に苦しかった! MONEちゃんに覚えられてよかった!」
少なくとも、運営側からお金を使えと強要する、カルト宗教のような商売はしていない。
アイドルに関しては、お金を使わなくても応援の気持ちがあればファンはファンだ。
今回の犯人の件に至っては犯人が身を切るような大金を使って勝手に苦しんでいるだけで、自己犠牲的な努力など知ったことではない。
「さあ、明日のライブなんてバックレて、今から僕の家に行こう!」
犯人はようやく立ち上がり、自由に動ける状態になった。
しかし、鉈を突きつけられている恐怖心から、体が言うことを聞かない。
「テーザー銃の針が刺さりっぱなしだったね、今抜いてあげるよ」
「うっ――」
脚に刺さった太い針を引き抜かれてうめく。タラリと血が流れていく。
「こんな痛い思いしたのはMONEちゃんが悪いんだよ。僕の言う事を聞かないんだから」
絶対に自分が悪いと思っていない、DV気質があることを言っている犯人。今回の犯行もすべて狩桶が原因だと思っているのだろう。
犯人は罪で染まった汚い手を少女に差し出す。
「さあ、MONEちゃん、僕と新たな人生を歩もう」
「……」
ここで指示に従わなければ傷つけられると頭ではわかっている。だが、全身の細胞はこれ以上気持ち悪い犯人に近づきたくないと大合唱して、犯人の手を取ることを拒んだ。
「なんだい? 僕と人生を歩めないって言うのかい?」
「んん! んん!」
布を詰められた口で必死に訴え、焦って首を横に振る……が、この前科がつくだろう男の手に堕ちたくないという抵抗感が最後に働き、立ち上がることができなかった。
違う……少女には、たった一人、心に決めた運命の男性がいるのだ。
絶対にこの男のものにはなりたくない。
「やっぱり僕の言うことが聞けないのかい? だったら、ちょっと痛い目を見ないとな!」
「――っ」
犯人は少女の内心を知ることもなく、無慈悲に鉈を振り上げた。




