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Chapter4-4

※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。


※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。


以上を注意の上、読んでください

 いつからだっただろうか。

 人生がつまらないと思い始めたのは。

 少なくとも、幼稚園のときは人生が楽しいと思っていた。

 つまらないと思い始めたのは、小学生に上がってからだろうか。高学年に上がったときには、すでにつまらないと思っていたのは覚えている。

 辛すぎた細かい記憶の多くは、もう心の奥底に封じ込めてしまった。そうしなければ絵理佳は現実を生きていけない。

 いつまでも幻想と現実が乖離していたら、ショックをズルズルと引きずって消えてしまいたい衝動に駆られる。

 そんな消えてしまいたいと毎日願う絵理佳は、アニメやゲームが好きな母親と父親から生を授かった。絵理佳という名前は、両親が好きだったアニメのキャラクターから取ってきたものらしい。

 そして、アニメやゲーム好きな両親の下で育てられ、物心ついたときには日常の中に漫画やアニメなどの創作物があるのが当然だと思って生きてきた。

 文字や漢字が読めない頃は、母親の膝の上に座り、母親と一緒にアニメを見ていた。今持っている言語能力は、アニメのセリフによって築かれたと言っても過言ではない。

 その母親が見ていたアニメに登場するキャラクターに憧れ、「あの剣ほしい」と頼んだ次の日には、父親がおもちゃ屋で安いプラスチックの剣を買ってきてくれた。そして、父親はチャンバラごっこにつき合ってくれ、最後に父親は「やられた~」と、悪役を演じてくれた。

 子供の興味に全力でつき合ってくれる、幸せな家庭に生まれたと思う。

 両親には感謝しかない。

 そして、将来は勇者になって世界中を旅して、各所で困っている人たちを助けようと夢見ていた。さらにモンスターをバタバタと倒して稼いだ報酬で、生み育ててくれた両親に恩返しをしようと思っていた。

 しかし、思い描いていた大きな夢だからこそ、現実という名の谷に突き落とされた絶望は計り知れなかった。

 この世にスライムのようにプルプルとしたかわいいモンスターなど存在しない。

 ドラゴンのように物々しいモンスターもいない。

 カッコイイ剣を手に悪と戦う勇者などいない。

 ゴツゴツな鎧を身につけたり、布面積が極端に少ない服を着て戦う者もいない。

 なにもない空間から、火や水を出せる便利な魔法など存在しない。

 その残酷な真実を知ってからの絵理佳の人生は、色を失ったモノクロの世界のように、今まで生きてきたすべて、そして思い描いていた輝かしい未来を否定され、生きているのが実につまらないものになっていった。

 創作の中の世界は、あくまでも創作でしかない。

 現実の世界を生きている人たちが叶えられない夢を叶えた別世界でしかない。

 むしろ、現実の世界で行ったらダメなことまである。

 最低限の現実と向き合わなければならない小学生になってからは、その信じたくない事実を受け入れる道しかなかった。

 そこから輪廻転生がない、一度しかない人生をどう過ごしていこうか思い悩んだ。

 まず、チャンバラごっこが好きだったので、剣を扱うことができるスポーツ、剣道を始めた。「好きこそものの上手なれ」ということわざは正しく、一心不乱に練習に取り組んでぐんぐんとレベルアップしていった。

 そして、大会では常にベスト4に入れるぐらいの実力を手に入れた。

 しかし、望んでいた戦いはルールに縛られたスポーツではなく、もっと自由に戦える、命がヒリヒリとするような戦いだ。

 すぐにつまらなくなってしまい、優勝を狙えるレベルに達するまで続けることができなかった。

 そこから高校を卒業するまで様々な格闘技に挑んだ。

 技を覚え、鍛えている瞬間は体がレベルアップを実感できる。そして、勝利を掴み取ったときは心が満たされていた。

 しかし、ファンタジーの世界ではない戦いで満たされた満足感は、一時的でしかない。奥底では幼い夢の炎がボヤボヤと燃え続けていた。

 その消し切れない炎を灯したまま年齢が上がっていくと、ある壁にぶち当たる。

 労働という壁に。

 高校三年生の春。進路を意識する季節。

 ロクに勉強もせず、暇があればアニメを見て、スポーツに打ち込んできた身だ。大学に行く選択肢はなかった。

 そして、つまらない人生を少しでもよりよいものにするために、リアルで戦うことができる職業、民間のボディーガードになることを決意した。

 ボディーガードという道は、プロスポーツ選手になれるレベルの実力があるわけでもなく、警察官になれるような頭もなく、他人を感動させられる独創性や作品を作り上げる持続力もない、メルヘン脳筋女が最低限の夢を叶えられる最善の道だった。

 四月。新品の慣れない女性用のスーツに身を包み、運よく採用された山盛綜合警備保障の門を潜った。

 それから三ヶ月間、全新入社員が受ける共通の研修期間に入った。

 警備業務の法律を学ぶ座学から始まり、警備員としての心構えや、現場の見学、体を鍛える訓練を何日も何日も続けていく。

 配属先が決まる一ヶ月前。全新入社員と、暇を持て余している古株の隊員で行われる、合同訓練がトレーニングルームで開催された。

 防弾チョッキに加え、腕と脚にはレガース、頭にフルフェイスのヘルメットを装着して、一対一で連戦をする訓練だ。

 護身用具の警戒棒の所持だけ認められ、打撃技、寝技、投げ技、なんでもありの、ほぼケンカのような戦いを行う。

 スポーツの格闘技のように明確な勝ちの判定はない。審判が止めるか、どちらかが降伏しなければ戦いが終わらない、デスゲームのようなバトルだ。

「はぁはぁはぁはぁ……」

 絵理佳は顔面を守るヘルメットのカバーが曇るぐらいの荒い呼吸をして、大の字になって気絶している男性隊員を見下ろす。

 その男性隊員は勤続五年目の中堅隊員だ。

 体重が遥かに上回り、戦い慣れている男性隊員を何人相手にしても弱すぎてまったく相手にならない。

 これで倒した相手は何人目になるだろうか。

(やっぱり、つまらないな……)

 ボディーガードという職に就けば、対戦する相手が強くなり、少しは人生が楽しくなると思った……が、幻想だった。

 同僚と戦っている感覚は、ゲーム序盤に出現する、スライムを狩っているときのようだ。

 すでに同期の新入社員は絵理佳に恐れをなして、手合わせを願う者がいない。皆、他の隊員と訓練をして、絵理佳に話しかけることすらしない。

(こんなんなら、違う仕事すればよかったなぁ~)

 チカチカと揺れ光っている白い蛍光灯を眺めながら、退職届の書き方を検索しようと心に留める。

「ほう、これはこれはとんでもねぇバーサーカーが入ってきたなぁ」

「ん?」

 低音ボイスで発せられる、バーサーカーというファンタジーな単語が耳に入り、勝手に顔が振り返る。

 そこに立っていたのは、訓練用の防具をフル装備した男性隊員……なぜか警戒棒を両手に持っている。

 その男性がヘルメットの透明なマスク越しに口を開いた。

「初めまして、私、第四種女性要人警護課の笹川明良と申します」

「初めまして、新入社員の相葉絵理佳です」

「はい、よろしくお願いいたします。先ほどから訓練を拝見していましたが、相葉さんとてもお強い方ですね。何連戦もして疲れていると思いますが、もしよければお手合わせお願いいたします」

「いいよ」

 相手は自分の腕っぷしなら勝てると思っている、身の程知らずの弱小隊員だろう。この会社にいる以上、売られた戦いは買ってやらないと気が済まない。

「ありがとうございます。戦いの前にひとつお尋ねしたいのですが、相葉様どちらの部署に配属をご希望でしょうか?」

「絵理佳ちゃんより強い隊員がいる部署」

「かしこまりました。それでは私が勝ちましたら、ぜひ私の部署に来ていただけると幸いです」

「そういうのは勝ってから言って」

「ハハッ、フィジカルだけでなく、メンタルもものすごくお強い方ですね」

 ヘルメット越しに見える男性の顔は苦く笑っている。

 どうせ三年以内には辞める会社だ。年上だがヘコヘコとへりくだるのが面倒くさい。

「審判の方、よろしいでしょうか?」

 男性隊員が審判に確認を取ると、審判の隊員はコクリとうなずく。

「それでは、お手合わせお願いいたします!」

 数メートル離れている男性隊員は、右手の警戒棒を突きつけて間合いを取り、左手の警戒棒はいつでも振り下ろせるように振り上げて構えた。

 絵理佳も右手の一本の警戒棒を突きつけて、いつでも動かせるように構える。

「始め!」

 審判が合図を出した瞬間、男性隊員が弾丸のようにすっ飛んできた。

(速い!)

 体格に似合わず、疾風のような素早い動きで詰め寄り――すでに左腕の警戒棒を振り下ろしている。

 このままでは脳天に警戒棒が直撃だ。

 慌てて警戒棒を振り上げる。

 ガキンっと、ジュラルミンとジュラルミンがぶつかり合う、甲高い金属音が広いトレーニングルームに鳴り響いた。

(重い!)

 今まで戦ってきたどの隊員よりも振り下ろされた警戒棒が重たく、シンプルに力負けしている。

(まずい!)

 相手は二刀流だ、右手の警戒棒を横振りしている。

 このままでは胴体に直撃してしまう。

 絵理佳は脚をバネにして、後ろへと飛び退いた……相手の警戒棒の先端が、邪魔で仕方がない大きな胸をかすめた。

 致命的なダメージではないが、このバトルロワイアルのような訓練を始めてから、初めて一撃を入れられてしまった。

 ここで並々ならぬ相手だと本能が察知し、ギアが切り替わる。

 真剣に戦わなければ負けてしまう。

 飛び退いて距離を取れたが、その差は数十センチ。相手は一歩踏み出せば攻撃を入れられる範囲だ。

「ブローザ・スラッシュ!」

 男性隊員が意味不明な単語を言い放つ。

(なに?)

 言っていることがわからない。

 男性隊員は謎のセリフを吐き捨てながら、無駄に体を一回転させ、右手の警戒棒を頭に叩き込もうとしている。

 一瞬混乱したが状況は見極めていた。

 頭に向かっている回し斬りは、格闘技で言えば回し蹴り。加えて、相手は二本警戒棒を持っているので二段階の攻撃がくるだろう……もしくはルール無用なため蹴りを仕かけてくるかもしれない。

 そう判断した絵理佳は、身を屈めて相手の回し斬りを避けた……ヒュンっと警戒棒が頭を通り過ぎる。

(きた!)

 予想通り、身を屈めた瞬間、左足の回し蹴りが飛んできた。

 男性隊員は身を屈めた状態でローキックを避けられないと思ったのだろう……甘い、織り込み済みだ。

 ここからは警戒棒対警戒棒ではなく、肉体対肉体。

 絵理佳は両腕を翼のように広げ、剛速球で吹っ飛んでくる左足を――タイミングよく両腕でグッと抱き込む。

「うぐっ!」

 蹴りの重たい衝撃は防弾チョッキを貫通するが、ここで怯んでいたらファンタジーの世界では戦えない。創作上の主人公なら吐血しても立っているだろう。

 歯を食いしばり、その足を絶対に離さない。

「なに!」

 男性隊員は左足を受け止められて狼狽している……瞬間を逃さなかった。

 絵理佳は左足を掴んだまま、自身の体をグリンっと回転させる。

 足を取られた相手は転ぶしかない。

 そして、うつ伏せで倒れた男性隊員の足をグッと反らせ、サソリ固めをキメる。

「うほう! ギブっ! ギブです!」

 男性隊員は床をバシバシと叩いて白旗を上げた。

「やめ!」

 審判が止めに入ったので、男性隊員の太い両脚を解放した。

「イテテテテ」

 男性隊員はダメージを受けた脚をさすりながら立ち上がった。

「相葉さん、ホントにお強いですね。もしかしたら、上司の陽子さん以上の強さですよ」

「なら、その陽子さんという人を連れてきて?」

「陽子さんはすでに歳を取って現場仕事を引退していて訓練をしていないので、ご希望に添えることができませんね。大変申しわけありません」

「そう」

「相葉さんの強さ、お見それいたしました。つきましては、我が部隊、第四種女性要人警護課に配属希望を提出していただけると幸いです。少し癖の強い隊員が集まっていますが、とても楽しい部隊だと思いますよ」

「わかった……唯一、絵理佳ちゃんに一撃入れられたのあなただけだから、考えておく」

「よろしくお願いいたします。それではお手合わせありがとうございました、失礼いたします」

 男性隊員は軽く一礼して、トボトボと立ち去っていった……そして、壁にもたれかかり、ヘルメットを取ると腕を組んで新入社員のトレーニングの観戦に戻る。

「……」

 しばらく、一撃をかすめた男性隊員から目を離せなかった。


 そのあとの大規模トレーニングは全勝し、本日の新入社員の業務が終了した。

 シャワー室で汗を流し、持参したシャンプーで髪を洗ってドライヤーで乾かし終える。帰宅用の質素な黒いパーカーと、紺のスキニーパンツに着替えた。

 荷物をまとめ終え、オフィスの長い廊下を独りでゆさゆさと歩いていく……

 社会人になってから友達を作ろうかと思ったが、会社の人と仲を深めるのは同期でも見えない距離感があり、学生のときに友達を作る感覚とまったく違う。

 それ以上に、すでに辞めたいと思っている会社で友達を作っても関係が無駄になるだけだ……

 元より、さらなる強さを求めて狂人のように振る舞っている絵理佳に、積極的に近寄ってくれる人がいなかった。

(喉が渇いたな)

 持参したお茶はすべて飲んでしまっている。

 喉を潤そうと思い立ち、横道に逸れて休憩室へと足を運ぶ。

 トレーニングルームに隣接されている、休憩室。三〇人は座れる広いスペースに、長テーブルと丸椅子が無数に並べられている。

 休憩室にはトレーニング終わりのジャージを着た人や、出動する前にコーヒーを飲んでスマホをさわっている人、サボってしゃべり倒している人などがいる。

 それらの隊員を尻目に、部屋の奥にある自動販売機の前に立つ。

 無料で飲めるウォーターサーバーがあるがトレーニング後だ。社割で安く購入できるプロテインに決める。

 プロテインの自販機で好みのチョコレート味のボタンをポチっと押し、肩かけのトートバッグからスマートフォンを取り出す。

 ピッ!

「ん?」

 キャッシュレスアプリを開いている間に、決済が完了した効果音が鳴り響き、なにごとかと顔を上げた。

「よう、お疲れ!」

 背が高く、肩幅がとてつもなく広い男性隊員が、ニッコニコの爽やかな笑顔を振り撒いていた。キャッシュレスアプリのバーコードをセンサーにかざしている。

「あなたは、訓練してたときの……笹川さん?」

「おう、覚えててくれてありがとな。そのプロテインは手合わせしてくれたお礼だ」

「いえ、申しわけないので、笹川さんのプロテインを支払います」

「新人の仕事はおごられることだ。こういうときには素直に受け取れ」

「はい……ありがとうございます」

 善意で押し切られ、変な貸しを作ってしまったと心の中で舌打ちする。

「それより、今から用事あるか? もしよかったら少し話しないか?」

「後輩に手を出そうとしてるの?」

「ちげーよ、相葉さんを俺の部署に勧誘しようと思ったんだ。っていうか、今日が初対面の先輩にタメ口をきけて、けっこう強気だな」

「年上でも年下でも、社会ではあくまでも他人だから、別にいいかなって」

「相葉さんが人間関係をどう考えるかは勝手だけど、体裁だけでもある程度人間関係を築いておいたほうがいいぞ。信頼を得ないと、これからの仕事、上手くいかねぇぞ」

「別に、上手くいかなくてもいいかなって」

「やっぱりそうか……」

「え?」

 核心を知っていたかのような重たい吐息で答えられ、絵理佳は一瞬真顔になる。

「訓練中、相葉さんに注目してたんだ。そしたら一戦終わるたび、まったく嬉しがらずに天井を仰いで、なにか考えてる気がしたんだ。それで話しかけたら、仕事が上手くいかなくてもいいって答えた」

 笹川は若くてハリのある顔で軽く微笑みながら続ける。

「まだ入社して二ヶ月でそんな反応なら、この仕事が合ってるか悩んでるんじゃないかって思ったんだ。違ってたらゴメンな、余計なお世話で」

 心を見透かされ、ぞわぞわと鳥肌が立つ……が、なぜか拒否感はなかった。

「なんでわかったの?」

「俺も入社して八年目だ。同期はもちろん、先輩や後輩が辞めるのを何人も見てきた。辞めたい人の顔はわかる。せっかく縁があって入った会社だ。どうだ、俺に悩みを聞かせてくれないか? 言ったら楽になるかもしれないぞ」

 恥ずかしい悩みなため、気安く悩みを打ち明けたくないが、心の片隅に人生を応援してくれた両親の期待を裏切りたくない気持ちがある。思うがままに口を開いた。

「わかった。せっかくだし、言ってみようかな」

「おう、サンキューな」

 笹川も紙コップに注がれるプロテインを購入すると、人気が少ない休憩室の角の席に対面で座った。

「まず、なんで相葉さんは警備業界を選んで、この会社に入ろうと思ったんだ?」

「大人が言ったら恥ずかしい理由だから、笑わないって約束してね」

 泡立ったプロテインをちょびっと飲み、笹川を睨みつける。

「この仕事に就きたいって思って本当に就いたんだったら、どんな理由でも立派だ。ちなみに俺は、アイドルを守りたかったからこの仕事に就いたんだ。それで八年も仕事を続けられてる」

「しっかりした志望動機だね。絵理佳ちゃんは……幼少期から戦うアニメが大好きで、いつか勇者になりたいって思って、戦う仕事に就きたいなって思って、この仕事に就いたの」

「ほう、面白れえ志望動機だな。でも夢見てた仕事に就けたのに、なんで合わねえって思ったんだ?」

「絵理佳ちゃんが思い描いてきた戦いは、本当に斬れる剣や魔法を使っての戦いで、こんな肉弾戦じゃないって気づいたの。そしたら生きてるのがものすごく辛くなって」

 プロテインをグビっと飲んで、甘ったるい口でしゃべり続ける。

「今でもファンタジーの世界に憧れてる幼稚な大人で、社会人として最悪な働く気も失せてる状態。これが恥ずかしい悩み」

「なるほどな。だったら思い描いてた世界を漫画や小説で書いてみたらどうだ?」

「運動しかしてこなかった絵理佳ちゃんに、そんな創作の才能はないよ」

「運動しかしてないからこそ、やってみたら才能があるかもしれないけどな」

 笹川もプロテインを一気に飲むと、空になった紙コップをガンっと机に置いた。そして、丸太のような腕を組んで「うーん」と唸る。

「ありきたりな人生相談なら解決できると思ったけど、人間の手が届かない悩みじゃどうしようもねえな」

「でしょ。もう絵理佳ちゃんは一度人格を破壊して、ロボットのように意思を持たずに働かないと生きられない」

 毎日ループするように悩んでいた解決方法を吐き出した瞬間、手がプルプルと震え、紙コップをグシャっと潰していた。

「そんな悲しいこと言うなよ。人として生まれきたからには、ほんの少しでも幸せを掴むために生きようとは思わないか?」

「そのほんの少しの幸せを掴むために今を生きてるのが辛い」

「世の中には、ほんの少しの幸せを掴むことすら許されずに、死んでいった人がいるんだ。生きて次の道が選べるだけ幸せだと思うけどな」

 出た。あなたが死にたがった今日は、誰かが生きたかった明日。的なセリフ。

 そんなキレイ事はこりごりだ。そんなファンタジーなことができるならば今すぐやれよと思う。

「相葉さんはもしこの仕事を辞めたら、次どうするつもりだ?」

「考えられる余裕なんかない」

「そうだよな、追い詰められてたら次の道を探す余裕すらねえよな。今の質問は完全に俺が悪かった、謝る。俺も追い詰められたことがあったのにな……ただ、ビルから飛び降りたりするなよ」

「っ――」

 方法は違えど、よぎっていた最悪の選択肢を心配され、クラっとめまいがする。

「……」

「……」

「なんか言ってくれよ」

「あっ、ゴメン」

「まあでも、命を投げ捨てる選択肢があるんだったら、せめて誰かのために使おうとは思わないか? せっかくボディーガードになったんだし」

「ファンタジーの世界に生まれてたら、お姫様に忠誠を誓う騎士みたいに戦ってると思う」

「リアルの世界だけど、その心意気があるだけで仕事を続けるには十分な理由だろ。俺も大好きなアイドルをお姫様のように見立てて、忠誠を誓う騎士みたいに戦ってるからな。相葉さんも要人をお姫様に見立てたらどうだ」

 明良は必死に絵理佳の閉じられた夢のおもちゃ箱を開こうとしている。

「まあ……やってみようかな」

 暗いながらも肯定的な態度を取った瞬間、笹川は組んでいた腕を解き、テーブルに両腕をついて前のめりになった。

「相葉さんの人生だから、相葉さんの好きなようにすればいいけど、俺の都合を押しつけると、俺は相葉さんの強さでアイドルたちを守ってほしいって思ってる」

「……ありがとうございます」

 存在価値を見出し、引き止めるための定型文だ。

 こんな安い言葉で傾くほど浅い悩みではない。

「あと、相葉さんの悩みが解決するかわからねえけど、俺の部署に入れば、二次元の文化が好きなやつらが集まって楽しめると思うぞ」

「笹川さんの部署って、絵理佳ちゃんと同じような人が多いの?」

「全員そうだ。アニメや漫画、ゲームが好きだったりする。俺だっていろんなゲームしてるからな」

「そうなんだね……もしかして、二刀流で戦ってて、なんとかスラッシュって叫んでたのって、笹川さんもゲームが好きだから?」

「よくわかったな。俺の部署に入ったら訓練のときの俺みたいに遊んでても文句は言われないぞ。しっかり仕事して、強くないと怒られるけどな。でも、相葉さんの強さなら文句言われないと思うぞ」

「それじゃあ……同じジャンルが好きな人が集まってるなら、笹川さんの部署に入ってから辞めるのは考えようかな」

「おっ、入ってくれてありがとな。あと、相葉さんが満足いくかわからねえけど、もし俺の部署に入ってくれたら、相葉さんが思い描く世界につき合ってやるよ」

「どういうこと?」

「相葉さんの勇者になりたい夢を、俺に見せてくれよ。俺にはいつでも襲いかかっていいから、相葉さんの本気の夢を全力で受け止めてやる。まあ、俺じゃ敵わねえと思うけどな」

 笹川はグッと机を押して立ち上がり、握り潰した紙コップをポイっと投げて、コントロールよくゴミ箱に捨てた。

「それじゃあ俺は仕事に戻る。一ヶ月後、俺の部署を希望してくれること、楽しみにしてるぞ。上司の久保田陽子さんからもアプローチがあると思うから、またそこでも説明を聞いてくれ。じゃあな」

 笹川はジャージに手を突っ込んで、休憩室から立ち去っていった。

(なにもせず死ぬなら、笹川さんの部署に入ってからでもいいかな)

 そう考えて一ヶ月後、第四種女性要人警護課への配属を希望して、無事配属された。

 そこで待っていたのは、個性溢れる面白いキャラクターたちだった。

 ギルドマスターになりきっているマッドサイエンティスト。

 頭脳明晰なド変態サキュバス。

 意気地無しの巨人。

 元ドルオタのパラディン。

 そのキャラクターたちはやさしく仕事を教えてくれ、二次元文化が好きな者同士、話が合ってすぐに絆を深めることができた。

 ギルドメンバーのおかげで、つまらないとあきらめた絵理佳の人生は少しずつ色を取り戻していった。このままダラダラと朽ちていくのではなく、たとえ小さな楽しみでもそれを追いかけて生きていきたい。

 そう思えるほどに心は回復し、消えたい気持ちが薄れていった。

 そして、惰性の人生を続けていく中で、思い描いていた夢に全力でつき合ってくれたのが……元ドルオタのパラディン、笹川明良だ。

 明良は約束を守り、有言実行。どれだけボコボコにしたり、不意打ちのイタズラを仕かけたりしても、文句を垂れるが思い描くファンタジーな戦闘につき合ってくれた。

 初めて休憩室で相談に乗ってもらったときは、引き止めるための御託を並べているだけだと思っていたが……今思うと、くだらないと吐き捨てず、夢に全力でつき合ってくれた、とても心がやさしい人だ。

 父親とチャンバラごっこしたとき以来だろうか。夢と本気でぶつかってくれた人は。それも、血縁関係がない他人だ。

 この人と一緒にいたら、夢が叶わなくても一生楽しく生きていけるだろうと思った瞬間だった。


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