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Chapter4-3

※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。


※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。


以上を注意の上、読んでください

 狩桶をマンションまで安全に送り届ける仕事が終わり、隊員だけが乗った警護車両は夕方の街を走り抜け、山盛綜合警備保障のオフィスに到着する。

 ビル内の駐車場に警護車両を停めた。

「ねぇ、明良……」

 助手席に座っている絵理佳がぼそっとしゃべりかけてきた。

「なんだ?」

「少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 ルルエラの質問に続き、連日、話がしたいと要望してきた。

(なんか、おかしいな)

 昨日の自主トレ中、絵理佳がルルエラについて尋ねてきたときは、ルルエラが亡くなっている情報を予め掴んでいた。それでも普段と変わらない面持ちで接しようと努めていた。

 しかし、今日の絵理佳はデリケートな話を持ちかけるときよりも、どんよりとした暗い雰囲気だ。

 普段、どんな時も太陽のように明るい絵理佳がこれほど気を落としている時点で、ただ事ではない深刻な状況ということは明らかだ。

「いいぞ、このあと飯でも食いにいくか? そう言えば、絵理佳も二〇歳になって酒が飲めるようになっただろ。飲みに……いや、明日も仕事があるからやめたほうがいいな」

「できるだけ静かな場所がいいなぁ」

「なら車の中で話すか。で、なんの話だ?」

「えっと、ね……」

 絵理佳はうつむいて目を合わせようとせず、太ももの上で両手の細い人差し指をくるくると回していた。ここまで気を落とすことがあっただろうか。

(今年で三年目だからな。ちょうど悩む時期か……)

 新社会人が三年目に抱える共通の悩み。本当にこの職場で、この仕事を続けてもいいのかという将来のビジョンが見えない相談だと予想する。

 明良は一〇年間仕事を続けられた上司として、しっかりとしたアドバイスができるように心の中で気合を入れる。

「明良ってさ、女の子とつき合いたいって思ったことある?」

 気が抜けて、ハンドルに頭をぶつけそうになる。

「え? ……は?」

 どよどよと負のオーラを漂わせながら、ファンシーな恋愛事情を尋ねられるとは思ってもいなかった。

「なんだよ、そんなくだらねえ話でしんみりした空気作りやがって。俺は誰ともつき合う気はねえよ。終わりだ、帰るぞ」

 明良はドアノブに手をかける。

「待って!」

 絵理佳は慌てて明良の太くて硬い腕をガシッと掴んだ。

「さっき、レッスンスタジオでMONEちゃんが恋バナをしてきて、MONEちゃんが明良とつき合いたいって言ってきたの!」

 必死に訴える絵理佳にガバッと振り返り、ドアノブからスルッと手が落ちた。

「なに⁉ マジか⁉ それはマズいな……」

 ボディーガードの仕事を続け、守った要人の人数は三桁を超えている。そして、女性要人から好意を寄せられたのはもちろん初めてだ。

 狩桶を突き放すと即答できる堅い意志はある。しかし、前例がなく、どの言葉を使って断り、やんわりと距離を取ればいいのかわからない。

「そもそも、なんで狩桶様は俺とつき合いたいって思ったんだ?」

 正直な話、できれば男女という性別関係なく、ファン同士でこれからも友達のように仲良くなりたいと思っていた。

 しかし、狩桶世奈の方は違ったようだ。

 ファン同士という関係を飛び越え、まさか恋人同士という距離まで関係を詰めてきた。

 カノジョいない歴イコール年齢はおろか、学生時代は劣等感まみれで女の子を好きになってはいけないと思ってきた明良にとって、この歩み寄り方は理解できない。

(でも、そうか……抱き締めたからな)

 狩桶に抱き締めてほしいと頼まれたとき、嫌な未来に発展すると心配していたが、ここにきて現実味を帯びてきている。

 狩桶がアイドルを辞めたとしても、抱き締めなかった世界線のほうが正解だったのだろうか。答えがわからなくなっていく。

「MONEちゃんは、この年齢で恋愛をしないのがもったいないって思ったみたいだよ。それで、ルルエラのファン同士で、スキャンダルになっても仕事の関係で押し通せるボディーガードの明良とつき合いたいんだって」

「なるほどな、特別俺のことが好きなわけじゃねえんだな。まあ、リアルの恋愛はゲームと違って、とりあえずつき合ってからがスタートって聞くからな」

「で、明良はどうするの?」

 絵理佳の問いかけに、明良は遠い目をしながら考える。

「大物アイドルとつき合えたら、それはそれはすげえ愉悦感だろうな。ルルエラの推し同士、狩桶様とは楽しい時間を過ごせるイメージもある」

「は? なに考えてんの!」

 絵理佳はハイテンションに戻り、犯人を捕まえたら絶対に逃さない握力で明良の腕を握りつぶす。

「明良がMONEちゃんとつき合ったら、明良自身がスキャンダルの火種になるかもしれないんだよ! あれだけ絵理佳ちゃんに何回も注意してきたのに、MONEちゃんとつき合う気?」

「おい、落ち着け! つき合うなんて決めてねえぞ。痛いから離してくれ」

「あっ、ゴメン……」

 普段、暴力をしかけても絶対に謝らない絵理佳が珍しく謝っていた。

 しおらしくしている絵理佳に、明良は撫でるように語りかける。

「俺はな、ルルエラが殺されて陽子さんに救われたあの日、ペンライトを捨てて、警戒棒を握ることにしたんだ。Tシャツを脱いで、防刃チョッキを着る決心をしたんだ」

 ルルエラのグッズは保存してあるが、ボディーガードになってからは眺めるだけだった。

「推しを理不尽に奪われて、その悔しさからボディーガードになるって決心した俺が、職権を乱用して、誰かの生き甲斐を横取りする気は微塵もない。俺にとってのアイドルは……アイドルは……………………ただの仕事相手だ」

 ゆっくりと、噛み締めるように告げた「ただの仕事相手」という人間関係。

 社会人になれば、ありふれたごく普通の人間関係だ。

 しかし、明良にとってその人間関係は、生まれ育った故郷を捨て、二度と帰らないと決めた重たい覚悟の表れだった。

「それに、ボディーガードを続けてる間は大好きなアイドルを守ることで手一杯だ。一般の女性ともつき合う気はねぇ。だから、今後俺に色恋沙汰の浮かれた話があっても心配するな」

「でも……明良も男だし」

「まぁ、俺も男だからな。政界の要人を守ったときにハニートラップを仕かけられたら迷うかもな。ただ、男だからこそケジメをつけてんだ。つき合う女性を悲しませないように、少なくともボディーガードを続けてる間は一般の女性ともつき合う気はない」

「なに? そのケジメって。やさしい明良なら、つき合っても誰も悲しませないと思うよ?」

「仮に俺にやさしさがあるとしても、それは弱いやさしさだ。この弱さで俺はつき合った女性を悲しませちまう」

「明良は弱くない」

「いや、弱い。心が弱いんだ」

「なんで?」

「俺は……いつか死ぬからだ」

「えっ、死ぬって」

 絵理佳の口から魂が抜ける。

「別に、自殺みたいに積極的に死ぬわけじゃねえけど、俺は一度自殺しようとして、死んでもいい覚悟を胸に刻んだからボディーガードとして強くなれたんだ」

 陽子から会社の名刺をもらい、ボディーガードになろうと決心した帰り道は今でも鮮明に思い起こせる。

「いつ死んでもいいって思っている俺は、夢見るアイドルのためなら無理をしてでも本気で守って、いつか死ぬだろう。そのいつ死ぬかわからねえ人間が、人を愛して死んだら愛した人に失礼だ。愛する人を残して、俺は死にたくねえ。少なくとも、愛したルルエラが死んだときは、後追いで自殺しようとしたぐらい悲しんだ」

 明良は右手で左手を包み、握り拳を作る。

「だから、いつ死ぬかわからない俺とつき合う女性の貴重な時間を奪いたくないし、死んだあと過去の俺に囚われて、人生を無駄にしてほしくないんだ。亡くなったルルエラに囚われて、今を生きてる俺が言える立場じゃねぇけどな」

「いや、ルルエラに囚われてても、ルルエラの人生を背負って、今の仕事を立派にしてるのはホントすごいと思うよ」

「ありがとな、ほめてくれて」

 話が少し逸れたことをきっかけに、話を切り上げる方向に持っていく。

「これが俺の恋愛観だ。わかってくれたか?」

「すっっっっごくよくわかったよっ! これから有名人にアプローチされても、安心して明良を見てられるっ!」

「ボディーガードを続ける俺の信念を崩すのは鬼畜ゲームより攻略が難しいぞ」

「途中で投げ出しちゃうぐらい難しそう。でもでも、ホントに一般の女性ともつき合わないの? ボディーガードの間は恋愛しないって言ってるけど、一線を退いたらつき合わないの?」

「まだ一〇年ぐらい先の未来で、全然想像もつかねぇけど、職業としての寿命からたぶん俺は四〇歳を手前に一線を退くだろうな。そこまで俺が運よく生きていて、ルルエラ以上の運命の人が現れたらつき合うかもな。売れ残りの俺を愛してくれる人がいればの話だけどな」

「明良なら……うん、明良なら、年老いても、きっと選んでくれる女の子はいると思うよ」

「そう願っておくよ」

 明良は狭い運転席で背筋を伸ばし、ドアノブに手をかけた。

「狩桶様が俺とつき合いたいって教えてくれてありがとな。これで適切な対応ができる」

「どういたしまして。ん~、安心したらお腹空いてきちゃったっ!」

 絵理佳は大きな胸を張り、背筋を伸ばして血行をよくしている。そして、細い腹をポンポンっと叩いた。

「どうだ? 今から飯でも食いに行くか?」

「明良がおごってくれるなら、行っちゃおうかな~?」

「絵理佳の胃袋はブラックホールだから財布に痛えんだよなぁ。まあ、他で金を使う機会もないしいいか」

「やった~! いっぱい食べちゃお、キャハッ☆」

 ミニガッツポーズを取って長い足をバタバタとさせている。

 ふたりは警備車両から降り、コツコツと音が反響する駐車場を並んで進んでいく。

「ねぇ、明良」

「なんだ?」

「さっき死ぬ覚悟があるから強くなれたって言ってたけど、生きたいとは思ってないの?」

「もちろん極力生きたいとは思ってるぞ。少しでも多くのアイドルを守りたいし、俺が殉職したら両親も悲しむだろう。四〇歳から新しい人生を見つけられるかもしれないしな」

「わかった! それじゃあ~、このエリートボディーガードの女勇者絵理佳ちゃんが、明良が四〇歳になるまで守ってあげちゃうんだからっ!」

 絵理佳は食事の栄養がすべて吸い取られたような大きく頼もしい胸に、ドンッと拳を置く。

「余計なお世話だ。俺を守るんじゃなくて要人を守れ」

「はーい。でもでも、絵理佳ちゃんも少しでも長く明良と一緒に戦ってたいな~……おもちゃにもできるし、クスクス」

「俺は絵理佳のお遊戯につき合うために生きてねえよ」

「あっ、でも、おもちゃにするだけなら、四〇歳超えてもできるか!」

「そのときは絵理佳も三〇歳を超えてんだろ。さすがにアラサーになったら精神的に落ち着け!」

「やーだよ~。絵理佳ちゃんの気持ちが落ち着くときは、ボディーガードを辞めるときかな? だ・か・ら。絵理佳ちゃんにアイドルを守ってもらいたいなら、絵理佳ちゃんの機嫌も取り続けてね、キャハッ☆」

「くっ……仕方ねえな。確かに四〇歳になったら俺は一線退くけど、三〇歳の絵理佳は現役バリバリだからな。老体に鞭打って、受け入れてやろう」

「うん! よろしくね!」

 そうして、一〇年後の未来を想像し合いながら、その日は絵理佳のドカ食いを見届けて終わったのだった。

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