第2章 王宮の陰謀と魔導院 第1話「エルフの使節と不穏な予感」
朝日が差し込む窓辺で、俺は静かに目を覚ました。
「朝六時十八分」
時間認識強化というスキルは、少なくとも目覚まし時計代わりには便利だ。ベッドから起き上がり、昨夜の夢を思い出す。リーシャが危険に陥る光景。地下の儀式場。「時の賢者の血」という言葉。
机の上に置かれた記憶結晶が淡く光っている。夢が記録された証拠だ。
「これをどう活用するべきか…」
まだ王宮内で完全に信頼できる相手は限られている。
慎重に行動する必要がある。
身支度を整え、窓から王都を眺めた。朝霧に包まれた街並みが徐々に活気づいていく。この異世界での日常にも少しずつ慣れ始めていた。
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執務室へ向かう途中、廊下でリーシャと出くわした。彼女は慌てた様子で走っている。
「時道さん、大変です!資料がどこかに消えちゃったんです!」
「落ち着いてください。どこで最後に見たんですか?」
「昨日、会議室で確認したんですけど…その後どこに置いたか思い出せなくて…」
彼女は困ったように眉を下げている。その天然な一面は相変わらずだが、このままでは今日予定されているエルフ使節団との会談に支障が出る。
「大丈夫です。少しだけ時間をください」
スキルの応用になるがやってみよう。
俺は目を閉じ、時間認識強化のスキルを発動させる。
昨日の自分の記憶を遡り、リーシャが資料を持って歩いていた場面を追う。
そして――
「会議室から執務室へ向かう途中、廊下にある飾り棚の上に置いたようですね」
「えっ、本当ですか?」
「確認してみましょう」
二人でその場所へ向かうと、飾り棚の上に確かに資料が置かれていた。リーシャはそれを手に取ると、大きく安堵の息をついた。
「時道さん、本当にありがとうございます!これがなかったらどうしようかと思いました!」
「いえ、大したことではありませんよ」
日常的なトラブルだったが、この世界で自分の能力が役立つ場面を見ると少し嬉しくなる。昔の俺が聞いたら「何それ、便利」って言うだろうな。
時間認識強化って名前の通り、認識が強化できるなら普段なら思い出せない過去の記憶も強化して遡れるだろうと思ったらできたってだけだ。ほぼ一緒にいたからできただけだな。
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九時半になり、会見場へ向けて準備が整った。リーシャは深青色のドレスに身を包み、公務用の凛とした表情へと切り替わっている。
「使節団はもうすぐ到着します」
彼女はそう言いながらも少し緊張しているようだった。
扉が開き、アトラスが現れた。
「アルフェイム王国使節団がお越しになりました」
「お通しください」
リーシャは背筋を伸ばし、堂々とした態度で迎え入れる準備を整えた。
扉から入ってきたエルフたちは長身で優雅な雰囲気を漂わせていた。その中でも先頭に立つ年配女性――シルフィード・ウィンドブロッサム大使は、一目でただ者ではないと分かる威厳を持っていた。
「ベルガード王国へのご来訪、心より歓迎いたします」
リーシャが流暢な挨拶を述べると、シルフィードも微笑みながら答える。
「お会いできて光栄です、リーシャ王女様」
その後ろには数名の随行員がおり、その中には若い男性エルフも含まれていた。彼だけはどこか落ち着きなく視線を泳がせている。
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会談が進む中、リーシャは驚くほど冷静だった。国境地帯で起きている鉱山問題について具体的な提案を述べ、新しい採掘技術による環境保護策について説明する。その姿には、公務中だけ見せる彼女らしい真剣さがあった。
しかし俺は、それ以上に随行員として控えている若いエルフから目が離せなかった。彼は袖口に手を入れたり出したりする仕草を繰り返しており、その動きには明らかな不自然さがあった。
(何か隠している…?)
その時、扉が開きヴェルナー宰相が入ってきた。
「失礼します。シルフィード閣下、ご無事でお越しになられて何よりです」
ヴェルナー宰相の登場によって会談の雰囲気は微妙に変わった。彼は巧みに話題を主導し始め、リーシャの提案内容にも微妙な修正を加えていく。
若いエルフは宰相が入室してからさらに挙動不審になり、その手元から何か光る小さな物体――おそらく魔道具――が一瞬見えた。
(あれは…危険だ)
俺は即座にリーシャへ小声で警告する。
「リーシャ、あちらの方…注意してください」
彼女も若干表情を引き締めながら、それとなく視線だけで確認する。そして次の瞬間――
若いエルフが袖口から何か取り出そうとした瞬間だった。
「シルフィード閣下、お茶はいかがでしょう?」
リーシャは咄嗟に立ち上がり、その動きを遮断する形で話題を切り替えた。その間にアトラスがお茶セットを運び込み、一瞬場の空気が和らぐ。
若いエルフは動きを止め、そのまま静止したようだった。しかしその目には焦燥感と何か別種の決意が宿っているようにも見える。
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休憩時間中、俺とリーシャは廊下へ出た。
「時道さん…あれ、本当に危険だったんですか?」
「あれは魔道具だと思います。ただ、それ以上詳しいことはまだわからない。でも確実に何か企んでいます」
「父上や宰相にも報告すべきでしょうか?」
「まだ確証がありません。もう少し調べたいと思います」
そう答えながらも、危機感に胸騒ぎを覚えていた。この若いエルフだけではなく、その背後にはもっと大きな陰謀が潜んでいる気配すら感じ取れる…。
(この状況…ただ事じゃないな)
再び会見場へ戻る足取りには、自分でも気づかなかったほど力強さと決意が宿っていた――




