第4章 時の迷宮と記憶の回廊 第4話「影との対決、そして覚醒」
「俺は、お前だ。お前が切り捨てた『失敗』の成れの果てだ」
その言葉は、物理的な衝撃以上に時道の心を打ち砕いた。
目の前に立つ男――ゼロは、時道と瓜二つの顔で、しかし決定的に異なる絶望的な瞳で彼を見下ろしていた。
「時道さん、惑わされないで!」
リーシャの悲痛な叫びが響く。だが、時道の足は鉛のように重かった。
脳裏にフラッシュバックするのは、前世の記憶。世界を救うために幾度となく時間を巻き戻し、そのたびに切り捨ててきた「救えなかった人々」と「破滅した世界線」の残骸。
「思い出したか? 完璧な歴史を作るために、お前がゴミ箱に捨てた俺たちの怨嗟を!」
ゼロが右手を掲げると、背後の影が爆発的に膨れ上がった。それは巨大な時計の針のような形状に変化し、漆黒の刃となって時道たちに降り注ぐ。
「シャドウ・クロック(影の時計針)!」
「させんッ!」
ガルドが大剣を振るい、ザインが炎の障壁を展開する。しかし、影の刃は物理的な防御をすり抜け、彼らの時間を「腐食」させた。
「ぐあっ! 身体が……重い……!」
「私の炎が……凍りついている?」
ガルドの鎧が急速に錆びつき、ザインの炎が灰色に変色して消えていく。ゼロの力は、対象の時間を強制的に進行させ、あるいは停止させる「時間の腐食」だった。
「無駄だ。お前たちは『過去』に囚われている。未来へ進む資格はない」
ゼロが指を弾くと、ガルドとザインは目に見えない重圧に押し潰され、床に膝をついた。
「次は君だ、王女」
ゼロの視線がリーシャに向く。
「やめろ!」
時道は叫び、剣を抜いて突進した。
スキル『時間認識強化』を最大出力にする。相手の動きがスローに見えるはずだ。
だが――。
ギィィィン!
時道の剣は、ゼロが何気なく差し出した素手によって受け止められていた。
「遅い」
ゼロが冷笑する。
「お前は『認識』するだけだ。だが俺は『支配』している。お前の0.1秒は、俺にとっての永遠だ」
腹部に強烈な衝撃。ゼロの蹴りが時道を吹き飛ばし、彼は玉座の階段に叩きつけられた。
「がはっ……!」
「弱いな、本体。平和ボケしたその心で、世界の因果を背負えると思ったか?」
ゼロがゆっくりと歩み寄ってくる。その一歩ごとに、床が黒く染まり、空間が悲鳴を上げるように軋む。
「終わりだ。お前を喰らい、俺が唯一無二のクロノスとなる」
漆黒の闇が、時道を飲み込もうと迫る。
身体が動かない。恐怖と罪悪感で、指一本動かせない。
(俺は……また失敗するのか? あの時と同じように……)
諦めかけたその時。
「させません!」
一筋の光が、闇を切り裂いた。
リーシャが時道とゼロの間に割り込み、両手を広げて立っていた。彼女の身体から溢れる青白い光が、ゼロの影を押し留めている。
「どけ、女。お前も消えたいか」
「消えません! そして、時道さんも消させない!」
リーシャは振り返らず、背後の時道に叫んだ。
「時道さん! 立ってください! あなたは過去の亡霊なんかじゃありません!」
「でも……俺は……」
「切り捨てた? 失敗した? それがどうしたんですか!」
普段の穏やかな彼女からは想像もつかない、烈火のような叱咤だった。
「誰だって失敗します。後悔もします。でも、今の時道さんは、私を助けてくれました! ガルドさんやザインさん、みんなと絆を作りました! それは嘘じゃない!」
リーシャが胸元のペンダント――時の結晶を握りしめる。
「私と……共鳴して!」
彼女の想いが、魔力となって時道の中に流れ込んでくる。温かく、力強い光。
『クロノ・シンク(時間共鳴)』。
本来は二人で意識を合わせる必要がある高度な魔法。だが今、リーシャの強い意志が、迷える時道の魂を無理やり引き上げていた。
(そうだ……)
時道は震える手で剣の柄を握り直した。
前世の自分が何を切り捨てたとしても、今の自分は「佐倉時道」だ。日本のブラック企業で働き、異世界で最弱から這い上がり、仲間と出会った人間だ。
ゼロは「失敗」の象徴かもしれない。だが、失敗があるからこそ、人は学び、成長する。
「……悪いな、ゼロ」
時道は立ち上がった。全身から黄金の光が溢れ出し、リーシャの青い光と混ざり合う。
「俺はもう、何も切り捨てない。お前さえもな」
「何だと?」
「お前は俺の弱さだ。俺の罪だ。だから――俺が背負って生きていく!」
時道の脳裏で、何かが弾ける音がした。
ずっとかけられていたリミッターが外れ、情報の奔流が全身を駆け巡る。
『条件を満たしました。スキル進化』
無機質なシステム音声が脳内に響く。
『時間認識強化 Lv.MAX』→『時間支配 Lv.1』
カッ!
目も眩むような黄金の閃光が広間を包み込んだ。
ゼロの放っていた漆黒の闇が、朝霧のように消し飛んでいく。
「馬鹿な……! これは、クロノスの全盛期と同じ力!?」
ゼロが初めて狼狽の声を上げ、後退る。
時道はゆっくりと目を開けた。
世界が変わって見えた。
時間の流れが「線」として視認できる。過去から未来へ流れる無数のライン。そして、それを自分の意志で手繰り寄せることができる感覚。
「ガルドさん、ザイン」
時道が指を鳴らすと、二人を縛っていた「時間の腐食」が一瞬で巻き戻り、消滅した。
「身体が……軽くなった!?」
「魔力が戻った……これが、時道の真の力か」
ガルドとザインが驚愕しながら立ち上がる。
「リーシャ、ありがとう」
時道は隣で息を切らしているリーシャの肩を抱き寄せた。
「君のおかげで目が覚めた」
「時道さん……」
リーシャは安堵の涙を目に浮かべ、微笑んだ。
「行くぞ、ゼロ!」
時道は剣を構えた。その刀身には、黄金の時間魔力が纏わりついている。
「お前が俺の影なら、俺は光となってお前を照らす!」
「ふざけるなァァァッ!」
ゼロが咆哮し、周囲の空間ごと時道を圧殺しようと闇を放つ。
だが、今の時道には通用しない。
「クロノ・フリーズ(時間停止)」
世界が静止した。
ゼロの驚愕の表情も、迫りくる闇の波も、すべてが凍りついた絵画のように止まる。
唯一動けるのは、時道と、彼と共鳴しているリーシャだけ。
時道は静止した時間の中を疾走した。ゼロの懐に潜り込み、剣を振り抜く。
「時は、動き出す」
時道の言葉と共に、時間が再始動する。
ズバァァァッ!
静止していたはずの空間に、一瞬で斬撃が走った。
ゼロの身体が大きく吹き飛び、玉座に激突する。
「がはっ……!」
仮面が完全に砕け散り、ゼロの素顔が露わになった。苦痛に歪むその顔は、やはり時道そのものだった。
「何故だ……何故、失敗作のお前が……!」
ゼロは血を吐きながら、憎悪の瞳で睨みつける。
「失敗したからだよ」
時道は静かに答えた。
「失敗して、傷ついて、それでも諦めなかったから、今の俺たちがいる。お前も……俺の一部なんだ」
時道が手を差し伸べようとした、その時だった。
ドォォォォン!
神殿全体を揺るがす轟音と共に、広間の天井が崩落した。
「な、何事だ!?」
ガルドが叫ぶ。
崩れ落ちた天井の隙間から、数体の「機械仕掛けの兵士」が降ってきた。そして、その中央に、優雅に着地する人影があった。
「素晴らしい。まさか本当に覚醒するとはね」
拍手をしながら現れたのは、帝国の軍服を身に纏った金髪の青年。
「ルシウス皇太子……!」
リーシャが驚きの声を上げる。
ルシウスは倒れ伏すゼロを一瞥し、そして興味深そうに時道を見つめた。
「待っていたよ、佐倉時道。君が『時の鍵』として完成するのをね」
彼の背後には、武装した帝国兵と、不気味に明滅する魔導装置が並んでいた。
ゼロとの決着がついたかと思われた瞬間、新たな、そして最大の脅威が介入してきたのだ。
(第4章 第4話 完)
**次回予告:**
**第4章 第5話(最終話)「崩壊する因果と帝国の決断」**
覚醒した時道の前に現れたのは、帝国皇太子ルシウスだった。




