第3章 帝国の影と七王国同盟 第1話「帝国からの使者」
**<前回までのあらすじ>**
現代日本のプログラマーだった佐倉時道は、過労死寸前で異世界アルカディア大陸に転生した。「時間認識強化」という一見弱小な能力を持つ時道だったが、リーシャ王女を暗殺から救ったことで王宮に仕官。やがて彼の能力が「時の賢者」の力であることが判明する。魔導院長オルガの指導の下、時道は力を目覚めさせ始め、リーシャとともに「時の塔」で試練を乗り越えた。時の祭典の夜、闇の使徒の首領アトラスと対決し、闇の王の復活を阻止することに成功したが、アトラスは逃亡。時道の中に眠る力の真実と、時の賢者クロノスとの関係性は、まだ謎に包まれたままだった。
王宮の訓練場で、俺は集中して目の前の的を見つめていた。
「時間認識拡大」
魔法を唱えると、世界の動きがスローモーションのように見え始める。的が放つ魔力の流れまで視認できるようになった。
「時間減速」
今度は的の周囲の時間を遅くする魔法。的から放たれる魔力の矢が明らかに遅くなった。
「よし、次だ」
ガルドが別の的を起動させた。今度は複数の魔力の矢が様々な方向から飛んでくる。
「時間停止」
全力を込めて唱えると、一瞬だけ全ての動きが止まった。魔力の矢が空中で凍りついたように静止し、周囲の空気さえも動きを止めたように感じる。しかし、維持できたのはわずか0.5秒ほど。時間が再開すると、魔力の矢は再び動き始めた。まだまだ修行が必要だ。
「上達しているな」
ガルドが感心した様子で言った。
「でも、まだまだです」
「焦るな。時の力を完全に制御するには時間がかかる」
時の祭典から、およそ一ヶ月が経っていた。毎日の訓練で少しずつ力は強くなっているが、まだ完全に制御するには至っていない。
「今日はここまでにしよう。午後からは王宮での会議がある」
「会議?」
「ああ、帝国からの使者が来るらしい」
ガルドの表情が曇った。
「帝国からの使者?」
「そうだ。詳しくは知らないが、何か重要な話があるようだ」
訓練を終え、王宮へと戻る途中、リーシャと出会った。彼女は急ぎ足で廊下を歩いていた。
「時道さん、ガルドさん、ちょうど良かった」
「どうしたの?」
「帝国からの使者が到着したわ。父上が緊急の会議を開くから、二人とも来てほしいって」
「俺も?」
「ええ、時道さんは私の側近だから」
三人は急いで会議室へと向かった。そこには既に国王レイモンドと数人の重臣が集まっていた。
「リーシャ、来たか」
国王が娘を見て言った。
「佐倉殿とガルドも来てくれたか。良かった」
「何があったのですか、父上?」
「帝国からの使者が来た。彼らは『同盟』を申し出てきたのだ」
「同盟?」
リーシャが驚いた様子で尋ねた。
「そう。北方の七王国同盟に対抗するための軍事同盟だ」
国王は深刻な表情で続けた。
「七王国同盟が軍備を増強しているという情報があり、帝国はそれを脅威と見なしている。我が国に同盟を申し出てきたのだ」
「それは…」
リーシャは言葉を選びながら慎重に話した。
「七王国同盟との関係も考慮すべきでは?」
「もちろんだ。だからこそ、この会議を開いた」
国王は側近の一人に合図した。
「使者を通してくれ」
扉が開き、帝国の使者が入ってきた。金と黒の豪華な衣装を身にまとった中年の男性と、その後ろに控える若い剣士。剣士は黒髪ではなく、赤みがかった茶色の髪をしていた。
「フェルディナンド帝国特使、ヴァルター・クラインでございます」
中年の男性が丁寧に一礼した。
「そして、私の護衛を務める帝国魔導騎士団の精鋭、ザイン・ブラッドエッジです」
若い剣士も軽く頭を下げた。彼の鋭い目が一瞬、俺とリーシャに向けられた気がした。
「ようこそ、フローレンス王国へ」
国王が歓迎の言葉を述べた。
「さて、同盟の件について詳しく聞かせてもらいたい」
「はい」
ヴァルターは丁寧に説明を始めた。
「七王国同盟が軍備を増強し、南下の準備をしているという情報を得ております。彼らの目的は帝国の領土拡大を阻止することですが、その過程でフローレンス王国も危険にさらされる可能性があります」
「具体的な証拠はあるのか?」
国王が尋ねた。
「はい」
ヴァルターは書類を取り出した。
「これは七王国同盟の軍備増強の記録です。また、彼らの間で交わされた密書の写しもあります」
国王は書類に目を通し、眉をひそめた。
「確かに懸念すべき内容だ」
「我々帝国としては、フローレンス王国との同盟を強化し、共に七王国同盟に対抗したいと考えております」
「同盟の条件は?」
「相互防衛協定の締結、軍事情報の共有、そして…」
ヴァルターは少し間を置いた。
「両国の絆を強めるため、婚姻同盟も提案させていただきたいと思います」
「婚姻同盟?」
リーシャが思わず声を上げた。
「はい。帝国皇太子ルシウス様と、リーシャ王女様の婚約です」
会議室に緊張が走った。リーシャの表情が硬くなる。
「それは慎重に検討すべき問題だ」
国王が冷静に答えた。
「もちろんです。十分にご検討いただければと思います」
ヴァルターは丁寧に頭を下げた。
「我々は一週間ほどこちらに滞在する予定です。その間にご回答いただければ幸いです」
会議はその後も続いたが、婚姻同盟の話題が出てから、リーシャの表情は終始硬いままだった。
会議の後、リーシャは自室に戻った。俺も彼女に付き添った。
「婚姻同盟だなんて…」
リーシャはベッドに座り込み、肩を落とした。
「突然すぎるわ」
「国王陛下は受け入れるつもりなのかな?」
「わからないわ。父上は慎重派だけど、帝国との関係も重要だから…」
リーシャは窓の外を見つめた。
「私はまだ誰かと結婚する準備ができていないわ。特に会ったこともない相手と」
「無理に決める必要はないよ」
「でも、国のためとなれば…」
ノックの音がして、ガルドが入ってきた。
「失礼します」
「何かあったの?」
「帝国の使者について調べてみました」
ガルドは声を低くして続けた。
「ヴァルター・クラインは帝国の外交官としては新顔です。以前は軍の情報部にいたという噂があります」
「情報部?」
「はい。そして、彼の護衛のザイン・ブラッドエッジは帝国魔導騎士団の中でも特に優秀な人物だとか。『炎の剣士』の異名を持つほどの実力者です」
「なぜそんな重要人物が単なる使者の護衛として来たのだろう」
俺は疑問を口にした。
「それが気になるところです」
ガルドは真剣な表情で言った。
「彼らの真の目的は何なのか…」
「警戒した方がいいわね」
リーシャが立ち上がった。
「私は七王国同盟の大使にも会ってみたいわ。彼らの言い分も聞かなければ」
「それは難しいでしょう」
ガルドが答えた。
「現在、七王国同盟の大使は王都にいません。先月、任期を終えて帰国したばかりです」
「それは残念…」
「でも、七王国同盟についての情報なら、商人ギルドのマーカス頭領が詳しいかもしれません」
「マーカス?」
「はい。彼は七王国との取引も多く、最新の情報を持っているはずです」
「では、会いに行きましょう」
リーシャが決意を固めた様子で言った。
「明日、商人ギルドを訪問します」
---
翌日、リーシャと俺、そしてガルドは商人ギルドを訪れた。王都の商業区にある豪華な建物だ。
「リーシャ様、ようこそいらっしゃいました」
マーカス頭領が丁寧に出迎えた。彼は太った中年の男性で、豪華な服装をしていた。
「マーカス頭領、お時間をいただきありがとうございます」
「いえいえ、王女様がお越しくださるとは光栄です」
一行は応接室に案内された。そこでリーシャは七王国同盟についての情報を求めた。
「七王国同盟が軍備を増強しているという話は本当ですか?」
マーカスは少し考え込んだ後、答えた。
「確かに、彼らは軍備を整えています。しかし、それは帝国の北方進出に対する防衛策だと聞いています」
「帝国の北方進出?」
「はい。昨年、帝国は北方の小国ベルガルドを『保護』という名目で実質的に併合しました。七王国同盟はそれを脅威と見なしているのです」
「それは帝国の使者が言っていたのとは違う話だな」
ガルドが眉をひそめた。
「どちらが先に動いたのかは、立場によって見方が違うでしょう」
マーカスは慎重に言葉を選んだ。
「しかし、私の取引先からの情報では、七王国同盟はあくまで防衛的な姿勢を取っているとのことです。南下して帝国やフローレンス王国を攻撃する計画はないと」
「そう…」
リーシャは深く考え込んだ。
「他に何か情報はありますか?」
「実は…」
マーカスは周囲を見回し、声を低くした。
「七王国同盟の一つ、ノースガルド王国の商人から聞いた話ですが、帝国内部で何か大きな動きがあるようです」
「どういうことですか?」
「詳細は不明ですが、帝国の魔導研究所で秘密裏に何かの研究が進められているとか。それに関連して、各地で『時の力』を持つ者を探しているという噂もあります」
「時の力…」
俺とリーシャは顔を見合わせた。
「それ以上の詳細はわかりませんが、注意されたほうがよいでしょう」
マーカスの情報提供に感謝し、一行は商人ギルドを後にした。
「帝国が時の力を持つ者を探している…」
帰り道、リーシャが小声で言った。
「もしかして、それが彼らの真の目的かもしれないわ」
「俺のことを知っているのだろうか」
「わからないけど、警戒すべきね」
王宮に戻る途中、市場を通り抜けていると、突然の騒ぎが起きた。
「あれは…」
市場の一角で、帝国の護衛ザイン・ブラッドエッジが何者かと対峙していた。相手は黒いマントを着た人物で、その手には短剣が握られている。
「闇の使徒だ!」
ガルドが叫んだ。
闇の使徒はザインに向かって突進した。ザインは冷静に剣を抜き、一瞬で相手の攻撃を受け流した。その動きは流れるように滑らかで、並外れた剣技を感じさせる。
「すごい動き…」
思わず感嘆の声が漏れた。
闇の使徒は魔法を放ったが、ザインはそれをも剣で切り裂いた。彼の剣が赤く輝き、炎が躍るようような軌跡を描く。
「炎の剣士の異名は伊達じゃないな」
ガルドが呟いた。
闇の使徒は劣勢に立たされ、逃げようとした。その時、ザインは手を伸ばし、魔法を放った。
「元素魔法・炎の鎖」
赤い鎖が闇の使徒を捕らえた。
「捕まえたぞ」
ザインが冷静に言った。
俺たちが近づこうとした時、突然、闇の使徒の体が黒い霧に変わり、消えてしまった。
「くっ、逃げられたか」
ザインは不満そうに剣を鞘に収めた。その時、彼の目が俺たちに向けられた。
「リーシャ王女、そして…佐倉時道か」
彼が俺の名前を知っていることに驚いた。
「闇の使徒を追っていたのですか?」
リーシャが尋ねた。
「ああ。奴らは帝国でも暗躍している。今回の使節団に同行したのは、彼らの動きを探るためでもある」
ザインは俺をじっと見つめた。
「佐倉時道、お前の噂は聞いている。時の力を持つ者だとな」
「…」
どう答えるべきか迷った。彼がどこまで知っているのか、そして何を目的としているのかわからない。
「警戒する必要はない」
ザインは少し表情を緩めた。
「私も特殊な力を持つ者の一人だ。お前と話してみたいと思っていた」
「特殊な力?」
「ああ。私は『元素系』の力を持つ。特に炎の魔法に特化している」
彼は手のひらに小さな炎を浮かび上がらせた。
「時の力と元素の力。どちらも強力な力だ」
「あなたは時の力について何を知っているんですか?」
リーシャが慎重に尋ねた。
「詳しくは語れないが、帝国では様々な力の研究が行われている。時の力もその一つだ」
ザインは周囲を見回した。
「ここでの話は控えよう。また会おう、佐倉時道」
そう言って、彼は立ち去った。
「彼は何者なんだ…」
ガルドが眉をひそめた。
「帝国の魔導騎士というだけではないようだな」
「彼が言っていた『特殊な力を持つ者』って何なのかしら」
リーシャが考え込んだ。
「帝国で何かの研究が行われているというマーカスの情報と関係があるのかもしれないな」
俺は考え込みながら言った。
「王宮に戻りましょう。父上にこのことを報告する必要があるわ」
リーシャの提案に頷き、一行は急いで王宮へと戻った。
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国王レイモンドは報告を聞き、深刻な表情を浮かべた。
「闇の使徒が王都にいるとは…警備を強化せねばならない」
「陛下、帝国の使者ザイン・ブラッドエッジが闇の使徒と戦っていたことも気になります」
ガルドが進言した。
「彼らは闇の使徒について何か知っているのかもしれません」
「確かにな」
国王は考え込んだ。
「帝国の使者たちと改めて会談を設けよう。彼らの真の目的を探る必要がある」
「父上、七王国同盟の件はどうされますか?」
リーシャが尋ねた。
「まだ決断は下していない。両方の言い分を聞き、慎重に判断したい」
国王はリーシャを見つめた。
「婚姻同盟については、お前の意思も尊重する。無理強いはしない」
「ありがとうございます、父上」
リーシャは安堵の表情を浮かべた。
会談は翌日に設定された。それまでの間、俺とリーシャはオルガに会いに行くことにした。魔導院なら、帝国の使者の目も届かないだろう。
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「帝国が時の力を研究している?」
オルガは驚いた様子で尋ねた。
「マーカス頭領からの情報です」
リーシャが説明した。
「そして、帝国の使者ザイン・ブラッドエッジが闇の使徒と戦っていました」
「これは予想外の展開だ」
オルガは書棚から古い書物を取り出した。
「帝国の魔導研究所については、以前から噂はあった。彼らは様々な力の研究を行っているという」
「時の力についても?」
「可能性はある。しかし、時の力の真髄を理解している者は少ない。彼らが何を目的としているのかが問題だ」
オルガは真剣な表情で続けた。
「時道君、君の力は着実に成長している。だが、まだ完全に目覚めてはいない。帝国が君を狙っているとすれば、警戒が必要だ」
「わかりました」
「リーシャ様も気をつけてください。あなたも時の賢者の血を引いています。彼らの標的になる可能性があります」
「はい」
「そして、闇の使徒の件も気になる。彼らがなぜ帝国の使者を襲ったのか…」
オルガは深く考え込んだ。
「全てが繋がっているような気がするが、まだ見えない部分が多すぎる」
「どうすればいいでしょうか?」
「まずは帝国の使者の真の目的を探ること。そして、闇の使徒の動向を監視すること」
オルガは立ち上がり、魔法陣を描き始めた。
「これは監視の魔法。闇の使徒が魔力を使えば、感知できるようになる」
魔法陣が完成し、淡く光り始めた。
「これで王都内の闇の使徒の動きを追えるはずだ」
「ありがとうございます、オルガ先生」
リーシャが感謝の言葉を述べた。
「それと、時道君の訓練も続けよう。力を制御できるようになれば、どんな状況にも対応できるはずだ」
その日の残りの時間は、時の力の訓練に費やされた。「時間停止」の魔法の持続時間を延ばすことと、「時間予知」という新しい魔法の基礎を学んだ。
「時間予知」は数秒先の未来を垣間見る魔法だ。まだ不完全だが、戦闘では大きな武器になるだろう。
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翌日、帝国の使者との会談が行われた。国王レイモンドを中心に、リーシャや重臣たち、そして俺も側近として同席した。
「昨日、王都で闇の使徒との戦闘があったと聞きました」
国王が切り出した。
「はい、陛下」
ヴァルターが答えた。
「我々も彼らの動向を監視しております。闇の使徒は帝国内でも活動しており、脅威となっています」
「彼らの目的は何だと思われますか?」
「彼らは古代の力を復活させようとしています。特に『時の力』と呼ばれるものに関心があるようです」
ヴァルターの言葉に、会場に緊張が走った。
「時の力とは?」
国王が尋ねた。
「古代の伝説によれば、時間を操る力です。千年前、時の賢者クロノスが持っていたとされる力です」
「なぜ彼らはその力を求めているのですか?」
「彼らは『闇の王』と呼ばれる存在を復活させようとしています。時の力があれば、封印を解くことができると信じているようです」
ヴァルターの説明は、時の祭りの夜に起きた出来事と一致していた。
「帝国はその力について研究しているとも聞きました」
リーシャが静かに言った。
ヴァルターは一瞬、表情を硬くしたが、すぐに取り繕った。
「確かに、帝国の魔導研究所では様々な力の研究を行っています。それは防衛的な目的です。闇の使徒に対抗するためには、彼らの求める力を理解する必要があるのです」
「なるほど」
国王は納得したように頷いた。
「では、同盟の提案も、闇の使徒に対抗するためということですか?」
「その通りです。七王国同盟との緊張も重要ですが、闇の使徒という共通の敵に対して協力することも大切だと考えております」
会談はその後も続き、様々な話題が議論された。婚姻同盟については、国王は「慎重に検討する」と述べるにとどめた。
会談の終わり近く、ザインが前に出た。
「陛下、もし許可していただけるなら、私はフローレンス王国の騎士団と合同訓練を行いたいと思います。互いの技術を高め合うためです」
「それは良い提案だ」
国王は同意した。
「ガルド、手配を頼む」
「はい、陛下」
ガルドは不信感を隠しきれない様子だったが、従った。
会談が終わり、使者たちが退出した後、国王は側近たちと残った。
「彼らの説明は筋が通っているように思える。しかし…」
「何か隠しているように感じます」
リーシャが言った。
「そうだな。特に時の力についての言及は気になる」
国王はリーシャと俺を見た。
「二人とも気をつけるように。彼らが何を企んでいるにせよ、用心に越したことはない」
---
翌日、騎士団の訓練場で合同訓練が行われた。ガルドの指揮の下、フローレンス王国の騎士たちが集まり、ザインと帝国の護衛騎士たちと対峙した。
「今日は互いの技術を高め合う機会だ。遠慮なく実力を出し合おう」
ガルドが宣言した。
訓練は剣術から始まった。ザインの剣技は圧倒的で、フローレンスの騎士たちを次々と打ち負かしていく。
「すごい…」
観戦していた俺は思わず呟いた。彼の動きは流れるように滑らかで、無駄がない。
「次は魔法戦だ」
ガルドが宣言した。
「佐倉時道、君も参加しなさい」
「え?」
突然の指名に驚いた。
「きみの能力を試す良い機会だ」
ガルドは小声で更に付け加えた。
「彼の真の実力を見極めるためにも」
「わかりました」
俺は訓練場に出た。対するはザイン・ブラッドエッジ。彼は興味深そうに俺を見つめていた。
「佐倉時道、お前の力を見せてもらおう」
「…」
俺は慎重に構えた。時の力をどこまで見せるべきか迷う。オルガからは、能力を完全に見せることは危険だと忠告されていた。
「始め!」
合図と共に、ザインが素早く動いた。彼の手から炎の弾が放たれる。
「時間認識拡大」
俺は魔法を唱え、炎の弾の軌道を見極めた。その動きがスローモーションのように見え、軌道が予測できる。そして、わずかに体を動かして避ける。
「なるほど、時間の流れを認識しているのか」
ザインは興味深そうに言った。
「では、これはどうだ」
今度は複数の炎の弾が様々な方向から飛んでくる。
「時間減速」
弾の周囲の時間を遅くする魔法を放ち、炎の弾の動きが目に見えて緩慢になった。その隙に全てを避けた。
「面白い」
ザインの目が輝いた。
「もっと本気を出せ」
彼は剣を抜き、炎を纏わせた。そして、驚異的な速さで突進してきた。
「時間予知」
俺は新しく習得した魔法を使い、数秒先の彼の動きを予測した。頭の中に映像が浮かぶ—彼は右から斬りかかってくる。
予測通りの攻撃が来たが、その速さは予想以上だった。かろうじて避けたが、衣服の端が焦げた。
「まだまだだな」
ザインは余裕の表情を崩さない。
「本当の力を見せてみろ」
彼の挑発に乗るべきではないと判断し、俺は防御に徹した。時の力を使って彼の攻撃を予測し、避け続ける。
「なぜ攻撃しない?」
ザインが尋ねた。
「力を隠しているのか?」
「…」
答えずに戦いを続けた。しかし、彼の攻撃はますます激しくなり、避けるのが難しくなってきた。
「時間停止を使わないのか?」
ザインの言葉に驚いた。彼は俺の能力について知っているようだ。
「その力こそが、お前の真の能力だろう?」
俺は警戒心を強めた。時間停止は最後の切り札だ。それを知っているということは、彼は俺の能力について詳しく調査しているということだ。
「見せる必要はない」
俺は冷静に答えた。
「そうか」
ザインは少し残念そうに剣を下げた。
「では、今日はここまでにしよう」
訓練は引き分けとなった。ザインは満足そうに剣を鞘に収めた。
「良い戦いだった。お前の力は確かなものだ」
「あなたも驚異的な剣技を持っていますね」
「これでも抑えていたんだがな」
彼は笑った。
「また戦おう、佐倉時道。次はもっと本気で」
訓練が終わり、俺はリーシャとガルドと共に王宮に戻った。
「ザインは本気を出していなかった」
ガルドが言った。
「彼の本当の実力はもっと上だ」
「俺も全力は出していませんでしたが全力で戦っていてもどうなっていたか」
「彼は時間停止について知っていたな」
ガルドが眉をひそめた。
「彼の目的は何なんだろう…」
リーシャが考え込んだ。
「時道さんの力を試すためだけに、あんな合同訓練を提案したのかしら」
「可能性はあるな」
ガルドが頷いた。
「帝国が時の力に興味を持っているなら、時道君の能力を確認したかったのかもしれない」
「警戒すべきですね」
「ああ。だが、敵対的な行動に出ているわけではない。今は様子を見るしかないだろう」
夕食後、俺は自室で訓練の出来事を振り返っていた。ザインの実力は確かに驚異的だった。彼が本気を出していなかったとしたら、その真の力はどれほどのものなのか。
「彼は俺の力を探っていた…」
それは明らかだった。しかし、敵意は感じなかった。むしろ、純粋な興味のようにも思えた。
「時道さん」
廊下からリーシャの声がした。
「どうしたの?」
ドアを開けると、彼女は不安そうな表情をしていた。
「少し話があるの」
彼女が入ってくると、小声で話し始めた。
「さっき、父上と帝国の使者ヴァルターが密談しているのを見たわ」
「密談?」
「うん。二人きりで書斎にこもっていたの。何か重要な話をしているようだった」
「何の話か聞こえた?」
「断片的にだけど…『時の力』と『研究所』という言葉が聞こえたわ」
「国王陛下が時の力について知っているとは思えないけど…」
「私もそう思うわ。でも、何か重要な話をしていたのは確かよ」
「警戒した方が良さそうだね」
「うん。それと…」
リーシャは少し躊躇った後、続けた。
「婚姻同盟の話も進んでいるみたい。父上は前向きに検討しているようなの」
「そうなんだ…」
リーシャの表情が暗くなった。
「私はまだ心の準備ができていないわ。でも、国のためなら…」
「無理する必要はないよ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「他に方法があるはずだ」
「ありがとう、時道さん」
リーシャは少し微笑んだ。
「あなたがいてくれて良かった」
彼女が去った後、俺は窓から夜空を見上げた。状況は複雑になっていく。帝国の真の目的、闇の使徒の動き、そして七王国同盟との関係。全てが何かに繋がっているようだが、まだ全体像が見えない。
「もっと力を…」
時の力を完全に制御できれば、もっと多くのことができるはずだ。オルガの訓練を続け、力を高めていく必要がある。
---
数日後、帝国の使者たちは答えを求めて再び王宮を訪れた。国王レイモンドは重臣たちと共に謁見の間で彼らを迎えた。
「熟考の末、我々は帝国との同盟に同意する」
国王が宣言した。
「ただし、条件がある。まず、同盟は防衛的なものに限定すること。我々は七王国同盟との関係も維持したい」
「理解しております」
ヴァルターが頷いた。
「そして、婚姻同盟については…」
国王はリーシャを見た。彼女は緊張した面持ちで立っていた。
「まず、リーシャと皇太子ルシウスの対面の機会を設けたい。互いを知った上で決断を下すべきだろう」
「もちろんです」
ヴァルターは丁寧に頭を下げた。
「皇太子は来月、フローレンス王国を訪問する予定です。その際に対面の機会を設けましょう」
「それで良い」
会談はその後も続き、同盟の詳細が議論された。軍事情報の共有や、相互防衛の範囲などが決められていった。
会談の後、リーシャは俺に近づいてきた。
「来月、皇太子が来るのね」
「緊張してる?」
「ええ、少し」
彼女は窓の外を見つめた。
「どんな人なのかしら…皇太子ルシウスって」
「会ってみないとわからないね」
「うん…」
リーシャの表情には複雑な感情が浮かんでいた。国の将来のために結婚することは、王族として覚悟していたはずだ。しかし、実際に直面すると不安も大きいだろう。
「時道さん、私…」
彼女が何か言いかけたとき、突然、オルガからの緊急連絡が入った。魔法の通信石が光り始めたのだ。
「オルガ先生?」
「リーシャ様、時道君、大変です!」
オルガの声は緊張に満ちていた。
「闇の使徒の大規模な動きを感知しました。彼らは王都の西門付近に集結しています」
「何の目的で?」
「まだわかりません。しかし、強力な魔力の波動を感じます。何か大きな魔法を準備しているようです」
「すぐに向かいます」
リーシャが決然と言った。
「いや、危険です!」
オルガが制止した。
「まずはガルド隊長に報告し、騎士団を派遣してください。私も魔導院から応援を送ります」
「わかりました」
通信が終わり、二人は急いでガルドを探した。彼に状況を説明すると、ガルドは即座に騎士団に出動の準備を命じた。
「俺も行きます」
「危険だぞ」
ガルドが眉をひそめた。
「しかし、時の力が役立つかもしれない」
「…わかった。だが、無理はするな」
「私も行くわ」
リーシャが言った。
「いけません、リーシャ様」
ガルドが強く反対した。
「あなたは王女です。危険な場所に行くわけにはいきません」
「でも…」
「ガルドさんの言う通りだよ」
俺もリーシャを説得した。
「君は王宮で待機していて。俺たちが状況を報告するから」
リーシャは不満そうな表情をしたが、最終的には頷いた。
「わかったわ。でも、気をつけてね」
「ああ」
騎士団と共に西門へと向かう途中、帝国の使者ザイン・ブラッドエッジとも出会った。彼も状況を察知したようだ。
「闇の使徒の動きか」
「ええ、西門付近に集結しているようです」
「私も同行しよう」
ザインは剣に手をかけた。
「彼らは帝国の敵でもある」
ガルドは少し躊躇したが、同意した。彼の力は大きな助けになるだろう。
西門に近づくと、既に異様な雰囲気が漂っていた。空が暗く、黒い雲が渦巻いている。門の前の広場には、黒いローブを着た数十人の闇の使徒たちが集まり、大きな魔法陣を描いていた。
「何をしているんだ?」
ガルドが双眼鏡で状況を確認した。
「儀式のようだ。中央にいるのは…」
「アトラスだ」
俺が言った。時の祭りの夜に対決した闇の使徒の首領だ。
「彼が生きていたとは…」
オルガも魔導院の魔導士たちと共に到着した。
「あの魔法陣は…時空転移の魔法だ」
オルガが驚いた様子で言った。
「彼らは何かを召喚しようとしている」
「何を?」
「わからない。しかし、強力な存在であることは間違いない」
ザインが前に出た。
「これ以上進めさせるわけにはいかない。攻撃を開始しよう」
「待て」
オルガが制止した。
「あの魔法陣は不安定だ。無計画に攻撃すれば、予期せぬ事態を引き起こす可能性がある」
「では、どうする?」
「魔法陣の外周部から順に破壊していく必要がある。そうすれば、安全に儀式を中断できる」
作戦が決まり、騎士団と魔導士たちは分散して闇の使徒たちに接近した。俺もオルガと共に動いた。
「時道君、お前は私と共に北側から接近する。魔法陣の一部を破壊するんだ」
「わかりました」
二人は慎重に北側へと回り込んだ。闇の使徒たちは儀式に集中しており、まだ気づいていないようだ。
「よし、ここからだ」
オルガが小声で言った。
「私の合図で、時間減速の魔法を使ってくれ。使徒たちの動きを鈍らせれば、私が魔法陣の一部を破壊できる」
「了解です」
オルガが指を上げ、三、二、一と指を折った。
「今だ!」
「時間減速!」
全力を込めて魔法を唱えると、闇の使徒たちの動きが緩慢になった。彼らの反応速度が落ち、周囲の状況を把握するのに時間がかかるようになる。オルガはその隙に素早く魔法を放ち、魔法陣の一部を破壊した。
「侵入者だ!」
アトラスが叫んだ。彼は時間減速の影響をほとんど受けていないようだった。
「儀式を守れ!」
闇の使徒たちが攻撃態勢に入る。同時に、他の方向からもガルドの騎士団と魔導士たちが攻撃を開始した。
激しい戦闘が始まった。闇の使徒たちは強力な闇の魔法を使い、騎士たちを次々と倒していく。しかし、ザインの炎の魔法と、魔導士たちの協力で、徐々に優勢になっていった。
「魔法陣が崩れかけている!」
オルガが叫んだ。
「もう少しだ!」
その時、アトラスが俺に気づいた。
「お前は…また邪魔しに来たか!!」
彼は俺に向かって突進してきた。
「お前を捕らえれば、儀式は成功する!」
「させるか!」
俺は時の力を使って彼の動きを予測し、避けた。安易に時間停止を使うのは避けたい。アトラスは時空系の魔法使いであり、時の力に対する対策を持っている可能性が高い。
「時間減速!」
アトラスの周囲の時間を遅くする魔法を放つが、彼はそれを打ち消した。
「その程度の力では通用しない」
彼は冷笑を浮かべた。
「時空系の魔法に対する防御は完璧だ。お前の力は私には効かない!」
アトラスは強力な時空魔法を放った。空間そのものが歪み、避けるのが難しい。
「くっ…」
危機一髪のところで、炎の壁が現れ、魔法を防いだ。
「ザイン!」
彼が助けに来てくれたのだ。
「アトラス、お前が闇の使徒の首領か」
ザインは冷静に言った。
「帝国でも問題を起こしているな」
「帝国の犬が…」
アトラスは憎悪の目でザインを見た。
「お前たちの研究も、結局は同じ目的のためだろう」
「何を言っている?」
「知らないふりをするな。帝国の魔導研究所が何を研究しているか、お前は知っているはずだ」
二人の会話は続かなかった。魔法陣が大きく揺らぎ、不安定になったのだ。
「くっ、儀式が…」
アトラスは焦った様子で魔法陣に戻ろうとした。
「逃がさん!」
ザインが追いかけるが、アトラスは時空魔法で空間を歪め、逃げ切った。
魔法陣は完全に崩壊し、強い光と共に爆発した。衝撃波が周囲に広がり、全員が吹き飛ばされた。
「みんな、大丈夫か?」
煙が晴れると、ガルドが声をかけた。
「無事です」
オルガが答えた。
「魔法陣は破壊されました。儀式は失敗したようです」
闇の使徒たちは既に姿を消していた。魔法陣の爆発と共に逃げたのだろう。
「何を召喚しようとしていたんだ?」
ガルドが尋ねた。
「わからない」
オルガは魔法陣の残骸を調べた。
「しかし、時空に関わる何かであることは間違いない。おそらく、時の狭間から何かを呼び出そうとしていたのでしょう」
「時の狭間?」
「時間と空間の狭間に存在する領域です。そこには様々な存在が眠っているとされています」
ザインが近づいてきた。
「彼らの目的は何なのだろうな」
「あなたは知らないのですか?」
オルガがザインを見た。
「アトラスは帝国の研究所について何か言っていましたが」
「私にはわからない」
ザインは表情を変えなかった。
「帝国の研究所が何をしているかは、一部の人間しか知らない。私はただの魔導騎士だ」
オルガは疑わしげな表情をしたが、それ以上は追及しなかった。
「とにかく、今回は儀式を阻止できました。しかし、彼らはまた動くでしょう」
「警戒を続けよう」
ガルドが言った。
「騎士団の巡回を強化し、闇の使徒の動きを監視する」
「魔導院も協力します」
オルガが頷いた。
「時道君、お前の力が大きな助けになった。これからも訓練を続けよう」
「はい」
ザインが俺に近づいてきた。
「佐倉時道、一つ忠告しておく」
彼は小声で言った。
「時の力を安易に使うな。特に時間停止のような目立つ魔法はな」
「なぜ?」
「時空系の魔法には対策を持つ者がいる。アトラスのような時空魔法の使い手は、お前の力を無効化する方法を知っているかもしれない」
「そうなのか…」
「帝国でも時空系の魔法に対する研究が進んでいる。お前の力は貴重だが、同時に危険も伴う。慎重に使え」
ザインの忠告は意外だったが、貴重な情報だった。
「ありがとう、気をつける」
彼は軽く頷き、立ち去った。
戦いを終え、王宮に戻ると、リーシャが心配そうに待っていた。
「無事だったのね!」
彼女は安堵の表情を浮かべた。
「何があったの?」
俺たちは闇の使徒の儀式と、それを阻止した経緯を説明した。
「彼らは何を召喚しようとしていたのかしら…」
「わかりません。しかし、時空に関わる何かであることは確かです」
オルガが答えた。
「そして、アトラスが言っていた帝国の研究所の件も気になります」
「帝国が何を研究しているのか…」
リーシャが考え込んだ。
「来月、皇太子が来るわ。その時に何か情報を得られるかもしれない」
「慎重に行動してください」
オルガが忠告した。
「帝国との関係は複雑です。彼らを敵に回すのは危険ですが、完全に信頼するのも危険です」
「わかっています」
リーシャは決意を固めた様子で言った。
「私は王国のために、最善の判断をします」
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その夜、俺は自室で今日の出来事を振り返っていた。闇の使徒の儀式、アトラスの言葉、そしてザインの忠告。全てが何かに繋がっているようだが、まだ全体像が見えない。
「時の力を安易に使うな…」
ザインの忠告が頭に残っていた。時空系の魔法には対策があるということ。それは考えてみれば当然のことだ。もし時間を操る力が無敵なら、歴史はもっと違った形になっていただろう。
「過去には戻れない…」
オルガの訓練でも、時間を遅くしたり、少し先の未来を予知したり、一瞬だけ時間を止めたりすることはできても、過去に戻ることはできないと教わった。それが時の力の限界なのか、それとも俺の力がまだ不完全なのか。
「もっと訓練が必要だ」
窓から夜空を見上げると、星々が静かに輝いていた。来月、皇太子ルシウスが訪れる。その時、何が起こるのだろうか。
「時道さん、入っていい?」
ドアをノックする音と共に、リーシャの声がした。
「どうぞ」
彼女が入ってくると、少し緊張した様子だった。
「今日は本当にありがとう。闇の使徒を阻止してくれて」
「俺だけじゃないよ。みんなの協力があったから」
「それでも、あなたの力が大きかったわ」
リーシャは窓際に立ち、夜空を見上げた。
「帝国との同盟、そして婚姻の話…全てが複雑に絡み合っているわね」
「うん」
「時道さん、あなたはどう思う?私が皇太子と婚約するべきだと思う?」
突然の質問に、言葉に詰まった。
「それは…」
「国のためを思えば、同盟を強化するべきよね」
「国のためだけじゃなく、リーシャ自身の幸せも大切だよ」
彼女は少し微笑んだ。
「ありがとう。でも、王族には個人の幸せより、国の安泰を優先する責任があるの」
「それでも、無理はしないでほしい」
「うん…」
リーシャは俺の方を向いた。
「時道さん、あなたは私の側にいてくれる?これからも」
「もちろんだよ。俺はリーシャの側近だから」
「ただの側近としてじゃなくて…」
彼女の言葉は途中で途切れた。何か言いかけたが、言葉を飲み込んだようだ。
「何でもないわ。おやすみなさい、時道さん」
「おやすみ、リーシャ」
彼女が去った後、俺は彼女の言葉の意味を考えた。「ただの側近としてじゃなくて」…何を言おうとしていたのだろう。
窓の外では、月が雲に隠れ、また現れた。変わりゆく状況の中で、俺たちはどこに向かっているのだろうか。
**次回予告:**
第3章第2話「皇太子の来訪」―帝国皇太子ルシウスのフローレンス王国訪問が始まる。リーシャとの対面、そして思いがけない事件の発生。時道は皇太子の真の目的と、帝国の秘密に迫る。




