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輪廻のクロノス〜記憶を継ぐ転生者〜  作者: 夏目颯真


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第1章 異世界転生と最弱スキル 第1話「死にかけのSEと時間認識」

死ぬかと思った。


いや、本当に死ぬつもりだったのかもしれない。


午前三時、オフィスビルの二十階。窓の外に広がる東京の夜景を見ながら、俺――佐倉時道は考えていた。


「あと三十二時間四十七分で納期か……」


声に出した言葉が、空っぽのフロアに響く。残業というより泊まり込みの日々が一ヶ月続き、今日も俺以外の社員は全員帰宅していた。


デスクの上には空のエナジードリンクの缶が五本。モニターには赤字だらけのソースコードが映っている。クライアントから無理難題を押し付けられ、それを上司が丸呑みした結果、しわ寄せは全て現場のプログラマーである俺に来ていた。


「こんなの、どう考えても無理に決まってるだろ……」


頭痛がする。慢性的な睡眠不足と栄養失調で、最近は常に頭が割れそうな痛みを感じていた。医者からは「このままでは過労死しますよ」と忠告されたが、会社を辞める勇気も、上司に反抗する勇気もなかった。


モニターの時計を見る。午前三時一分二十七秒。


なぜか最近、時間の経過を異常に正確に感じるようになっていた。時計を見なくても、「今何時何分何秒か」がわかる。医者はそれを「ストレスによる強迫観念の一種」と言ったが、俺にはそれが唯一の特技のように思えた。


「あと三秒でサーバーの自動バックアップが走る……三、二、一」


予想通り、その瞬間にモニターの隅に通知が表示された。


「ほら、当たり。まったく役に立たない特技だけど」


自嘲気味に笑いながら、窓に近づく。二十階からの景色は綺麗だ。でも、その美しさすら感じられないほど疲れ切っていた。


「このまま飛び降りたら、何秒で地面に到達するんだろう」


不謹慎な考えが頭をよぎる。物理の公式を思い出し、計算してみる。


「重力加速度が9.8m/s²で、高さが約80m……約4秒か」


窓に手をかける。開かないタイプだと思っていたが、意外にもすんなり開いた。冷たい夜風が頬を撫でる。


「おい、何してるんだ!」


背後から声がした。振り返ると、警備員らしき男性が慌てた様子で近づいてくる。


「大丈夫です。ちょっと空気を入れ替えようと……」


言い訳をしながら窓から離れようとした瞬間、激しい頭痛が襲ってきた。これまで経験したことのない痛みに、思わず窓側にふらついてしまう。


「おい! 大丈夫か!」


警備員の声が遠のいていく。視界が歪み、床が傾いているような感覚に襲われる。


「あ……」


バランスを崩した俺の体は、開いた窓へと傾いていった。


警備員が駆け寄ってくる。だが、間に合わない。


「三秒で追いつく……でも、一秒で窓から落ちる……」


なぜかそんな計算が頭をよぎる。


そして――俺は落ちた。


---


「ようこそ」


目を開けると、そこは真っ白な空間だった。


「え?」


自分の声が響く。どうやら生きているらしい。しかし、ここはどこだ? 病院? 天国?


「天国に近いかもしれないわね」


俺の思考を読み取ったかのように、声が返ってきた。視線を向けると、そこには白いローブを着た少女が立っていた。年齢は十代半ばといったところか。銀色の長い髪と、不思議な紫色の瞳を持っている。


「あなたは死にかけたわ。でも、死んだわけじゃない」


少女は微笑みながら言った。


「じゃあ、ここは……」


「異世界と現世の狭間よ。私はここの管理者。あなたみたいな『転生候補』を選別する役目を持っているの」


意味がわからない。頭がぼんやりしている。


「簡単に言うと、あなたは異世界に転生する権利を得たってこと」


「異世界に転生?」


思わず聞き返す。ライトノベルやウェブ小説でよくある設定だ。現実世界で不遇な人生を送った主人公が異世界に転生し、チート能力を手に入れて無双する――そんなファンタジーだ。


「そう。あなたの世界では創作の題材になっているけど、実際に起きていることなのよ」


少女は楽しそうに言った。


「待って。俺、二十階から落ちたんだよね?でも死んでないって?あれ?ごめん、ちょっと頭の整理が追い付かない」


「落ちかけたわ。でも、その瞬間に意識だけがこちらに引き寄せられた。現世での時間は止まっているから、戻ることもできるわよ」


「戻る?」


「ええ。でも、戻ったらそのまま落下して……まあ、生存確率は3.7%ね」


少女は淡々と言った。その正確な数字に、なぜか納得してしまう。


「じゃあ、異世界に行くってこと?」


「そういうこと。もちろん、あなたの意思次第だけど」


考える時間はほとんど必要なかった。現世に戻っても、死ぬか、生き延びても地獄のような日々が続くだけだ。


「行きます」


少女は満足そうに微笑んだ。


「決断が早くて良いわ。じゃあ、異世界転生の手続きを始めましょう」


少女が手を翳すと、俺の前に半透明のスクリーンが現れた。まるでRPGのキャラクターメイキング画面のようだ。

「あ、ちょっとだけ気になるんですけど、元の体ってどうなるんでしょうか」


俺が聞くと少女は申し訳なさそうに言った。

「意識が途切れたまま…というより、実際は魂がここにある状態で時間が止まっているというのが正しいわね。元の体は、転生と同時に…」


「あ、その先は大丈夫です。本当にちょっと気になっただけですので。」


俺も申し訳なさそうにそう伝えると、

「じゃあ、これから行く世界の説明をするね。転生先は『アルカディア』と呼ばれる大陸がある世界。魔法があって、いろんな種族が住んでいるわ」


「ファンタジー世界か」


「そう。そして、その世界では全ての人が『スキル』と呼ばれる特殊能力を持っているの。あなたにも一つ、スキルを与えるわ」


スキル。異世界転生モノではお決まりの設定だ。


「ってことは、チート能力がもらえるの?」


少女は困ったように首を傾げた。


「実はね、あなたの場合は特殊なの。通常、転生者には『適性』に応じたスキルが与えられるんだけど……」


「俺には適性がないってこと?」


「そうじゃなくて、逆よ。あなたの適性は『時空系』という、最も希少で強力な系統なの。でも……」


少女は言葉を濁した。


「でも?」


「あなたの精神状態と相性が良いスキルを選んだ結果、これになったの」


スクリーンに表示されたのは、


【スキル:時間認識強化 Lv.1】

効果:時間の経過を正確に把握できる。わずかな未来予測(0.1秒程度)が可能。


「……これだけ?」


思わず聞き返してしまった。チートどころか、現世でも持っていた無意味な能力じゃないか。


「ごめんなさい。でも、このスキルには成長の余地があるわ。レベルが上がれば、もっと先の未来を予測できるようになるかもしれないし……」


「かもしれない、か」


がっかりした様子を隠せない。少女は申し訳なさそうに続けた。


「あなたの現世での知識は全て持っていけるわ。プログラミングの知識とか、歴史や科学の知識とか。それを活かせば、このスキルも役立つかもしれない」


「まあ、現世に戻るより断然マシだよ」


諦めの境地で答える。少女は安堵したように微笑んだ。


「それじゃあ、転生の準備をするわ。あ、最後に一つだけ忠告を」


「なに?」


「アルカディアでは、スキルのレベルが社会的地位を決める要素になっているの。レベル1は……最弱と見なされるわ」


「最弱かよ!」


思わず叫んでしまう。少女は申し訳なさそうに肩をすくめた。


「でも、諦めないで。あなたには可能性があるわ。それに……」


少女の表情が一瞬だけ真剣になった。


「時間に関するスキルには、特別な意味があるの。いつか、あなたはそれを理解することになるわ」


その言葉の意味を考える間もなく、白い空間が歪み始めた。


「それじゃあ、幸運を祈るわ、佐倉時道君」


少女の姿が遠ざかっていく。


「待って、あなたの名前は?」


最後に聞いた質問に、かすかに返事が聞こえた。


「私の名前は……クロノア……」


その言葉を最後に、意識が闇に沈んでいった。


---


「おい、大丈夫か?」


誰かの声で目が覚めた。


頭痛はない。体も軽い。


目を開けると、そこは草原だった。青い空、緑の草、そして心地よい風。東京の喧騒とは無縁の、のどかな風景が広がっている。


「ここが異世界…なのかな…」


呟きながら上半身を起こす。


「おお、意識が戻ったか! 良かった」


声の主は、三十代半ばくらいの男性だった。茶色の髪に、がっしりとした体格。農夫のような質素な服装をしている。


「ここは……どこですか?」


「ここはベルガード王国の南部だ。俺はこの近くの村に住むカイル。荷車で通りかかったら、お前が倒れていたんでな」


男性――カイルは親切そうに答えた。


「ありがとうございます。僕は……佐倉時道です」


「サクラ・トキミチか。変わった名前だな」


カイルは首を傾げた。どうやら、言葉は通じるらしい。


「あの、今何時ですか?」


何となく聞いてみた。


「時刻か? そうだな、正午過ぎくらいだろう」


カイルは空を見上げて答えた。


「正確には、正午から十七分四十二秒経過しています」


思わず口にした言葉に、カイルは驚いた顔をした。


「おお! そんなに正確にわかるのか? もしかして、時計師の修行でもしているのか?」


「いえ、これは……スキルです」


「スキル?」


カイルは興味深そうに俺を見た。


「時間認識強化というスキルです。時間の経過を正確に把握できます」


「へえ、珍しいスキルだな。俺のスキルは『荷物運搬強化』だ。レベル3でな、重い荷物を運ぶのが得意なんだ」


カイルは誇らしげに言った。レベル3か。俺のレベル1よりはマシなようだ。


「あんたのスキルは何レベルなんだ?」


「レベル1です」


正直に答えると、カイルは少し同情的な目で俺を見た。


「そうか……まあ、珍しいスキルだし、これから成長するかもしれないしな!」


無理に明るく言うカイルの優しさが痛いほど伝わってきた。


「ありがとうございます」


立ち上がると、自分の服装に気がついた。会社で着ていたスーツではなく、シンプルな白いシャツと茶色のズボン。足元は革靴のような簡素な靴だ。


「これは?」


「その服か? お前が倒れていた時から着ていたぞ」


どうやら転生の際に服装も変わったらしい。ポケットに手を入れると、小さな布袋が入っていた。中には見慣れない10円玉と素材が同じようなものが数十枚。


「これは……お金?」


「おお、それは銅貨だな。5枚あれば、宿屋に一泊できるくらいだ」


カイルが教えてくれる。転移の際に最低限の持ち物は用意してくれたようだ。あの少女――クロノアという名前だったか――の配慮だろうか。


「それで、トキミチ。どこか行くあてはあるのか?」


「実は……ないんです」


「そうか。なら、とりあえず俺の村まで来るか? そこから王都に向かう馬車も出ているし、仕事も見つかるかもしれない」


カイルの申し出に、素直に頭を下げた。


「ありがとうございます。お願いします」


荷車に乗り込み、カイルの隣に座る。馬がゆっくりと歩き始めた。


「村までは約一時間だ。道中、何か質問があれば答えるぞ」


「では、この国のことを教えてください。あと、スキルについても」


カイルは不思議そうな顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。


「そうか、お前は辺境の出身なんだな。ここベルガード王国は、アルカディア大陸の西部に位置する七王国の一つだ。現在の国王はレイモンド三世陛下で、比較的平和な国だ」


カイルは誇らしげに説明する。


「スキルについては、全ての人間が生まれながらに一つ持っている特殊能力だ。レベルは1から10まであって、7以上は『英雄級』と呼ばれる。王国の騎士団長や宮廷魔導士は、だいたいレベル7以上だな」


「スキルのレベルはどうやって上げるんですか?」


「使い続けることだ。才能があれば早く上がるし、なければ一生レベル1のままということもある」


そう言ってカイルは少し申し訳なさそうに付け加えた。


「正直、レベル1のスキル保持者は、社会的には最下層だ。雑用係や単純労働しか任されないことが多い」


やはり、俺は最弱からのスタートなのか。


「でも、諦めるな。時間に関するスキルは珍しい。『時空系』と呼ばれる系統だ。俺は詳しくないが、魔導院では重宝されるかもしれない」


「魔導院?」


「魔法や知識を研究する学者たちの集まりだ。王都に本部がある」


王都か。行き先としては悪くなさそうだ。


「ところで、トキミチ。お前は何か特技はあるか? スキル以外で」


「プログラミング……いえ、計算は得意です。あと、科学の知識もあります」


「計算か! それなら商人の助手とかにもなれるな。王都なら仕事も見つかりやすいだろう。」


カイルの言葉に少し希望が湧いてきた。スキルは最弱かもしれないが、現代知識があれば何とかなるかもしれない。


「あと三十八分で村に着きます」


無意識に時間を口にすると、カイルは笑った。


「そのスキル、意外と便利かもしれないな」


「そうですかね……」


半信半疑で答えながら、空を見上げる。雲一つない青空。東京では見られなかった美しさだ。


「新しい人生、頑張ってみるか」


そう呟きながら、俺は未知の世界への第一歩を踏み出していた。


---


カイルの村「ミルウッド」は、小さいながらも活気のある場所だった。三十軒ほどの家と、中央に広場がある典型的な農村だ。


「ここが俺の家だ。今夜はここに泊まっていけ」


カイルは自分の家に招き入れてくれた。質素だが清潔な一軒家。妻のマリアと、10歳くらいの息子ティムが出迎えてくれた。


「珍しい名前の方ね」


マリアはそう言いながらも、温かい食事を用意してくれた。野菜のスープとパン、そして肉の煮込み。シンプルだが、疲れた体に染みわたる美味しさだった。


「明日、王都行きの商人の馬車があるから、それに乗せてもらうといい。俺から頼んでおくよ」


「本当にありがとうございます」


感謝の言葉を口にしながら、ふと窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。


「日没まであと十七分三十三秒」


思わず呟いた言葉に、ティムが目を輝かせた。


「すごい! どうやってわかるの?」


「これは僕のスキルなんだ。時間認識強化っていうんだよ」


「へえ! 僕のスキルは『植物成長促進』なんだ。レベル2だよ!」


ティムは誇らしげに言った。10歳でレベル2か。将来有望だな。


「それはすごいね。農家には最高のスキルじゃないか」


「うん! パパとママも褒めてくれるよ」


純粋な笑顔に、心が温かくなる。こんな平和な日常が、東京にいた頃は恋しかったのだ。


夕食後、カイルから借りた寝床に横になりながら、今日一日を振り返る。


異世界転生。最弱スキル。新たな出会い。


「時間認識強化か……」


本当に役に立つのだろうか。あの少女の言葉が頭をよぎる。


「時間に関するスキルには、特別な意味がある」


その意味を考えながら、俺は静かに目を閉じた。


「明日からが本当のスタートだ」


そう思いながら眠りに落ちる直前、不思議な感覚に襲われた。


頭の奥で、何かが目覚めようとしている。


そして、夢の中で見た光景――


王都の広場。人々が集まっている。そこに立つ美しい少女。彼女の姿は、どこか見覚えがある。そして、彼女に向かって飛んでくる矢。


「危ない!」


飛び起きると、冷や汗をかいていた。窓の外はまだ暗い。


「夜明けまであと二時間十七分」


正確な時間がわかる。でも、それ以上に気になるのは、あの夢だ。


まるで、未来を見たような――


そんな考えを振り払い、もう一度横になる。


「考えすぎだ。明日に備えて寝よう」


そう言い聞かせながら、再び眠りについた。


しかし、あの夢が予知だとしたら――


俺のスキルは、思っていた以上の可能性を秘めているのかもしれない。


そして、夢に出てきた少女の顔が、どこか、異世界と現世の狭間で出会ったクロノアに似ていたことに、俺はまだ気づいていなかった。

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