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【007】ミルドの難民たち

 ミノンドロスが口にした七〇年前の”大侵攻”。俺たち人間の知る由もない、魔族の歴史の一片。しかし俺はその話を聞いて、とある戦いが思い当たっていた。


 それは俺たち人間の歴史で”聖戦”と呼ばれた、魔界への侵攻作戦だ。


 七〇年前、俺たち人間は史上初となる魔界への侵攻作戦を決行した。


 旗振りは当時のグネルヴィア王。侵攻理由は政治的理由からとも、彼が敬虔なルヴィア教信者だったからとも言われているが、とにかくかの王は三〇万にも及ぶ兵と先代の勇者を引き連れて"聖戦"――つまるところ魔界への侵攻を開始した。


 人間界を横断し、ウェグニード山脈を乗り越え、数ヶ月にも渡る軍事行動の果て、人間の総力を挙げた一大攻勢。その結末は、人間側の大敗で終わったと伝え聞く。


 ウェグニード山脈を越えた三〇万の兵士のうち、人間界に帰って来られたのはわずか数百名ばかり。勇者を含めた殆どの者たちは魔界から帰らず、命からがら逃げかえってきたグネルヴィア王たちも間を置かず心を病んで病没した。


 彼らは口を揃えて「魔界は人の立ち入る場所にあらず」とだけ言い残した……そう伝わっている。それが俺たちの知る”聖戦”の顛末だ。


 魔界でグネルヴィア王が何を見たのか、そして何があったのかは誰も何もわからない。


 ただ事実として、それ以来魔界への侵攻は禁忌中の禁忌とされ、とりわけウェグニード山脈への侵入は何人たりとも許されなくなったのだが……どうやらその戦いが魔族側にも”大侵攻”として伝わっているらしい。


「それで、ミルドの民の裏切りについてだが」


 守兵の先導に従ってミルドとやらが拘束されている場所に向かう道中、なるべく不自然にならないように話を切り出す。


 ミルドって奴らと会う前に、なるべく情報を引き出しておきたかった。


「どういう経緯で裏切ったのか、君は知っているか? いや、裏切りについては知っていたのだがね。そういえば経緯を知らないと思ってだな」


 ……余計なことを喋り過ぎか?


 ミノンドロスが『そんなことも知らないのか』と言いたげな目で見ている気がする。まさか、魔族ならみんな知っていて当たり前の内容だったのか?


 しかし彼女は少しだけ視線を巡らせると、何かを気にした風もなく語り出した。


「人間が大軍を率いて魔界へ侵略してきた”大侵攻”……その折、前魔王ジギルネダスの出陣要請を蹴って、あろうことか人間側に内通したのが奴らミルドの民……ということしか存じませんわね、そう言えば」


 彼女にドルベアも同調して頷く。


 当然、そんな話は聞いたことがない。俺たち人間が知っているのは、聖戦に参加した軍勢は魔界から帰って来ることが無かった、ということだけ。


 当時戦いに参加した奴は当然生きちゃいないし、当時のことを知る人間ももうほとんど居ない。


「ただ、ミルド族の流した情報によってかの魔王が率いた軍勢は壊滅し、ジギルネダスは怒り狂ったと。それが最終的に勇者と相討ちになる原因でもありますから、今日における魔界の不安定な情勢を生み出した奸賊の末裔、ということは確かですわね」


 最後はまるで吐き捨てるように、ミノンドロスはそう語った。


 確かに自分たちの王が討ちとられる原因を作ったとなれば、裏切者と呼ばれても仕方ない。そしてそのせいで魔界の情勢が不安定化した、というのであればなおさら。


 今魔界がどんな状況なのかは知る由もないが、少なくとも魔王なんて大層な名で呼ばれる大物が戦場で命を落としたとなれば、その先にある政治的混乱は想像に容易い。


 魔王が討たれたというのに、七〇年もの間、人間界に攻め込んでくることがなかったのは、その混乱が原因だったのかもしれない。


 だが、かつて人間に味方したらしいミルド族は俺にとっては救世主になりえるかもしれない存在だ。自然と期待に胸が膨らむ。


 それに難民というのも都合が良い。俺は今、この要塞の指揮官を任されている。きっと何かと物入りだろう彼らに、立場を利用して物資を融通し、協力を取り付けることだってできるのだ。


 弱みに付け込むようで行儀は悪いが、今はそんなことを言っていられる状況でもない。利用できるものはとことん利用させてもらおう。


 腹の中でそんな算段を立てているうち、騒動の中心地近くまでやってきた。要塞正門の周りには野次馬と思わしき要塞の者たちが集まっていて、何やら大騒ぎしている。どうやらミルドの難民とやらは正門の外に拘束されているらしい。


「薄汚え裏切り者どもが、今度は一体何を企んでやがる!」


「あいつら、どこぞの勢力の手先じゃねえだろうな!?」


 ミルドを中傷するような罵声が正門の外に向けて飛び交っている。これだけで彼ら魔族にとって、ミルドという存在がどんな立場にあるのか想像に難くない。


 集まる野次馬によってできた人だかりならぬ魔族だかりは途切れる様子もなく、やれやれどうしたものかとため息をついた時だった。


「皆の者、道をあけなさい! カイゼル閣下のお通りですわ!」


 俺の前にミノンドロスが進み出たかと思うと、次の瞬間には一喝。甘ったるいながらもしっかりと通る彼女の声が、門の前に集まっていた者たちを怒鳴り散らした。


「カ、カイゼル閣下!」


「道を開けろ! カイゼル閣下だ!」


「閣下が奴らを成敗してくださる! 早く道を開けろ!」


 カイゼルの滅茶苦茶な噂も功を奏したのか、目の前の魔族たちが一斉にはけていく。おかげで俺の目の前にはあっという間に、魔族たちが開けた道が出来た。


「閣下、お待たせいたしましたわ。どうぞお進みくださいませ」


「あ、あぁ……」


 少々申し訳ない気持ちになりながら彼らの作った道のど真ん中を進む。


 期待、畏怖、尊敬などなど、魔族たちが様々な感情を交えて俺に視線を向ける。それがどうにも居心地が悪く、落ち着かない。


 そわそわしながらミノンドロスやドルベアと共に進んでいると、その先で今度は犬のように鼻と口が長い、毛むくじゃらの魔族が俺たちのもとへと駆け寄って来た。


「閣下、副官殿! お待ちしておりました!」


 どうやら彼がミルドの難民とやらを拘束した見張りらしい。

 

「状況は?」


「はっ。灰色の肌に銀髪長耳の者たちが、丘のふもとに集まっております。数はざっと三〇〇余り。現在、奴らの代表を城門前に拘束し、尋問を行っているところです。特徴からしてミルドの難民かと」


 相変わらず謎の単語が飛び交っている。ミルドの難民とやらが何者なのかは相変わらずさっぱりわからないが、とにかく難民たちの代表を拘束した、という話は事実らしい。


「手荒なことはしていないだろうな?」


 俺が問うと、少し気まずそうに毛むくじゃらの魔族は視線をさ迷わせた。まさか、もう手を出したのか。


「拘束する際、少々抵抗する様子を見せましたので……」


 俺の貴重な協力者に何してくれてるんだお前は。


「……そのせいでふもとの者たちが我々に敵意を持ち、攻めて来るとは考えなかったのか?」


 少し厳しめの口調で咎めると、毛むくじゃらの魔族は「も、申し訳ございません!」と魔族式の敬礼をして見せた。


「謝る相手が違うだろう……とにかく状況はわかった。このまま無理に拘束を続ければ、最悪彼らが敵に回る。何らかの贖罪が必要だな」


 すると今度はミノンドロスが慌てた様子で声を上げた。


「なりません閣下、彼らはミルドの民ですわ! 虐げられて当然の者たちであること、閣下とてご存知のはず!」


 知らんて。


「彼らは要塞の近くを通っていただけなのだろう? これだけ大事になった以上、勘違いでしたでは済まされんぞ。最悪、彼らと正面から戦う羽目になる。ベルゼとやらが精鋭を引き抜いた、今のこの要塞の戦力だけでだ。そこまでして彼らと対立する必要が、一体どこにある?」


「……閣下のお力があれば、ミルド如き他愛もないかと」


 その閣下がこの要塞で一番弱いんだよ。


「私は手荒な真似が嫌いだと言ったはずだが……よろしい、一度私が彼らの代表と話をしよう」


「閣下!」


 引き留めるミノンドロスを無視して、俺は毛むくじゃらの魔族に案内させる。毛むくじゃらの魔族は城壁の上へと俺を案内した。


 錆びついたはしごを音を立てながら登り、かがり火によって照らされた城壁の外を見下ろすと、そこにはぼろきれのような服を着た者たちが後ろ手に縛られて一か所に集められている。


 灰色の肌に銀髪と長耳。なるほど、彼らがミルド族か。


 ふとその時、彼らの中の一人と視線が交わった。こんな扱いをされているせいなのか、その視線には怒りの色が見て取れる。


 まぁ待ってろ。すぐに助けてやるからさ。


「こうなってしまっては仕方ありませんわね……」


 そこへ俺の後を追って、ミノンドロスも城壁を昇って来た。よくその鎧であのはしごを昇れたな。


 肩をすくめたミノンドロスは、一度『どうなっても知りませんわよ』とでも言いたげなぬるい視線をこっちに寄越して咳払いする。


 そしてミルド族に向けて大声を張り上げた。


「みな、傾聴なさい! こちらにおわす方こそ、我らダルフェリア魔王軍が将にして、このウルディア要塞を治めるカイゼル閣下ですわ!」


 その瞬間、ミルドを含めた周りの連中の視線が一斉に俺に向く。ここからが俺の腕の見せ所、という訳らしい。


 だったら見せてやるよ、俺がこれまでの旅で身に着けた弁舌って奴をさ。

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